第9話 『vs剣聖ギルドマスター』
「ギルド参加希望者か」
「はい――」
流石はギルドマスターと言うべきか。
思いの外リヒトは俺の無茶振りを飲み込んだ。――が、それは飲み込んだだけであって了承した訳ではなさそうだ。
リヒトは俺の顔を見つめる。そんなに見つめられても困るのだが――。
「うむ。まずは君の名を聞こうか」
「ナンバハルヒトです」
「ナンパ……」
「ナンバです。難波」
いやなにその無茶振り。俺のオーダーよりさらに上を超えた。
俺はナンパなどしたことがない。俺の人生は最悪だったからだ。
何となく学校に通い、家では二次元の女の子と叶わない恋愛ごっこ――そんな人生の中でナンパなどという概念はないのだから。俺の理想の三次元の女子は現れないし、生まれし頃からそんなもの諦めていた。
「すまないな。ではハルヒト君はこの《シュベルンツ・ヴァイ》をご存じかな?」
「いえ――この世界に来たばかりで何もわからないものですから」
ニ十歳の俺に君付けは正直どうかと思う。
あまり慣れない呼称だ。現実世界で話しかけられたこの少なさと言ったらどの人類よりも勝る自身はある。
「なるほど。まあ、無理もないかもね。《シュベルンツ・ヴァイ》はこのベルクの街で一番の大規模を誇る冒険者ギルド。現在のギルドメンバーは総勢221人で依頼も高頻度で入るしレベリングには有利と言ってもいいかな。ちなみに加入条件はレベル20……っと、ハルヒト君は気に障るかもしれないけれど必要条件までに達してない――よね?」
Lv20。
はっきりいってそんなに高いレベルに達していない。なぜなら俺のレベルは2。無理ゲーだよ無理ゲー。
さて、どうしたことか。ここは正直に言うべきなのだろう。仮にLv20と嘘をついたとしてもいずれはバレる。それに装備からしても、どう考えてもLv20だとは見えない。
「レベルは……その……2……です」
ついに言ってしまった。
このまま返されるのは百も承知。泣いても笑っても結果は残酷なものだと分かっている。
ギルドマスター、リヒトは険しい顔を一つも見せないままため息を一つ。
「そうか――残念ながら帰ってもらおうかな。レベル20になったらまたおいでよ」
「ですよね」
と言っておく。
予想通りの結果だ。Lv20になるには――。
――どのくらいの時間が必要なのだろうか。
――どのくらいの苦労が必要なのだろうか。
――どのくらいの資金が必要なのだろうか。
帰るかな。でもさっきのピンク髪の女の子に声かけておきたい。
――帰るべきなのか。
――そもそも帰る場所はあるのか。
――ない。
――金もない。
――心を癒してもらう二次元美少女もいない。
――ただいるのはNPC精霊だけだ。
――嫌だな。
――このまま帰るのは。
「リヒトさん」
「何かな……?」
帰るくらいならいい手土産くらい置いておこう。
「リヒトさんを武力で負かしたら――ギルドに入れてくれますか……」
「なっ――!」
(僕をレベルいくつだと思っているんだこの男は……! そんなことできるはずが――)
「できますよ。いや、やります。よく言いますよね――強い方が勝つのではなく、勝った方が強いのだと。俺はその奇跡を信じているんです。俺は……敗北が初めから分かっている闘いに勝負は挑まない!」
悔いはない。
これで俺が負けたということは、それだけ俺が弱かった――ただそれだけだ。
さて、問題なのはギルドマスターさんが勝負を受けてくれるかということなのだが、
「なぜハルヒト君はそこまでしてギルドに入りたがる?」
「決まっているじゃないですか……今夜の宿泊代が足りないからですよ!」
事実だ。
625ソナーだよ? 一泊したら財布が空になる。
「面白いねハルヒト君――いいだろう。その代わり手加減はしないけどいいかな?」
「ホントっすか! ありがとうございます!」
嬉しい。まさか、こんな展開になるなんて。
*
ギルド《シュベルンツ・ヴァイ》――。
俺はリヒトに連れられ、大量のギルドメンバーが集う広場に来る。周りを見渡すと、先ほどのピンク髪の巨乳美少女も見つけた。
ギルドメンバーが俺とリヒトを囲うように壁を作っている。しかし、対峙している俺とリヒトの間に火花は散っていない。
やはり、ギルドマスターだ。リヒトは闘いの前の顔というより、まさに余裕の顔だ。
「マスターとレベル2のビギナー冒険者が決闘……!?」
「しかも、あのガキが勝ったらギルドに入ってくるらしいぞ」
「本当なの!? ウチのギルドの加入条件ってレベル20の筈よね?」
ガキは撤回してほしいな。
これでも一応二十歳ですからね俺。
「準備はいいかなハルヒト君。決闘機能は知っているよね? お互いのどちらかがHP0になってもその場で復活できる。つまりは決闘は何回でもプレイヤーを殺すことができる。そんな機能だ」
なるほど。
初めて知ったぜ。これで分からないことを分かられたら酷い罵声を受けそうだ。
「了解だ――です」
「そうだね。一回でも剣先を当てられたら僕の負けでいいよ」
「いっ、いいんですか……!? そんなことしたら――」
「構わない……剣士のプライドだ」
その時、一瞬だけ彼の顔つきが変わった。
弱った獲物を殺すような狩人の目だ。何だよこの殺気は――さっきとはまるで別人だ。
『リヒト・アトライア様から決闘の申請が届いています。承諾しますか?』
空間ウィンドウのメッセージを読み、『〇』をタッチした。
と、その刹那、俺とリヒトの周りに結界が張られる。外部の干渉を防ぐためなのだろう。
「両手剣――ハルヒト君は闘士なのかな? 懐かしいね。僕も昔は闘士をやっていたよ。今となっては剣聖なんだけどね」
今は闘士ということにしておこう。
遊び人とか、口が裂けても言えない。
剣聖とは職業なのか。だとしたら闘士の転職後の上級職?
それにHP1。つまりは一回攻撃を受けると即死亡――しかし、それを防ぐ手段は俺にはあるのだ。
「何もしてこない……ということは僕から攻撃していいのかな?」
と、リヒトは腰にささっていた両手剣を引き抜いた。
強そう。ここまで来てもさすがはギルドマスターだった。
その剣は金とダイヤモンドが融合したかのような素材か。微かに奥が透き通って見える。窓の隙間から差す日輪の光に反射し、すさまじいの輝きを放っている。
まともに殺り合えば命は保証できないだろう。
リヒトの剣が自ら発光し、魔力が集結した。魔力粒子の流れに一瞬吸い込まれそうになる。
俺はブロンズソードを構えた。
と、リヒトは剣を薙ぎ払い、一閃――。
「〝イグナイト・ホーリーセイバー″――!」
――驚異的な光の斬撃が俺を飲み込む。
その斬撃に俺は息をすることを忘れそうになった。
――が、しかしこの勝負は一瞬で決着がつくだろう。
なぜなら、俺には〝無敵バースト″がある。
あらゆる物理攻撃や魔法攻撃は無効化。その力に勝るものと言ったら――ない。
しかし、互いの葛藤が衝突するいい勝負とは言い難い。
「すみませんリヒトさん!」
「――っ!」
光の斬撃の中から俺は飛び出す。
「バカな……! 〝イグナイト・ホーリーセイバー″に耐えた……だと……!?」
リヒトが気付いた頃には――俺のブロンズソードは彼の首筋を通過していた。
急所は避けたせいか、リヒトから流れる血は最小限に済まされた。
(信じられない――完全に油断していた。僕の斬撃はハルヒト君に直撃していた筈……)
〝無敵バースト″をチートだとか言うプレイヤーもいるだろう。しかし、これが俺のやり方だ。
不正もクソもない。
本来の正式なルールでの決闘では負けていただろう。MPにより、〝無敵バースト″の使用回数も限られてくる。
「やりやがったぞ――あのビギナー」
「どうなってやがる、マスターのあの技を防いだのか!?」
「いや、避けたというべきだな」
「でもどうやって――」
飛び交う混乱の声が俺の耳元で響く。
無敵になって防御しましただなんて言えない。このトリックは黙っておこう。
「やれやれ、参ったな」
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