少女と招かれざる客
若風村に帰って来ると、人々が一か所に集まっていた。その中心には、血の気の引いた顔をした男性がいる。俺達は一度顔を見合わせて、人だかりへ足を向けた。
「あ!旅人さん!」
一人の女性がこちらに気付く。まわりにいた人も一斉にこちらを向いた。
「何かあったんですか?」
「それが…」
「あんたが噂の旅人か!!」
女性の話を遮って、真っ青な顔をした男性がギーラーにすがりつく。
「頼む!娘を助けてくれ!娘がまだ森にいるんだ!」
「落ち着いてください。何があったんですか?」
ギーラーは優しくも筋の通った声で男性をたしなめる。その人は一度目を閉じ、それからゆっくりと口を開いた。
「娘と一緒に森へ薬草を採りに行ったんだ。娘は俺がちょっと目を離した隙にどっかに行っちまって…慌てて探したら、とんでもねぇバケモノに遭っちまったんだ」
「バケモノ?」
「俺、怖くなっちまって…逃げてきたんだ……娘をおいて」
その男は、最低だよな、と小さく呟いた。
「なぁ、頼む。娘を探してきちゃあくれねぇか?俺じゃああいつには歯が立たねぇ」
「………分かりました。お引き受けします」
「本当か!?」
男性はバッと顔をあげる。
「はい。助けに行く前に一つ…そのバケモノとやらはどんな姿をしていましたか?」
「格好はよく覚えてねぇんだ。とにかくこの森じゃあ在りえないくらいド派手な野郎だったのは覚えてる」
ド派手な魔物…?格好じゃないってことは…色が?
「成程…。有難うございます」
礼を言うなり、ギーラーはゆっくりと森の方へ足を進める。
「お、おい!一人で行くのかよ?」
「うん、そのつもりだけど」
それはなんでも危険すぎるだろ。
「俺達も一緒に行く」
「え?」
なんか凄く驚いた顔をされた。な、何だよ。俺はそんなに臆病なイメージなのか?俺だって役に立ちたいんだよ!
「お前は正直言って足手まといだろ」
サギが横槍を飛ばしてくる。
うっわ、こいつ…もうちょっとオブラートに包むことはできないのかよ。
「まぁ、一緒に行くのはいいけど…」
「よし、じゃあ行くぞ!」
有無も言わせず二人の背中をグイグイと押して行く。
森の中は、俺達がこの村に来る前に通った道とよく似ていた。違う点と言えば、くるぶしくらいの高さまでの雑草しか生えていない事くらいだ。視界は確保しづらいが、走りやすいだけマシだな。
「ギュッ?」
俺の横を走っていたクラルが足を止める。
「ん?どうかしたのか?」
「ギュァッ!ギュアッ!」
クラルは俺達が進んでいる方とは見当違いな方へ走って行く。
「あ!クラル!」
サギとギーラーは気づいていないのか、どんどん先を走って行く。
何か見つけたのか、それとも聞こえたのか…どっちにしろ、何かを感知した事には違いない。だけど、このままサギ達から離れて大丈夫か?正直俺じゃあここら辺の魔物を相手に出来るかも怪しいし…
俺は迷った挙句、
「クラル、待ってくれ!」
野生の勘を信じる事にした。
クラルの後を追って森を突き進む。クラルはトカゲの類だから、当然と言ったら当然なのだが、走るのが速い。見失わないように尻尾を視界に入れておくだけでも精一杯だ。
数分後、少し開けた場所に出た。…と言っても、辺りが木に囲まれている事には変わりないのだが。
「あ!」
その空間の中央には、ちょこんと座っている少女がいた。俺は真っ先に駆け寄る。
「大丈夫!?怪我とかしてない!?」
「………うん」
少女はコクっと頷いた。服は多少汚れてはいるものの、目立った怪我はしていないようだ。俺はほっと安堵のため息をつく。
そうか、クラルはこの女の子の気配を感じとってこっちに走って来たのか。
「良くやった、偉いぞぉクラル」
「キュキュキュッ」
撫でてやると気持ち良さそうに目を細めた。その後、俺は女の子に手を差し伸べる。
「君のお父さんが待ってるよ。さぁ、一緒に帰ろう?」
「…うん」
女の子は恐る恐る手を伸ばし、そぉっと手を握ってくれた。再び俺を見上げ
「ひっ……!」
顔をひきつらせる。
「ギュアァッ!!」
クラルの声に驚いて後ろを振り向くと、目の前にドギツイ赤色が大口を開けて迫って来ていた。
「うわあああああっ!!」
俺は咄嗟の判断で女の子を抱きしめ、横に転がる。
ガシャンッ
金属がこすれたような音が響く。俺は女の子を抱えたまま近くの茂みに飛び込んで姿勢を低くする。震える少女をなだめながら、襲撃者の姿を見る。
…何だよあのオレンジ色の茎。食虫植物が虫を捕食するのに使う部分によく似た形をした頭(?)は、ドギツイ赤色をしている。両手(?)の役割をするであろう部分も、頭の部分と同じ形、同じ色だ。茎の根元には4本の根のようなものが生えており、それで体を支えているようだ。あれが脚替わりなのだろう。
確かに、こりゃあド派手だわ。アレ絶対擬態に適してないだろ。この森の中に居たら嫌でも分かるぞ。生息場所間違えてるんじゃないのか?
そんな気味の悪いバケモノを相手に、クラルは牙をむき出しにして唸っている。
「キシェエエエッ!」
形容しがたい声を上げながら、両手についた口をクラルに目がけて伸ばす。が、あんなのろまな攻撃が当たる筈もなく、クラルはササっと避けた。
「ギュアッ」
そんな攻撃当たらないぜ!と言わんばかりにバケモノを見る。
「キシェェェエエエエッ!!」
頭部の口からチラリと火の粉が舞う。これはまさか…
「クラル!!避けろ!!」
「ギュアッ!」
ゴオォォォォォォッ
ヤツの口から真っ赤な炎が吐き出される。ヤツは炎を吐き出しながら首をもたげてクラルの後を追う。もう少しで尻尾が燃えるというところまで炎が近づいた時―――
「ギュッ!」
クラルが消えた。
炎は先程までクラルが居たであろう場所を通過して消える。ヤツは首を傾げて辺りを見渡す。俺も一緒になって辺りを探した。
「キュッキュッ」
何故か足元から小さく声が聞こえ、ふっと視線を向ける。そこには地面からぴょこっと顔を出しているクラルがいた。
「お前…!」
クラルは地面から出てくると、ブルブルと体を震わせて体についた土を落とす。
成程、穴を掘るなんて芸当ができたのか…取りあえずお前が生きてて俺は安心したぞ。
クラルに微笑みかけた後、再びヤツに視線を戻す。
炎を吐く奴に基本炎は聞かない。どっかの誰かさんみたいに高火力なら別なんだろうが、生憎俺にはそんな事はできない。元が植物だから水が効くかどうかも怪しい。これは最早魔法じゃなくて直接切りつけた方がはやいのか?何かそんな気がしてきたぞ…
「ギュ?」
クラルが首を傾げてバケモノがいる方とは反対側の、つまり俺達側の木々の向こうを見る。俺も注視してみると、ガサガサガサッと何かが近づいて来ている音がした。
これはもしかして、もしかするんじゃなかろうか?
嫌な予感がして、女の子を連れてその場から離れる――――次の瞬間
「キシェエエエッ!!」
「ひぇっ…!」
ぎゃああああああっ!!やっぱり来たあああ!!正直そうだろうなぁと思ったよ!あ、しまった。これもう一体にも気づかれ…
「キシェェェエエエエッ!!」
ですよねぇ!!女の子抱えてるから全速力で走れないし…ここは腹を決めるか!
「かかってこいよ!二対二でもやるぞ俺は!」
「「キシェエエエエエエエエエッ!!」」
左手を片方のヤツにかざし、火柱のイメージを作る。
「白き炎!!」
ゴォォォォッと白い火柱があがる。
「キシェァアアッ!?」
これで足止めくらいにはなるだろう。問題は…
「キシェェェエエエエッ!!」
両方の口で猛撃を仕掛けてくるコイツだ。
さっと姿勢を低くして回避し、女の子をしっかりと抱えてヤツの背後にまわる。そして、持っていた短刀でヤツの体を切りつける。
「キシェァアッ!?」
赤っぽい色をした透明な体液が噴き出す。
やっぱり体が赤いから体液も赤いんだな…って、そんな事に納得してる場合じゃなかった。
「「キシェェェエエエエエエッ!!」」
二体とも体を少し反らす。
あ、これヤバいやつなんじゃ…
ゴオォォォォォォォォッ!
二体の口から同時に炎が吐き出される。両側からジリジリと死の熱が近づいてくる。
「っ!!」
完全に逃げ場がない。
このまま女の子を死なせる訳にはいかない。
でもどうすれば…!?
俺には何も…
「水の壁!」
「風波斬!!」
「!?」
一瞬にして水の壁が出現し、炎を遮る。かと思ったら、ビュォッと風の音がして奴らの両腕が刎ね跳んだ。
「「キシェァアアアアアアアアッ!?」」
ヤツラの悲鳴が木霊する。水の壁が消えると、目の前には見知った背が立っていた。
「一人と一匹でここまで耐えたことは褒めてやろうか」
「よく女の子を庇いながら戦えたね、凄いよ」
「サギ…!ギーラー…!」
「後は俺らに任せな」
それからは本当にはやかった。サギが雷やら氷やらの魔法で足止めしたところを、ギーラーが手早く解体していくだけの作業。クラルも女の子も前のめりでその様子を見ていた。
「…こんなもんか」
バケモノはほぼ跡形も残らず葬り去られ、焦げ跡が至る所に残っているだけとなった。
「あれ?これは…」
「あ?どうかしたか」
「これって、宝石?」
「え!?」
ギーラーの方へ駆け寄る。彼の手には確かにオレンジ色の宝石が二つあった。
「ファンシーカラーサファイアだ!」
「え?これサファイアなの?」
へぇ、と彼は感歎している。
サファイアは全て青だと思ったら大違いだ。内包物によって赤系か青系に色を変える。
「これ、俺が貰ってもいいか?」
「うん、いいよ」
ギーラーから宝石を譲り受け、ポーチの中にしまう。
「これでまた、宝石が魔物を操る能力を持ってることが浮き彫りになってきたな」
「ところで、このバケモノは一体なんなんだよ」
「コイツラはヴォルカンプラント、火山地帯にうじゃうじゃいる奴らだ」
サギ曰く、暑い所が好きらしく、ここら辺の気候は苦手らしい。最悪砂漠までなら進出してくることもあるようだが、それもよっぽどの事がないとあり得ないとの事だ。火山地帯での保護色になるように赤い体色をしているらしいが、結局目立っているので意味はないそう。かなり好戦的で、獲物を見かけたら相手がドラゴンだろうが何だろうが襲い掛かるらしい。
「まぁ、能無しってことだな」
「そう言ってやるなよ…」
アイツラの火炎放射での挟撃、結構えげつなかったぞ。
「サギ君って、本当物知りなんだね」
「そうでもないだろ」
いやいや、相当知ってるだろ。俺との知識量が雲泥の差なんだが…まぁ、あいつと比べるのがそもそも間違ってるって気もするけど。
クイッとズボンの裾を引かれ、足元を見る。
「…お兄ちゃん、まもってくれてありがとう」
「!!…どういたしまして。でも、お礼ならあっちにいるお兄ちゃん達にも言わなきゃ駄目だぞ」
「うん。ありがとう」
女の子はペコリと頭を下げる。
「どういたしまして」
「…ほら、さっさと戻るぞ」
サギはさっさと歩いて行ってしまう。俺は女の子の手を引いてゆっくりとその後を追った。