まだ見ぬ世界へ
「しかし、こんな大きなヤツを自由に動かせるって…相当凄いぞ。一体誰が…」
俺は腕を組みながら唸る。
世の中には魔法を使って生き物を操ったり出来る人もいるらしいが、俺は会ったことがない。そもそも、魔法を使っている人を見たことがない。犯人は魔法を使えるのか…?
「それを知りたいなら、まずは村の外に行かないとな」
サギは親指を村の出口にクイッと向けて言う。
「ずっとここにいたって、何も始まらないさ」
その言葉に、一瞬鼓動が速くなった。
「……そうだな」
確かに、サギの言う通りだ。こんな小さい村の中にいたんじゃ、分かる筈のものも分からず仕舞いだ。一体何が起こっているのか、自分の目で確かめてみない事には何も始まらない。事件は足で稼げって言うしな。
俺は一度深呼吸をして、
「よし、そうと決まれば、まずは隣村からだな。そう遠くないし、情報収集にはもってこいだ」
「いい情報を持ってる奴がいるといいな」
彼はそう言うと俺を観察するような視線を向けた。
隣村までは、さほど遠くない。雑木林の道を抜けたところにある。この事件もとうに伝わっているだろう。
しかし、この道は木々が太陽の光を遮っており、いつも薄暗い。さらに、人の行きかう道は細く、そのわきには、腰辺りまで雑草が伸びているという有様だ。
先程のリザードが何処から襲ってくるか分からない。普段ならそんなに心配はいらないのだが、今はヤツがうろついている可能性がある。先程の大きさなら、背の高い草に容易に紛れられるだろう。
万が一の時の為、武器だけは替えを含めて持っておきたい。
「…でも、俺は武器とか持ってないし…」
何とはなしに呟く。
先程から俺を見ていたサギが、自分の腰に差していたものをスッと抜き取り、
「俺の短刀をやる。もう使わないし」
「本当か?」
ほれ、と言われ手渡されたのは、太刀を小さくしたような刀だった。しっかりと鞘に収納されている。
「ありがとう。…でも、サギはどうするんだ?」
見た所、ダガーしか持ってないんだが。
「ちょっと待ってろ」
彼は、踵を返し自宅へと入っていく。数分もしないうちに戻って来た。
「俺は短剣2本と、ナイフ1本。あと、このダガーだな」
短剣とダガーは腰に、ナイフは右足首の外側の方に鞘ごと括り付けるそうだ。確かに、括り付ければ落とす心配はないだろうし、数を持っていれば、刃が折れた時の心配をしなくて済むんだろうが…。
「そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。っていうか、お前が言うな」
それもそうなんだが…
先行きが心配だ…
「まぁ、細かい事は気にすんなよ」
こ、細かい…?
「お、おう…?」
全く細かい事じゃない気がするんだが……
まぁ、理由はどうあれ、これで出発できる…
「じゃ、行くか。ハク」
そう軽く俺の名を呼んで歩き出した。
ふっとサギは足を止め振り返ると、
「独り言は止めような」
「!?!?」
と、思ってもみなかった言葉をかけられた。
う、嘘だろ…?一体どこから…?
「…俺が問題ない、と言った後からだな」
「え…?」
「さっき俺をからかったお返しな。俺、やられたらやり返す派だから」
サギがボソッと呟き、ニヤッと得意げな笑みを浮かべる。
俺は思い当たるふしを探す。
さっき…?さっきって言ったら、リザードを調査してるあたりのことだよな…?そのあたりで俺がサギをからかった事…?
そこまで思い出してハッとする。
まさか、と思って聞いてみる。
「…生物博士って言ったやつ、根に持ってるのか…?」
「さぁ、それはどうだろうな?」
と、異様に爽やかな笑みを向ける。
絶対根に持ってるぞ、これ。
って、俺が独り言を言ってたなら早く言ってくれよ。
…これからは発言に気を付けよう。下手をすれば、倍返しどころか10倍返しで返って来そうな気がする。
…何はともあれ、これから奪われた宝石探しの旅が始まる。勿論、全ての宝石を取り戻すなんてそんな簡単なことじゃない。まだ犯人の手がかりすら掴めていないのだ。かなりの困難を伴うだろう。
不安もあるが、今は、この村を出られる事が楽しみで仕方がない。道中でどんな人達と出会うことが出来るのか。他の場所はどうなっているのか…。なぜなら、俺は生まれてこの方この村から出た記憶がないからだ。
そして、この旅の最大の目的である、犯人は一体誰なのか。
旅は、今ここから、始まった。