調査中だ、邪魔すんな
だだっ広い草原をズカズカと突き進む。たまに視界の端に芋虫やら蛾やら蛙やらが飛び込んで来る。
…ここら辺には魔物の中の底辺の奴らが多いらしいな。相手にもならんし、ほっとくか。どうせこっちには近づいてこないだろう。近づいてきたら、そいつは実力差の分かってないただの馬鹿って訳だ。
ふと足元をみると、そこには薬草系の植物が多く生えていた。
まぁ、そりゃそうだよな。あの村はこの薬草で稼いでんだから。俺は使わないが、ハクは使う事が多そうだよな。あいつ変に神経質だし、小さい傷で騒ぎそうだし。…後でいくつか摘んどくか。
暫く草原を行くと、何かの死骸が落ちていた。角が刀の様になっている鹿、刀鹿だ。腹を中心に半分ほど食い散らかされているが、あの角は間違いない。この腐り加減だと死後10日は確実に経っているだろう。腐乱臭が漂っているが、気にしないで近づいていく。
近づいて見てみると、首のところに鋭い牙が刺さっていた。成程、頸動脈をやられたのが死因らしいな。
死因はわかったが、一つ疑問がよぎる。
一体どいつが仕留めたんだ?シュヴェールトディアは臆病で逃げ足が速い。且つ、追い込まれた時には角を上手く使って交戦することで有名だ。仕留めるにはまず脚を狙う以外他にない。だが、見たところ脚に外傷はない。となると、足の速さを魔法で消したのか?魔法が使える魔物は多々いるが、果たして減速を使える奴がこの草原にいるのかどうか…それにこの牙は…
俺がしばし黙考していると、目の前に大きな影が落ちた。ふっと振り向くと、茶色の体をした巨大芋虫がよだれをダラダラと垂れ流してこちらを見ていた。
芋虫の牙じゃねぇことは分かってんだよ、最初っから。
「調査中だ、さっさと失せろ」
「ギュチャアアアアアッ!!」
至近距離で鳴くな、うるせぇ。
…どうやら引く気は全くないらしい。引く気どころか、襲ってくる気しかしない。
俺の調査を邪魔するとは…さてはこいつ、馬鹿だな。まぁ、もとより芋虫に脳があるとは思ってなかったが。
「ギュチャアアアアッ!!」
よだれ塗れの口が迫って来る。のろまな攻撃をサッと左にかわす。
そんな鈍亀みたいな攻撃が当たる訳ないだろ、あほか。
「俺の邪魔をする奴は…こうだ」
サッと芋虫に近付き、拳を奴のまるまるとした腹にめり込ませる。
「ギチェエッ!!」
芋虫は潰れた声を出す。そのまま拳を真上に振り上げ、芋虫を空高く放り投げる。
何か喚いてるような声が聞こえんでもないが、そんなこと俺の知ったこっちゃない。
芋虫は天高く宙を舞っていたが、徐々に高度を下げて来る。
…ただ落ちてくるのを黙って見てるのもつまらんな。芋虫の分際で俺の調査を邪魔しやがって。何か腹立つから徹底的にやるか。
「こんなんで終わりと思ったら大間違いだぜ、芋虫野郎。お前には、さらにこうして」
屈みながらバンッと地面に両手を付き、土魔法、大きな穴で地面の大穴を開ける。
「それからこうして」
大穴の中に炎魔法、燃え盛る炎で業火を出現させる。
「こうだ!」
最後に空中にいる芋虫に力魔法、重力降下で大穴の中に急降下させる。業火が燃え盛る大穴の中に芋虫はなす術なく落ちる。
「ギュチャアアアアアアアアアアアアアァッ!!!」
断末魔を上げ燃えていく。1分と経たずに静かになり、辺りは火の粉の弾ける音しかしなくなった。大穴の中をチラッと覗くと、そこに芋虫の姿はなく、黒く煤けた塊があるだけだった。
酷い光景だな、こりゃあ。大穴の中に業火とか、どこの地獄だよこれ。こんな地獄に叩き込まれた芋虫は災難だな。…まぁ、やったの俺だけど。
最後に炎を消し、補助魔法、修復で大穴を塞ぐ。
これでよし。これで落ち着いて調査ができる。
「ギュシャアアアッ!!」「ギュシャアアッ!」「ギュシャアアアッ!」
何かの怒号が聞こえて来る。
今度は何だ。
声のした方をみると、そこには3匹の青い芋虫がいた。さっきの芋虫はこいつらの親玉だったって訳か。ま、俺には関係ないな。
「こっちくんな、失せろ」
睨みをきかせると、やつらはピシッと硬直し、反対方向へと文句を言いながら逃げ返って行った。
あの様子だと怒りはまだ冷めんだろうな。誰かがやつらの八つ当たりの餌食になるかもしれんが…知ったこっちゃない。まぁ、あいつらが弱い事には変わりないからな。あいつらには八つ当たった先でやられる未来しか残されてないだろ。
再び死骸の調査に入ろうと後ろを振り向くと、死骸をがっついてる二つ頭の犬がいた。二つの頭が同時に俺の方を向く。左の頭は垂れ目、右の頭は釣り目の犬。二つの頭が別々の意思を持ち、連携をしながら狩りをすることで有名だ。しかもこいつは減速を使える。
成程、お前がいたのか。シュヴェールトディアがやられたのも納得がいく。
「ウォオオオオン!」
左の頭が天高く吠えて、減速の玉をいくつも飛ばしてくる。
「ウォオオオン!」
右の頭はそれに合わせて炎の玉をいくつも飛ばしてくる。
さてはお前、さっきの芋虫のやられ方を見てたな?俺を近づけさせない作戦か。芋虫よりは賢いと見える。芋虫よりはってだけだが。
俺はそれらをかわしつつ、手の平に電撃を集める。
「雷」
そして、飛んでくる玉の間をぬって雷を奔らせる。
「キャン!」「キャウゥン!!」
雷をもろに食らい、二つの頭の動きが止まる。俺は犬との間合いをグッと詰めて、犬の真上に跳躍する。右手に冷気を集め、出来た物を掴む。
「氷の槍」
犬の背中を貫き、地面に矛先を突き立てる。
「「ウォオオオオン!!」」
二つの頭が悲痛な声を上げる。俺は犬を背後に屈んで着地し、右手で地面に触れる。
「氷の床」
唱えると同時に俺の指先から地面が凍り付き、犬の四肢を完全に地面に固定する。先程の槍も一緒に固定する形になった。ゆっくりと犬の方へ体を向け、右手を前へ出す。冷気を犬を中心として円状に漂わせ、
「氷の壁!」
一気に魔力を込める。すると、冷気を漂わせた地面から氷の壁が現われ、一瞬にして犬を囲う。おまけに天井部分にも壁を作り、犬を完全に氷の中へ閉じ込める。そしてその中に再び魔力を込め、冷気で満たしていく。数十秒で犬は大人しくなった。
よし、これで犬の瞬間冷凍はできたな。こいつは食えるって聞いたことあるし、取りあえず若風村に戻るまでこのまま冷凍保存しとくか。
にしても、これもまた凄い光景だな。草原なのにでかい氷の塊があって、さらに冷気が漂ってるとか…。しかも、この氷の塊の中身はもっと酷い事になってるんだよな。犬が瞬間冷凍出来るほどの寒さとか、紅蓮地獄か。…まぁ、原因は俺だけど。
さて、これ以上村から離れると帰りが面倒だからな。ハクが来るまでここら辺を調査しとくか。てか、あいつちゃんと魔法覚えただろうな。覚えてなかったらどうしてやろうか…業火地獄に紅蓮地獄は飽きたからな…雷?いや、それもちょっとな……まぁ、あいつが来てから考えるか。
あとは噂の旅人だが…ここら辺にはいないのか?まぁ、草原も広いしな。そう簡単に見つかる訳ねぇか。早めに村に戻って入り口でガン待ちするのもありだな。俺らと同じくらいの歳ってだけで、どんな風貌かは知らんが…見れば分かるだろ。ハクが偶然そいつに遭遇してりゃそんな事しなくても済むんだけどな。
…よし、周辺の調査でもするか。薬草もいくつか摘んでおかないとな。