透明な石
「おい、いつまでそこにいる気だ?さっさと下りて来い」
その言葉でハッと我にかえる。彼は黒く焼け焦げたサラマンダーの腹付近を屈んで見ている。
これ、どうしても俺も行かなきゃいけないのか?生態調査ならサギだけで十分なんじゃ…
「ギュッ!」
「おぉ、お前は来たのか。えらいな」
…ん?あ、あれっ!?
足元にいた筈のちっこいのが、いつの間にかサギの足元へと移動している。サギは「よしよし」と言いながらちっこいのの頭を撫でる。あいつは目を細めて、気持ちよさそうに「キュキュキュッ」と鳴いた。
…え、何この置いてけぼり感。
「おら、お前も早く来い」
彼はクイッと手で軽く煽るようにして手招く。その目が拒否は許さないと物語っている。
…あぁもう、行けばいいんだろ、行けば。
俺はため息をつきながら、ゆっくりと崖をおりる。下まで降りてサギの傍まで歩いて行く。近づくにつれ、特有の焦げた臭いがきつさを増してくる。俺は思わず顔をしかめる。
「…近くにいてよく平気だな、こんな焦げ臭いのに」
「慣れだ、慣れ」
平然とした顔で返される。
そんなすぐに慣れるもんか…?
「ギュッ」
俺が疑問を抱いていると、足元から声が聞こえる。フッと視線を落とすと、俺のことを見上げているちっこいのがいた。
「お前も、よく平気だな」
「ギュワ?」
何が?と言わんばかりに首を傾げる。
嗚呼、きっと意味が通じてないな、これ…。
ポンポン、とちっこいのの頭を撫で、サラマンダーに視線を移す。
酷い有様だ。真っ黒に焦げて、どこがどの部分なのかさっぱり分からない。多分、こっちの小さい塊が頭で、大きい塊の方が胴体なんだろう。
そしてサギは、胴体と思われる方の塊の傍に立っている。
「おい、ちょっとここを見てみろ」
と、黒い塊を指差す。仕方なく近くまで行き、彼の指差す場所を見る。が、
「…全部焦げてる」
「そんな感想は求めてない。お前の目は節穴か?」
うぅ…そんな事言われたって…しょうがないじゃないか。見るところ全部真っ黒なんだから。
サギはもの凄く呆れた顔をして、盛大にため息をつく。そして、炭の塊に手を伸ばして、何かを取り上げた。
「ほら、お前にやるよ」
差し出されたものを素直に受け取る。そして、それをまじまじと見る。
「これって…!」
太陽の光をうけ、キラキラと輝く透明な石―――水晶だった。
「お前が持ってろ。落とすんじゃねぇぞ」
「分かってるって」
俺は、水晶を村を出る際に持ってきたポーチの中にしまう。
「にしても、こいつがもうちょい小さければ良かったんだがなぁ」
と、サギは腕組みをしながら呟く。
「ん?何でだ?」
「食えただろ?」
……はぁ?
「まぁ、サラマンダーじゃあ、あんま食用に向かないから関係ないか」
と、勝手に自分で納得している。
何言ってんだこいつ。食う?トカゲを?いや、確かにトカゲとかって炙ったりして食べれるって聞いた事あるけど…。
「流石にこれはない」
こんな化け物級のトカゲなんか、食えたとしても食いたくない。そんなことよりも俺が聞きたいのは、
「…生態調査は?」
「嗚呼、そうだったな。忘れてたぜ」
忘れないでくれよ…俺はそれを聞くためにここにきたんだから。
「もう分かってる事かもしれんが、コイツはサラマンダー。火炎弾を飛ばしてくることから、その名がついたと言われてる。性格はかなり強暴で、自分の敷地内に侵入したヤツは、同族だろうが関係なく攻撃する。その分テリトリーには気を配ってるらしく、同族だろうがそうでなかろうが、他のヤツの敷地内にはすすんで入ろうとしない。住んでる地域は火山地帯で、ここら辺にはまずいないってことは確かだな」
「へぇ…」
強暴ではあるけど、規律は守るってことか。ってことはやっぱり、リザートと同じですすんで戦いにくるようなヤツじゃないってことだな。
「何で火山地帯に住んでるヤツが、こんなところまで来てるんだよ」
素朴な疑問を投げかける。彼は肩を少しすくめ、
「さぁな」
と言った。彼はそこら辺に横たわっているリザードの傍まで行き、手に持っていた短刀で腹を裂く。しゃがんで何かを探すようにして内臓を見た後、再び立ち上がって他のリザードの腹を裂いていく。
「な、何してるんだよ」
「ん?あぁ、ちょっとな」
ちょっとな、って…お前のせいで地面が真っ赤に染まっちゃったじゃないか。どうするんだよこれ…。傍から見れば一種の怪事件だよ。
そんなことを考えていると、彼は考えるような素振りをとり、
「…………やっぱそうか」
と呟いた。そして、俺の近くまで来る。
「ここにいたリザードの胃の中には宝石はなかった。だが、俺らに食ってかかってきたリザードとサラマンダーの胃の中には宝石があった。お前には、どういう意味だか分かるか?」
え…そんなの急に言われても…
「…分かんない」
としか言いようがない。
はぁ、とため息をつかれる。
「宝石を食ってないヤツは、野生の状態のままってことだ。現にちっこいのがそうだろ?」
まぁ、そいつは甘えたがりなだけだろうが、と俺の足元にいるちっこいのを見て言う。
俺はしゃがんで、
「なぁ、お前はこういうの食べたことあるか?」
先程の水晶をちっこいのに見せてみる。すると、そいつはブンブンと首を横に振った。
食べたことはないらしい。…意味が通じてるのかは定かではないけど。
「で、宝石を食ってたヤツは操られてた可能性が高い」
「え?」
思わずサギの顔を見る。
「そう考えると、村でリザードが襲ってきたことも、サラマンダーがここで暴れてたことも納得がいく」
サラマンダーの件は何となく納得がいく。生態を聞いたら、テリトリーに侵入するヤツじゃないって分かったし。でも…
「リザートの件は、サギが攻撃したからじゃ…」
「あ?」
何か文句あんのか、と言いたげな目をこちらに向ける。
「何でもない…」
…やっぱり思うんだけど、俺の扱いっておかしくないか?
「ちなみにここにいたリザードは、巻き添えくっただけだ」
「…どういう意味だ?」
巻き添えって、何の巻き添えだよ。
「ここまで連れて来られたはいいが、そこまで強くなかったが為に宝石を食わせてもらえなかったんだろ」
「…何か可哀想」
ここまで連れて来られてそのまま放置とか……ん?あれ?今、宝石を食わせてもらえなかったって言ったか?
「…何か、宝石に操る力があるみたいな言い方だな」
「おぉ、よく分かったな。その通りだ」
………………え?
思考回路が一瞬停止する。
「と言っても、まだそんな力があるって決まった訳じゃないがな。多分ってだけだ」
「お、おう…?」
……何か、今、もの凄く重大な事を聞いた気が…。宝石に生き物を操る力があるなんて、今の今まで聞いた事がないんだけど…
「って、多分であっさり流しちゃ駄目な話だろ!」
「そうか?」
何で?みたいな顔しながらこっちを見てくる。
「そうなんだよ!だって、宝石に操る力があるって事は、犯人はその力が欲しくて狙ったってことだろ!?」
「そうだな」
「もし犯人が全ての生き物に宝石を食わせて操ったらどうなるんだよ!」
「化け物VS人間の戦争が始まるな」
彼はしれっと言う。
「平然と言うな!!それこそ大問題じゃないか!」
「あぁ、そうか」
そうか、じゃないだろ!!あぁもう、誰かこいつの思考を普通の人間レベルにしてくれ!