その青年、最強
俺はサギのいる方へ視線を向ける。サギは目の前にいる朱いヤツ…『サラマンダー』と対峙している。そして、サギの斜め後ろには、未だに一匹のリザードが困惑した様子でいる。
「いつまでそこにいるんだ?そこにいたら死ぬぞ」
彼はチラッとソイツを見て言う。リザードはサギの気迫におされたのか、一目散に橋らしきものがある方へと逃げて行った。
あれ、アイツ逃がして良かったのか?リザードってここら辺にはいなかった筈じゃ…
「…さぁて、これで邪魔者はいなくなった。ここからは俺が相手だ。かかって来い」
チョイチョイッ、と彼は人差し指で軽く挑発する。
もはやリザードは邪魔者扱いなのか…。何か可哀想。
「ギャォォオオオッ!!」
ヤツは口を大きく開け、もの凄いスピードでサギに突進する。あと少しで牙がとどく―――と言ったところで彼はサッと左に避ける。ガチッと音を立てて、口は空を噛む。ズザザザァーッと土埃を巻き上げ、数メートル先まで行った所で止まった。
ギョロッと血走った目でサギを睨む。
「惜しかったなぁ。でも、そんなんじゃあ俺を食えやしないぜ?」
と、切っ先が血で濡れたダガーをチラリと見せながら、口元に薄っすらと笑みを浮かべて言う。
どうやら、今の一瞬で喉元に刺したダガーを回収したらしい。余裕すらも感じられる表情から、この緊迫した状況を楽しんでいるのが見て取れる。
俺にはその思考が理解できない。
サラマンダーはゆっくりとサギの方へ体を向ける。チラリと炎が舞った―――その瞬間、
バンッ!!
爆音とともに炎が爆ぜる。着弾点は黒く焦げており、その火力を物語っている。サギの姿はそこにはない。
「危ない危ない。危うく炭になるところだったぜ」
どこからともなく声が聞こえて来る。サラマンダーは首を持ち上げ、キョロキョロと辺りを見渡す。俺もその動作につられてサギを探す。崖の上から見てるのに、姿が見当たらない。
「おいおい、どこ見てるんだ?こっちだせ?」
サラマンダーはバッと後ろを振り向く。
「惜しい。そっちじゃないんだなぁ」
笑いを含んだ声が聞こえて来る。
「じゃあ答えを教えてやろう。答えは―――」
ジャキッと音が聞こえ、ヤツの足元がみるみるうちに赤く染まっていく。
「ギャアアアッ!!」
悲鳴が轟き、俺は思わず耳を塞ぐ。その間にヤツの腹の下からサッと出てきたのは、真っ赤な返り血を所々に浴びたサギだった。
「背後を見たのはいい判断だったとは思う。だがな、四足歩行のお前らが気にしなきゃいけないのは背後じゃない。足元だ」
あと頭上な、と上を指差しながら付け足す。
人間ですらも言われないとそこまで気にかけないっていうのに、野生の生き物にそれを言うのか…。言葉ってあんまり通じないんじゃ…
そこまで考えて、ふと隣にいるちっこいのを見る。サギとサラマンダーの攻防を、一瞬たりとも見逃すまいと食い入るように見ている。
そう言えば、こいつも俺の言葉って分かってないんじゃないか?だとしたら、よく「行くぞ」って言っただけでついて来たなこいつ。雰囲気と動作だけで理解したっていうのか?そんなことって出来るのだろうか。
ちっこいのは俺の視線に気づいたのか、パッとこっちを向く。そして、どうかしたの?と言うかのようにコクッと首をかしげた。
…まぁ、俺も同じようなもんか。
「何でもない」
そう言って俺は首を横に振った。再びサギの方へ視線を戻す。サラマンダーは、ボタボタと鮮血を垂らしながら、ボゥッと口から炎を散らす。
「…ふむ、流石にこのまま一方的ってのも可哀想か」
と言って、彼は少し考えるような素振りをする。何かよからぬことを言い出しそうな予感…
「よし、じゃあこうしよう。俺はここから一歩も動かない縛りで相手してやる。思う存分、攻撃してこいよ」
嫌な予感的中だよ!一歩も動かないってことは、ヤツの攻撃を全部防ぐってことだろ?回避するんじゃなく。…まぁ、サギなら戦闘慣れしてるっぽいし、出来そうかも……って、ん訳ないだろ!!何考えてるんだよあいつ!
「俺は動かなくてもお前を倒すことなんて出来るしな」
ちょ、それフラグだって!
そんな俺の心の声が聞こえてる筈もなく、彼は右足を少し後ろに引き、短刀を逆手に持ち替える。
「ギャオオオッ!!」
サラマンダーは、思いっきりサギに向かって走り出す。口からは火の粉を吹き出しているが、口を開ける気配はない。顔を下に向けた。まさか頭突きするつもりか!?サギはそれを見て、短刀の峰の方をヤツに向け、目の前で構える。一歩も動こうとしない。減速することなく、ヤツは頭から突っ込んで来る―――!
ガチンッ!!
「ギャアッ!?」
重い音が響き、サラマンダーがぶつかった衝撃で二、三歩後ろへよろける。そして、何が起きたのか分からないといった様子で目を白黒させている。
…俺にも何が起きたのか分からない。今のは、どう見たってサギが吹き飛ばされる側だった筈だ。だが、実際にはサラマンダーの方が後退した。それってつまり、ヤツを力で押し負かしたってことだろ…?そんなことってあり得るのか…?
「俺が吹っ飛ばない事に驚いてるって顔だな。言った筈だぜ?俺は一歩も動かないって」
防ぐって意味でも適応なのかよこの縛り!?ってか、何でそっちの意味も追加したんだよ!
「お前の力はこんなもんじゃないだろ?ほら、かかってこいよ」
彼は挑発的に短刀をちらつかせる。サラマンダーは後ろへ下がり、口を大きく開ける。どうやら火炎弾を飛ばそうとしているらしい。力で押し負けるなら焼いてしまえ、ってか?洒落にならないぞ…
火の粉が一層多く舞う。少し胸を反らし、力を溜めこんでいるようだ。そして、
「ギャォオッ!!」
ドンッ
吠え声と共に大砲のようなくぐもった音が聞こえ、炎の砲弾は凄まじいスピードで一直線にサギへと飛んでいく。彼は向かってくる炎の球を、ジッと冷静な目で見つめ――――
ビュッ!
バンッ!バンッ!
空を斬るような音とともに、サギの背後、二箇所で爆発が起きた。着弾点が少し抉れ、黒く煤焦げている。今までよりも強烈な砲撃だったことは明らかだ。
それなのに。
サギは炭になるどころか、火傷一つしていない。まるで何事もなかったかのように、平然と短刀を眺めている。
…斬ったのか?あの炎の球を。…短刀で?
「…で?まさか今ので終わりか?」
チラッと横目でサラマンダーを見る。サラマンダーは口を僅かに開けたまま、唖然としている。
「あんな程度の火炎弾じゃあ、俺は倒せないぜ?」
あの威力であんな程度…?こいつ、頭おかしいんじゃないか…?いやまぁ、元から人と思考回路ずれてたけど…
「お前には一回手本を見せてやる必要があるっぽいな」
…え?手本?
「いいか?火炎弾っていうのはなぁ…」
そう言って、左の手のひらを上に向ける。すると、何もない筈の空気中から、手の上に渦巻くように炎の塊が作られていく。丁度手でつかめるくらいの大きさで、ヤツが放ってきたものよりも一回り小さい。それをサラマンダーに向け、
「こういうやつのことを言うんだよ」
彼がニヤッと不敵に笑う。そして、
「食らえ、火炎弾」
ビュンッと赤い線が視界を横切る。直後、
ドカンッ!!
「ギャアアアアッ!!!」
腹に響くような爆音に、熱風が巻き起こる。炎が大きく立ち上り、瞬く間にサラマンダーを包んでしまう。
「………………」
俺は暫く開いた口が塞がらなかった。
…何なんだよ、あれ。サラマンダーのやつと桁違いじゃないか。ってか、あれって俗に言う魔法ってやつじゃないか?何で使えてるんだよあいつ。しかも、明らかに強力なやつじゃないか。それを手本として見せるって…
……何者なんだよ、お前。
サラマンダーは、まとわりついている炎を何とか打ち消そうとのたうち回っている。だが、動けば動く程に傷口から血液が流れ、辺りを赤く染めていく。
「まさかサラマンダーが炎に焼かれる様を見ることになるとはなぁ」
彼は物珍しそうに、必死に動き回るヤツを観察している。
考えてみれば、サラマンダーが焼かれてるって何かおかしくないか?普通、炎を使うやつは炎に強い筈だよな…。常識を根底から覆す状況じゃないか。
次第に黒くなっていくヤツの鱗。徐々に動きが鈍っていく。半開きの口の中は、焼けて爛れ始めていた。
そして、
「ギャアァァァ……ッ!」
天に向かって悲痛な断末魔を響かせ、ドサッとその場に崩れ落ちる。ヤツを包んでいた炎は急速に勢いをなくし、フッと消えてしまう。ヤツの姿はただの大きな黒い塊と化していて、もはや原型をとどめていない。辺りには、至るところが赤黒く染まった地面と、炎のついた小石程度の塊が転がっているだけだ。
「ほら、だから言ったろ?俺は動かなくても、お前を倒せるって」
黒い塊となったサラマンダーに向かって言う。
そして、俺はその言葉を聞いて確信した。
こいつ、バケモノだ……と。