不穏な炎
「はぁ…はぁ…」
大声で言い過ぎて息があがる。
「まぁ落ち着け。大丈夫だ、宝石の件も犯人も何とかなる」
「何とかって…!!」
他人事みたいに言うな!そう言おうと思った。だが、その言葉は彼によって静止させられる。彼は待て、と手をバッと横へ振る。
「…どうした?」
俺は静かに問う。
「…何か聞こえる」
「え?」
何が聞こえると言うんだろう。風の音以外は何も…
「…?」
何だ?何かが小さくパチパチと爆ぜる音が聞こえるような…
音のする方に顔を向ける。
「なっ…!」
そこには、黒い煙がもうもうと立ち昇っている雑木林があった。木の根元あたりに、赤い火花がちらつく。
「雑木林が…燃えてる…!?一体何で…!!」
原因として考えられるのは、サラマンダーの火炎弾が飛んだとかだろうけど…そんな方向に飛んでったっけ?
「……あ」
サギは何かを思い出したかのように声をあげる。
「ん?」
「火炎弾を切った時に飛び火したのか」
火炎弾を切った…?あぁ、そう言えば、そんな超人じみたこともしてたっけ…。サギがヤツの火炎弾を短刀で切って、それが背後で爆発してたような…
「って、原因はお前かよ!!」
「いや、原因は火炎弾飛ばしてきたアイツだろ」
と、炭になっているサラマンダーを指さす。
いや、まぁ、それはそうなんだけど…。
俺は燃えている雑木林を指さす。
「とにかく、どうするんだよ!あのままだと燃え広がって大変な事になるぞ!」
「ギュッギュッ」
ちっこいのも、そうだそうだ、と言わんばかりに鳴いている。サギは、俺とちっこいのを交互に見た後、
「しょうがないな」
と言って、雑木林に手を向ける。
すると、空気中の水分が可視化され、サギの手のひらへ集まっていく。それは、瞬く間に水の球体となり、地面に落ちることなくフヨフヨと浮いている。
重力に逆らってるっていうのか?水の塊が?いや、その前に、この水はどっから出てきた?明らかに空気中…だよな。そう言えば、さっきの火の球も空気中から出てきたような…。
「水粘質」
サギがそう言うと、水の球体は一直線に炎のもとへ飛んでいく。水の球体は炎を包み込み、ふるふると揺れている。
な、なんだあれ…。水が蒸発しないで炎を包んでる…?しかも、形は球体のままじゃないか。どうなってるんだよ…。
みるみるうちに炎は小さくなり、やがて消えてしまった。水の球体は、炎のある場所へと地を這うように移動する。そしてまた炎に覆い被さり、消していく。その行動を数回繰り返し、地面付近の炎は完全に鎮火させてしまった。後は木に燃え移った炎のみだ。水の球体はぷよん、と宙に浮くと、燃えている木の上まで飛んでいく。そして、急に肥大化したかと思うと、木を丸ごと包み込む。
なんて無茶苦茶な…。力技だろ、これ。
あっという間に全ての炎を消し去り、水の球体は何事もなかったかのように空気中へ消えていった。
「これで文句ないだろ」
サギは横目で俺の事を見る。
「あ、あぁ…」
若干睨みをきかされ、言いたい事を言う前に思わず返事をしてしまう。でも、どうしても彼に聞きたい事があった。答えてくれる気はしてない。むしろ睨まれる気しかしない。それでも、彼に聞きたい事があった。
「文句はない。でも、聞いていいか?」
「何を」
サギは俺に顔を向ける。
「今のやつと、サラマンダーにやったのは何だ」
「魔法だ」
間髪入れずに返事が返ってくる。
「魔法って何だよ」
「そんなも知らないのか、お前は」
「聞いた事はある。見たことがないだけだ」
「知らないようなもんじゃねぇか」
はぁ、とため息をつかれる。
そんな呆れたような顔されたって仕方ないだろ。実際使ってるところを見たことないんだし。
「一回しか説明しない。よく聞いとけよ」
サギは若干気だるげに説明を始める。
「まず、魔法ってのは個性みたいなもんだ。人によって使える種類や属性は様々。ただ、使えない奴はいない。使おうと思えば誰でも使えるもんだ」
「え?そうなのか?」
俺使えないけど…。
「質問は後にしろ」
「はい…」
「使えない奴は、使い方を知らない、もしくは使える事すら知らない奴だけだ」
あ、後者は完全に俺じゃん…。
「次に、魔法の種類についてだ。魔法には、大きく分けて2つある。1つは他人に害を与える黒魔法。もう1つは他人や自分を癒す白魔法だ。黒魔法には、俺がさっき使った火炎弾や水粘質も含まれる」
さっきの水のやつって黒魔法だったのか。
「次に属性についてだが…ハク、お前はいくつ知っている?」
え!?急に言われても…。
「えーっと、火、水、土、風、闇、光の6つだけど…」
「今お前が言った以外には、無、雷、氷、力がある」
そうなのか…。
「黒魔法に含まれるのは、光属性と特定のものを省いた全ての属性だ」
特定のもの…?
「白魔法には、黒魔法以外の魔法と回復魔法が含まれる。特定のものってのは、結界とか水の壁の事だ。つまり、攻撃できない魔法だな」
「成程…」
「さっき、俺は人によって使える種類や属性が様々だって言ったよな?」
「嗚呼、言ってたな」
「火属性の魔法が得意な奴もいれば、水属性の魔法が得意な奴もいる。回復魔法専門の奴だっている。だが、その全てを使える奴はいない。何でか分かるか?」
何で?えぇっと…サギは確か、個性みたいなもんって言ってたよな…。
「うーん…個性、だから…?」
「まぁ、ザックリ合ってる」
おぉ、合ってたのか。
「つまり、得意なもんがあれば苦手なもんがあるって事だ。火と水は相対する属性。その2つの属性を使える奴は滅多にいない。逆に言えば、似たような属性は使える可能性があるってことだ。ちなみに、無属性は大体どんな奴でもつかえる万能な属性だ」
「へぇ…。奥が深いんだな」
そこまで言ってから気づく。
…ん?あれ?何か今、矛盾した事言ってなかったか?
「炎と水を使える奴は滅多にいないんだよな?」
「嗚呼。そうだ」
「お前、使ってなかったか?」
「それがどうかしたか?」
え?
「言うのが遅くなったが、俺は魔法と名のつくもんはほぼ習得済みだ」
……………………。
「えぇぇぇええ!?!?」
「うるさい」
サギは眉間にしわを寄せて、俺を睨む。
そんな事言われたって、そりゃあ誰でもびっくりするだろ!間近にいた奴がほぼ全ての魔法を使えるとか…どういう事なんだよ!
でも、何だか妙に納得してる俺もいたりする。成程、一般人と思考がかけ離れてるのはこういう事だったのか。ほぼ全ての魔法使える奴の頭脳と、普通の人の頭脳が同じ訳ないよな。考え方が食い違って当然だ。
「…で、質問はあるか」
「うーん、特には…」
ない、と言いかけたところで思い出す。
「そうだ!俺にはどんな属性が使えるんだ?」
「そんなの俺が知るか」
「えぇ…」
「自分の使える属性くらい、自分で探せ」
そんな途方もない…。
「探せって言われても…そもそも、俺は魔法の使い方を知らないんだが」
再び彼はため息をつき、
「そこからか…」
と呟く。
む。何だよ、その出来損ないの弟子を見る目は。悪かったな、出来損ないで。
「集中力だ」
「へ?」
突然の話についていけない。
「だから、魔法を使う方法だ。魔法を使うには、集中力が必要不可欠。強力な魔法を使う時はより集中力を削る。慣れてくれば、簡単な魔法は集中しなくても使えるようになるがな」
ほら、と言って指をパチンと鳴らすと、炎がボゥッと現われ、すぐに消えていった。
「集中して、使いたい魔法のイメージをするんだ。そして、適当に唱えてみろ。出来るもんはそれで出来る」
唱えるのって適当でいいのかよ…。普通駄目なやつなんじゃ…。
「まずは、自分が何の属性を使えるのか探せ。細かい話はそれからだ」
「…あぁ」
「ほら、行くぞ。夕飯は隣村で食いたいだろ?」
「当たり前だ。こんな所で野宿なんかできるか」
「ギュッ」
俺のズボンの裾をクイッと引っ張ってくる。足元に目線をやると、そこにはちっこいのが…。
そうだ、こいつどうしよう…。
「連れて行けばいいだろ」
「簡単に言うなよ…」
「ギュウ…」
ちっこいのは淋しそうに鳴く。
確かに、このままこいつと別れるっていうのもなぁ…可哀想な気もするし…。でも、隣村に連れていったら怖がられそうだし…。
俺はしゃがんで、ちっこいのを見る。目が合い、ジッと俺に何かを語りかけてくる。
その目は、混じりけのない、美しい黄金色をしていた。
「……お前も一緒に行くか?」
「ギュワ!」
ちっこいのは首を大きく縦に振る。
「そうか、分かった。じゃあ一緒に行こう」
「ギュワワッ!」
満面の笑みを浮かべ、俺にすり寄ってくる。余程嬉しかったみたいだ。
「そうだ。名前どうする?流石にちっこいのって呼ぶのはマズイよな」
「ちなみに、そいつ雌だからな」
そうなのか…知らなかったぞ。うーん、雌のリザードかぁ…雌のリザード…メスのリザード…メスリザード……
「メリード、とか?」
「単純すぎるだろ、流石に。ネーミングセンスなさすぎ」
「うっ…」
そんな事言われたってなぁ…他に思いつかない……あ!
「クラルってのはどうだ!?」
「へぇ、いいんじゃないか?どうしてその名前が思いついたのか謎だが」
「何となく。今閃いたいたんだよ。お前は今からクラルだ。分かったか?」
「キュキュキュッ」
よしよし、分かったみたいだな。
「よし、行くぞクラル。目指すは隣村だ!」
「ギュワッ!」
隣村へ続く道へ、クラルと一緒に走る。
「俺より先を行っていいのか?お前は。迷っても知らんぞ」
「えっ、それは困る…」
思わず足を止めてサギの方を振り返る。すると、彼はやれやれ、と言って俺の傍まできて、前を歩きだした。
何だかんだあったけど、これでやっと隣村へ行ける。若風村…俺達の住んでいた村とどう違うのか、とても楽しみだ。