魔法習得
若風村を出ると、そこには辺り一面の草原が広がっていた。あの村と同じ、清々しい風が吹いている。所々に木は生えているものの、ほとんど視界を遮るものがない。そのため見通しはよく、大きな魔物は遠くにいても見つけることができた。
俺は絶対あのデカいヤツがいる方には行かないからな。
「ハク。お前はクラルを連れて薬草採りしてろ。俺はあっちで旅人を探す」
あっち、と言って彼が指差したのは、巨大な芋虫?みたいなヤツがいる方向だった。
あれ、結構強いヤツじゃないのか?まぁでも、サギなら大丈夫か。サラマンダーを黒焦げにするくらいだし。…そんな事より、
「薬草採ってろって…俺は雑用係じゃないんだぞ」
「ギュッ」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな…」
じゃあどんな意味だよ、と俺はムッとする。
「薬草探すついでに、そこらの魔物と戦って魔法使えるようになってこい。それが今のお前の役目だ」
分かったな?と圧力をかけられる。
これ、使えるようにならなかったら相当怒られそうだな…。
「…分かった。やれるだけやってみる」
「それでいい」
それから彼は、また後でな、と言って巨大な芋虫の這っている方へと歩いて行った。
俺はクラルと顔を見合わせる。
「よし、俺達は薬草探しだ」
「ギュッ!」
なるべく大きな魔物のいない方へと草を踏みしめて歩いていく。ふと足元に視線を落とすと、そこには見たことのある植物が生えていた。
「薬草だ!」
その葉をすりつぶして傷口につけると、傷が早く治ると言われている。
結構生えてるんだな。じゃあ、3房くらい摘んでいくか。
俺が良さげな大きさのものを選りすぐっている時、モシャモシャと何かを食べている音が聞こえてきた。何かと思って振り向くと…
「ギュワ?」
そこには薬草らしき葉の半分ほどを口に含んでいるクラルがいた。
「それ、苦くないか?食用向きじゃないぞ?」
「ギュ?」
何が?みたいな顔されても…
クラルはそのままもぐもぐと口を動かす。薬草がするするっと口の中に入って行き、やがてゴクンと飲み込んでしまった。
「ギュワ!」
俺を見て元気に鳴く。クラルに苦味は関係ないらしい。まぁ、大丈夫なのは分かったけど、
「あんまり食べ過ぎるなよ?」
「ギュッ」
本当に分かっているのかは謎だが、取りあえず返事は返って来たからいいか。再び薬草を探して歩き出す。デカい魔物が近くにいないかどうかも確認しつつ、安全な方へと足を進める。
「お、あったあった」
さっきの店でみた紫色の植物…解毒草だ。一応摘んでいく。
「ギュ?」
俺の顔を見て、クラルは首をかしげる。その表情からするに、食べていい?と言っているのだろう。確か、解毒目的以外で食べると腹壊すんだったよな。
「それは食べちゃ駄目だからな」
と注意すると、
「ギュッ」
分かった、と言うかのようにコクッと頷き、俺の足にすり寄ってくる。しゃがんで頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。…が、
「ギギギ…」
急に牙をむき、俺の背後を睨みつける。
「どうした?」
「ギギギギ…」
俺の問いに答えることなく唸り続ける。
「何だよ、俺の後ろに何がいるって――――」
ふっと振り返ると、そこにはだらだらとよだれを口から垂らしている青い芋虫らしき生物がいた。
「!?!?」
反射的にソイツから距離をとる。次の瞬間、ソイツは俺のいた場所に食らいついていた。
何だよコイツ…地を這ってる状態で、高さが俺の腰あたりまであるぞ。芋虫にしてはデカすぎる。
ソイツはゆったりと上体を持ち上げる。俺はソイツの顔を少し見上げた。
口からだらしなくよだれを垂らしてる芋虫なんて見たことない。大体、芋虫って肉食わないんじゃないのか?葉っぱをもしゃもしゃ食べてるイメージしかないんだけど…。
「ギシャアアァァァ!!」
牙が円を描く様に並んでいる口を開け、おぞましい鳴き声をあげる。
芋虫が鳴くっていうのがどうかしてると思う。大きさに関しても声に関しても常識外れだ。
俺は左足を一歩引いて短刀を構える。クラルは牙を見せて威嚇する。サギもいないから一人で…いや、クラルと一緒にこの芋虫を相手しなきゃいけない。
俺は試しに手に持っていた解毒草を一本投げてみる。…が、案の定というか、解毒草には全く見向きもしなかった。
やっぱり肉食なのかコイツ…。
俺は左手に持っていた薬草を後ろへ放り投げ、左手に何も持っていない状態にする。
「…来いっ!」
「ギシャアアアッ!!」
芋虫は俺の頭目がけて首を伸ばす。サッと身を屈めて避け、そのままヤツの腹を下から上に斬り裂いた。青くべたついた体液が噴き出る。
「ギシャアアァッ!!」
悲鳴に近い声を上げ、芋虫は上体をを後ろに反らす。
「ギュア!!」
クラルは口を大きく開け、ガブッとヤツの腹部の後ろの方に噛み付く。再び悲鳴を上げて、自分の腹部後方にいるクラルに大口を開けて襲い掛かる。クラルはパッと芋虫を離し、ヤツの牙をかいくぐって俺の傍に来る。クラルの口元からは、青い体液が滴っていた。
芋虫をかじってたんだから、当たり前といえば当たり前なんだろうけど…。
「大丈夫か?口元、青い体液塗れになってるぞ?」
クラルはそれをペロリと舌で舐めとる。それから、
「ギュッ」
と鳴いた。口は綺麗になったけど…本当に大丈夫なのか?あからさまに体に悪そうな色してたけど…。
「ギシャアアアアァァァッ!!」
「!?」
思わず肩をすくめる。慌てて芋虫に視線を戻すと、ヤツは怒りをたぎらせてこちらを睨んでいた。
「ギシャアアァッ!!」
「うわっ!」
ヤツはもの凄いスピードで突っ込んで来る。ギリギリでそれをかわし顔を上げると、既に目の前にまでヤツの牙が迫っていた。
「っ!!」
駄目だ!体が動かない!このままじゃ―――!!
「ギュッ!」
ドンッ
「ギシェッ!?」
クラルが芋虫の頭部に頭突きをかます。芋虫の上体が大きく右に逸れ、そのまま地面に倒れ込んだ。クラルは俺の近くに着地する。
「…ありがとう、助かった」
「ギュッギュッ」
俺はクラルの目を見て言う。
…それにしても、さっきまでとは比べ物にならない速さだ。さっきまでのが何だったんだ、ってくらい速くなってる。多分、怒ってるからなんだろうけど…流石に短気すぎないか?俺とクラルで合わせて三回しか攻撃してないぞ。
芋虫はのったりと起き上がる。口から青い液体を垂らしながらも、こちらに殺意のこもった気を放っている。
「ギシャアアアアッ!!」
ヤツは再び猛スピードで突進してくる。それを右に避け、後ろを振り向く。芋虫は急ブレーキをかけ、Uターンしてこちらに迫ってきた。今度は左に避け、ヤツの走り抜けた方を見る。スピードが落ちる気配はない。
ってか、この芋虫スタミナありすぎだろ。このままじゃ、こっちのスタミナの方が先に切れて食われる運命しか見えない。こうなったら、一か八か、賭けに出てみるか。
芋虫は俺に向かって真っすぐ突っ込んで来る。避けようと身構えた時、
「ギュアッ!!」
「ギシャッ!?」
本日二度目、クラルの頭突きがヤツの腹部に命中した。芋虫は長い体をくの字に曲げ、ドザザァッと地面に倒れ込む。
クラル、ナイス!
やるなら今しかない。折角クラルがチャンスを作ってくれたんだ。無駄にする訳にはいかない。
俺は目を閉じて集中する。出来るかどうか、じゃない。やらなきゃいけないんだ。相手は芋虫、この属性が一番効く筈だ。
…心の中に炎をイメージする。出来るだけ熱そうな、白っぽい色の炎を…。
スッと目を開ける。ヤツは体勢を立て直し、こちらに向かって来ようとしているところだった。
俺は左手をヤツに向ける。そして――――
「白き炎!!」
唱える!!
瞬く間に白い炎が現われ、芋虫の体を飲み込んでいく。
「ギシャアアアアァァ!!!」
ヤツは悲鳴をあげてのたうち回る。辺りの草に炎が燃え移る。ヤツの動きはすぐに鈍っていく。
「ギシャアァァッ…!」
上体を反らし、ヤツの動きが止まる。その後、グラリと身体が揺れ、ドサッと地面に倒れた。ふっと気を緩めると、白い炎がかき消える。芋虫は元の色が分からなくなるほどに、真っ黒になっていた。草にも燃え移っていた筈なのだが、炭になっている気配がない。
慣れない事をやったからか、少し息が上がる。ふっと自分の手を見つめる。
…何だ、やれば出来るじゃん、俺。
「ギュッ!ギュッ!」
クラルが嬉しそうに俺の足元に駆け寄ってくる。
「クラルのおかげだな」
俺は屈んでクラルの頭をなでる。
「キュキュキュッ」
気持ち良さそうに目を閉じて鳴く。俺はもう一度、芋虫の倒れている辺りを見る。
おかしいな…確かに草に燃え移ってたんだけど…。サギに聞いてみるか。魔法のことは網羅してるらしいし。
俺は放り投げた薬草を回収して、サギが歩いて行った方を見る。
あ、大きな魔物がいなくなってる。サギが倒したのか?それとも……。まぁ、行ってみれば分かるか。さっきの芋虫くらいなら俺でも何とかなりそうだし。流石にまだ大きな魔物は手に負えないだろうけど。
俺は辺りに気を配りながら、サギのいるであろう方向へ歩いていった。