風吹く薬草の村
雑木林を抜けると、そこには木製の鳥居の様なものが建っていた。門、という感覚に近い気もする。その門の足元には看板が建っており、『若風村』と刻まれている。
門番もいない門をくぐり、村の中へと足を踏み入れる。
ヒュゥゥ、と清々しい風が前から吹いてきた。
俺らの住んでいた村とはまた違った雰囲気だ。活気があるという訳でもなく、かと言って廃れているという訳でもない。草木が何とも若々しく、生命力を感じる村だ。村の大きさは、俺らの村とさほど変わりがないように見える。
「ひぇっ…!」
小さな悲鳴のような声があがる。声のした方を見ると、まだ5歳くらいの女の子が俺達を見て目に涙をためていた。
あ、これ完全にクラルを見て怖がってるな。そりゃそうか。まさか村にリザードが入ってくるなんて思ってもいないよな。
「ギュゥ…」
シュン、とクラルはうなだれる。自分が怖がられていると感じ取ったらしい。
「クラル、元気だせって」
俺はクラルの頭を撫でる。クラルは暫く落ち込んでいたが、撫で続けてやると機嫌を戻し、再び前を向いて歩き出だす。
村の中を少し散策する。…相変わらず、村の人達はクラルを見て怖がっていたが。
ふと売られている物の種類に違和感を覚え、とある店で足を止める。
「何か、薬草ばっかりだな」
「ここは薬草が特産物みたいなもんだからな」
薬草が特産物って…何かパッとしないな。
でもまぁ、特産物と言うだけはあって、沢山の種類の薬草が並んでるな…。見たことないやつもある。
「なぁ、あの紫色のやつは何だ?あれも薬草か?」
「嗚呼。解毒作用のある薬草だ」
「へぇ…」
解毒できるやつが紫色してるのか…何か、逆に毒がありそうに見えるんだけど…。
「必要もないのに食うなよ?腹壊すぞ」
「えぇ!?まさかの毒持ち!?」
「解毒用の毒持ちだ」
…毒を以て毒を制す、ってことか。うーん、いいんだか悪いんだか…。
「にしても、何で特産物になるまでに薬草が取れるんだ?」
「そいつはね、この村周辺に薬草が沢山生えてるからだよ」
店主らしい女性が答えてくれる。
「近くに草原があるのを知ってるかい?そこで大抵の薬草は採れちまうのさ」
「そうなんですか…」
「あぁ。それに、こういった珍しい薬草は少し先にある林を行けば手に入っちまうしね」
珍しい薬草、といって暗闇で僅かに葉が発光しているものを指さす。
あんなのもあるのか…。
「ただ、林には巨大蟷螂や人食い植物といった、なかなか手強い魔物が沢山いてね。そいつらは、あんたの連れてるリザートの比じゃないよ」
魔物…?あぁ、リザードとかサラマンダーのことか。名前からするに強そうな気はするけど、比じゃないって結構ヤバくないか?
「え…じゃあ、どうやって珍しい薬草を仕入れているんですか?」
「前は冒険者を名乗る奴らに行ってもらってたんだけどね。あいつらったら、林にいる魔物にびびっちまって、逃げ返ってきちまったんだよ。今はこの村に身を寄せてる旅人さんにお願いしてるのさ。その旅人さんが腕のたつ子でねぇ。丁度あんた達と同じくらいの歳だと思うよ」
冒険者が尻尾巻いて逃げてきた魔物を、旅人が倒したっていうのか?しかも、俺らと歳が同じくらいって…。
すると、今まで黙って話を聞いていたサギが、ふと口を開く。
「…その旅人ってのは、今どこにいるか分かるか?」
「おい…」
「あ?」
いや、あ?じゃなくて。せめて敬語くらい使えよ。
店主さんは、少し考えるような素振りをしながら、
「旅人さんかい?…今は草原の方に薬草を採りに行ってる筈だよ」
と答えてくれた。
「そうか。分かった」
そう言うなり、彼はスタスタと歩いて行ってしまう。
「あ!お、おい!」
思わずその後を追おうとして、足を止める。
「すみません、色々聞いてしまって…」
「気にするこたぁないよ。ほら、あんた置いてかれちまうよ?いいのかい?」
「え?あ、おい!サギ!あぁもう…。あの、ありがとうございました」
「ギュッ」
ペコリと俺が頭を下げると、クラルも同じように頭を下げた。それからクラルと一緒にサギの後を追う。
「おい!待てって!」
「何だ」
「何だ、じゃないだろ!教えて貰ったんだから礼くらいちゃんと言えよ!」
「…次に言う機会があったらな」
機会があったらって…あっても言う気ないだろ、お前。
俺はサギのことを睨むが、彼は全く気にしないで歩いて行く。
「なぁ、どこに行くんだ?」
「決まってるだろ。草原だ」
「…旅人探しか?」
「そうだ。話を聞くに、相当の腕利きらしいからな。ぜひ会ってみたいじゃないか」
珍しい…いつも人と関わらないサギが、他人に興味を示すなんて…。
「それに、店で買うより安く薬草が手に入るぞ」
「あ、そうか。自分で採っていいんだもんな」
採りすぎには注意しないといけないけど。生態系を崩したら大変だからな。
あぁ、あと…と言ってサギは話し出す。
「広い場所なら、どんな属性が使えるか試す事も出来るしな」
「確かに…名案だな」
試そうにも、民家が近くにあったんじゃ危ないもんな。周りにどんな被害が出るか分からないし。
「一応言っておくが、林の中ほど強いヤツは出ないにしろ、それなりに魔物はいるからな?今回はお前も戦えよ」
「え?」
魔物がいるのは何となく分かってたけど…俺も戦わなきゃいけないのか?
「冗談だろ?」
「俺は本気だ」
そんな即答しなくても…。
思わず肩を落とす。
「ギュッギュッ」
足元を見ると、クラルが俺を励ますような視線を送っていた。
そうだ、俺にはお前もいるんだったな。
「一緒に頑張ろうな、クラル」
「ギュワッ!」
クラルは元気に返事をしてくれた。
ありがとう、クラル。少しは頑張れる気がするよ。あんまり大きいヤツとかは無理だけど、小さいヤツなら俺でも何とかなるだろ。…多分。…恐らく。…きっと。
大きいヤツが出て来ませんように―――。
俺は心の中で天に祈り、クラルと一緒にサギについて行った。