昼(?)飯と即席料理長
サギは氷の塊に近付き、左手をかざす。
「消滅」
氷の塊は跡形もなく消え去り、中央には吠えている状態で凍り付いた二つ頭の犬だけが綺麗に残る。近寄って見てみると、背中に円形の氷が埋まっているのが分かった。屈んで腹の方も見てみると、同じように氷が埋まっているのが分かる。恐らく、棒状の氷か何かで貫かれたのだろう。…手加減のない男だ。
俺は立ち上がって両手を合わせ、目を瞑る。
お前の事はちゃんと食べてやるからな。それで許してくれ…
目を開けると、目前から犬の姿が消えていた。
あ、あれ?俺、十数秒しか目を閉じてなかった気がするんだけど…どこに消えた?
ふと、視線を横にずらすと、氷漬けの犬と睨み合っているサギの姿があった。
「何してんのお前…」
「見て分からないのか?解体手順を思考中だ」
いや、分かる訳ないだろ!その状態を見ただけで分かると思ってるお前の思考が一番分からないよ!
「解体は俺がやる。料理はお前が作れよ」
「は?」
突然何を言い出すんだ?
「だってお前、魔物の解体、出来ないだろ?」
「そりゃあ、出来ないけど…」
え?ちょっと待って。全然話について行けないんだけど。
「あ。お前、この場で即興で何か作れ」
「はぁ!?この場で!?」
何でこの場!?
「若風村に帰ってからでもよくないか?」
「俺は腹が減った」
何て奴だ…自分が作らないからって言いたい放題言いやがって。しかも、俺が料理作る事に関しては決定済みっぽいし。亭主関白か。
助けを求めてギーラーを見ると、お願いします、みたいな感じで両手を合わせて微笑んでいる。
ギーラーよ、お前もか…
「部位はどこを使うんだ?」
…お前さぁ。
「どんな料理を作るか考える時間くらいくれよ!」
「時間なら今やってるじゃないか」
「あのなぁ…」
うーん……あ!じゃああれにしよう!犬肉で出来るかどうかは知らないけど、肉であることには変わりないし、大丈夫だろ!多分。
「頭は使うか?」
「要らない!要らないから!使える料理あるのかよ!」
「あるぞ」
「マジで?」
魚ならまだしも、犬の頭を使う料理って何だよ…
「知ってるんだったらお前が作れよ」
「面倒くさい」
コノヤロウ…。
頭も使える料理…即興じゃあ思い浮かばないぞ?でも捨てるのは勿体ないし、可哀想だよな。どうしよう…
「なぁ、何かいい感じの持ってないか?こう…長期保存がききそうな入れ物とか…」
「あぁ、持ってる」
「本当か!?」
パッと見、ナイフ2本と短剣2本とダガー1本しか持ってないように見えるんだけど…
「ちょっと待ってろ」
そう言って、手のひらを上に向ける。
「創造」
何もない空間からポン!と現われたのは…薬草を入れておくのに丁度良さそうな大きさのショルダーポーチだった。
…どこからどう見ても、ただのアイテムポーチなんだけどそれは…
「一応聞いとくけど、これは…?」
「見ての通り、アイテムポーチだが?」
やっぱりな!そうだろな!
「…って、そんなんで肉の塊が入るかっ!!犬の頭一つすら入らねぇよ!」
「大丈夫だ。問題ない」
大問題だよ!!
「それ、もしかしてマジックバッグ?」
ギーラーがひょっこりと顔を覗かせる。
「嗚呼、そうだ」
「…え?何それ?」
「見た目よりも沢山入るバッグだよ」
へぇ……
「魔法で作り出した場合は、作った人の魔力量に比例して、バッグの内容量も増えるのが特徴かな」
そうなのか…
サギは手っ取り早くナイフ一本で氷漬けの犬を解体していく。初めに頭を二つ切り落とし、犬を横に転がして腹を裂き、内臓系を取り出す。両脚を切り外し、背に沿ってナイフを入れ、背骨から肉を剥がす。肉を腹や背といった部位ごとに切り分け、その場に並べていく。
今思ったけど、使ってるのはただのナイフだよな?何でただのナイフでここまで出来るんだよ…
「ってか、解体した肉をそのまま地面に置くなよな。土とか着いちゃうだろ」
「お前はいちいち細かいな」
「いや、全然細かくないだろ!むしろ地面に肉の塊を置かないって常識の範囲だと思うけど!?お前はもうちょっと気を使えよ!」
「仕方ねぇなぁ…」
うわ、ため息混じりに言われた。ため息つきたいのは俺の方なんだけど…
サギは、今度は目の前の何も無い空間に手をかざす。
「創造」
ポン、とテーブルを作りだした。立って料理をするのに丁度良い高さだ。ご丁寧にまな板と包丁まである。
「…今思ったんだけど、それどうやって作ってんだよ」
「軽く。魔法で」
お前の言う軽くは、一般人からしてみると全く軽くないんだよ。
「それ、何て言う魔法だ?」
「創造魔法」
うわ……なんか、色んな意味でヤバそうな名前の魔法だ…
「武器とか防具とか、創ろうと思えば大体創れる。食材とか料理とか、人の口に入る物と魔物は例外な」
一応、創れないものもあるのか。って、魔物が創れたら大問題だよ。
「因みに、創造系の魔法は使える奴が限られてて、金属のみを使う錬金術ってのもある」
ほぇ~…
「お前のその魔法は、金属を使わなくても武器が作れるってことか?」
「性能は多少落ちるけどな」
「サギ君の魔力量なら、本物に勝るとも劣らない物が創れそうだけどね」
うん、俺もそう思った。魔力底なし野郎っぽいところあるし。本当に人間かどうかも怪しいレベルだよ。
「…で、どの部位を使うんだ?」
そうだった。すっかり飯を作ることを忘れていた。
「取りあえず、腹の柔らかい部分をくれ」
「ほらよ」
ドン、とテーブルの上に肉の塊が置かれる。
結構量があるな…四角いしデカいし…よし、上の方だけ使おう。
包丁を入れて二つの塊に分ける。片方をサギに返し、もう片方を更に半分に切った後、厚さ1㎝くらいに切っていく。
…うわ、40枚も出来たよ…。最高で1人2枚食べるとしても、残りはどうしようか…
「ギュッギュッ!」
ズボンの裾を引っ張られる。
そうか、クラルにあげればいいんだ!どれぐらい食べるかな?取りあえず、10枚は焼とくか。
「なぁ、フライパンって創れるか?」
「当然だろ。誰に聞いてるんだ?」
まぁ、言うと思ったよ。
サギがフライパンと魔道コンロ、フライ返しを創ってくれたので、早速フライパンを火にかける。
「塩とかって、使う?」
あ、欲しい!あるのか?
「あるよ。はい」
キーラーは腰につけていたポーチから塩の入った瓶をだす。有り難く使わせてもらう事にする。
「あ、油とかどうしよう…」
「焼けば油なんて出てくるだろ」
そうなんだけどさぁ…そうじゃないっていうか…
その時、ヒョイとフライパンの中に投げ込まれたのは、四角い油の塊だった。
「犬の背油だ。それで文句ないだろ?」
「サンキュー。珍しく気が利くじゃないか」
「いつも、の間違いだろ?」
いつも…ねぇ?さっき土の上に肉の塊を置いてたのはどこの誰だったか。
油が溶けて来たところで、隣からトントントン、と包丁を使う音がする。横を見ると、そこには何か葉物を切っているギーラーがいた。
「何してるんだ?」
「ハーブを切ってるんだ。その油にこのハーブの香りをつけておいたら美味しいかな~って」
「あ~、絶対美味いと思う」
そして、細かくしたハーブを油の中に入れてくれる。1分程火を通すと、ハーブの良い香りが立ちのぼる。強火にして肉を四枚入れ、塩を軽く振る。
「焼き加減はどれくらいがいい?」
「レアで」
「僕もそれで」
よし、全員レアな。約1分焼いてひっくり返す。更に40秒程火を通した後、いつの間にか用意してあった皿の上に、油ごと盛る。
どうだ!即興・ハーブ風味の犬肉ステーキ、完成だぜ!!
「それじゃあ、いただきます!」
一口頬張ると、程よい甘味とサッパリした油が口の中に広がる。ハーブの爽やかな香りが、一層旨味を引き立てる。
うん!美味い!自分で言うのもなんだけど、文句なし!
「美味いな」
「うん、ハーブ入れて良かったね」
やったぜ!俺、頑張ったもんな!
「キュキュキュッ!」
クラルも美味そうに肉を食べている。
そうかそうか!お前も美味いって言ってくれるか!
クラルはペロリと肉をたいらげ、
「ギュッ」
と一つ鳴く。
「…もしかして、おかわり?」
「キュキュッ!」
分かった分かった。作ってやるから待ってろよ。
「よし、俺の分も作れ」
お前もかい。
「ギーラーはどうする?」
「僕はこれで十分だよ」
「分かった」
という訳で、自分の分も含めて再び4枚焼き上げる。今度はクラルの皿に二枚のせてやった。クラルはガツガツと夢中で食べ、あっという間に食べ終わってしまった。
「ギュッギュッ」
「え!?まだ食うのかよ!?」
「ギュッ!」
あ、そう…。まぁ、いいけどな?
追加で二枚焼き、皿に盛る。
「キュキュキュッ!」
それをあっさりとたいらげ、
「ギュアッ!」
と、嬉しそうに鳴いた。
沢山食べてくれるのは嬉しいけど、太るなよ?
「成程、クラルは大食漢だったんだな」
サギがやや驚いた顔をする。俺も吃驚だよ。
「そう言えば、頭とか背骨とか、その他諸々がなくなってるけど…」
「ポーチの中だ、心配すんな」
…本当にあの量がその中に入るんだな。凄い…
「後で使わなかった肉の塊も入れておいてくれよ」
「分かってる」