囮作戦
「それにしても、このリザード達の脇を通らなきゃいけないのか…」
流石に怖い。
向こうから襲ってくる気配はないものの、チラチラとこちらの様子を伺っている。万が一にも煽るようなことをすれば、間違いなく俺達…いや、確実に俺はリザードの餌になるだろう。それだけは何としても避けたい。
「…ん?」
ふと、サギは橋らしきものの向こう側を見る。
「わりぃ、ちょっと時間稼いでくんないか?」
「は?」
何を突然…通るだけって話じゃなかったのか?それに、時間を稼ぐって…
「…どうやって?」
「囮作戦でもしてみるか」
「…そうきたか…」
囮になる方は体力と足の速さが絶対条件だ。一方で、囮にならない方はリザード達を相手にすることになる。囮が引きつけているとはいえ、ヤツらを相手にするのは困難を極める。
俺には爬虫類から逃げ切れる体力も、速さもない。かと言って、ヤツらを相手出来るほどの技術も、度胸もない。
……あれ?
「俺は何をすればいいんだ…?」
「何を今更…お前の役目は決まってるだろ」
「…え?いつ決まったんだ?」
「最初から」
はぁ?最初から?
唖然としている俺を見て、サギはやれやれ、とため息をついている。その様子を見て直感する。
「…もしかしなくても、俺が囮か?」
「当然だ。それ以外に何がある」
やっぱり……
俺はガックリと肩を落とした。
確かに、俺にリザード達を相手に出来る訳がない。それは重々分かっている。分かっていたけれども。
囮になるのはもっと嫌だ。この男は俺に爬虫類に追いかけ回されろと言うのだろうか。足が遅いと分かっている奴を、あえて飢えた獣の前に頬り出すようなものだ。結果は火を見るより明らかじゃないか。そんなの絶対に嫌だぞ!
…まぁ、彼に何を言っても意味はないのだが。
「なぁ、サギ。お前は、俺があの爬虫類達から逃げ切れるとでも思ってるのか?」
「あぁ、思ってる」
…即答かよ。嘘だろ?
加えて、
「逃げ足だけは俺より速いしな」
とヘラリと言われた。確かにそうかもしれないが…
…いや、どう考えてもサギの方が速いだろ。
もう一度谷底を見る。リザード達は円になってたむろしている。まるで、会議をしているみたいだ。コイツらの注意を引かなければいけないのか、と思うと少し怖くなった。
一応確認しておく。
「俺はヤツらの注意を引いて、時間稼ぎをすればいいんだよな?」
「そうだ。別に、追いかけられろって言ってる訳じゃない」
「だよな、そうだよな」
それなら大丈夫だ。多分、何とかなる。
少し、ほんの少しだけ希望が持てた。
…とは言っても、怖い事には変わりない。
俺が谷のふちに立って谷底に下りれないでいると、
「さっさと行け」
「ちょ、ちょっと待てって…」
サギが急かしてくる。
そのまま攻防すること数分、サギはいい加減しびれを切らしてしまったようで、
「さっさと囮になってこい!!」
ドカッ!!
「…ん?…ウワァァァァ!!」
ドサッ!!
「いってぇ……何するんだよ!急に蹴り飛ばさなくてもいいだろ!?」
「生きてるかー?」
頭上からサギが笑いをこらえながらこちらを覗き込む。
くっそう…他人事のように言いやがってぇ…
「何とか生きてるぞ!」
…かなり痛かったけど。
「そりゃあ何よりだ」
そう言って彼は何処かへ歩いていってしまった。
俺は静かに立ち上がる。そして、スッと上を見上げる。
この高さを落とされたのか…そう思うと少しヒヤリとする。
本当に、生きててよかった。
俺から10mほど離れたところにリザード達はたむろしている。そして、突然下りてきた俺をチラチラと見ている。
囮になってしまったからには、何とかしてヤツらの気を引かなければならない。
意を決してゆっくりと、慎重にヤツらに近づいて行く。半分くらいまで距離を詰めたその時、ヤツらは一斉にこちらを向いた。
俺は本能的に歩み寄るのを止める。
十個の黄金の目に見つめられる。ヤツらはジッと俺を凝視したまま動こうとしない。一歩足を踏み出そうとすると、手前にいた一匹が口を僅かに開けた。
これ以上近づくならば容赦はしない――
そう言われた気がした。冷や汗が頬をつたう。鼓動が先程よりも速くなっているのが分かった。俺は足を前に踏み出すのを止め、リザード達の周りを弧を描くように歩く。背を向けないようにする為、目線は彼らに向けたままだ。
正直、もの凄く怖い。
何とか俺が降りた方とは真逆の方へ移動する。それからサギを探す。彼はリザード達から少し離れた崖の上にいた。
…なんか、ちょっと離れてないか?リザード達のすぐ真後ろに降りられるところにいればいいのに…
…何にせよ、ここまで注意を引ければ大丈夫だろ。
全員こちらを注目したままだ。これならサギも戦いやすい筈だ。
俺は大きな仕事をやりきったと感じていた。