懐かれる体質
不意に視界の下で黒い何かが動く。
「ん?」
ふっと足元に目線をおとす。
「…え?」
そこには、全長1m弱くらいの小型のリザードがいた。
俺の視線に気づくと、ヤツはこちらの顔を見上げ、コクッと首をかしげる。
どうしたの?
そう聞かれている気がする。一見可愛らしい。だがしかし、相手はリザード。トカゲよりも大きい化け物だ。
俺は思わず一歩後ずさる。
すると、ヤツは距離を取られたことに不服なのか、一歩前進してくる。
再び俺が後退すると、ヤツはまた一歩前へ足を出す。
俺が背を向けないようにサササッと後ろへさがると、ヤツは懲りずにタタタッ近づいてくる。
…これでは全くもって埒が明かない。
目線を他のリザード達に移すと、ヤツらは何やってんだ…とでも言っているかのような視線をこちらに向けている。
それは俺が聞きたいんだけど…
再度、視線を足元にいるヤツに向ける。そして、
「お前は何がしたいんだよ」
思い切って声をかける。言葉が通じるとは微塵も思ってないけど。すると、ヤツは首を少し傾げた後、
「ギュッ」
と、返事が返って来た。俺に声をかけられたという事だけは理解したらしい。
でも、ギュッ、って言われても分かんないんだよなぁ…
「ギュッギュッ」
俺の靴をブニブニと踏んでくる。蹴っ飛ばしたりしようものなら反撃されそうなので、様子を見ることにした。
暫くして、突然ヤツは俺を見上げる。そして、
「ギュワ!」
「うわっ!」
突然大きな声で鳴く。俺は驚いて後ろに飛び退こうとする―――が、足を押さえつけられていたので、ドサッと尻餅をついてしまった。
「いってぇ…」
何とか立ち上がろうとすると、ズシッと腹に重みがのしかかる。
「う…お、重い…」
「ギュウ!」
俺の上に上半身を乗り上げ、リザードはもの凄く上機嫌に鳴く。この状態で30kgくらいはあるだろうか。全身で乗られても押し潰されはしないが、起き上がることは出来ないだろう。
「ギュウギュウ」
「ウグ…重いってば…」
俺の腹をブニブニと押してくる。どうやら俺で遊んでいるらしい。
「俺はお前のオモチャじゃないんだぞ…!」
そんな俺の声には耳も貸さず、リザードは楽しそうにしている。
そこでふと、疑問に思う。コイツは何故こんなにも人懐っこいのだろう。先程までの緊迫した状態から考えれば、俺はコイツの腹の中にいてもおかしくはないのに。
他のリザード達もそうだ。全くと言っていいほど襲ってくる気配がない。距離が離れたからかもしれないが。
「どいてって」
リザードの体をグイッと押してみるが、びくともしない。すると、それまで俺の腹の上で遊んでいたリザードがこちらを見て、
「ギュッ」
と、少し声を低くし、瞳を細くして俺を睨みつけてくる。まるで、嫌だ、と文句を言っているかのようだ。
いや、文句を言いたいのは俺の方なんだけど…。
何とか降りてもらおうと抵抗してみるが、全くどこうとしない。降りる素振りすら見せない。それどころか段々とエスカレートしている気がする。
暫くそんなことをしていると、
「ギュアッ!」
「ヴッ…!」
ドンッと俺の胸を押してくる。俺は後ろへ倒れてしまわないように耐えた。
「ギュッ!」
リザードは目を細め、俺の反応を面白がっている。その表情を見て、俺は思った。
コイツに何をやっても無駄だ………と。