風を操りし青年
「ん?」
背後からダダダダダダ…と音がする。その音は徐々に大きくなり、確実にこちらに近付いてきているのが分かった。何だか嫌な予感がして、ゆっくりと振り向く。
「ギシャアアッ!」「ギシャアアアァァッ!」「ギシャアアァッ!」
「うおぉぉぉい!?」
3匹の青い芋虫が、土埃を巻き上げ、怒号をあげながら俺に向かって走ってきていた。
ちょっと待てって!何で草原をちょっと歩いただけで芋虫達に追いかけられなきゃいけないんだよ!運悪すぎだろ!!
「ク、クラル!とにかく走るぞ!」
「ギュ、ギュアッ!」
俺達は急いで走り出す。チラリと後ろを振り返ると、明らかに距離が詰められているのが見て取れた。慌てて正面を向きなおして走る。
マズイ!アイツラさっきのヤツより速いぞ!ってか、何でアイツラ怒ってんだ!?俺、オマエラには何もしてないだろ!あれか?敵討ちってやつか?でも、ヤツの倒れてる方とは全く別方向から来たからそれはないか。にしても何で…!?
いや、ヤツラが怒ってる理由はこの際どうでもいい。問題はどうするかだ。このまま走ってても、すぐに追いつかれて頭からモグモグされる未来しか浮かばない。それだけは何としても避けたい。でも、この広大な開けた草原に隠れる場所なんてほとんどないぞ。あるとすれば木の後ろくらいだし…って、隠れるところ見られるんだから意味ないじゃないか!どうすれば…どうすればいい?
そこでハッと閃く。
さっきの魔法はどうだ!?芋虫には確実にきいてたし、進行を妨害するように炎の壁だの柱だの作ればいけるんじゃないか!?…よし、やってみるか!
俺は急ブレーキをかけて芋虫達に向き直る。
「ギュアッ!?」
クラルは驚いた顔をして、俺の斜め後ろで止まった。
芋虫達との距離はどんどん詰められている。俺は迫りくるヤツラをジッと見ながら魔法のイメージをする。
さっきの白い炎で壁を作るイメージだ。なるべく幅広く、高く……
「ギシャアアアアアッ!!」
かぎ爪の様な牙が生えた口を大きく開けて目前まで迫って来る。俺は少し後ろに飛び退いて、しゃがみながら地面に思いっきり両手をつく。
「白炎の壁!!」
俺が先程まで立っていた場所を中心に地面から白い炎が噴き出し、瞬く間に左右へ炎がはしる。
「ギシャアアアアァッ!?」「ギシャアアアアッ!!」「ギシャアアァッ!!」
一番手前にいた芋虫は炎の壁に突っ込んできて、みるみるうちに全身が炎で包まれていく。他の2匹の芋虫は間一髪と言ったところで止まったらしく、燃えている様子はない。
よし、やったぞ!予想通りだ!今のうちにあの木の後ろに逃げ込めれば…
立ち上がって一歩踏み出だそうとすると、クラッと目眩がして膝をついてしまう。
あれ…?何でこんなに目眩がするんだ…?体が思うように動かない…目の前が歪んで見えるぞ…?何だこれ…
クラルが急いで俺に駆け寄ってきて、必死に何か訴えている。
駄目だ…何言ってるか分かんない…全ての音が遠く聞こえる…
チラッと背後を見ると、炎の壁が消えていて、芋虫達がすぐそこまで迫ってきていた。
あ…これは食われるな…
俺の目前までヤツラの牙が近づく。
「~~~~~!!」
その時誰かの声が聞こえた気がした。2陣の風が吹き、芋虫達の頭が地面に落ちる。
「~~~!?」
誰かが駆け寄って来る。目の前がぼやけてそれが男なのか女なのかもわからない。俺はそこで意識を手放した。
………………………………
「…っ…り……!」
…ん?何だ?
「しっ…り…て!」
うぅ…駄目だ、瞼が開かない…
「ギュアッ!!」
ドシンッと何かが腹の上にダイブしてきた。
「ぐえっ!」
その衝撃で目が覚める。
「ゴホッゲホッ!な、何!?」
バッと上体を起こすと、腹の上にクラルが乗っていた。
「ギュワッ!ギュッギュッ!」
「あ!よかったぁ。意識が戻ったんだね」
「え?」
目線を上に移すと、そこには若菜色の髪に、縁のある白い帽子をかぶった青年がいた。彼が着ている白く薄い上着は、そよ風にふわりとはためいている。
「えぇと…」
「君、青い芋虫に襲われてたんだよ。覚えてる?」
シアン、シュニーユ…?あ、あの芋虫の事か!
「そう言えはアイツラは!?」
辺りを見渡すと、そこには煤けた芋虫と、首が切断された2匹の芋虫の死骸が転がっていた。
「君が食べられる前に間に合って良かったよ」
「え?じゃあ、あの頭を落とされてるヤツラは…」
「うん、僕がやったんだよ」
そう言って彼は僅かに微笑む。
俺はもう一度芋虫を見る。あまり記憶が定かではないが、一撃で切断していたような…待てよ?あの時は風が吹いただけだったような…
「どうやってやったんだ?」
「この刀でね」
と言って腰に差していた武器を鞘から引き抜く。現われたのは薄緑色の刀。刀からは僅かに風が吹いてくる。
「…綺麗だな」
「ありがとう。これは風龍刀って言って、強力な風の力を纏った、この世でただ一つの刀なんだ」
僕の大切な物なんだ、と嬉しそうに笑う。
「君を助けた時は、この刀から風の斬撃を飛ばして、シアンシュニーユ達の頭を落としたんだよ。僕は勝手に風破斬って呼んでるんだ」
へぇ…
「ところで、顔色悪いけど大丈夫?」
「え?あぁ…さっき魔法使ったら急に目眩がして…」
「あー、魔力切れだね」
魔力切れ?
「何それ?」
「え?知らないの?」
何だよその唖然とした顔は。悪かったな、知らなくて。ってか、何だよ魔力って。
「うーん、何て言えばいいかなぁ…魔法とか技とかを使う時に消費するもの?あ、これじゃあ分かりづらいか。えーっと……集中力?とか精神力?的なものの事を、一般的に魔力って呼んでるんだよ。で、それが無くなると魔力切れって言って、意識を失っちゃうんだ」
そうなのか…知らなかった。まぁでも、考えてみればそうか。ずっと集中してたら疲れるし、限度を超えると疲労で倒れる事もあるくらいだもんな。
「取りあえず、これ、食べておきなよ」
と、差し出されたのは卵程度の大きさの青紫色の果物だった。
「これは?」
「シュガーって言って、魔力回復に効果がある果物なんだ。甘くて美味しいよ。皮ごと食べられるからね」
シュガー?名前を聞くだけで甘そうだな。
「ありがとう」
俺はそれを素直に受け取り、かぶりつく。みずみずしく、程よい酸味と濃厚な甘味が口の中いっぱいに広がる。
「美味い!!」
「そう言ってもらえて良かったよ。どう?疲れが飛んでいくでしょ?」
確かに、先程までぼやーっとしていた頭の中が、霧が晴れるようにスッキリしていくのがわかる。疲れた時には甘い物を食べるといいって昔から言うけど、こういうことなのか。
「そうだ。ちょっと聞きたい事があるんだけど…いいかな?」
「ん?あぁ、いいぞ」
「さっきから君のお腹の上にいるリザードは何?」
「あ、こいつ?こいつはクラルって言うんだ。ほらクラル、挨拶は?」
「ギュッ!ギュッ!」
クラルは青年の方を向いて元気よく鳴く。その後、すぐに俺の方を向き、シュガーの匂いを嗅ぎに来る。
「…君はテイマーなの?」
「テイマー……?いや、なんか懐かれたから一緒にいるだけだけど…」
「あ、そうなんだ…じゃあ、あの黒焦げの芋虫は?」
「嗚呼、それは俺がやったんだ。魔法で、白い炎で燃やして…」
「白い炎!?」
え、何でこんなに驚いてるんだ?
「…ちなみにその白い炎はどうやって作りだしたの?」
どうって…
「普通に?」
「普通に!?」
「なるべく高温の炎をイメージしたら出来たけど」
「……………」
ポカン、と口を開けて彼は固まる。
俺はシュガーの最後のひとかけらをクラルに差し出す。クラルは嬉しそうにそれを頬張り、ゴクンと飲み込んだ。
彼はゆっくりと口を開く。
「…知ってる?普通はイメージしただけじゃ魔法は使えないんだよ?」
……え?そうなの?
「魔法を使うには、まず魔法の原理を知らないと出来ないんだよ」
「…そんな事言われなかったけど」
「え、誰に教わったの?」
「…友達?」
「君の友達が、イメージすれば出来るって言ったの?」
「そう」
俺が頷くと、再び彼はフリーズする。
「…君の友達は、感性で生きてる人なんだね」
感性で生きてるっていうより、ただの面倒くさがりっていうか…
「じゃあ、これで最後。君の名前は?」
彼のオニキス色の目が、俺をしっかりと捉える。
「俺の名前はハク。お前は?」
「僕はギーラー。宜しくね」
「宜しく」
スッと手を差し出され、俺はその手を握り返す。手を離した後、クラルを腹の上からおろし、グッと足に力を入れて立つ。
「良かった、もう動けるみたいだね」
「おかげ様でな」
「まだここら辺を探索するの?」
うーん…実のところあまりしたくないけど…
「サギを探さないといけないからなぁ…」
「サギ…?あぁ、君の友達?」
「そうそう」
「大変そうだね。僕もついて行こうか?」
「本当か?」
「途中でまた倒れられたら大変だからね」
と、彼は笑う。
「ありがとな」
えーっと、サギがいそうなところは…
「ここら辺で強い魔物がうじゃうじゃいるとろってどこだ?」
「強い魔物がうじゃうじゃ?うーん、そんなに沢山いるって訳じゃないけど、強い魔物がいる所なら知ってるよ」
「じゃあ、そこに行く」
「え?」
「あいつは絶対そこにいるからな」
この草原に出た時だって、真っ先にデカい芋虫がいる方に歩いて行ったんだ。強い魔物を捜し歩いてるに違いない。
「…分かった。じゃあ僕について来て」
「嗚呼。行くぞ、クラル」
「ギュワッ!」
俺達は再び草原を歩き出した。