エンドーヴルからの帰還
「何かまた目立ってるね」
「まぁ馬車の数もあるだろうけど、動いてるカーゴはこないだ出るときしかお披露目してなかったからね。それも混雑する時間から少しずらしてたし」
エンドーヴルを出て一週間。
行きと同じ日程を経て自分達は無事に王都へと戻ってきた。
現在カーゴを引くのは戦狼状態のポチ。そして自分とコロナが御者台に並んで座っている。
この後はラウザらの馬車に先導され城へと直行する予定だ。
本来なら自分のような平民は馬車で直接乗り入れることは出来ないのだがカーゴは例外。
元々今回の旅の目的はカーゴの試運転だ。レーヌの依頼と合致したためにエンドーヴルまで足を運んだが、大事な依頼ではあったもののそちらはついでである。
カーゴはこの後教授らの研究室の方に持って行き、細かい調査を行う予定だ。
「それにアレは目立たせちゃいけない代物だからね。こっちに視線集まるのなら今は上手く注意逸らせてると思っておこうよ」
「……そうだね」
自分達の後ろの荷馬車に詰められた氷漬けのデッドリーベア。
箱詰めされ布を被せた上で運んでいるので外からは見えないものの、あんな人の頭がくっついた魔物なんてそうそう表に出していいものではない。
一応エンドーヴルの領民や冒険者には事態が落ち着くまでは緘口令が出されている。
もちろん人の口に門戸は建てれない。情報がどこから洩れるか分かったものではないため、この存在自体はなるべく早めに周知する必要があると感じていた。
少なくとも今後ずっと隠し通せるものではない。あまり考えたくは無いが、この様な個体が二度と出ないなんて保証はどこにもない。
街の外を行く冒険者や傭兵、商人らにとって未知の魔物との遭遇は死活問題だ。
対応策が出されるかは今後の話し合い次第だが、どのような魔物なのかが分かっていれば戦うにしろ逃げるにしろ何も知らないよりもずっと生存率は上がる。
ともあれそれもこれも明日以降に開かれる会議次第だろう。
今日はラウザらはこのまま到着の報告をするらしい。デッドリーベアも国に預けられ、専門の学者や魔術師らによって調べられるそうだ。
「そう言えば会議には私達も出席するんだよね」
「うん。まぁ率先して話すことは無いから、多分聞かれたらその質問に答える程度になると思うけどね」
そう。今回の報告会での出席者はラウザだけではなく彼の兵隊数名に自分達『風の軌跡』全員が出席することになっている。
メインの報告はラウザが行い、自分達は当時戦った冒険者として彼の補佐役と言った感じだ。
本来ならばラウザと自分以外の面々は会議に参加出来ないものなのだが、その許可が下りるあたり国としても事態の大きさを把握しているということなのだろう。
ちなみに本来の出席メンバーが何故ラウザ以外に自分も含むかと言うとマッドの存在がある。
彼に獣亜連合国で一悶着を起こされ顔見知りであり、かつパーティーリーダーと言う代表者の立場があるためだ。
もしあの魔物の首がマッドではなく赤の他人のだったら自分は出席メンバーに加えられないだろう。
「コロも色々あって疲れてると思うし、今日は皆ゆっくり休もう」
「うん。ヤマルの腕もまだ心配だもんね」
「痛みも引いてるしもう完治してるとは思うんだけど……」
「ダメだよ。お医者さんの言うことはちゃんと聞かないと」
コロナの言うとおり未だに左腕は布で吊るされた状態だ。
しかし痛み自体はもう数日前から引いていた。包帯の取替えの際に軽く動かしても痛みも違和感もなく、個人的には完治してると思っている。
ただ医者が言うには確実を期す為に二週間ほどそうしていろと言われた。
その為これを外そうとしたり腕を動かそうとするとコロナやエルフィリアが即座に止めに入ってくる。
……それにしても骨折が半月で完治とかポーションは本当に出鱈目な代物だと思う。
もしこれを日本に持ち帰れたのなら、数本あるだけで億万長者になれるんじゃないだろうか。
まぁこれも後数日の辛抱。
色々不便はあったがようやく解放されるかと思うとその日が待ち遠しい。
(これでやっと介護生活も終わりかぁ)
ここ最近は左手が使えない代わりにコロナとエルフィリアが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
それ自体はとても有り難いし不満も無い。
ただ焼きすぎると言うのは些か問題だった。
なにせご飯の際に利き腕使えるにも関わらず食べさせようとすることから始まり、着替えの手伝い、果ては背中まで流そうかと言ってきた。
左腕の事で未だ気にしているのは分かるけど、いくらなんでも恥ずかしすぎたので全て丁重に断った。
それを見ていたドルンも笑いながらからかってきてたし……。
……いやまぁ女の子にそうされるのは本音で言えばしたいけどさ。もちろん口には出さないけど。
それに二人とも献身的な気持ちで言ってくれているのは自分でも分かった。
そこに疚しい気持ちは何一つ……えーと、コロナはなかった。エルフィリアもきっとそうだと信じ込むことにする。
ともあれそんな彼女達の気持ちに自分が下心持って接するのも不誠実だろう。
「……気になるならセレスさんのところ行く?」
「いや、流石にほぼ治ってるところに出向いてもセレスに悪いよ。色々忙しい子だし……」
「んー……ヤマルがそれで良いなら……。でも無理しちゃダメだよ」
了解、と苦笑を漏らしつつ彼女に対し頷いて肯定の意を示す。
旅の疲れもあるししばらくはコロナの言う通り大人しくしておいた方が良いだろう。
そうして雑談を交え今後の予定を話していると城門が見えてきた。
城のどこかからレーヌが見ているかな、と王城を眺めつつ、ラウザらの馬車共々城の敷地内へと入っていくのだった。
◇
カーゴを研究室の前に置き教授へと引き渡しては必要な荷物を降ろす。
とりあえず道中で纏めたレポート類を彼に渡せば今日の所は宿へと戻るだけだ。
ただその前に冒険者ギルドに戻った報告をするため、一度皆と別行動をとることにした。
「じゃぁ俺達は荷物置いて宿で待ってるからな」
「うん。皆に任せっぱなしになるけどお願いね」
荷物を三人に任せ、こちらはポチと一緒に冒険者ギルドへと歩いていく。
時間的にはもう少ししたら依頼を終えた冒険者達が戻ってくる時間帯だ。受付が混み合う前にぱぱっと報告だけは済ませておきたい。
ただ痛くないとは言えまだ左腕は吊ったままだ。無理せずゆっくりと大通りをポチと一緒に歩いていく。
「ポチは疲れてない? 帰り殆どポチがカーゴ引いてたから少し心配なんだけど……」
「わふっ!!」
まだまだ元気一杯だと言わんばかりに大きな鳴き声が返ってくる。
行きは自分も含め全員で引いたのだが、帰りがラウザらの馬車と一緒と言うことで速度の都合上ポチに殆どまかせっきりだった。
ただ見ての通りまだまだポチは余裕がある様子。
普通の馬車ならこうはいかなかっただろう。カーゴの存在がどれだけ大きいのかがそれだけでも良く分かる。
「ま、報告さっさと終わらせて今日は早めに休もう。皆も宿で待っているしね」
「わん!」
歩きなれた道を進み迷うことも無く冒険者ギルドへと到着。
中に入ると早めに依頼を終えたであろう同業者がちらほら見受けられた。
ただそんな彼らも自分の吊るされた左腕を見ては何やらひそひそと会話をしている。
別に怪我自体は冒険者には付き物なのに、と思うも、即座に自分はそこまで大きな怪我はしていなかったのを思い出す。
ポチの親である戦狼にやられた傷はその時持っていたポーションでその場で治したし、マッドにボコボコにされた時は国外だった。
小さい傷はあるものの、確かにこの街でここまで分かりやすい怪我をしたのを見せるのは初めてである。
最近は皆がいるので若干方針は変わってきたものの、元より戦いは極力避けている方だ。だから余計に目立つのかもしれない。
まぁ何言われても悪評はいつも通りだろう、と考えを割り切り受付の方へ向かう。
相変わらず混んでいる女性職員のアンナを避け、いつも通りの男性職員に話しかけた。
「その格好から見ると今回は中々苦労したみたいだな」
「えぇ、まぁちょっと色々ありまして……」
人が怪我しているのに妙にニヤニヤした顔をしているよこの人……。
ただ悪感情を帯びた感じではなく、何と言うか冗談を言い合えるような仲に見せる顔とでも言えばいいだろうか。
そのためかあまり悪い気はしない。
だがそれも少しのこと。急に強面の顔が更に輪をかけて怖く……もとい彼が真顔になっては、小さく手招きし顔を近づけろと合図をする。
近くの冒険者らはアンナと話すのに夢中でこちらを気にかける様子も無かった。
少しだけ受付のカウンターに乗り出すような体勢で顔を近づけると、職員が話を切り出してくる。
「んで、今回は何をやったんだ?」
「何って……むしろ何かあったんですか?」
「……うちのギルマスがここ数日城に出向してる。冒険者ギルドを預かってる手前出向すること自体はままあったが、今回は急な話な上に数日連続だからな。流石に俺らでも何かあったと感づくぐらいはする」
「でも自分ギルマスに対して何かしたのってポチのときぐらいですよ? 今回特に何かしたわけでは……」
まぁ心当たりはある。むしろデッドリーベアの事しかないだろう。
冒険者をまとめる組織のトップと言うことでここのギルドマスターが呼ばれたと推測できた。
連絡自体は一週間以上前にメム経由で第一報は入っているし、早馬を使ってラウザ経由での情報もすでに行っているはずである。
ただその件と自分を結びつけることを知ることは無いはずだが……。
「いや、お前は何か知ってるはずだ。ギルマスに来た手紙を預かったのは俺だからな。その手紙にはエンドーヴル家の家紋が入った蜜蝋で封がされていた。そしてお前は今日そのエンドーヴル家の馬車と一緒に戻ってきた。むしろ何も知らないと思う方が無理だろ」
それに行き先は確かエンドーヴルだったしな、と態々この間出発前の行き先を知らせる帳簿まで持ち出された。
これは……あれか。確証がないだけで確信はしてると言った所だろう。
「……まぁ、内緒ですけど何かあったのはホントです。ただ自分にも守秘義務がありますので今は話せませんよ」
「当然だな。ここでベラベラ喋るようなやつが渦中の人間と一緒にいるとは思えねぇし」
「と言うかよく自分が関係者だって当たりつけれましたね」
「まぁさっきも言った事も理由の内だが個人的にはお前の怪我だな。よっぽどの事が無けりゃそうなる前に周りの面々がどうにかするだろ?」
「あー……」
確かにあのメンバーに囲まれた自分が怪我をする時なんてよっぽどの事しかない。
もちろんコロナ達だって全能じゃないし自分が今回の様に怪我をすることもあるが、それを極力避けるように動いてくれるのは皆も知るところだ。
「まぁ時期は分からないですけど話はその内にギルマスから下りてくると思います。それまでは我慢してくださいね」
「まぁ仕方ねぇか。よし、じゃぁこの話はここまでだ。今日は帰って来た登録だろ?」
「はい、お願いしますね」
そう言うと職員は先の帳簿に手早く記入していく。
しかしこの人は本当に良く見ているなと感心してしまった。特に自分に当たりをつける思考は自分からしたら舌を巻くほどだ。
「よし、終わったぞ。まぁ何か巻き込まれたんだったら相談ぐらいは乗ってやるからな」
「ありがとうございます。今の所は大丈夫ですけど、何かあったときはお願いしますね」
それでは、と彼に軽く会釈してはギルドの外に出る。
一応今の話も皆に伝えておくかと決め、今日の所は宿へ直帰することにした。




