朱き鱗を持つ者
俺がリザードへの抵抗力を喪失していると、ザワザワと風が吹き始めた。俺の腹に乗っていたリザードが、急に後ろを振り向く。
「ギュオォォォオ!!」
突然、何処からともなく、空気をビリビリと振動させる声が響き渡る。その声に俺は思わず肩をすくめる。
「な、何だ!?」
リザードが俺の上から降りる。急いで体を起こし、声のした方を見る。そして、
「……え?」
俺は想像もしていなかった光景を見た。
大きな朱いトカゲのような生き物が、たむろしていたリザード達を丸太のような太い尾で薙ぎ払う。ドガッ、と重く、鈍い音が響いた。薙ぎ払われたリザードは、そのまま岩が突き出た崖の斜面に勢いよく激突する。バンッ、と叩きつけられた音がして、斜面にくぼみが出来る。リザードはドサリと力なく地面に落ち、それきり動かなくなってしまった。
俺は、一瞬夢を見ているかのような感覚にとらわれる。全てが白黒のスローモーション映像を見ている、そんな感じだ。
「ギャオオォォォォオ!!」
ヤツのけたたましい鳴き声でハッと我に返る。
「ギギギ…」
足元を見ると、先程俺にからんできたリザードが、怒りをたぎらせて唸っていた。
その様子から、ヤツがリザード達の仲間でないことが理解出来た。
「こっちだ、こい!」
俺は小声でリザードを呼び、瞬間的に右手の方へとぶ。次の瞬間、俺達がさっきまでいた場所に炎の球が飛んでくる。それは、着弾するとともにちょっとした爆風を起こす。すぐに火力が収まると、そこには黒くすすけた地面があった。
少しでも判断が遅れていたら、俺の命は無かっただろう。そう思うと背筋がゾッとする。
…あれ?そう言えば、あのちっこいのは…?
まさか……
最悪の事態が脳裏をよぎる。
「リザード!!」
俺は思わず大声で呼ぶ。
「ギュッ」
すると、俺の背後から返事が返って来た。急いで振り返ると、そこには、ちょん、と俺の足元に避難しているリザードがいた。
「良かった…」
俺は心底ほっとした。そして、パッと辺りを見渡す。どこかに身を隠せる場所はないだろうか…
朱いアイツの動きを気にしながら、急いで隠れられる場所を探す。すると、
「ギュッギュッ!」
と、どこからか声が聞こえて来る。声のする方に目を向けると、さっきまで俺の足元にいたはずのちっこいのが、岩陰から俺の方を見て鳴いていた。
こっちこっち!
そう呼ばれている気がした。
「ギュオォォォオッ!」
少し離れたところで、リザード達の怒号が響き渡る。朱いアイツは、そちらに気を取られているようだ。俺はサッと身を屈め、リザードのいる岩陰へ素早く移動した。
「教えてくれてありがとな」
軽くリザードの頭をなでる。リザードは気持ち良さそうに目を細めた。
再びヤツに視線を移す。朱塗りの鱗に燃え盛る炎のような目。強靭な脚に獲物の肉を食いちぎる事に特化した牙。そして肩には、リザードのそれよりも大きく鋭く尖った突起。どれをとっても、リザードよりも強暴であることを物語っている。
あんなヤツが近づいて来ていたら普通は気づく筈なのに、何で気づかなかったんだろう…俺。
そんな事を考えている間に、3頭のリザードが朱いヤツを取り囲み、次々と攻撃している。1頭がヤツの前脚に噛み付く。しかし、ヤツはひるむ事もなく、口を大きく開けリザードに食らいつく。
「ギュアアァァァアアッ!!」
リザードの悲痛な叫び声が響き渡る。ヤツはブンブンと首を横に振った後、ポイッと前方にリザードを放る投げる。リザードはドサッと地面に落ち、瞬く間に周囲を体液で赤く染めた。
力の差は歴然だった。
リザード達よりも一回りは大きい身体から繰り出される一撃は、全てが殺傷力を持っている。近づけばあの牙で肉を食いちぎられ、逃げようものなら灼熱の炎で焼かれる。かと言ってこのままジッとしていれば、ここら一帯の生態系が崩されることは目に見えていた。
…どうすればいい?
ヤツは目の前にいたリザードを睨みつける。口を僅かに開くと、そこから火の粉が吹き出す。それは風に乗って空高く舞い上がった。リザードは口を大きく開け、臆することなくヤツに飛び掛かる。ヤツはゆっくりと口を開いていき、さらに火の粉を散らす。
俺は、次に何が起こるのか予想できてしまった。その瞬間を見たくなくて、思わず目を閉じる。
バンッ!と、炎の球が爆ぜる音が聞こえた。
「ギャアァァアッ!?」
ヤツの驚いたような声が響く。不思議に思って目を開けると、ヤツは体を横に投げ出しもがいていた。頬のあたりにダガーが刺さっている。跳びかかった筈のリザードは、ヤツから少し離れたところで目を白黒させていた。
俺とちっこいリザードは顔を見合わせる。
次の瞬間、一陣の風が吹いた。
「やれ、何かしら来るとは思っていたが…」
声の主は、ストッと崖の上から降りてくる。
「まさかお前だったとはな、サラマンダー」
「サギ…!」
思わず岩陰から身を乗り出す。
「よう、ハク。時間稼ぎ、見事だったぜ」
「そりゃ、どうも…」
来るならもっと早く来いよ…
「ここからは俺がやる。お前はそのちっこいのを連れて離れて見てろ」
そう言いながら、サギは短刀を取り出す。
俺がやるって…この朱いヤツを一人でってことか?それはいくら何でも危険すぎるだろ。
「…一人で大丈夫なのか?」
「俺を誰だと思ってるんだ?任せとけ」
うわぁ…何だそのベタな台詞。全く大丈夫に聞こえない…
「ほら、さっさと行け。巻き添え食っても知らんぞ」
俺の方を全く見ずに言う。ヤツは瞳に怒りを宿し、口から火の粉を散らしている。
…あの炎の巻き添えになるのは嫌だ。
「…分かった。行くぞ、リザード」
「ギュッ」
俺は、なるべくヤツを刺激しないようにゆっくりと後退し、登りやすそうな崖下までくる。ゴツゴツした崖をなんとか登りきり、さっと振り返る。リザードもしっかりと登って来たので、少し安心した。