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聖女の祈りと少年の神

作者: キサキシノ

 聖女は祈る。

 聖女は祈る。

 聖女は祈る。

 滅びの近いこの町の教会で、聖女は今日も祈りを捧げる。聖女の祈りは届くのだろうか?



『聖女の祈りと少年の神』



 一つの町があった。

 小高い丘に、年中咲き誇るたくさんの白い花。嵐が来ても世話を怠っても、決して枯れる事の無い花々。神話は語る。この花々が枯れ果てたその時は、この町の終りの時であると。

 人々は白い花達を、守り、囲むように、教会を建てた。

 そして一人の娘を“聖女”とし、毎日教会で祈りを捧げさせた。


 聖女と呼ばれた娘は、薄い栗色をした長い髪が美しく印象的であった。癖のない真っ直ぐな絹糸の様な髪。その髪に包まれた白い肌。小さな顔。宝石のような瞳。

 まさしく汚れ無き清廉な聖女にふさわしく、町人もまた、聖女を敬っていた。


「神よ。我らが神よ。本日も私の祈りを、どうかお聞き届けください」


 教会の中央。聖女は跪き、一度天を仰いで両腕を掲げた。

 そこには一人の神が居た。もちろん聖女を含む全ての町人にその姿は見えない。

 その神は少年の姿をしていた。艶やかな金の髪に、鮮やかな青い大きな瞳がくっきりと開かれている。神と言うよりは、一般的に語り継がれる天使像の方に近いように感じられた。


「こんにちは、聖女。今日も町のため、皆のため、祈りをありがとう」


 少年の神のその声は誰にも聞こえる事は無かったが、ただ満足げに微笑んで聖女を見下ろした。

 聖女は教会の奥、白い花々が咲いている花壇で一礼し、さらに奥の扉を開ける。少年の神はふわふわと聖女の後に付いていき、聖女が扉の奥へ消えるとそこで足を止めた。


 この町の、この信仰の、この祈りには、決まりがあった。

 一人の聖女。

 教会の最奥の祈りを捧げる部屋。

 聖女がこの部屋で祈りを捧げているその時、何人も立ち入ってはならないのだ。神ですらも。


 だから、この少年の神は聖女の祈りを知らない。本来祈りは神に届ける物であって、こんな例は聞いたことが無かった。

「いってらっしゃい、聖女。大丈夫。君の祈りを直接聞くことが出来なくとも君が何を祈っているのかちゃんと伝わっているよ」


 少年の神は白い花々が咲いている花壇へと近づいて腰を下ろした。花を眺める横顔はどこか寂しそうであった。

「どうしてだろう。やっぱり、元気がない。花達の勢いが衰えっぱなしだ」

「先代の時はあんなにも立派に咲き誇っていたのに。僕の力が至らないんだろうか」

「ごめんね……聖女も、町の皆も、この町の平和を願い、祈ってくれているのに……」

 少年の神は白い花を優しく撫で、立ち上がった。嵐が来そうな曇り空の日であった。


 翌日、やはり酷い嵐がやってくる。

 暴風でガタガタと音を立てる教会に、少年の神は居た。天井に渡された柱に座り、足を軽く揺らす。

 視線の先にはくったりとしなびたようにも見える、疲れ果てた白い花の群れがあった。

「どうして……どうして……? 先代の時と、やり方も状況もなにもかも違わないのに。どうして、花は、町は、死に向かう一方なの……?」


 少年の神の声に呼応するかの様に教会の扉が押し開かれる。姿を現したのは聖女であった。

「聖女……? こんな嵐の日まで、祈りに……?」


 祈りは、毎日、欠かさず。

 しかし悪天候や体調不良などの時は休んで良いとされている。聖女の体は大切だ。

 少年の神は嬉しさと悲しさで感極まった泣き声を一瞬ばかり小さく洩らした。

「ごめんね、ごめんね、聖女。君がこんなにも頑張ってくれているのに、僕には町の崩壊を止められない」


「花は、死んでしまう」


 聖女にはその声は聞こえない。しかし聖女は大量に被った雨粒を払い落とした後、凛とした立ち居振る舞いで、教会の奥へと進む。


「神よ。我らが神よ。本日も私の祈りを、どうかお聞き届けください」


 力強く、聖女の腕が伸ばされる。その表情には絶望など微塵も無く、自信と希望に満ち溢れていた。

「聖女、君は、強い……」

 少年の神はふわりと地に近付き、聖女の腕に自らの手を添えた。当然に両者は重なることなく、透けてしまう。

 聖女は、強く、美しかった。可憐な人形の様であり、その実芯の通った強い精神を持ち合わせている。これが、聖女としてだけではなく、彼女が町人達から慕われる理由でもあった。

「頑張るよ、僕。君のために。君たちのために」

「たとえ力を使い果たしてでも、絶対に絶望に勝ってみせる。この町を守るよ」

 少年の神は決意をした。


 聖女の祈りは届くのだろうか?


 ある日、聖女はいつもの様に教会へ足を踏み入れた。

 そこには朝日に照らされて誇らしげに咲き誇る白い花々の姿があった。聖女はしばし呆然と見据える。

 少年の神は、花々のすぐ近くに居た。少しばかり憔悴したその姿は聖女には当然見えない。

「君はどれくらい喜んでくれるのだろう。花達を見て。町を見て。もう大丈夫。きっと崩壊は、もうまもなく立ち去る。平和がやってくるんだよ」

「僕は気付かされた。一人では駄目だったんだ。人間だけでは駄目だった。僕が頑張らなくては駄目だったんだ。僕がこの町を、人を、そして聖女を、愛して。それで初めて平和と幸せが始まる――ねえ」


 そこで、少年の神の言葉はひきつったように途切れた。瞳は丸く大きく開かれて、一点を見つめていた。信じられない物でも見るかのような視線で。


 グシャッ グシャッ グシャッ


 断続的に響く音は、聖女が白い花々を踏みつけている音であった。

「クソックソックソッ!!! どうしてだよ、なんでだよ、死ねよこのクソ花!!!!!」

 鈴が鳴るような、と例えられた可憐で清廉な聖女の声そのままで、悪魔の様な言葉が紡がれている。

「あと少しだったのに!!! 何持ち直してんだよ、ふざけんじゃねぇよ、枯れちまえ、死んじまえ、滅びろよ!!!!!」

 憎悪と苛立ちが込められた強い罵倒と共に花々は踏みつけられる。しかし花は強くしなって元通りになる。

 その様子に聖女は更に憤慨し、頭を掻き毟った後。


「神よ! 我らが神よ!!! 本日も私の祈りを、どうかお聞き届けください!!!」


 勢いよく、腕を振り上げて、そう叫んだ聖女は、扉を乱暴に開けて部屋へと駆け込んだ。少年の神はただ茫然とそんな聖女の後姿を眺めていた。

「嘘……聖女……聖女……?」

 少年の神は、ふらふらと聖女の後に続いた。


 聖女がこの部屋で祈りを捧げている時は、誰であろうとも、神ですらも立ち入れないと決まっていたから。この時、少年の神は初めて聖女の祈りを聞いた。


「この町も、人も、さっさと滅びればいい!!!」


 それは衝撃であった。


「私を聖女として勝手に祀り上げて!!! 何もかもを束縛されて!!! 自由なんてない!!!」

「みんなはいいよね、私を差し出していれば、私を犠牲にすれば、それで幸せに暮らせるんだもの!!!」

「私は一人だった」

「でも、私わかってるの。神は、私の味方よ!」


「毎日、毎日、毎日、神に滅びを祈った!!! 神は私の声に答えてくれた!」


「花はどんどん崩壊している。神もね、崩壊を望んでいるのよ」


 少年の神は静かに涙を流した。

 何をどう思って流した涙なのかは少年の神にもよくわかっていなかった。ただ悲しい思いが溢れて止まらなかった。

 白い花達はそれに同調するかのように、次々と身を倒してゆく。

 聖女の楽しそうな笑い声が響きだした。

 いつしか少年の神の体は薄れ、完全に消え去った。

 花達ももう居ない。



 聖女の祈りは届いたのだろうか?



「私の祈りは聞き届けられたわ!!! 神様ありがとう!!!!!」


今はもう地図には無い、一つの町のおはなし。



-end-



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