牙折る理由
「え、な……?」
「つまり現状なんの繋がりも無いから自分らには関係ない、と?」
「平たく言えばそうだな」
寝耳に水、青天の霹靂。まさにその言葉がピッタリと言わんばかりにマッドがパクパクと口を開けている。
何か言わなきゃと思いつつも何を言って良いのか分からない、そんな様子だった。
「今まで黙っていたのは済まなかったが、マッドが如何にも自信満々に語るので黙っていたんだ。身内の人事など関係無いと思っていたからね。だがこうなっては話さないわけにもいかないだろう」
「そうですか……では仕方ないですね。議長さん、先の自分の請求先を彼へ変更します」
「うおおい!! 認められるかそんなもん!!」
「仕方ないでしょ、そっちの人事なんてこっちに届く訳ないんだし。流石にこの場で解雇ならともかく、それより前でしかもあちら都合なんだから変更要求は止む無しだよ」
どうしますか?と問うように議長の方へ視線を向ける。
こちらからだけではなくマッドからの視線も浴び困った顔をしていた議長だったが、結局はこのままだとこの場を開いた意義そのものが消えてしまうため変更を認める形となった。
告げられた瞬間の愕然とするマッドの顔は中々印象深い。人生であんな顔見れることは殆どないだろう。
「では最初に提出した請求内容を彼個人に改めてお願いします」
「しかしこの額、彼に支払えるのですか?」
「さぁ、彼の財産がいくらか知らないのでなんとも。そもそもいっぱしの傭兵の収入は知りませんし」
元々請求額はクランとギルドと言う母体を目安に算出してる額だ。
その為個人で払うには些か……と言うよりよっぽど金銭に余裕のある人じゃないと払えそうに無い。
「でもまぁ武具や家財一式、手持ちの物とか全て売れば少しは足しになるでしょう。足りない分は……そうですね、そいつの尻拭い全般をトライデントと傭兵ギルドにお願いしたいですね」
「おい」
「彼とはもう手を切ったが?」
「だとしても今回やらかしたのは所属時でしょう? 今は無関係だからは流石に虫が良すぎるのでは?」
「おい!」
「……何? 今後詰の話してるんだから後にしてくれない?」
掛けられる呼びかけにさも嫌そうな顔をしながらもとりあえずは対応をする。
正直こいつとの話はもう終了している。これ以上話すことなど何一つ無い。
だがあちらはまだあるようで必死に食い下がってきた。
「何じゃねぇよ。何勝手に人の金の話してんだ!」
「もうそっちの金じゃないでしょ。……いい? お前は負けたの。だからこちらの要求は飲めるだけ飲まないといけないの」
「だからって人の財産根こそぎとか横暴にも程があるだろ!」
流石にその一言にはイラっと来た。
寄りによってこいつが、どの口でそんな事を言う権利があるのか。
「……は? 何言ってんの? バカなの? 頭悪いの?」
「あぁ? てめぇ何言って」
「自分がやったことの重さ分かってる? 分かってないよね? 分かってたらそんなこと言わないし言えないしそもそもこんな場所に来ないよね?」
マッドの言葉を両断し、まくし立てるように言葉を浴びせる。
急変したこちらの態度にマッドは思わず言葉を失っていた。
「いきなり人に暴行して大怪我負わせたのは誰? 剣を抜いて殺害しかけたのは誰? 根も葉もない噂流して人を陥れようとしたのは誰? 大嘘ついて人に罪なすりつけようとしたのは誰?」
「それは……」
「良くもまぁこれだけ罪状並べていけしゃあしゃあと言えるね。この子達と俺を離間させて一生養えとか言ってた奴が、いざ自分が負けるとなったら何横暴とか言ってんの。いい、お前は負けたの。それだけじゃなくて今、この場で、犯罪者になったのはそっちなの。どうせしばらく鉄格子ん中で厄介になるんだから金や財なんか持ってても意味無いの。分かる? 分かったんなら口挟まずに大人しくそこでおすわりして待ってるように。返事は?」
普段しない喋り方に相手の反論を許さない程のマシンガントーク。
言い終えると自分が軽く肩で息をしている事に気が付いた。かなり感情的になってしまってたようだ。
部屋の中も一気に重苦しい空気が漂い、誰も言葉を発すること無く静まり返っている。
はぁ、と自分を落ち着かせるように一息吐くと、マッドの隣にいる人物の方へ顔を向ける。
「ディエルさん、デプトさん。お願いがあります」
「何かな?」
「見ての通り反省の色が微塵もありません。この様子では捕まった後ですらこちらを害する可能性は拭えないでしょう。なので彼を今の今まで野放しにしてきた責任を果たしてください」
「具体的に我々に何をさせたいのかね?」
顔をやや顰めつつデプトが問い返す。
彼らにやってもらいたいことはすでに決まっている。
「自分とこの子達、並びにその関係者へ害を成すようなことが今後起こった場合、トライデントと傭兵ギルドで彼の討伐をお願いします」
「……私達に仲間を討てと?」
「元、でしょう? それに彼が何もしなければ誰も何も無く全て丸く収まって終わりですよ。こっちだってこれ以上面倒ごとはお断りですから今後の予防ぐらい打ちますよ」
今後自分らに手を出せば、少なくとも彼は沢山の戦闘集団と戦い続ける事になる。
その強さは自分よりも本人の方がよっぽど知ってるだろう。
マッドの強さは見たこと無いので不明だが、ランクだけで見れば上の人間はごまんといるはずだ。
「どうですか。少なくとも今すぐ何かしろって訳でもないですし、先も言ったように何も無いのがこちらとしても――」
「おおおああああぁぁぁ!!」
いきなり奇声を上げたかと思うと座っていた椅子を弾き飛ばしこちらへと飛び掛ってくるマッドの姿。
その手が自分へと差し掛かった瞬間、別方向から何かが振り抜かれそれがマッドの鼻っ面を捉える。
自分を守ってくれたのはもちろんコロナだった。マッドが飛び掛るよりも早く動き、剣を鞘ごとフルスイングしては相手の顔面を打ち抜く。
骨や肉が砕け捩れる嫌な音を響かせながらコロナが剣を振り抜くと丁度カウンター気味に入ったらしい。マッドはその場で後ろ向きに一回転しては背中から盛大に床へと落ちた。
「ぐ、ご、おあおぉぉ……!」
拉げた犬鼻を押さえるも血は止め処なく溢れてくる。
だがマッドに駆け寄るものはおらず、床をのた打ち回るその姿を傍観しているだけだった。
「痛そうだね。これで冷やす?」
「ひっ?!」
マッドに見えるよう《生活の氷》で作った氷を見せる。
数日前の事が蘇ったのか、それとも現状パニックに陥っているせいか不明だがそれを見ては悲鳴にも似た声をあげた。
「遠慮しないで使うと良いよ。いくらでも出してあげるからさ」
そう言うとマッドに向かい氷を軽く放り投げる。
緩やかな放物線を描き床に倒れる彼の顔へと近づいたその時だった。
「——ッ?!」
パァン!!と乾いた破裂音がマッドの側から発せられ部屋中に響き渡る。
そして次の瞬間、マッドは耐え切れなくなったのか泡を吹いてそのまま意識を手放していた。
後に残ったのは床に転がる氷のみだ。
「これで良かったの?」
「うん。手間かけさせてごめんね」
こちらの返答に苦笑をもらしつつ、コロナがマッドの耳元付近に伸ばしてた剣を手元へと戻す。
先ほどの音は《生活魔法》の爆発ではなくコロナの《天駆》。剣先を伸ばしマッドの耳元で破裂音を出すことであの時と同じだと錯覚させたかった。
結果は見ての通り効果覿面。顔面付近で再び爆発したと勘違いしたマッドの脳内処理が限界を越え意識を手放すに至ったようだ。
その後、部屋の外で見張っていた衛兵が室内の音に気付き部屋に駆け込んできた。
飛び込んできた光景にコロナを捕まえようとするも、事情を説明すると彼らはマッドを連れて部屋を出ていく。
暫くは医務室だろうが多分その後は逮捕の流れになるだろう。
議長があらましを説明していたし、衛兵らに資料としてこちらの証言書を渡しておいた。
結局その後は本人不在も理由の一つだが大体のことは決着がついていたのでトントン拍子に話が進む。
こちらの請求内容は大筋認められた形になった。
今回の為に自費で色々やった為に減ったお金も多少は補填される見込みだ。
トライデントや傭兵ギルドも何かあった際の討伐に関しては一応は了解してくれた。
これに関してはまだ思うところはあるようだが、自分の噂の払拭については積極的に取り組んで貰えるとの事。
とりあえずはクラン内とギルドにて掲示板で知らせて貰えるよう約束は取り付けたので、少なくとも今後は白い目で見られることも少なくなるだろう。
(さて、後は……)
残った面々も反応はそれぞれ。
とりあえず議長達はややハプニングはあったものの仕事自体は完了したため部屋を出て行った。これから今日のことをまとめた後で諸々の手続きをするそうだ。
マッドが連れてきたトライデントの面々は所在無さげに肩身を狭くしていた。彼の証人としてやって来たは良いものの、物的証拠により完全論破された為連座で処罰されるんじゃないかとビクビクしていたらしい。
彼らについてはディエルに一任したが、次は無いぞと厳重注意するに留まった。彼女の判断にほっとした彼らはこちらに頭を下げるとそそくさと部屋を出て行った。
そしてディエルとデプトにはまだ話すことがあったため残ってもらった。
部屋自体は今日は自分達しか使う予定が無いらしい。議長が部屋から出て行く前に一言断わりだけは入れておいたのでしばらくは使っても問題ないとのこと。
「ふぅ、終わったな」
「すいません。お二人には色々とご協力いただき感謝しています」
ため息一つ溢すディエルに対し深々と頭を下げる。
今回のことに関しては完全に出来レースも良いところだ。もちろんここにいるメンバー以外はそのことは知らない。
あの日、事件があった翌日に自分は彼女らと顔を合わせ話し合っている。コロナの伝手があったからこそ出来た会談だった。
結果彼らには一芝居うってもらう事になった。その代わりマッドを解雇処分にするためクランとギルドには請求しないようにと約束をした。
マッドの解雇も、アイツが今後何かやったときの討伐依頼もすでに事前に打ち合わせた通りである。
そもそも確かに事は大きくなったものの、この様な一介の冒険者と団員の小競り合いにクラン代表者とギルドの副マスターが来ること自体が異常なのだ。
だがそのことにマッドは気付かないで居た。むしろ彼らの威光を借りるような形でもあった。
少し頭を働かせれば本来ここに居るべきなのは彼女達ではなく、《運営部隊》の口が立つ団員辺りだろうにマッドは最後までそれに気付かなかった。
結果、彼らの協力もあって予定通りに事が進み現在に至っている。
「何、いくらなんでもしでかした事が事だしな。まぁ……仕方ないだろう。頭の痛い話だが」
「しかし少々やりすぎではないか? そちらのされた事に対して怒るのは尤もだ。しかし先日顔合わせた時の君からはあまりその様なイメージは無かったが……」
今回のことについてデプトは元よりディエルも、それこそ身内であるコロナ達ですら疑問を投げかけていた。
確かにやられたことに関しては同情はされてるしマッドに対しての態度や請求も理解はされている。
ただやりすぎ、と言っていいかは微妙なところだが、少なくとも彼らから見た自分の人柄とイメージが乖離しているらしい。
「そうですね、まぁ言いたいことは何となくわかりますが……。やりすぎ、と確かに思われるかもですが、ただ勝つだけじゃダメだと思ったんですよ」
「そうなの?」
問うて来るコロナに首を縦に振り肯定の意を示す。
確かにこの場は勝つか負けるかの場である。その為勝つために色々やるのはもちろんだが、自分はそれだけでは全然足りなかった。
もちろん然るべき処罰を、と言う意味もあるが、それ以上にやらねばならない意味があった。
「ここでただ勝つだけじゃ終わらない。あの性格じゃ絶対今後俺に害をなしてくる。だからアイツの"牙"を完膚なきまでにへし折る必要があったんですよ」
それこそ二度と俺達に手出し出来ないレベルで徹底的にやる必要があった。
まず物理的に格付けをし反抗の意思を殺ぐ。先ほどの様子からこちらの魔法やコロナに対してトラウマに近い状態だったからそれは済んだだろう。
次に金銭や財を取り上げることで以後の行動に対し制限をかける。今後アイツが社会に出てきたとしても先立つものが無ければそうそう動けない。
仮に動ける段階になってもその時には自分は他の場所にいるだろう。
最後に自分達に何かしようとすればトライデントや傭兵ギルドが動くという事実を以って思考に首輪を付ける。
獣亜連合国の傭兵らはどこよりも武闘派集団だ。よっぽどのバカではない限りこの集団と敵対するなんてことはしない。
「つまりこうすることであいつを完全に封殺したかったんです。俺自身の為もありますが、それ以上にこんな自分に付いて来てくれる子に迷惑掛けられたくなかったんですよ」
今後どこに行くか分からないしどんなトラブルに遭うかも不明だ。
なので分かってるトラブルなら今の内に完全に対処しておきたかった。
「自分は弱いし臆病ですからね。守ってくれてる彼女らの負担は少しでも減らしたいんです。他の人から見たらやりすぎに見えるかもしれませんが、これぐらいしないと安心出来ないんです。何せパーティーを預かる者として今だけじゃなく、未来永劫彼女らをあいつから守る必要があると感じましたので」
こちらの言葉に腕を組み軽く目を伏せて黙考するディエル。
その横ではデプトもふむ、と何か考えているようだった。
……まぁあんまり理解され難いだろうなぁ。
自分で対処出来る人にはあまり分かってもらえなさそうだし。
心の中で仕方ないかと小さくごちると、こちらも少し彼女らに聞きたい事があったので質問してみることにする。
「あの、こっちからも一つ聞きたい事があるんですがいいですか?」
「ん? まぁ答えられる範囲なら構わないが……」
多分答えられる範囲だと思うが……はてさて、どんな答えが返ってくるのだろうか。
「あいつ……マッドって昔からあんな感じだったんでしょうか?」
気になったこと。それは今回の諸悪の根源でもあるマッドについてのことだった。




