静寂を破るもの
ここは唯一、宝石の集まる村晶石村である。
この村の周辺には、鉱山が数多く存在し、そこには色とりどりの、様々な宝石が大量に眠っている。沢山の宝石を産出する鉱山の付近には、必ずと言っていいほど村がある。それらの村々から宝石を売り歩く商人達が、この村を中継地点として訪れる為、自然と宝石が集まるのである。
不思議な事に、沢山の宝石が集まっても事件が起こることは無い。部外者が勝手に出入り出来ないように『結界』が張ってあるからだ。この結界を掻い潜るには、村の「立ち入り許可証」を持っていることが絶対条件だ。さらに、門番歴三十数年というベテランの許可も得なくてはならない。門番の許可がない者は、結界を通り抜けることは出来ない仕組みになっている。そのため、夜間は誰一人として村に立ち入ることは出来ないのだ。
ここまで厳重な警備がされている為に、今までに一度も事件を起こした者はいない。いや、起こせなかった、と言うべきだろうか。
しかし、そんな平和がいつまでも続くとは限らない。
ある朝、それは起こった。
何処からか小鳥たちのさえずる声が聞こえて来る。空は青く青く澄んで、暖かな日差しが降り注ぐ、静かな朝だ。そよそよと風が吹き、頬を撫でていく。
こんな朝は、ゆっくり紅茶でも飲みながら物思いに耽るのに最適だ。
心地よい風に瞳を閉じていると、突然、耳をつんざくような声が聞こえてきた。
「ウワァァァァァ!!大変だぁぁぁぁ!!」
「「「何だぁ!?!?」」」
驚いて瞼を開けると、村人達が立ち止まって声のした蔵を振り返っている光景が映った。
木々がザワザワと葉を揺らし、小鳥たちがバサバサッと青い空の彼方へ飛んでいく。爽やかな静けさはあっという間に破られてしまった。
蔵の中では、一人の男が顔を真っ青にして右往左往していた。
「無いっ!ナイッ!ないっ!何処を探しても無いっ!ほ、宝石が…なくなっちまったーーっ!!」
同じような声が村中の全ての蔵の中から聞こえる。
「「「な、何だってぇ!?それは本当か!?」」」
騒ぎを聞きつけた人達が次々と集まり、村はこれまでになく騒がしくなった。
「大量にあったはずだぞ!一度に全て消える筈がない!」
「他の所から届いているのかい?」
「一体誰がやったんだ!」
「消えちまったもんは消えちまったんだよ!仕方ないだろうが!」
「いいや、からっきしだ。もう話が回ってるのか…」
「そうだ!犯人は誰なんだ!何処にいるんだ!」
「えぇい、煩いね!騒がないでおくれ!」
今では問答があちこちで飛び交い、誰が誰と話しているのか定かでない。
俺はというと、裾や袖口に金のラインが入った白色のスタジャンを着て、その人混みから少し離れたところにある岩に腰掛けている。髪は白、眼はまるで海のように深い青色だ、とよく言われる。16歳の割りには少し身長が低いと言う人が多い。…悪かったな、平均身長なくて。
俺は手の甲を顎の下にあてて考え込む。
「宝石が消えた?かなりの量があったはずだぞ?宝石を貯蔵する蔵だってそこら中に建ってる。その全てが消えたのか?見たところトリックとかじゃなさそうだしな…。てか、そもそも部外者って入れないんじゃなかったか?…とすると、村の人がやったのか?いや、でも、村の人は皆宝石なんて有り余るほど持っていたからなぁ…。金にも困ることはないし、この村の人がやるわけない、かぁ…。じゃあ誰がどうやって宝石を盗んでいったんだ?うーん……」
ぶつくさと呟きながら唸り続けること数分。どうしても引っかかることが3つあった。それは、
1つ、結界と門番をどうやって掻い潜り侵入したのか
1つ、どのように大量の宝石を気づかれないように盗んだのか
1つ、結界はいつも通り張られていた。結界を破ったのだとしたら、どのようにして張りなおしたのか
というものだった。手掛かりになりそうなことが何も浮かばなかったので、再び唸り始めた。
暫くその場で考え込んでいると
「独り言ばっかだとノイローゼになるぞ」
ジーンズ色のライダースジャケットを着た一人の青年が近づいてきた。
髪はいたってシンプルな黒のように見える。少し藍色がかっているか、といったところだ。歳は俺と同じくらい。黄金色に美しく輝く眼が、彼の存在を一層際立たせている。
俺はそいつを見上げる。
「ノイローゼになる気はない」
「大人達は消えた宝石の手掛かり探しに行ったぞ」
辺りを見渡す。いつの間にか人の気配が消えていた。
「一体何処に…」
「隣村とか、商人達の出身地とかだろ」
「手掛かりって…」
「さぁな」
何かわかったのか?と聞こうとするが遮られる。
人の話を最後まで聞かない。そのくせ、まるで話の先を聞いたかのように返事をする。それが彼、“サギ”なのだ。
彼は人の気配のなくなった村を見渡しながら、
「お前も何か引っ掛かってるんじゃないのか?」
と聞いてくる。
だからここで座って考えていたんじゃないか、と、少しムッとする。
「まぁまぁ、そんな顔すんなよ。俺も少し気に掛かっていることがあってな」
と語り始めた。
彼の調べたところによると、結界が張り直してある跡が見つかったらしい。今までのものと僅かに質が違っていたようだ。さらに、犯人に気づいた人がいなかったことから、短時間、かつ少人数で全てを盗んだといってほぼ間違いはないらしい。
とは言え、まだ詳しいことは分かっていないというのが現状とのことだ。これらを踏まえて、彼が気に掛かっていることは、
1つ、結界は厚さ5cmほどで、鉄の板くらいの硬さがあった。それをどのように音も立てずに破ったのか
1つ、結界を張り直すにはかなりの技術が必要だ。それほどの技術の持ち主とは一体誰なのか
1つ、宝石は人の眠る夜中に消えたと思われるが、何かの気配や物音で起きた人はいなかった。犯人はどんな手段で盗んでいったのか
「…と俺は考えたんだが、どう思う?」
いや、どう思う?と聞かれても、俺の推理より分かりやすく追求されているとしか言いようがない。
……ん?待てよ?結界のことを知ってるのって村長とその関係者だけだったはずだよな…?
何かが妙に引っ掛かり、サギに問いただす。
「何で結界のこと知ってるんだ?」
「そりゃあ、関係者から聞いたんだよ」
「結界の関係者って、そういうことをペラペラと喋らないと思うんだが?」
「親しい奴がいるんだよ」
「親しい奴?」
…明らかにおかしい。サギは昔から一人でいることが多く、他人と話したり、一緒にいることはほとんどない。暇な時は、いつも村のはずれから外の景色を眺めているか、室内で趣味の生物図鑑の制作している。所謂、一匹狼タイプなのだ。にも関わらず、「親しい奴」と言う言葉を使うなんて…
「お前と親しくしてる奴なんて、俺を除いて、今までに誰一人として見たことがないんだが?」
今まで平然と答えていた彼が、僅かに口角を上げた。
「お前がいくら俺と親しいからと言って、俺の事を全て把握しきれていると思うなよ?」
口には出さないものの、サギはこれ以上検索するな、と言わんばかりの威圧感のある笑顔を浮かべる。
何かこう、もの凄くあっさりと論破された気がする。
俺はその恐喝並みの笑顔に圧倒されて、聞こうとした言葉を飲み込んだ。