紅き輝きを放つ石
「………。もう、動かないか?」
俺は恐る恐る尋ねる。
「…多分な」
サギは静かにヤツに手を伸ばす。そして、顎を貫いた短剣を引き抜いた。更に、腹部に突き刺さったままのダガーも回収する。それを見て改めて気付いた。
そう言えば、ダガーが刺さったままだったんだな…という事に。
今の今まで、すっかり忘れていた。それほどまでに真剣な戦いだったという事だろう。そして、ダガーの存在を忘れさせてしまうくらい、ヤツは動いていたという事でもある。
ふと、空を見上げる。太陽はまだ東に偏っていた。感覚的には、もう昼頃かと思ったのだが…。今日はいつもより時間が過ぎるのが遅く感じた。
…こういった相手との戦いは初めてだ。
人と人の喧嘩もそうだが、「戦い」と名のつくものは、全般的に俺には合わない気がする。相手を傷つけたり、何より血を見るのが嫌いだ。だって、見ていて痛々しいし、やられてる側が可哀想じゃないか。
そんな俺が、まさか戦闘に巻き込まれる事になるとは思ってもみなかった。
…実際には回避してただけだが。
しかし、サギはこういう戦闘に慣れている様だ。行動一つ一つに躊躇がなかったな…
俺とは行動力と判断力、更には精神力が違い過ぎる。
現に、血まみれのヤツの死体を臆することなく調査している。勿論、彼が戦闘慣れしている理由など、俺には到底分かりえないが…。
「……。…い、おい。人の話を聞け。また考え事か?」
「え?あぁ……」
ボーっとしていて、彼が呼んでいることに気が付かなかった。悪い、と言いつつサギの近くに行く。
「何か、分かったのか?」
「ん?まぁな。調査報告の前に、ちょっとここを見てみろ」
と指差しているのは、ヤツの真っ赤に染まった腹部だった。
実はあまり見たくなかったのだが…
独特の鉄臭さが鼻をかすめる。臓器と思われるものが破れており、一部皮膚や鱗が溶けているところもあった。全体的に血にまみれていて何が何だか分かったもんじゃない。
「一体、何を見ればいいのか……」
俺は顔をしかめながら呟く。
「なら、少しこっちにずれてみろ。太陽を背にして立ってるから分からないんだ」
言われるままに少し横にずれてみる。
「あれ?今何か…」
紅い液体に紛れていて気付かなかったが、太陽の光に反射してキラリと光るものがあった。俺は、その輝きに見覚えがあった。
「宝石か!?」
「だろうな」
今すぐにでも取り出して確認したい。しかし、流石にこの…深紅の体液の中に手を突っ込むのは気が引ける。
そんな俺の気持ちを察してくれたのか、サギは自ら宝石と思われるものを取り出した。井戸から水を汲み、それを綺麗に洗う。
「ほらよ」
「うわっ!」
ヒョイッとこちらへ放る。それは弧を描きながら、ポンッと俺の手の中に収まる。
「落としたらどうするんだよ」
「お前がまた洗えばいいだろ」
何だよそれ。
心の中で呟く。
手のひらに収まっている物を見る。それは、丁度片手で握れるくらいの、紅く燃え盛る炎の様な色をした、正真正銘の『ルビー』だった。
「1つは取り戻したな」
「嗚呼。…まだ1つだけだけどな」
俺の言葉を聞いたサギは、ふっ、と笑う。
「何も進展がないよりはいいだろ」
それもそうか。俺はギュッとルビーを握りしめた。
「…そう言えば、こいつの生態は分かったのか?」
一番気になっていた事を聞いてみた。
「ん?あぁ、こいつはトカゲの一種だ」
しれっと言う。確かにトカゲっぽいけども…まさか見た目通りだったとは…
「当てずっぽうじゃなかったのか…」
「舐めるなよ?」
サギ曰く、コイツは『コモドドラゴン』というトカゲによく似た『リザード』という生物らしい。一般のトカゲとの大きな違いは、大きさと凶暴さだ。ただし、凶暴と言っても、攻撃したり、怪我をしていたり、背を向けて走り出したりしない限り、襲ってくることはないそうだ。
今回襲ってきた理由は、十中八九、サギが攻撃したからだと思うが。
…なんてことをしてくれたんだ、こいつは…
今ここにいる奴は、リザード目のリザード、というらしい。普通のものだけでなく、住んでいる場所の気候などによって、耐性に違いがでたり、炎が吐けたり冷気を纏ったりと、属性をあわせ持つものもいるそうだ。
「まぁ、2mじゃあ小さいよな」
当たり前のように出てきた言葉に、
「は…?これで小さい?」
思わず聞き返す。
十分デカいと思うんだが…
「大きい奴は全長10mだぞ?」
「……………」
高さは2mくらいか、と彼は呟いている。
あまりの大きさに想像がつかない。何だよ、10mもあるトカゲって…。そんなの、トカゲじゃなくて、もはや動く小山じゃないか。
小さい奴で良かった…何より、そんなデカい奴じゃなくて良かった……と、心底ほっとした。
「リザードは主に乾燥帯に生息している。その為、割と何処でも活動出来るのが特徴だ。とは言っても、やっぱり乾燥帯にいる方が過ごしやすいんだがな。…だが、此処から一番近い乾燥帯は10kmくらいは離れてた筈だ」
…それはつまり、
「移動してきたとは考えにくい…って事か?」
彼は俺の言葉に一つ頷き、話を続ける。
「嗚呼。そもそも、この村に来る理由がないだろ。食糧も水も、ここに来る途中で手に入るんだからな」
なるほど…言われてみれば、コイツラが住んでいる乾燥帯からこの村に来る間には、草原もあれば湖もある。主食は主に昆虫と小動物だそうだ。それならば、確かに此処に来る必要がない。
食糧目当てではない、かつ、自分で移動してきたとは考えられない。しかし此処にいるということは……
そこまで考えたところで、思わずハッとする。
「誰かに操られている…?もしくは、誰かに連れて来られたのか…?」
「…その可能性が強いだろうな」
まさか、そんな…誰が…?
…だが、リザード1頭を調べただけでここまで導き出してしまうなんて…やはり、サギは末恐ろしい男だ。
彼がここまで生物に詳しいのは、昔、ちょっとした生物研究所にいたかららしい。正確な分析力を持ち、人並み外れた記憶力から、何でも『生物博士』と呼ばれていたんだとか。随分と頼りにされていたそうだが……何故辞めてしまったのだろう。村にいるよりずっといい筈なのに。
「流石、生物博士と呼ばれた男、だな」
「おいおい、いつの話だそりゃ。止めてくれよ」
「えー、別にいいだろー?ってか、いつってほど過去の話じゃないだろ?」
「過去は過去だよ」
…少しからかってみたり。