第2話 『HP1のステータス』
「冒険者様――お目覚めください。冒険者様――」
天使の声が聞こえる。
俺の最期を迎える癒しの声だ。
「冒険者様――」
次第に声が大きくなってくる。
「冒険者様――お起きください」
嫌な夢に魘されているのだろうか。
さすがにここまでくるとしつこい。
「あーもう。うっさいな! 俺の眠りを邪魔しないでくれ――ってあれェェェェッ!?」
勢いよく飛びあがるとそこには天真爛漫な美少女がいた。背中から天使の羽根を生やした天使が。
なんかのご褒美か?
俺のアニオタ心を強く唸らせる。
いや、天使といっても手のひらサイズの――なんという可愛らしさだ。
ここまで俺をときめかせたのは嫁のリリィちゃん以来だ。ロリコンにとってはもってこいの容姿。
「びっ、びっくりしました……。冒険者様が冒険を始める前に召されたのかと心配しましたよ……」
ああ、そうだったな。あの無惨はステータスを見てショックで倒れて――。
「君は……?」
「申し遅れました。わたくし、冒険者様のチュートリアルを手助けする精霊でございます。幻想世界を生き抜くための基本操作を教えていきます」
ほう、チュートリアルか。悪くない。
確かに世界のことを知らずにプレイするというのは望ましくないな。この面では親切だ。ステータスの件は別件としても。
この美少女天使はあれか。NPCか何かか?
「それでは早速、冒険者様のステータスをご覧になってもよろしいでしょうか?」
なんだと。
あの酷いステータスを見られるのか。ステータスなんて見る必要あるのか。――ないな。
「お、おう」
仕方なくステータスを見せることにする。
――あれ?
どうやってステータス出すんだっけ。さっきは勝手に出されたのだったな。
「ごめんなさい。ステータスの表示方法を教え損ねてました。こう見てもわたくし、新人精霊ですので。では、冒険者様の頭の中で《メニュー画面》と念じてみてください」
教え損ねるだなんてそんなことがあるのか。
可愛そうなのでつっこまないことにしておく。
とりあえず、頭の中で《メニュー画面》と念じてみた。メニュー画面――。
おっ、出てきたな。
俺の目の前に半透明の青地な空間ウィンドウが表示された。
と、そこには《装備》、《ステータス》、《アイテム》、《スキル》、《クエスト》、《生産》……とRPGらしい項目が一斉に並んでいる。その下には???と表記された項目もある。なるほど、後ほどのお楽しみというわけか。
こういうのを俺は待っていたのだ。
「さすがでございます冒険者様。それでは、冒険者様自身の指でメニュー画面を触ってみてください」
と、メニュー画面を触ってみる。
おお、これはすごい。スライドさせると滑るようにメニュー画面がスクロールされる。《装備》をタッチしてみたが表示される防具や武器はなかった。
当然だ。今の俺はRPGの初期設定のときによくある布切れを纏っているようなものだ。
「ちなみに冒険者様のメニュー画面は外部の人間から操作されることはありませんのでご安心ください」
セキュリティーは厳重というわけか。そりゃそうだ。
「ではステータス画面を確認させてください」
ついにこの時が来てしまったか。
この後にまた面倒な対応が待っているんだろうな。未来が分かっているのに実行するのは馬鹿馬鹿しいとか幼少期の頃から思っていたことだ。
本当は見せたくないのだが、チュートリアルを早く終えたい俺は仕方なく美少女精霊にステータスを見せることにする。まあ、NPCだしいいか。
と、メニュー画面の《ステータス》をタッチする。
【ステータス】
ナンバハルヒト ♂ 20歳
職業:遊び人
・Lv1
HP 1/1
MP 100/100
EXP 0/100
攻撃:50
防御:50
速度:50
幸運:10
また同じ画面を見るのはなんと見苦しいことか。
職業の遊び人、HPの1/1を見ると複雑な気持ちが襲ってくる。今気づいたのだが、幸運の数値がとんでもなく低いのも少し気になるところだ。
「なっ、なんですかこのステータス」
当然の反応だ。逆に言えば、予想通りの反応が返ってきて助かった。
「こんな職業わたくし見たことがありませんよ」
見たことがない? それはどういうことだ。
チュートリアルを教えに来た天使様が見たことない職業とは――。
薄々勘付いていたが遊び人という職業はやはりバグなのか?
「聞きたいんだが、職業って他に何がある?」
さっきまで慌てていた美少女精霊だったがようやく平常心を保った――という素振りを俺に見せている。
「そうですね。ステータスにおける職業は魔物との戦闘時に大きく左右されるものです。職業によって冒険者様の使用できるスキルが限られてきます。そして、初期段階――つまり、チュートリアルが開始された時点でキャラクター生成時に神から与えられる職業を下級職とこの世界では呼んでいます。上級職になるためにはベースとなる下級職から転職をする必要があります」
やはりか。転職はゲームに付き物だからな。
「それでは、冒険者様のご質問にお答えさせていただきますね。下級職には大きく分けて四つ。まず、一つは狩人。狩人はダガーや弓などを武器としていて、攻撃時のスピードがかなり高く、急所に当たりやすいクリティカル性がある職業です。騎士は盾と片手剣を武器として攻撃力と防御力が高い職業。闘士は両手剣を武器として、攻撃力はどの職業よりもずば抜けて高いですけど、スピードや防御力が欠けていて回避が困難と言われている職業です。最後に精霊使いは、杖を武器とし、精霊の力を借りて特殊な魔法を使います。攻撃力や魔力の量が高いと言われている職業です。――のはずなんですが冒険者様の職業の遊び人は見たことがなくて――」
チュートリアルNPCが見たことがない職業。
弱そうだがレアということには間違いはなさそうだ。
とりあえずは狩人、騎士、闘士、精霊使いか。
どれも良さそうだが、騎士がよかった。なんかかっこいい。
「やっぱり遊び人ってのはバグなのか?」
試しに問うてみる、何か変わるのかもしれない。
「バグではないと思われます」
はい即答。
やはり、自分たちのシステムを否定することはNPCであってもできないのか。
またしても仕方ないな。まだどんな職業かもわからないし遊び人を否定するのは悪い気がしてきた。
実は最強職だった――なのか――やはり最弱職だった――の二択だ。どちらにせよ俺は前者に賭けたい。何を賭けるのかは知ったことではないのだが。
「あと一つ聞きたい」
「なん……でしょう……」
もう一つ気になることは明確だった。
「HP1ってのはどういうことだ?」
そう。HP1。遊び人という職業よりも気になることがそこにはあった。
HP、つまり、体力が1ということは一度でもダメージを喰らったら死ぬということなのだろうか。
「そのままの通りかと思われます。冒険者様が〝最凶にしてください″とキャラクター構築時におっしゃったままの結果かと――。まあ、前代未聞ですが――」
いや、そこは驚けよ。
体力がたったの1とか職業よりも重大なことだろッ!?
――マジで言っているのか。そんなことがあっていいのか。
この状況で全クリという夢は見えるのか? うむ。何かHP1という代償はあるはずだ。それを願おう。
「次は冒険者様にスキルの使い方を伝授しますね」
「よろしく頼む」