第8話 『冒険者ギルドと理想の彼女』
俺はベルクの街の大通りをただひたすら歩いていた。
さて、まずは何からしようか。
――武器は買った。
――防具も買った。
――道具も買った。
鍛冶屋でブロンズソードの強化をする――としてもお金が極端に不足している。
625ソナー。
この金でできることなど高が知れている。
宿泊代、食事代……と考えていくとこの少量の金で暮らしていけるかどうかだ。
下手に無駄遣いをするのは避けるべきなのだろう。
――ゲームがここまで残酷なサバイバルゲームだったとは。
さあどうする難波晴人、いや、ここでの名はナンバハルヒトだったか。片仮名にして読んでみると判読が困難。
そうか。こういう時のために彼女を(無理矢理)連れ込んできたのではないか。
俺は、例の美少女精霊を呼ぶことにする。
「おいリリィ」
いきなり『おい』はまずかったか。
まあ、過去は変えられまい。
「なんでしょう……」
と、目の前が一瞬光って美少女は飛び出した。
少し眠たそうな顔をしている。彼女は夜行性か?
リリィの姿は他のプレイヤーに姿、声は認識されない。俺、ハルヒトだけに見れるように魔法らしきものをかけているとでもいうのか。
「悪い、起こしたな」
「いいえ、ハルヒト様に仕える以上、わたくしは全力でサポートするまでです。ヘルパーなので」
と、リリィの笑みに一瞬ときめいてしまう。
いかん。NPCとの恋は実らないのに。
それにしても、りりィ――NPCの癖して外見、発声、性格はほぼ人間に等しい。
――NPCのクオリティ高すぎだろ。
先程の武器商人はNPCの頭上には青い矢印が浮遊していると言っていた。
見渡すと、NPCには青い矢印がまとわりついているのが分かる。厳密にいえば矢印ではなく三角錐に近い。
「わたくしに何かついていますか?」
「い、いいや、なんでも――」
あっぶね。リリィの姿に見とれてしまった。可愛いんだから。
今は、りりィの矢印がないことに関しては触れないでおこうと思う。リリィはリリィなんだからそれ以上でもそれ以下でもないからな。
今がいいならそれでいいんだ。
「ではハルヒト様、わたくしに何か質問があるのかと受け入れられますが」
「ああすまない。レベル2の初心者冒険者は次何をすればいいのかな?」
率直に聞いてしまった。
「そうですね……。ハルヒト様は現在所持金が少ないのでクエストを受注してみてはどうでしょう。まだ日は沈んでいないので十分出かけられるかと思います」
「そうか……」
この世界には昼と夜があるのか。
太陽が存在しているということは、地球と同じ時間間隔と言っていいのだろうか。はっきり言ってこの世界の端が分からない以上、この地が惑星だとは限らない。
現実なのか――それとも創造された設定なのか――実に曖昧なところだ。
「そうでした!」
「と言いますと……?」
「ギルドに加入してみるのもいいかもしれませんね。クエストの受け方は大きく分けて二つ。一つは、NPCから受ける一般クエスト。二つは、ギルドへ依頼されるプレイヤークエストです。ギルドへ申請されるクエストはプレイヤー経由のものなので報酬が豪華なものもあれば残念なものもあります。反対にNPCから受けるクエストは報酬がかなり少ないです」
「なるほどねー。ギルドに加入すればレベルもがっぽがっぽ上がるし、マネーもがっぽがっぽ入ってくるということか」
「そうですそうです!」
そう考えてみればギルドの加入もアリだ。
そろそろプレイヤーとの交流もしたいところだし丁度いいな。一石二鳥だ。
「最後に聞きたいんだが、この辺で大きな冒険者ギルドはあるか?」
「システム以外のことはわたくしには分かりませんが、あそこに見える大きな建物はそうっぽい気がします」
「――ありがとう。助かった」
「いえいえ。では」
そう言って美少女精霊リリィは魔法の世界へ姿をくらました。
が、りりィが指さした方角の建物――異様に大きい。冒険者が出入りしている。
近くまで行ってみよう。
*
――というわけで建物の目の前までやってきたのだが。
近くで見るとさらに大きく感じる。今にも倒れてきそうなほどだ。
ダガー、弓、銃、片手剣、盾、両手剣、杖――魔物を引き連れている冒険者もいる。
俺のようなブロンズソードにゴブリン防具がボロ装備に見えてくる。この格差。貧富の差。恥ずかしくなってくる。
それにしても、あの黄金の鎧を纏った騎士さんのレベルが気になる。Lv100は軽く超えてそうだ。
「君。見ない顔だね。ウチのギルドに何か用かな? 依頼なら受けるよ」
と、不意に背後から話しかけられる。
後ろを振り向くとそこには金髪のカッコいい両手剣を持った穏やか系の男性がいた。
「あの――ギルドの方――ですか?」
外見は優しそうだが、敬語を使わないと叩き潰されそうだ。
今の俺では敵わないと一目でわかる。――この人、いや、この方……今まで出会ってきた冒険者と格が違過ぎる。天と地の差だ。もっと具体的に言えば俺が人間とするなら彼は神に値するといっても過言ではない。
「あれ? 僕を知らないのかい? ――すまなかったね」
なぜこの人は驚いているのだろうか。初対面だ。
知らないことには無理はない筈だ。
「僕はリヒト・アトライア。この冒険者ギルト、シュベルンツ・ヴァイのギルドマスターをやっているよ」
そういうことか。
彼が驚いた理由がようやく理解できた。
――ギルドマスター。
まさかこんなにも早く出会うことができるとはな。
「あの……」
と、言いかけた時、リヒトは俺の肩に手を置く。
「まあゆっくりしていってよ。とりあえず中に入ろう」
いやいや。この馬鹿デカいギルドでゆっくりできるのか?
心の中でツッコミを入れたくなる。いや、入れた。
とりあえず、俺はギルドマスターであるリヒトの後ろを周りをキョロキョロしながら歩く。周りから見たら怪しい泥棒にしか見えない。
しかし、こんなにも若い人がギルドマスターなのか。もっと年をとったいかつい人物を想像していた。
――ギルド《シュベルンツ・ヴァイ》に足を踏み入れる。
中は広く、高い天井からランプが室内を照らしている。
冒険者たちで溢れ、賑わっている。恐らく、《シュベルンツ・ヴァイ》の一員だろう。
ギルドの中には小さなバーがありバーカウンターでワインらしきものを一気飲みする冒険者もいる。こんな昼間から酔いつぶれていいのだろうか。車のないこの世界で飲酒運転などという概念はないからそういうことは気にせず飲めるのもいいことだな。今年で20歳の俺はまだ酒を飲んだことがない。――近いうちに飲んでみたい。まあ、元の世界で死んだ人間が言えることではないが。
やはり視線がかなり気になる。
このような初心者が来るようなギルドではないということなのか。厳しい社会だ。
武器と防具で俺のレベルなど筒抜けである。もう少しレベリングしてから来ればよかったと心底後悔した。
「お疲れ様です。マスター」
と、横を通り過ぎようとするリヒトに一礼をして去る少女がいた。
――何、今の子めっちゃ可愛い。
ピンクの髪、たゆたゆんの胸、ぱっちりした目。
リヒトに一礼したときに巨大な胸が上下に揺れた。
年齢的には高校卒業程度か? 見積もって18歳といったところか。
巨乳ピンク髪ロングなんて簡単にはいないだろう。
こんなにも理想的な女の子――二次元だけに許容された者かと思っていた。
これが異世界か。異世界ライフか。
いやあ、話しかけておけばよかったな。
たゆんたゆんだよ?
ギルド内の階段を上がるとそこには会議用のテーブルと椅子が用意されていた。ここでプレイヤーとの依頼――クエストの交渉をするのか。
「さあ、座ってくれ」
「はい――」
リヒトに招かれ、俺は木製の椅子に慎重に座った。
ここまで来る時間が緊張のせいか、長く感じた。
リヒトは俺が座っている椅子より少し高価そうな椅子に座った。木製であることには変わりはない。
が、ギルドマスター専用らしい椅子と言ってもいいだろう。
「では、話を聞かせてもらおうかな。今日はどんなご用件で?」
ためらっても仕方がない。言うことはただ一つ。
「ギルドに――入りたいです」
久しぶりの投稿再開になりました。
予告なしに投稿を停止したことをお詫び申し上げます。