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第一章/月下の魔法使い 下

 平日の最後である金曜日。いつもなら一番だらけている曜日だと言うのに、やはりというか俺は早起きすることになる。ううむ、二日連続はさすがに新記録だ。快挙である。一日でも早起きする事さえ有り得ないっていうのに、だ。

「起きなさいよ、ほら。朝食できてるわよ!」

 それもこの少女、ルナのおかげであるわけだけれど。本名をルナミス=サンクトリア(だっけ?)と言う、外国人で魔法使いで俺より三つ年下で、現在は月城ルナと名乗る俺の義理の妹。そしてなにより、俺が何の間違いか惚れてしまった少女。早朝だと言うのに乱れすらないその長い金髪を靡かせながら、ルナはおたまを握って部屋の扉の前に立っていた。

 ……、おたま?

「お、おいまさか……ッ!」がばっ、と眠気を覚ました俺はベッドから飛び上がり、「ルナ、お前まさか料理を――」

「だから。もうできてるって言ってるんだけど?」

 なんてこった。まさかとは思うが、ルナが自ら料理を作ってしまったと言うのだろうか。俺は絶望を浮かべたような表情を作りつつ、リビングに目を向けた。

「……あのね、もしかして昨日のことを思い出してるんじゃないかとは思うけど」ルナは少し呆れたように、「わたしが同じ失敗を二度も繰り返すと思ってるの? ちゃんと味見もしたし、今日は特別難しい料理でもなし、完璧なんだから」

「む、そうか……安心した」

 ふむ、次は失敗しない――とは言っていたが、やはりそこはプライドの高そうなルナのことだ、同じ失敗は繰り返さない主義らしかった。いやはや、実にいい傾向だとは思う。

「で、メニューは?」

「カレーよ。比較的簡単だって聞いたから。ほら、すごくおいしそうじゃない」

「……、朝っぱらからカレーなんて、作り置きでもしない限り有り得ないなんてのは、まあ解らないんだろうな」

「はあ、そうなの? まあいいじゃない。なによ、不満でもあるわけ?」

 いや、ルナが作ってくれた料理を無碍にするわけにもいくまい。というかメニューはともかくその行為はとても嬉しいってことに変わりはないわけだし。日本男子たるもの、好きな女の子が作ってくれた料理が嬉しくないわけないだろ、うん。そんなわけで、俺の今日の朝食――つーか多分晩飯もカレーと言う事になりましたとさ。


  ◆


 いつものように登校し、教室へと参上。やはりというかなんというか、周りの目はおかしなものを見るような、未確認飛行物体から突如現れたエイリアンでも見るかのような、そんな視線を浴びる。うむ、悪くない悪くない。こうやって他人の度肝を抜いてやるっつーのはわりと楽しい気分になれるからな。だがしかし、そんな視線は俺が早く来たことによるものではなかった――いや、少しはそれも含まれていたのだろうけれど――俺の隣にいる少女に皆は現実を疑うような眼差しを向けていた。ああそうかそういうことね。

「……月城」寄ってきたのは防人だった。「率直に言おう。羨まし過ぎる、代われ」

「うるさい黙れ却下」

「ちくしょお! なんでお前はそんなおいしい役回りにいるんだよ。少しでいいから俺にも分けてくれえ!」

 毎度のことながら、コイツの戯言には付き合ってられん。俺は適当に無視して、ルナと共に自分の席へと向かっていった。俺が通るたび、つーかルナが通るたびに男子生徒の視線が気持ち悪いぐらいに突き刺さる。ああもう、なんだよお前ら。そんなに女に飢えてやがるのかよ。

「ふふ、わたしってばモテモテよねー」

 突然、ルナがそう小声で俺に呟いて来た。おい聞いたかクラスの男子生徒諸君、こいつはこんなことを言ってるぞ。いつも見ているこいつの姿は九割がた猫を被っているんだ。騙されるな、真実をその目に焼き付けろ。

「月城くん、おはよう」ふと声が聞こえた――沢宮さんである。「二人とも仲がいいんだね、羨ましいなあ。瑠奈さんのおかげで月城くんはこれから遅刻もしなくなるし、良い事だよね」

「おはよ、沢宮さん。まあこいつのおかげで朝は苦労しなさそうだけどさ、聞いてくれよ。今日の朝食、なんだったと思う?」

「へっ、朝食? なになに?」

「うん。それがさ、カレーだったんだよ。カレーだぜ? しかも昨日の晩の作り置きとかじゃなくて、朝食がだ。どうだ笑えるだろ?」

「む」その言葉に反応したのはルナだった。「そんなの知らなかったんだからしょうがないじゃな――ご、ごほん。わ、わたくしはついこの間まで海外で暮らしていたのです、そのようなことは知らなかったのですわ。だと言うのに、せっかく一生懸命愛を込めて作ったと言うのに、お兄様ひどい……(ニヤリ)」

 ざわ! と、ルナのその発言に教室内が一気にざわめいた。おいおい待てよ気付けよお前ら、今のはどうみてもおかしいだろ、口調とかその辺が。つーかニヤリってなんだよ。影で笑うなこの確信犯め。

「つ、月城くん。それはちょっとひどいよ……」

 沢宮さんまで俺に不審の目を向け出した。ああくそ、ちょっとルナをからかうつもりでやっただけの事でどうしてこうなっちまうんだよちくしょう。

「月城、お前ちょっと放課後裏庭な」とは、クラスの男子生徒全員からのお達しだった。ちらりと隣の席に座っているルナを見てみると、必死に笑いをこらえていた。くそ、負けた。今回は少し、いや完璧に分が悪かった。ああ、認める。認めてやるから、とりあえず助けてくれ。


  ◆


 時間ってのは早く過ぎると感じるときもあれば、遅く過ぎると感じることもあり、それはその人の気の持ちようで変化する――そういった経験、ないだろうか。例えば、学校でどうでもいい授業を受けているとき。つまらない暇の続くバイトをしているとき。そういった時、時間ってのはものすごく遅く感じてしまう。五分がすごく長く感じるのである。逆に、朝起きるときあと五分、とか言うけれど。その五分はかなり短く感じないだろうか。その他でもそうだ。例えばゲームをしているとき。漫画や小説を読んでいるとき。時間ってのは、いつの間にか過ぎ去ってしまっている。早く過ぎていく。そう感じてしまわないだろうか。俺は思う。ようするに嫌いなことをしているとき、時間ってのは遅く感じる。逆に好きなことをしているときってのは時間が早く感じてしまうものだと。それが何故なのか、俺は考える。それは多分、そのことに対する集中力のレベルなんだと思う。嫌いなことだとどうしても集中できないし、好きなことならどれだけでも集中できる。人間はなにかに集中しているとき、時間さえも無視してその物事に熱中できる存在なのではないか、というお話だ。

「……うむ、我ながら暇潰しとはいえわけが解らん」

 ようするに、つまるところ俺は今暇なのである。どうでもいい授業を受けていて、果てしなく時間を持て余している。何かに熱中して時間を潰したいところだったのだが、慣れないことはするもんじゃない。ま、この授業さえ終われば次は放課後。ようやく一日の学業時間が終了、開放されるってわけだ。明日と明後日は休みだし。ふと隣のルナを見る。はたから見れば真面目そうに授業を受けているように見えるが、実際はどうなのかわからん。正直こいつは俺より三つも下なんだし、授業内容が理解できているのかも怪しい。いやまあ、魔法使い様ともなれば、普通の一般人とは比べ物にならないくらい頭が良くていらっしゃるのかもしれんが。

「……ま、どうでもいいか」

 小声で独り呟く。

「何? なんか言った?」

 聞こえていたのか、隣のルナが聞いてきた。こいつ耳いいよな。そういやあのときの俺の独白だってよく聞こえたもんだ。俺は「別になんでもねえよ」とだけ言って、残りの数十分、暇を潰すために何をしようかと考えるのであった。


  ◆


 本当に突然で、唐突で、いきなりだった――放課後、帰宅準備をしていた途中、それは起こった――ちりん、と言う鈴の音色がどこからともなく聴こえてきたのである。……あいつだ、間違いない。俺は直感で判断する。昨日の夜中に聴いたあの音色。その後現れたあの黒フードの魔法使い、ルナの『敵』である少女。

「ルナ、今なんか聴こえなかったか?」

「はあ? 別に、何も聞こえなかったけど。誰かが呼んだとか?」

 ルナには聴こえていない、ということはこれは俺にしか聴こえない音なのだろう。どういうことだ。まさか、昨日の夜のように俺を呼んでいると言うのか。だが、何故ルナではなく俺を呼ぶ必要がある? 昨日も何か言いかけていた。俺に何かあるってのか。解らない――解らないが、だからこそ確かめなければ。

「悪い、ルナ。ちょっとトイレ行ってくる。腹の調子悪くてさ。すぐ戻るから、お前はここで待っててくれよ。遅かったら先に帰ってくれてもいいし」

「え? ちょっと、待――」

 それだけ言い残して、俺は教室から駆け出した。どこにいるかなんて解るものか。ただ勘を頼りに探し回るしかない。どこだ、どこなら一番都合が良い?

「……あ。裏庭」

 そうだ。この学校の裏庭はとてもではないがあまり人が寄り付かない。たまに隠れて遊んだり喧嘩したりで使うことはあっても、基本的にはそこに誰もいない。そこなら誰にも見つかることなく話せる。完全にただの直感だった。だが、そんな予想による不安なんて消し飛ぶくらい、何故か確信のようなものもある。それが何故だかはわからないが――俺は、そこに行くべきな気がして。裏庭はそう遠くない。階段を駆け下りて、一気に目的地を目指す。

 走る。

 駆ける。

 そして、そこには――見間違うこともない、あの少女が立っていた。

「は……は。見つけた、ぞ」

 この程度で息切れするなんて、少し運動不足なのだろうか。はあはあと息を切らせながら、俺は目の前に立つ黒髪の少女に向かって、言う。

「一体何の用だ。俺だけに聴こえるあの鈴の音は何なんだよ? 俺に話しがあるんじゃないのか、おい」

「……」少女は少し悲しそうな顔をして、「お願い、あの人から早く離れて」

 意味が解らなかった。あの人、ってのはつまりルナの事か?

「何でだよ。お前の目的は何なんだ? ルナを倒して、魔法使いとしての地位だのなんだのを上げたいってんじゃねえのかよ」

「そうじゃない……ただ私は貴方の身を案じて言っている。貴方は、早くあの人から離れるべき。今は、理解できないかもしれないけれど。記憶のない、貴方には」

 記憶――まさか、俺の記憶は。

「……お前、まさか俺の記憶を消したのはお前なのか?」

 こくり、と無言で頷く黒の少女。

「本当は、このまま無関係でいて貰いたかった。あのまま眠って記憶を無くして、それで終わって貰うはずだった。でも、それは叶わなかった。あの人が、貴方に目をつけてしまったから」

「ルナが俺をどういう風にしたのかは知ってる。本人から聞いたからな。だけど今、俺は俺の意思でこうしてる。ルナの魔法にだって掛かってない、これは自分の意思なんだよ!」

「……そうかもしれない。でも、だからこそ。だからこそ私は、貴方にあの人とこれ以上関わりあって欲しくない。そうすることが、きっと一番の道だと思うから」

「何言ってるんだよ。わけわからねえ。そんな事言われて、俺がはいそうですかって頷くわけないだろ!」

 俺がそう言うと、何故かその黒き少女はびくんと身体を震わせた。

「……私は、貴方のそんなところが好きだった。でも、もう手遅れだと言うのなら。私はせめて、あの人を倒して貴方を救う。だから……お願い」その少女は、本当に意味の解らない事を呟いて。背中を向けて、ここから去るように。最後の言葉を、告げる。「全てを思い出しても、これ以上私達に関わらないで。お願い、昴」

 いなくなった――本当に、一瞬に。まるで本当は初めからそこになんていなかったかのように、黒の少女は俺の目の前から姿を消してしまった。

「……なんで、俺の名前。知ってるんだよ」

 理解できない焦燥感に苛まれながら、俺はしばらくそこを動く事ができなかった。あの黒フードの少女が言っていた言葉が、何故かまだ胸に突き刺さるように残っている。俺の失われた記憶。それを思い出せば、この不安感も全て解消することができるのだろうか。

「……あ、まずい」

 そこで俺はようやく思い出した。教室に残したルナのことを。あれからもう大分経っている。待たせてしまっているのは悪い、早く戻らなければ。


  ◆


 そうして、教室には誰もいなかった。

「あれ、ルナのやつ先に帰っちまったのか。むう、結構冷たいとこもあるんだなあ」

 独りごちながら、誰もいなくなったクラスの教室を歩いて、自分の机の上においてある鞄を手に取った。

「……ま、一人で帰るのなんていつものことだし。何寂しがってんだよ、俺は」

 我ながら少し女々しいな、と感じつつ、俺は鞄片手に教室を出ようとして、

「あれっ、月城くん?」

 沢宮花凛と鉢合わせた。

 その手には鞄が握られていて、どうやら彼女も今から帰宅ってところらしい。

「うっす。沢宮さん遅いね、委員会の帰り?」

「うん、まあそんなところ」沢宮さんは辺りを気にしながら、「それより月城くんこそどうしたの? こんな遅くに。瑠奈さん、先に帰っちゃったみたいだけど」

 さすがに敵の魔法使いとお話してましたーっ! なんてぶっちゃけるわけにもいくまい。つーか沢宮さんの場合疑うどころか全力で信じられそうで逆にまずい。俺は適当に言い訳を考えながら、

「ああ、裏庭でさ。クラスの男子どもに今朝の呼び出しでそりゃもうボコボコにされた」

「うふふ。もう、冗談ばっかり。あ、でもそっか。じゃあやっぱり裏庭にいたのって、月城くんだったんだね」

 ……、え?

「なんだか一人でぼーっと立ってたから、何してるのかなーと思って。でも後姿だったし、誰だかよくわからなかったから声掛けられなかったんだよ」危ない危ない、どうやらあの少女と会っていたところは見られてな――「でも、なんだか一人で喋ってててっきり誰かいると思ったんだけど。あれなに? お芝居の稽古でもしてたの?」

「……え? なあ沢宮さん、それいつから見てたんだ?」

「えっ。あ、うーん。裏庭に走っていくところからだから、多分最初のほうはほとんどだと思う。あ、ごめん、見られたくなかった……?」

 おいおい、どういうことだ。あの場には確かにあいつがいた。それが、沢宮さんには見えてなかったって言うのか。……いや、待てよ。あの少女が魔法使いなら。あの鈴の音色が俺にしか聞こえなかったのだとするなら、その姿を見えなくする事ぐらいできるんじゃないだろうか。そう、もしかするとそれがあの少女の『魔法』なのかもしれない。ならば、それはそれで好都合だ。沢宮さんに見られていないのであれば、それは良かったんだから。

「どうしたの、月城くん。もしかして、怒っちゃった……?」

「あ、いや違う違う。うん、ちょっと独り言の練習してたんだよ。あまりに思いつきな行動だったから見られてたって思うと恥ずかしくてさ。それだけだよ」

 俺がそう言うと、沢宮さんは心底安堵したかのように胸の上を手でさすった。

「よかったあ、これからは気をつけるね。……あ、そうだ。ちょっと聞きたかったことがあるんだけど、聞いてもいいかな?」

「ん? 何?」

「あのね、月城くんって朝雛さんのこと、好きなのかなあって」

「……、あのさ。どうして紅憐の名前が出てくるわけ?」

「えっ、あ、だって。その……いつも、仲良さそうだし。違うクラスなのによくお話してたりするから。だからどうしてかなって」

 ああ、そういうことか。そういえば、俺と紅憐がどういった関係なのか沢宮さんは知らない。誤解するのも無理はないか。しかし、今更あいつと俺がそういう風に見られてるってのは、誤解であれちょっときついものがあるけど。

「違うよ、あいつはただの幼馴染。言ってなかったけどさ、小学校からの腐れ縁なんだよ」

「え? そうだったの? てっきり……なんだ、そっか……。じゃあ、瑠奈さんと同じようなものだよね?」

「え、あ――」

 ルナと同じような関係、か。確かに設定上はそうかもしれない。生き別れ再会した妹、昔ながらの幼馴染。どちらも言ってしまえば好きになるとかそういう恋愛対象には不向きだとは思う。だけど、沢宮さんは知らない。俺とルナの本当の関係を。一言では言い表せない、複雑な事情が織り交ざった俺達のことを。

「あの……ね」突然、沢宮さんが俯きながら呟き始めた。「私その、実は……あの。月城くんの、ことが」

「え……、沢宮さん?」

「私、ずっと前から……月城くんのことが好きです」


  ◆


 突然に唐突に突如にいきなりだしぬけな、愛の告白だった。沢宮さんはあの後、俺の言葉を待たずとしてその場から逃げ去るようにいなくなってしまった。後を追ってみるも姿は見えず、結局何も言う事が出来なかった。仕方がない。次に会うときまでに返事を考えておくか。本当、まさかあの沢宮さんが俺を好きだったなんて予想外にもほどがある。なんでもっと早く言ってくれなかったんだろう。少しばかりか、かなり感動してしまった。

「今まで誰かに好きだなんて言われた事なかったからなあ、俺」

 独り呟きながら、俺はとぼとぼと学校の校舎から外へと出る。そうして、ふと思い出す。

『……私は。私は、貴方のそんなところが好きだった』

 そうだ、そういやあの黒フードの魔法使いもそんなことを言っていたような気がする。だが好かれるようなことを何かした覚えはないし、ただの聞き間違いかも知れないが――

「覚えてない、ね……」

 今の俺は一部の記憶を失っている。覚えているのは、一昨日。こんな風に一人学校の校舎から外へと出て、いつも通りに帰路に着いて。そこまでだ。ああ、その先が何も思い出せない。きっと、そこから俺は何か記憶を消されなければならないような事態に遭遇したんだろう。それがなんだったのか。思い出そうとするけれど、やはり無理だった。

「くそっ。情けないな俺も……ただ思い出せばいいだけだってのに。思い出せば全部理解できるって夜鈴(よすず)が言ってたんだ、何で――」

 ……、なんだって?

「……夜鈴、そうだ。あの黒フードの名前。守崎夜鈴(もりざきよすず)……!」

 そう、確かそんな名前だったはず。おかしい、どうして俺は知っている。いつ知った。あの黒フードの少女の名前を。いつ、どこで?


 ――ちりん。


 また、あの音が聞こえた。

「……、おいおい」俺は右手で顔を覆うように、「そうか、そう言う事かよ。……くっそ、あいつ。やってくれたもんだぜ、まったくさ……!」

 そう、これが合図。黒フードの魔法使い、黒髪の少女、守崎夜鈴。彼女が仕掛けた鈴の音。その『最後』の鈴の音を、俺は今聴いた。そして、

「――思い出したよ、ちくしょう。全て、何もかも……綺麗さっぱりに」


  ◆


 俺はいつも通りの帰り道を、いつも通り一人で帰っていた。昨日のように誰かと一緒に帰るなんて事は無い。紅憐は校庭で部活動に勤しんでいたし、最近出来た妹は今日は先に帰宅してしまっている。寂しさは無い。別にいつも一人で歩いていた道だ。慣れている。慣れているのに、何かが物足りない気がしてくるのは俺の心が病んでしまったのか、それとも。とぼとぼと歩きながら、ふと左のほうへと視線を向けた。そこには一つの公園がある。西条公園と言う名前で、実はあまり行った事がない。つい最近、とある事情で立ち寄ることがあったぐらいで。目線を前に戻し、俺はそのまま遠くに見える自宅のマンションを目指す。だけど、そこに彼女がいる――それだけで俺は何故か気兼ねしてしまう。何故か、なんて言うのはおかしな表現かもしれないけれど。だって、俺はもうその理由を理解できているのだから。歩いている途中で、ふと人影が見えたことに気が付く。そこには、いないはずの人間がいた。

「……紅憐?」

 確か彼女は校庭で部活をしていたと思うんだが。陸上部のエースでもある朝雛紅憐は、何故かそこに立ち尽くしていた。まるで、この俺を待っていたかのように。

(……考えすぎだろうけど。何してるんだよ、あいつ)

 俺の姿に気がついたのか、紅憐はとたとたとこちらへ向かって歩いて――いや、段々とスピードを上げて、次第に走り出した。なんだ、やはり俺を待っていたのだろうか。

「おっす、紅憐。何してんだこんなところで。お前、部活は?」

 そんなことはどうでもいいと言わんばかりの顔で、紅憐は息を切らせながら、

「……昴、アンタ思い出した?」

 なんだって? 思い出した、とはどう言うことだろう。俺が今まで記憶を失っていたことを、まさかこいつは知っていたのだろうか。……いや、それは有り得ない。一度だってそんなことを話したことはないし、ルナと俺はいつも一緒だったから、ルナがこいつに話したという線も薄い。さらに言うと、あの守崎夜鈴が紅憐とコンタクトを取ったとも思えない。つまり俺が記憶を失っていたことは紅憐は知らない。そう、知らないはずだ。

「どう言うことだよ? 俺が何を思い出すって?」

「瑠奈のこと。今までひっかかってたんだけど、ようやく思い出したわ」

 ルナ――まさか、あいつの魔法が解けたのか。本当はそんな奴はいなかった、と言う事を思い出したとでも言うのだろうか。有り得る話ではある。だが、紅憐は俺のそんな予想を裏切るかのように、

「あの子、昔一緒に遊んでたあの女の子よね? 確か守崎って子。あんたによくお兄ちゃんお兄ちゃんとか言って懐いてた」

「……は? お前、何の話をしてるんだよ?」

「だから。昔……うん、ちょうど八年前だよ。あたし達が一緒によく遊んでたのが瑠奈でしょ?」

 おいおい、まさか実は魔法が解けたのではなく『効き過ぎていた』ってオチなのだろうか。だが、守崎――俺の知っている、思い出した記憶の中にいるあの少女も、苗字を守崎と言うはずだった。

「おい。本当にその子は瑠奈って名前だったのか?」

「はあ? いや……だって、そんなの覚えてないわよさすがに。守崎って苗字だけは覚えてるんだけど。でも、さすがにアンタに妹がいたなんて考えられないし、それこそ記憶にないから。だからそうなんじゃないのかって、アンタに確認したかったのよ」

 おいおい、それじゃあまさか。

「……紅憐。悪い、その答えはまた今度だ」

「へ? あ、ちょっと昴! 何処に行くのよ!」

 俺はその場から紅憐を置いて駆け出した。


  ◇


 一昨日前のことになる。俺こと月城昴は、学業を終えて帰宅途中の真っ最中だった。いつものごとく帰りにコンビニでも寄って雑誌の新刊立ち読みして、適当に食うもん買って家でくつろぐか、なんて他愛のない事を考えながら。そんなとき、彼女と出会った。

「……なんだ、あの子。今にも倒れそうに――って、おいおい!」

 目の前を一人の黒髪の少女がふらふらとした足つきで歩いていた。よく見れば、大分顔色が悪い。そのまま壁に手をつけて、もう限界だと言わんばかりの表情でその少女は今まさに倒れようとしていたのである。俺は咄嗟に駆け出して、その少女を抱きとめた。危ない、あのまま倒れていたらどこかを打ってしまっていただろう。打ち所が悪ければ人間簡単に死んじまうらしいし、何にせよ無事でよかった……なんて安堵していると、

「……貴方、誰?」

 俺の腕の中で倒れている少女が、最後の力を振り絞ったのではないかと思えるぐらいの小さな擦れ声でそう言った。

「ただの通りすがりだよ、それよりお前どうしたんだ。こんなところで、今にも死にそうな顔して。家はどこだよ? いや、この際病院だな。連れて行ってやるから。心配すんな、安心しろ」

「駄目。いいから、ほうっておいて。貴方を巻き込むわけにはいかない」

「そんな事言ってもな、今にも倒れそうな女の子をここで見捨てるような真似できるわけないだろうが。いいから俺に任せろよ。巻き込むだとか、そんな無駄なこと考えてんじゃねーって」

 俺は半ば無理やりに、その少女を背負うようにして抱え上げた。少し悪いことをしているような気もするが、そんなことはないのだから多分問題はないだろう。はたから見ればどう取られてしまってもおかしくないけれど。

「……病院は」少女が呟いた。「病院は、駄目。長時間の滞在は周囲の人を巻き込んでしまう。どこか、あまり人目につかないところでいい。少しだけ休めば、回復するから……」

 何を気にしているのかは解らないが、そう言うのであれば俺は無理に強制するわけにもいかない。どこか近くの公園で休ませてやろう。確か近くに西条公園ってのがあったはずだ――そこに行くとしよう。


  ◆


 俺は自宅のマンションへと帰宅していた。置いてきた紅憐には今度会ったときに謝っておこう。後が怖いが仕方がない。今はそれどころではないからだ。一刻も早く、ルナに会って話を聞かないといけない。エレベーターは十二階に止まっていた。さすがに待っている時間が惜しい。俺は舌打ちをしてから階段を駆け上がることにした。二階、三階――と、俺はスピードを落とす事無く階段を昇っていく。そうして自分の部屋の扉の前まで辿りつくと、そのままカギを使って中へと入った。ルナがいることもあり、出かけるときはカギを閉めないで出ていた。そのことから、中に彼女がいることは明白で。そこには笑顔で俺を迎え出る、ルナの姿があった。

「おかえり兄さん、遅かったわね。先に帰って悪いと思ったから夕飯作っておいたわよ、今回のは自信作なんだから!」

 先に帰った本当の理由はそれか……と思いつつ、俺は玄関で靴を脱いでリビングへと向かう。

「なあ、ルナ」

「何よ。大丈夫、さすがにもう失敗はしないわよ?」

「違うって。あのさ」

 俺は、少しためらう。このまま言ってしまっていいのだろうか。そうすることで、俺達はどうなってしまうのだろうか。本当に、これでいいのだろうか、と。だが、そうしなければ先に進むことはできない。だからこそ、俺は口を開く決意をする。

「俺、思い出したんだよ。何もかも。だから――」

 俺が言った瞬間、ルナは呆然と俺の顔を見つめていた。当たり前、か。確かにこうなってしまったら、ルナはもう――。

「……そ。思い出したのね。あーあ、これでもう終わりかあ」ルナは先程までとは一変した態度でそう呟いて、「じゃあ、わたしと貴方の関係はこれまでね。……さようなら、短い間だけの兄さん」

 だっ、と駆け出すようにルナは部屋から出て行ってしまった。俺はただ立ち尽くし、何もいえないままそこで目を伏せていた。聞きたいことも、何も聞けなかった。聞けるわけがなかった。彼女にとって、俺は記憶が戻った瞬間からただの他人なのだから。

 でも。

 最後に一瞬だけ見たルナの顔が凄く悲しそうだと思ったのは、俺の見間違いだったのだろうか。


  ◇


 西条公園のベンチで、道端で助けた少女をしばらく休ませていた。俺も俺でこのままはいさようならなんて言うわけにもいかないし、とりあえず隣で一緒に座って他愛もない話でもしよう――なんて思っていたのだが、

(ぬあー、こいつなんも喋らねえ……)

 約三十分程度だろうか、こうして沈黙を続けながらこうして座り呆けている俺と隣の少女。一応、名前だけは聞き出すことに成功した。守崎――そう、守崎夜鈴と言ったか。俺も名乗り返さないわけにはいかないので適当に自分の名前を告げたのだが、それ以降ずっと会話がない。休んでいるところにどうでもいいような話をするのも悪いと思って何も言えないでいるのだが、これはさすがに気まずいというか、なんというか。

(さすがにこれ以上はきつい、きついぞ俺。何か話題を振らねば)

 気になる事――は、ない事もない。と言うかぶっちゃけるとありまくるのだが、聞いていいものかどうか解らない。例えば、どうしてあんなところで倒れかけていたのか。どうして病院は駄目なのか。――どうして、そんな絵本に出てくる魔法使いみたいな格好をしているのか、とか。

「あのさ……お前、どうしてあんなところで倒れかけてたんだよ?」

 今更な疑問。だが、これだけは聞いておかなくてはならなかった。しばらくの沈黙の後、少女は静かに口を開く。

「……これ」と。

 一言呟いて、俺に鈴を手渡してきた。

「へ? 何これ、鈴……?」

「貴方は本来私と関わるべきではなかったから。私と出会った時から明日までの間のことを、何もかも忘れて欲しい」

「忘れ……って、誰にも話すなってことか? どうして」

「違う。そのままの意味で。忘れる」

 意味がわからなかった。忘れるって、記憶喪失にでもなるんだろうか。それとこの鈴にどんな関係があるのか解らん。

「なんだかよく解らないけど……、俺の問いにも答えてくれよ。どうしてあそこで倒れそうになってたんだ」

「……敵と、戦っていた」――敵? その格好と何か関係があるのだろうか――などと俺が考えていると、「なんとか退けたけれど。不意打ち気味だったから、手傷を負わされた」

「傷って、おい……どこか怪我してるのか?」

「大丈夫。まだ浅いから。もう大分良くなってきた」

「良くないだろ、傷があるならちゃんと診て――」

「私は。魔法使いだから、大丈夫」

 なんだって?

「……おいおい、冗談はやめろよ。そんな演劇の格好みたいなのしてるからって――」

「…………」

 そこで黙るなよ。

「まあ、なんだ」ここは話を合わせてやろうと踏んで、「その魔法使いさんは敵と闘ってなんとか勝ったけど負傷しちまって、それであんな場所フラフラと今にも倒れそうになってたってわけか?」

「……」こくり、と少女は頷く。

 おいおい、マジかよ。もしかすると、俺は扱いに困っちまうような電波妄想少女とお関わりになってしまったのでしょうか。

「昴」ふと、守崎夜鈴が俺の名を呼んだ。「貴方は、どうして私を助けたの?」

「どうして、って……。んなもん、目の前で今にも倒れそうにしてる女の子がいたら、助けないほうがおかしいだろ?」

「……それは。女の子だったから、助けたって意味?」

 意味深な質問だった。俺は想像してみる。例えば――

「――そうだな。目の前でイカつい兄ちゃんが倒れそうだったとしたら、助けねえかも」

 それぐらいのヤツなら俺が助けなくてもなんとかするだろ、自分で適当にな。

「……」くす、と。

 何だこいつ、今笑わなかったか? ……なるほど、まったくの無表情キャラってわけでもないらしい。

「なあ、守崎……だっけ? お前――」

「夜鈴でいい」少女は淡々とした口調で、「……そのほうが、嬉しい」

 今度は顔を俯けながら、まるで照れ隠しのようにそう言った。やばい、今不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。別にそんなつもりで助けたわけじゃねえってのに。

「じゃあ、夜鈴。仮にお前が魔法使いだったとしよう。正直に言えば、俺はただのそこら辺にいる高校生風情なわけで、そんな唐突に突然いきなりそんな大胆な素性の告白をされても理解し難いわけだ。だからまあ、一歩譲って魔法使いなんだと言うことにしておくとして。……その『敵』っつーのも、魔法使いなのか?」

「……」こくり、夜鈴は無言で頷いた。

「じゃあ次な。魔法使いってのは、俺でも知ってるような絵本とか小説の物語に出てくるような、あの魔法使いそのまんまって見識でオッケー?」

「……それは、ちょっと違う」

「違う? じゃあ、具体的に夜鈴の言う『魔法使い』ってのはなんなんだよ」

「魔法使いにも様々な種類が存在する。そう、昴が思い描いているような魔法使いももちろんこの世のどこかに存在していると思う。けれど、少なくとも私はそういった魔法使いとはまた別の種類に位置する存在。例えるなら、『動物』というくくりの中には犬とか猫とか色んな種類がいるけれど。あれと同じ。つまり『動物』というくくりが『魔法使い』というくくりで、そのくくりの中には様々な種類の存在がいるっていうこと。昴の知ってる魔法使いが犬なんだったとしたら、私は猫」

 なんだかすごく飛躍した例えだったが、言いたいことは大体理解できた。だが――それでも、やっぱり俺は簡単にそれを信じることは出来ない。

「大体解ったけどさ。魔法使い同士で戦うってのは、それなりに危険なんじゃねえのか。傷だって負ったんだろ。そんな危ないことして、もし万が一のことが起きたら――」

「万が一――それは、どちらかが死ぬ、ってこと?」

「……ああ」

「そう。それが、多分。……敵の魔法使いの目的なんだと思う」

 どう言う事だ。まさか、本当にこの少女とその敵の魔法使いってのは『殺し合い』をしてやがるってのか。おかしいだろ、まさかこんなまだ俺と同い年くらいの少女がそんなことをしているなんて――信じられるわけがない。

「敵の魔法使いは恐らく私という魔法使いの存在の抹消を望んでいる。そうでなければいきなり襲ってくるわけがない。それに、そうする為の理由だって私には理解できるから」

「理由、だって?」俺はもう我慢できないと言わんばかりに、「人を殺すのに理由があれば、それは認められるってのか? んなわけねえだろ、たとえどんな事情があったとしたって人を殺すなんてのは最低のすることだ。冗談でも、言って悪い事がある」

「……冗談じゃない」夜鈴は今までにないくらい真剣な眼差しだった。「言っても信じてもらえないかもしれないけれど。魔法使いは実在する。そして、私と敵は間違いなく戦っている。……きっと、どちらかが倒れるまで終わらない」


  ◆


 ルナが去ってから少しの間、俺は玄関でただ呆然としているだけだった。しばらくしてようやく気分も元に戻り、重い足を動かしてリビングへと歩く。できれば、その光景をこの目に焼き付けたくはなかった。

「は、は。……最低だよ。最低の最低、ドでもクソでも何でもかんでも付きまくるくらいの最低ヤローだよ俺は……」

 そこには、今日の夕飯が並べられていた。朝食のカレーはもちろんのこと、それとはまた別に作られたサラダやスープがそこにあった。間違いなく、ルナが用意してくれていたものだった。彼女は一体どんな気持ちでこの料理を作ってくれていたのだろうか。どんな気分で、俺の帰りを待っていてくれたのだろうか。そう思えば思うほど、胸が苦しくなる。だが、それ以上に吐き気がする――他の誰でもない、この自分自身に! 俺は馬鹿だった。思い出した、ああそうさ何もかも思い出した。守崎との出会いも、本当はルナが守崎を襲ったのだという事実も。その後も何もかも、俺は全て思い出したさ。――だから、何だっていうんだ。ルナは何もかも知っている――自分の事も、俺の事も、守崎の事も。この状況がどういうもので、どうしてこうなったのか、何もかもだ。知った上で――俺と一緒にいたんじゃないのか。俺が記憶を取り戻したせいで、ルナは俺の元から去っていった。でも、記憶を取り戻した今でも俺の気持ちに変わりはない。それを、俺は一番に彼女に伝えたかったのに――言えなかった、言う事が出来なかった! 俺は今、正直に言えば迷っているんだろう。ルナを好きだと言うこの気持ちに変わりがないとしても、そんな彼女のことを信じて良いのか、未だ解らないでいる――何とも滑稽だ、反吐が出る。目の前のテーブルに載せられ並べられた料理を眺めながら、俺は自然と拳を握っていた。どうしてあの時、あの瞬間に俺は口を開く事ができなかった? 追いかけることすら出来なかった。どうして、何故? ――理由は、明白だった。

「……結局、俺はルナを信じられなかったってことじゃねーか」

 たった二日間、一緒にいただけで――人間なんて、そう簡単に信頼し合えるものじゃない。……そうさ。記憶を失っていたからこそ生まれた、ただのその場限りの醜い感情に振り回されただけの男――それが俺なんだろ。

 ゴガン! と、俺は壁を左手で殴りつけた。拳が痛むのを無視して、思いっきりに。

「それこそ、馬鹿らしいだろうが……」

 記憶を失っていた――だから何だ。俺はただ、一日の半分程度の記憶しか失ってない。それに比べて、俺はルナと二日も共にした。単純計算でいえばルナと共にいた時間のほうが、遥かに失っていた時間より多いじゃないか。

 いや、理屈はもうどうでもいい。この光景が、今まで過ごしてきた時間が、彼女の言葉が、あの去り際の表情が――何もかもが、全てを物語っている。気付けよ月城昴――いくら鈍感だからって、今ここで気付けなければ全てが手遅れになる。そうなる前にやるべき事があるんじゃないのか。だからこそ、俺は今ここでもう一度はっきりさせなければならない。

「そうだよ。何を迷う必要があるってんだ」

 ――月城昴は。あの少女の事が、好きだ。


  ◇


「――見つけたわ」

 不意に、どこからともなく声が聞こえてきた。瞬間、ベンチに座って休んでいたはずの夜鈴が立ち上がる。

「どこまで逃げたのかと思ったら、こんなところにいたのね『幻想遣い』。いくら公園といっても、この辺じゃ人目が付かないわよ? まあ、それを考慮してこの場所を選んだのかもしれないけれど」

 突如現れた声の主は、少女だった。長い金色の髪を靡かせながら、じわりじわりとこちらへ歩み寄ってくる。こいつが、敵の魔法使い……なのか?

「夜中まで逃げられなかったのは残念ね、『幻想遣い』? こうも明るいと、貴女の魔法も機能しにくいでしょ?どうして解るのか、なんて聞かないでよ。わたしだってそれなりの魔法使いだもの。一戦交えただけでそれなりに相手の能力は把握できるわ」

「……」夜鈴は無言で答える。

「ふうん、あくまでだんまりってわけ? それはそれで面倒がなくてとても結構なのだけれど――ひとつ、聞いてもいいかしら?」ふと、金髪の少女の目線がこちらへと向けられる。まるで異物でも見るかのような、鋭い視線。「そこにいるのは誰? 見たところただの一般人のようだけど……手駒にでもしたわけ?」

 じり、と夜鈴が俺の前に立つ。

「この人は関係ない。偶然、倒れ掛かっていた私を助けてくれただけの、一般人」

 ちくり、と何かが胸に突き刺さるような気分を覚えた。関係ない――確かにその通り。ただの通りすがりの俺はどこまでたっても今のままでは無関係の一般人に過ぎない。だけど、その言葉が俺は少し気にいらなかった 信じたわけではないが、この二人の空気は明らかに異常だった。魔法使いではなくても、今にも殺し合いを始めてしまいそうな――そんな不安感が俺の脳裏に押し寄せる。

「へえ。ま、わたしはどうでもいいけれど。なら関係ない人にはさっさとこの場からいなくなって貰うとして。……早急に事を終わらせましょう」

「待て、ちょっと待てよお前」俺は思わず口を開いた。「何で夜鈴を襲おうとする? 彼女が何をやったって言うんだ」

 俺の言葉に、だが少女は眉一つ動かさなかった。ただ、平然と。それが当たり前なのだと言うように、呟く。

「貴方には関係ないわ」

 瞬間、金髪の少女が動いた。だが、それにあわせるかのように――一秒としなかっただろう、目の前の夜鈴が姿を消していた。

「な――、転移? そんなことが……」

 斬りかかった金髪の少女は、そう言いながら周囲を見回す。何が起こったのか俺にはさっぱり解らない。解るのは目の前に今『敵』の少女がいること。そして、いつの間にかその手には剣のようなものが握られていることだけ。剣のようなもの、とは言っても、実際に剣の形をしているわけではない。まるで光が形を持ったかのように彼女の手に握られ、それが剣のように見えたのである。――これが『魔法』だと言うのか。一つ解るのは、この金髪の少女は俺に危害を加えるつもりはないようだった。真っ先に夜鈴を狙う辺り、ターゲットのみに重点を置いて攻撃を加えるつもりらしい。

「ぅあっ!」

 どさ、と突然金髪の少女が前のめりに倒れた。手に握られていたはずの剣のようなものはなくなっている。その向こう側には、守崎夜鈴が立っていた。後ろから攻撃したのだろうか。金髪の少女は不意打ちでも食らったかのような姿勢で倒れている。

「……確かに、昼間では私の魔法もあまり使えない。けれど」夜鈴は無表情で、目の前の少女を見下ろしながら、「脅威を退くことぐらいは、出来る」

 今度は、金髪の少女の姿が消えた――同時に金属音。

「……くっ」夜鈴は苦そうに顔をゆがめる。

「判断力はいいみたいね、『幻想遣い』。それにその手に握られているのは――さしずめ日本刀ってところかしら。魔法使いには似合わない武器よね。……銃刀法って、ご存知?」

「普段は隠しているから。それに……これは、普通の人間には見えない」

「ふふ、対話するレベルの余裕は、あるみたい……ね!」

 ガキン! と音がして、二人は飛び退いた。互いに距離をとり、じりじりと間合いを詰めていく。気が付けば、夜鈴は魔法使いの装束よろしく黒フードを脱いでいた。いつ脱いだのだろう、まったく解らない。黒フードの下は制服だった。だが、ウチの学校のものではない。ふと、夜鈴と目線が合う。逃げろ、とでも言いたいのだろうか。確かにこの状況、疑いを持っているほうが馬鹿馬鹿しい。魔法使いかどうかはともかく、この二人は明らかに常軌を逸していた。そんな場所にこれ以上いられるわけがない。俺のような一般人が、だ。……自然と、唇が引きつっていた。笑っている。俺は、こんな状況になって――何故だか解らないが、笑っていた。

「上等だ……」俺は誰にともなく呟いて、「魔法使いだかなんだか知らないけどな。一度関わった以上、俺には見捨てる事なんてできねえんだよ……!」


  ◆


 俺は並べられている料理にラップをかけ、そのまま部屋を後にした。この街は広い。むしろ、もうこの街にはいないかも知れない。だが、それでも探さなければ気がすまない。探して、見つけ出して。たったひとつの言葉を伝えなければ気がすまない。まだそれほど時間が経っているわけでもない。ここからそれほど遠くまではいけないはずだ。それに、今日は夜鈴との決闘もある。この街からいなくなることはあまり無いと考えていい。

「……まさか」

 俺はひとつの場所を思い浮かべて、その場所へ向けて走り出す。もし俺の勘が外れていなければ、ルナはきっとそこに居る。


  ◇


「やめろッ!」

 俺は二人の対峙する場所へと駆け出した。どうなるか、なんて知ったことじゃない。今は、あの二人をなんとしてでも止めないと。

「昴、避けて……!」――夜鈴が叫ぶ。

 瞬間、俺はいつの間にか公園の端にある草むらに倒れていた。身体が痛い。何が起こったのか理解できない。あまりに一瞬の出来事だった。恐らく、あの金髪の魔法使いが俺に攻撃を加えたのだろう。

「くっそ……、手も足もでないってのはこう言う事かよ、ちくしょう」

 幸い――というよりも、わざと急所を外しているという感じが否めないが――致命傷も負わず、身体だって動かそうと思えば動かせる。だが、さすがにこれではただの足手まといにしかならないだろう。二人を止める術なんてものは、俺には皆無だった。

「それでも、やるしかねえだろうが」

 ぐっ、と力を入れて立ち上がる。夜鈴と金髪の少女は、以前戦いを続けていた。人目がつかない場所とは言え、さすがにこの光景は凄絶だ。誰かに見られればたまったものではないだろう。光の剣(とりあえず正体不明なのでこう呼ぶ事にする)と日本刀の、剣戟の応酬。とてもではないが一般人の動きとは思えない二人の動作に、俺は一瞬現実を疑いたくなった。普段は隠しているらしい夜鈴の日本刀も、今では俺にも見える。どこに隠していたのだろう。あの黒コートの中だろうか。

「力で敵わないなら、言葉でなんとかしてやるさ」

 実際問題、俺にはそれしかなかった。言葉で理解するような相手ではない気もするが、それしか方法はない。立ち上がり、歩き出す。そこで対峙している二人の少女を止める為に。

「二人とも、もうやめろっつってんだよ! どんな理由があるのか知らないけどな、どんな理由があっても人を殺していいことにはならねえだろ!」

 叫ぶ。完膚無きまでに。身体中に痛みが走るが、そんなものは関係ない。俺の声に気付いたのか、金髪の少女が動きを止めた。それと同時に、こちらへと向かってくる。

 近付いて――、

「……、がはッ」

 蹴りを腹部に入れられた。

「何それ、正義の味方でも気取ってるつもり?」金髪の少女は嘲るように言う。「笑わせないでよ、そう言うのって凄く虫唾が走るわ」

 それだけ言って、金髪の少女はその場から飛び退いた。入れ違いになってやってくる夜鈴。その表情には困惑とも悲愴とも取れるものがある。

「……どうして」夜鈴は心底解らないと言った風に、「どうして着いて来るの?」

「俺はもう無関係じゃないからな」

「どうして逃げ出さないの?」

「言っただろ。俺は危ない女の子を見ると見捨てられないんだよ」

 俺は蹴られた腹部を抑えながら、言う。まだだ。まだ立ち上がれる。こんなところで諦めてたまるか。無関係だなんて、言わせるものか。そんな俺を見てか、夜鈴は不安そうな表情を隠せずに、呟く。

「どうして、貴方は立っていられるの?」

「やるべき事があるからだろ」俺はさも当たり前のように、そう言い放った。「俺のこと、信じられないか? 夜鈴」

 夜鈴は、何も言わなかった。そりゃそうだ、さっき始めて会ったばかりの男を信じろなんてほうがおかしい。おかしいに決まってる――だけど。

「俺が守ってやる、お前を襲おうとするやつから。だから、信じてくれ」


  ◆


 夕焼けが綺麗な黄金色に輝く、夕暮れの西条公園――少女・ルナはそこにいた。公園のベンチ――一昨日、俺と夜鈴が座っていたその場所に、ただ一人佇んでいる。

「やっぱここか」

 俺はそれだけ呟いて、ルナの元へと歩いて行く。ルナは特に返事もせず、こちらに振り向きもしなかった。ただ黙ってそこにいる。まるで薄幸の少女を描いたような光景に、俺は少し罪悪感を覚えた。どさり、と少し乱暴気味にルナの隣に座り込むと、俺は空を眺めながら「ふう」と溜め息を一つ吐いた。

「……覚えてる?」唐突にルナが口を開いた。「ここで、わたしとあの魔法使いが戦って。止めに入ってきた貴方に二度も攻撃したのよ、わたし。手加減はしたつもりだけど、痛かったんじゃない……?」

 やっぱり、手加減されていたのか。それにしても思い出すたびに痛みが蘇るようで、あまり思い出したくはないが――そう、今思えばあの時がはじめてルナとまともに顔を合わせた時だった。

「そうだな、ちょっと痛かった」

 ちょっと、なんてのは強がりだった。間違いなく、あの時は立つのが限界ぐらいの痛みはあったのだから。それでも、俺はそれを口にすることはない。

「……そう。そして、その後――わたしはあの魔法使いに負けそうになった。戦いを止めさせようとしたのか、そこに飛び込んできた貴方を盾に、わたしはこの場から逃げ去ったわ。正直、あの時は本当にマズかった。油断していたと言うのもあるけれど……それ以上に、あの魔法使いにとって貴方の存在が重要だったみたいね」

「夜鈴にとって、俺が? まさか。俺はただの通りすがりの男だっただけだよ」

「でも、それならどうして貴方はああまでしてあの子を助けようとしたの?」

 それは――きっと、見捨てるのが気まずかったから。そこで逃げ出したら、俺はきっと後悔すると思ったから。

「……まあ、でも。そこが貴方らしいって言えば貴方らしいんだけどね」

「ルナ、お前……」

「全部思い出したんでしょ? なら大体解ってると思うけど、この騒動の原因はこのわたしよ。わたしが彼女を殺す為にこの街へやってきた。ううん、正確には『とある事件』を片付けるためにね。その首謀者としてあの子――守崎夜鈴が候補に挙がった。実際、魔法使いなんてものは稀少よ。そして今回の事件は魔法使いにしか有り得ない。だからこそ、あの子を疑った。そして証拠も見つけた。目撃情報があったのよ」

 事件――さしずめ、ルナは外国からその事件を解決するためにやってきた魔法使い、って所なのだろう。そして、その事件の犯人が守崎夜鈴ってわけか。なるほど、あの時部屋で見ていたニュースはそれか。

「俺には、夜鈴がそんなことをするような奴には見えないけどな」

「それでも有り得ないのよ。こんな極東の島国の、それもちっぽけな街程度に魔法使いがいるってこと自体異端なのに、それが二人以上いるなんて有り得ないもの。彼女が犯人よ」

「…………」俺は何も言えなかった。それを否定する材料は、俺にはない。

「まあ、これでわたしの事情は話したわよ。どう、これで気分はすっきりしたかしら。ここまで追いかけてきたのだって、どうせわたしの動機が気になった……とかでしょ?」

「気にならなかった、って言えば嘘になる」俺は一息置いて、「だけどな、俺がここまでルナを探してきたのはそんなちっぽけな理由じゃない」

 ここで、初めてルナは俺へと目線を移した。何も変わらない、ルナの顔。そうだ、ルナは何ひとつ変わっていない。変わったのは俺だけで。変えるか変えないのかを選ぶのも俺なんだから。

「俺が記憶を取り戻したからって、何が変わるっていうんだよ?」

「……どう言う、意味?」

「ルナは全部知ってたろ? 俺みたいに記憶を失っていたわけじゃない。今までのルナは全部偽りだったのか? そうじゃないだろ。確かに俺に嘘をついていたかもしれない。まあ、正直ほとんど嘘だったんだろうな。言葉の上では。でも、違うだろ。ルナは俺と一緒にいてくれた。俺のことを嫌いじゃないって言ってくれた。後悔してるって言っただろ。全部嘘なのか? ……嘘じゃないよな」

「どうして解るの? 全部嘘かもしれないじゃない。わたしはただの嘘吐きなんだから」


「――じゃあ、どうしてルナは泣いてるんだよ?」


 それだけだった。俺がそれだけ言うと、ルナはわけが解らないと言った風に、

「泣いてる? わたしが……? なんで、どうしてよ。わたしは魔法使い、ルナミス=サンクトリアよ? そのわたしが、どうして泣かなくちゃいけないの。ねえ、どうして」

 ぽろぽろ、と。ルナの瞳から、小さな涙の粒が浮かんでは流れていた。

「……俺、昨日も言ったけど。もう一度、言わなきゃいけないことがある」

「やめてよ。もう、何も……言わないでよ……」

 ルナの瞳を見つめる。涙は止まらず流れ、目は少しだが充血していた。頬は赤く紅潮し、歳相応の子供のように彼女は泣いていた。

「記憶が戻ったから何だって言うんだよ? 何も関係ないだろ。俺とルナが築き上げた二日間の思い出には何の支障もない。俺が抱いたこの気持ちにだって何の変化もなかったんだよ。迷ったことは認める。一瞬だけ、どうしたらいいか解らなかったのも認めるさ。でもな、結局何も変わりはしなかった。俺は、俺の気持ちは……何も変わりやしなかったんだから」

 ルナは何も言わない。何も言わず、俺をただ見上げていた。隣に座っているルナを、俺は無理矢理抱き寄せる。抵抗はない。いや、抵抗されたって今回ばかりは容赦しないけど。

「だから、俺はさ――」手でルナの涙を取って、そのまま頬に触れる。ルナの頬は熱くて、そして柔らかかった。「――ルナの事が、好きだ」

 もう、これ以上の言葉は必要ない。言いたいことは、全て言い尽くしたのだから。

「……ばか」

 それだけ呟いて、ルナは今度こそ本当に心底泣き崩れた。


  ◆


「で、結局どうするつもりなんだ?」

 俺はルナを半強制的に自宅へと連れ戻し、リビングで食事を開始した。最初は戸惑っていたルナだったが、やはり一緒に食事を取る事に不満はなく、むしろ望んでいたのだろう――それほど苦もなく食事を行うことができた。俺は、これからの行動を考え、ルナにどう動くかを問うた。

「……魔法使いとしてわたしにもそれなりのプライドがあるんだけど。まあ、今回は貴方に免じて一歩譲るわ。そうね。仮に守崎夜鈴が今回の事件の犯人ではないとするなら、犯人は別に居ることになる。それも、確実に魔法使いよ。でも、それを確かめる方法は存在しない。向こうからノコノコと出てきてくれるはずがないし、あの守崎夜鈴以外にそんな存在が居るって言う情報もまったく無い。いわば手がかりがないのだから、こうなれば守崎夜鈴を疑うのは当然の行為よ。そこは解って貰えるかしら」

「解るさ、解るけど……俺はやっぱり、夜鈴がそんな事をする子だとは思えない。第一さ、事件って連続殺人事件なんだろ? それも、猟奇的な。そんな暴力的な行動を、あの子がすると思うか?」

「感情論ね」ルナは厳しい声で言った。「貴方のそれはただの憶測に過ぎない。守崎夜鈴という少女の表面に惑わされているだけ――かも知れないわ」

 確かに、それはそうだ。俺が夜鈴と出会い、会話したのは本当にごくわずかの間だった。それだけで、その人間の全てを理解したような態度を取るのは傲慢だと言える。そう、そんな事は百も承知。理解出来ている上で、俺は言う。守崎夜鈴を犯人と決め付けるのはまだ早い、と。

「そうだな。それは正しいよルナ。だからこそ俺は言ってるんだ。確定ではないのなら、真実を確かめようって」

「どうやって? それを、どうやって確かめるのかをわたしは聞いているのよ。だって、さっきも言ったとおり他に魔法使いが存在するなんてデータは無いし、わたしがこの街で感じ取った魔法使いの存在はあの守崎夜鈴だけなんだから。もし他に犯人がいるのだとしても、確かめる術がないじゃない」

「簡単さ」俺は得意げに、「夜鈴に協力して貰う」

「な……、何を言ってるの? ばかだとは思ってたけどこれほどばかだとは思ってなかったわ。貴方、その守崎夜鈴と、わたしは今日決闘するのよ? 申し出はすでに受けた。これは正式なものよ。魔法使い同士の正式な決闘。派閥は関わっていないとはいえ、これは魔法使い自身のプライドの問題だわ。わたしだって、今更引き下がるつもりもないもの」

 決闘。夜鈴が何を目的にそんな事を申し出たのかは解らないが、それを一度受けてしまった以上、ルナと夜鈴はもう一度対峙する運命にあるってことか。

「だけど、今はもうルナにとって夜鈴は殺す対象ではないだろ? 少なくとも、本当の犯人かを確かめるまでは」

「そうだけど……、それも貴方の言葉を尊重しての行為よ。本来なら、ここで決着をつけるつもりだったんだから」

「決着、ね……。じゃあ、こう考えるんだ。ルナが夜鈴に勝つ。勝った場合の条件はこうだ。『この街で起きている事件の真相を突き止める為に、守崎夜鈴はルナミス=サンクトリアに惜しみない協力を行う』ってな」

「……なるほど。それなら守崎夜鈴を監視下に置きつつ、事件の真相を調べる事が出来る。もし守崎夜鈴が犯人なのだとしても、それが明かされたときは速やかに対処を行える――ふうん、ばか兄にしてはなかなか面白いじゃない」

 いつの間にかばか兄呼ばわりされてるのだが。

「でも、それじゃあ負けた時の条件は?」ルナは少し苦い表情で、「わたしが勝った場合の条件を提示するのなら、負けた場合の条件も提示するべきよ。それはもちろん、向こうに決めてもらうのが一番だろうけど……万が一のことも考えて、こちらが用意して置くことに越したことはないわ」

「そうだな……」

 ルナが負けたとき、か。そういえば、ルナは今まで二回、夜鈴と対峙して――二回とも退けられている。夜鈴が強力な魔法使いだと言う事は明らかだった。

「それに」ルナは難しそうな口調で、「決闘の場は夜、深夜よ。彼女が戦うに絶好のフィールドを用意された。それが本来フェアなのだろうけれど、そうでない時でも十分な強さの持ち主だったわ。悔しいけれど、彼女の本気にはわたしだって負けてしまうかもしれないのよ」

「夜……? どうして夜が絶好なんだ?」

「これは事前に得た情報だけれど……、彼女はわたしと正反対の性質を持った魔力の持ち主なのよ。つまりわたしが『光』なのに対して、彼女は『闇』なわけ」

 光と闇――まるで彼女達そのものを現した構図だった。

 光――つまりは白がルナ。

 闇――つまりは黒が夜鈴。

 なるほど確かにイメージには当て嵌まる。魔力というのは、彼女達のイメージから生まれるものなのだろうか、と、ルナを眺めながら思う。

「何よ、じろじろ見て」

「いや……魔力ってのが良くわからないから少し考えてた」

「解らないなら聞きなさいよね」ルナは呆れたように、「魔力にも種類があるってこと。それによって扱える魔法のタイプが変化するわ。魔法使いにも種類があってね、それは大体魔力とか、学んだ環境によって変わってくる。わたしの場合は魔力が光に向いていて、学んだものが精神学だったってだけの話。『言葉の魔法(ワードオブマジック)』は魔力によって決まった魔法ではなくて、わたしが学んで生み出した魔法ってわけ」

 そうなると、あの時戦っていた時に手に握られていた光の剣は、ルナの魔力によって決められた魔法、ってことになるんだろう。ようするにゲームとかでよくある属性みたいなものか、と適当に考える。

「話を戻すわよ。つまり夜って言うのは闇が多く集う時間帯なの。だからこその守崎夜鈴。『幻想遣い』のフィールド、ってわけね」

「その、『幻想遣い』ってのはなんだ? ルナの『言葉の魔法(ワードオブマジック)』みたいなもんなのか」

「それは魔法使いの呼び名のようなものね。二つ名――と言えば解り易いかしら。わたしの場合は『月光の聖女ムーンライトプリンセス』なんだけど」ルナは少し恥ずかしそうに、「まあ、ようするにその魔法使いを一言で表す名前みたいな感じね。だから、実際にはわたしも見たことないけれど、守崎夜鈴はその名の通り『幻想』を『遣う』魔法使いの可能性が大きい」

 幻想を遣う――よく意味がわからなかったが、ルナもあまり解っているようではなかった。本当にただ名前をそのままの意味で捉えただけなのだろう。大体何だよ幻想って。

「とにかく、まずは夜鈴に勝たないといけないってわけか……。俺としては、もう二人には争って欲しくないんだけどな。でも、それは二人のプライドが許さないんだろ?」

「ええ」ルナは一言で返事をする。

「なら、仕方ない。俺は手も足も出さないよ。だけど、これだけは約束してくれ。何があっても、夜鈴を殺すようなことはしない、って」

 俺は真剣な顔付きでルナに言い寄った。だが、俺のそんな言葉はまるで予想通りだったとでも言わんばかりの表情で、ルナは言葉を返す。

「解ってるわよ、それくらい。わたしだってむやみやたらに人を殺したいなんて思ってないんだから。それこそ今回の事件の犯人よ。任せておきなさい、わたしは必ず勝つ。勝って、この事件をさっさと終わらせてやるんだから」

 ルナは何の迷いもなくそう言いきった。ああ、これは嘘じゃない。ルナは本当にそう思って言っている。短い付き合いではあるが、俺にだってそれくらい解る。

「問題は、夜鈴だよな……。まさか、あいつはルナを殺そうとはしないだろうけど」

「何よ、まさかわたしが負けるだなんて可能性、引っ張り出してるんじゃないでしょうね」

「いやいや、さっき自分で負けるかもとか言ってたのは誰だよ?」

「もしもの話よ。ふん、わたしが本気を出したらあんな魔法使い、すぐにでもひれ伏してやれるんだから」

 俺としては複雑な心境なのだが、ここは事を上手く運ぶためにルナに頑張って貰うしかない。何の為に守崎がこんな決闘を申し出たのか。その理由は解らないが、どの道今の俺には口を挟む余地なんてどこにもなかった。


  ◆


 かくして決闘の時間がやってきた。午前零時まであと三分とない。俺とルナは、西条公園の噴水前にて夜鈴の到来を待っていた。はじめ、俺はルナに来るなと言われたのだが――さすがに、ここまで関わってしまっては俺も最後まで見届けなければ気がすまない。この決闘に意味があるのかどうかは俺には解らない。決めるのは彼女達だ。そして、その先に続く未来という名の道を決めるのも。まるで選択権のない傍観者を気取るしかないこの俺は、公園の噴水から遠くに位置するベンチを観客席にすることにした。どうも緊張感が無いが、仕方が無いだろう。俺は心の奥では心底安心しているのだから。これ以上、二人が無駄に傷つけあうことはない。殺し合うのではなく、ただ互いのプライドを守るために戦う――それは、さながら格闘技の大会の決勝戦のような気分ではないだろうか。故に安心できる。ただの観客として振舞える。これがきっと、最良の結果だと信じて。

 しばらくして、時計の針が午前零時をぴったりと差した頃――

「来たわね」

 噴水の反対側、公園の逆の入り口から守崎夜鈴が姿を現した。あの黒装束を身に纏い、無表情のまま、ルナの元へと歩み寄ってくる。

「…………」

 ふと、夜鈴と目が合った。結局俺はルナの元から離れなかった、その事実に落胆しているのだろうか。記憶を取り戻してもルナ側にいる俺を、彼女はどんな気持ちで見ているのだろう。だが、そんな杞憂はすぐにきっと解消されるはずだ。

「魔法使い、『幻想遣い』の守崎夜鈴。貴女の決闘を受けにきたわ。……ふふ、今回は手加減なしでいくわよ。深夜のフィールドは貴女にも絶好の場のはずだし、わたしも容赦しないんだから」

 ルナが大胆不敵に言い放つ。だが、夜鈴はそんな事は構わないと言った様子で、

「……始めに言っておくけれど。私は負けない、負けられない。昴を、貴女の手から救うために」

 俺を救う――まさか夜鈴は、たったそれだけの理由で決闘を申し出たっていうのか。

「ふうん」ルナは少し引きつった表情で、「どうしてあのばかに固執するのかは解らないけれど……残念ね、あれはもうわたしのなんだから」

「は……はあっ? ルナ、お前いきなり何を……!」

「うるさいわね、黙ってなさいよ部外者!」ルナは何故だか知らないが怒りだした。「いい? 守崎夜鈴。わたしの目的は貴女の抹消――のはずだったんだけれど、そこのばかのおかげで気が変わったのよ。こちらがもし勝った場合、貴女にはとある事件の捜査に協力して貰うことになるわ。これは、そこの――月城昴が決めたことよ」

「……?」わずかながら、夜鈴の表情に疑問が浮かんだ。「どう言う、こと? ルナミス=サンクトリア……貴女の目的は、私を倒すことによる魔法使いとしての地位の昇格、のはず」

「ああ、それはただの勘違いってやつよ。……わたしの目的はね、この街で起きているとある事件の犯人を抹消することよ。ぶっちゃけると、地位の昇格とかそんなのどうでもいいわ。っていうか、その為に他の魔法使いを襲うなんて馬鹿げてるとも思ってるし」

 ぽかん、と。あの無表情が特徴な夜鈴でさえ、その言葉には呆気を取られていた。そう――守崎夜鈴は誤解をしていた。いきなり魔法使いが同族に襲われる理由なんて、実際それぐらいしか思い浮かばないのだろう。仕方が無いとはいえ、それは本当に衝撃的な事実のようだった。

「それなら、何故……昴に近付いた?」夜鈴は、さらに疑問をぶつける。「貴女の行動には不可思議な部分が多すぎる。どうして無為に虚偽行為を行ってまで昴に近付いたの?」

 う、と。今度はルナがたじろいだ。決闘はどうしたのだろう、さっきからまるで戦いが始まるような気配が感じられない。これではただの口論だった。

「そ、それは……貴女に負けそうになったから、隠れ蓑が必要で――」

「嘘」ルナの言葉をさえぎるように、夜鈴が言った。「確かに、一時的に一晩くらいの宿を確保するためならば理解できる。でも、それは違う。貴女は現に、二日間も滞在し、尚且つ昴の記憶が蘇っても居座っている。その理由は、何?」

「夜鈴、それは――」

 ルナが俺の所にいるのは俺のせいでもある。俺が望んだからだ。それ以外に理由なんて、

「そう、そうね。あはは、おかしいわよね! 確かに滑稽だわ!」――その時。唐突に、ルナが笑い出した。まるで追い詰められたように、投げやりに、「そう、最初はそれだけのつもりだったわよ。一日もすればいなくなってやろうと思ってた。学校へ行ったのだってただの好奇心だし、特に意味はなかった。でもその日の夜……わたしはいつの間にか『いつまでここにいられるのか』を考えてた! ばかみたいよね。わたしみたいな魔法使いなんて異端な存在が、普通の暮らしを続けられるだなんて事、あるわけないのに。だって言うのに、いつまで偽りの兄に甘え続けて今の暮らしを続けられるのか、それだけを考えて夜も眠れなかったのよ。……うふふ、本当に。ただのばかよね」

「……」夜鈴は無言で返す。

「そう、結局のところわたしは『普通』に憧れていた。今回の事件を終わらせて、本国に帰るという選択肢を常に持ちながら――その反対側で、ここに残って暮らし続けたいという、自分自身の本音があった。どうしてそんな気持ちを抱くようになったのか、その時は理解できなかった。だから、わたしは今日――貴女を倒して、さっさと事件を片付けて。本国に無理矢理にでも自分を連れ帰って、夢から覚めようと思ってた」

 静かだった――ただ公園の中心で、一人の少女の独白が続く。

「でも――それももう終わり。我慢するのって良くないわね。つくづく実感したわ。だからわたしは決めたのよ。これからは、自分の好きなように生きる、ってね」

「……それと。昴と一緒にいる事にどんな関係があるの?」

「解らないの、ここまで言えば解ると思ったんだけどなあ。……笑いたいなら笑いなさいよ、守崎夜鈴。そう――このわたし、魔法使い『月光の聖女ムーンライトプリンセス』ルナミス=サンクトリアは、そこにいるばか兄、月城昴を何の間違いか好きになっちゃったのよ!」

 俺の心に衝撃が走る。まさかこんなタイミングでそんな言葉を聞かされるハメになるとは思っていなかっただけに、俺は何と言って良いのか解らずただ唖然としていた。

「自分でも自身の精神を疑うけど。この気持ちを一言で言い表せって言うなら、つまりはそう言うことなのよ。不本意ながらね」

「……そう。そう言うことなら、私にも理解できる」夜鈴は微かに笑うように、「なら、貴女は昴に危害を加えるつもりはなく……そして、私と決闘することで得るものは、ある事件に私が協力するという事項――と言う事?」

「そうよ。本当はその事件の犯人は貴女だと言う事になっているのだけれど、ね。ばか兄が否定するもんだから、真相を確かめる為にもよ。文句があるなら言いなさいよね」

 そこで、初めて夜鈴は明らかに解る笑みをこぼした。

「なら。この決闘で、私が勝った場合の条件を提示する権利はこちらにある?」

「ええ、まあ……ない事はないわよ。一応こちらでも用意はしてあるけれど、そっちが何か要望があるならね。何よ、言ってみなさい」

 そうして、夜鈴は俺に一瞥をくれてから――ただ静かに、宣言した。

「私が勝った時は。私はその事件の容疑を晴らす為に貴女達に協力する」

「え?」俺とルナは、声を合わせてそう返す。

「ちょ、ちょっと待って。それじゃ、わたしが勝っても負けても同じ――」

 だが、夜鈴の言葉はそれで終わりではなかった。ルナが口を挟もうとして、だがそれを遮るように、夜鈴は言う。

「――ただし。私が勝った場合のみの条件として。私が勝った場合、昴を私の好きにさせて貰う」

 ……、なんだって?

「ああ、そう。なるほどね。そう言う事」ルナは何かを悟ったかのように、「いいわ、乗るわよその勝負!」

「……」くす、と笑う夜鈴。

「行くわよ、『幻想遣い』……守崎夜鈴!」

 ダッ、とルナが駆け出した。それを合図に、夜鈴は着ていた黒コートを脱ぎ捨て――そこから一本の日本刀を取り出す。一昨日に一度だけ見た事がある。その時とまったく同じ刀だった。まるでコートの中から出てきたかのようにスラリと刀が抜け出され、夜鈴はそれを両手で構える。――瞬間、ルナが飛んだ。基本的に公園に明かりはない。あるとしても、周辺の暗い道に数少ない電灯がちらちらと見えるだけだ。ルナが言っていた通りならば、地の利は夜鈴にあると言って良いだろう。暗闇が夜鈴の魔法の発動に関わるのだとすれば、光の少ないこの場所はルナにとって不利な場所なのではないか。だが、そんな事は杞憂に過ぎなかった。ルナは右手を空にかざしていた。その先にあるのは――月。そう。ルナは月の光を利用し、魔法を発動させるつもりなんだろう。『月光(ムーンライト)』とはよく言ったものである。今のルナの姿は、まさしくその二つ名に当て嵌まっていた。

「はぁああああっ!」

 瞬きと共に、ルナの右手にはあの光の剣が握られていた。それを夜鈴目掛け、飛び掛るようにして振り下ろすルナ。それを両手で持つ刀で防御する夜鈴。容赦がない。もしガードしていなければ夜鈴がどうなったのかなんて、想像もしたくない。……もちろんガードするに決まっているのだが、ルナは本当に約束を解っているのだろうかと不安になる。がきん、と鋭い金属音がした。夜鈴の持つ日本刀は長い。少なくとも彼女の背丈ぐらいはあるだろう、それほど長い。だと言うのにそんな得物を夜鈴は何でもないかのように振り回す。さながら扱い慣れているとでも言わんばかりに。回数にして二撃――ルナによる攻撃が終えると、それはただの挨拶代わりだと言うように、ルナは一度距離を取った。

「……お得意の魔法はまだご披露されないのかしら?」

 余裕綽々と言わんばかりの声色で、挑発するようにルナは言う。今の夜鈴は確かに前回となんら変わりない武装で、日本刀を一本握っているだけ。何かおかしな現象が起こっているわけでもないし、魔法を使っているようには思えない。だが、そんな俺とルナの予想を裏切るように、夜鈴が刀先をルナに向け、

「大丈夫。もう始まっている」


  ◆


 魔法使い、ルナミス=サンクトリアは自らの目を疑った。先程まで確かに自分は公園の噴水近くにいたはず――だと言うのに、ふと気が付けばそこはまったく違う場所になっている。暗く、地面さえ見えない闇の世界。本当に自分がそこに立っているのかさえ疑問に思えてくる、そんな空間。後ろを振り返ってみるが、昴の姿はない。

「何これ、どう言う事……?」

 声が響く。まるで地下空洞のような場所にいるみたいだった。

「ここは、私が作り出した空間。貴女はここにいる限り、この私に勝つことは出来ない」

 真後ろから聞き覚えのある声――守崎夜鈴! ばっ、と後ろを振り返る。しまった、いつの間に背後を取られていたのか。

「……え?」

 だが、そこに守崎夜鈴の姿はなかった。おかしい。確かに後ろから聞こえたと思ったのに。

(落ち着きなさいルナ。考えるのよ……ここは、守崎夜鈴が作り出した『空間』。どういう仕組みかは知らないけれど、あの公園とはまったく別のところに来ちゃったみたいね。姿が見えないのは、守崎夜鈴の魔法だから? 彼女はいくらでも姿を隠してしまえるってわけ……?)

 思考するけれど、やはり理解には至れない。現状、自分がまんまと守崎夜鈴の魔法に掛かってしまったのは見ての通り。だが、その魔法がいったいどんな仕組みなのかが解らない。この空間もまったくもって意味不明だ。魔法使い同士の戦いは、互いにどれだけ相手の魔法を熟知しているかで勝負が決まると言っても良い。単なる力比べで勝てるならば、そもそも魔法なんて使わなくても勝てる。相手の魔法使いに勝つ、と言う意味は、すなわち相手の魔法を看破し、理解し、把握した上でそれを完膚なきまでに叩き潰す。そうすることで、魔法使いは初めて勝利に至れるのだ。つまり、今――相手の魔法使い、守崎夜鈴は少なくとも自分――ルナミス=サンクトリアの魔法を理解している。まだ見せていないものも多数あるけれど、戦闘で主に使うのは光を凝縮させ、圧縮して物理的な干渉能力を持つ剣を作り出す『光の剣(ソードオブライト)』ぐらいのものだった。ルナはどちらかと言えば文武両道、戦闘に関する魔法とそれ以外の魔法どちらも隔てなく使いこなす魔法使いであり、それは同時にどちらにも特化していないと言える。こうしていざ実戦となるのは初めてではないが、こうも容易く自らの魔法の性質を理解され、対策を取られるとは思ってもいなかった。

(月の光さえあればどうとでもなる……なんてのは迂闊だったかしら。こうも光がないんじゃ、さすがのわたしでも『光の剣(ソードオブライト)』は作り出せない。考えたわね守崎夜鈴……!)

 警戒心をより一層強め、ルナは周囲を見回す。だが、それが果たして本当に『周囲を見回している』のかどうかすら解らない。辺りはどれもこれも同じで、かろうじで自分の姿だけが見えるのは――どこかにかすかな光でもあるのか、それともこの空間の性質なのか。

(光があるなら、まだ勝機はあるんだけれど)

 しかし、今は考えても何も解らない。迫り来る敵の気配を逃がさないよう、ルナは全身に神経を辿らせる。

(おかしい。守崎夜鈴……どうして一向に姿を現さないの? さっきは確かに声が聞こえたのに、それからまったく動きが見えない。まさか、ここにずっと閉じ込めておくつもりじゃないでしょうね)

 それは勘弁だ、とルナは思う。それでは、自分が根を上げるまでの根競べと言う事になる。それも、圧倒的不利な状況で、だ。何も出来ない、何も解らない、何も見えない。この空間にいるプレッシャーは相当のものだった。そのうちストレスでどうにかなってしまうのではないか――と言う不安ばかりが押し寄せ、余計に気分を悪くする。このままでは悪循環だ。そのうち耐え切れなくなって自滅するのがオチだろう。何とか自力でここを脱出できないものか。

(どんな魔法なのかさえ理解できればね……。あー、もう。もうちょっと事前に調べておくんだったかなあ。守崎夜鈴の扱う魔法についてとか――)

 そこまで考えて、ルナは「あ」と気の抜けた声を出した。そう。守崎夜鈴について、ルナは何も調べていなかったわけではない。軽くではあるものの、事前に知り得ていた情報があった。それは、

(守崎夜鈴は『幻想遣い』……!)

 もしこの考えに間違いがないのだとすれば。ルナは、遠目からは見えない程度の微笑を口元で歪ませて、

「……ふふふ、なるほど。そう言う事ね」


  ◆


 月城昴は、目の前で繰り広げられいるおかしな状況をただ黙って見つめていた。

「……ふふふ、なるほど。そう言う事ね」

 ふと、唐突にルナが何かを呟く。遠くから見ているからか、何と言ったのかは解らない。だが、先程までまるで目が見えていないかのように挙動不審な動きをしていたルナが、ようやく何かを悟ったかのような表情を浮かべたのである。恐らく(素人目ではあるが)夜鈴の魔法にルナは掛かったのだろう。それ以降、ルナはまるで視覚を奪われたかのように立ち回っていた。それをただ黙って見つめている夜鈴の行動にもいささか疑問が浮かびつつ、そんな、はたから見ればおかしすぎる光景を目の当たりにしていたのだが――ようやく、ルナが動いた。

「うん、やっぱりね。……一度理解してしまえば、あとは気の持ちようでどうにかなるものね、貴女の魔法も」

「……どうして解った?」

 夜鈴が義務的な口調で問う。

「魔法名が仇になったってだけのお話よ。わたしの魔法名は『月光の聖女ムーンライトプリンセス』であり、貴女は『幻想遣い』だった。うん、最初は意味が解らなかったけれどね。幻想を遣う、なんてのがどう言う意味を持つのか。でも、実際に体験してみれば話は別よね。ようするにさっきの空間――いいえ、空間のように『見えていた』だけで、実際はただの幻覚。わたしはまんまと貴女の魔法に掛かり、幻覚を見せられていただけってことでしょう?」

 なるほど、つまりルナは夜鈴の魔法――『幻覚を見せ付ける』らしきものによって、さっきまで幻覚を見ていたわけか。だからあんな挙動不審な行動をしていたのだろう。ようやく合点がいった。それにしても、ルナの『言葉の魔法(ワードオブマジック)』といい、魔法ってのは俺の想像しているものとは全然違うものなんだろうか。ううむ、こいつらが特殊なだけなのだと信じたい。

「それにしても……少し不思議に思ったんだけど、どうして幻覚を見せている間にわたしに攻撃しなかったの? それぐらいの猶予は十分にあったはずよ。それとも、わたしが貴女の魔法を見破らないとでも踏んでいたのかしら。それならご期待に添えられなくて残念だけど、わたしも甘く見られたものよね」

「……今のはただの余興に過ぎない。貴女に私の魔法を『知って貰う為』の。それに……言ったはず。わたしは負けないと」

「知って貰う為? 待ちなさいよ。魔法使い同士の戦いで、自分の手の内をバラすのはただの自殺行為よ。そんな事に何の意味があるっていうの? 馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわ」

 以前、強気なままの夜鈴にルナは苛立ちを感じてきたのだろう。だが、そんなルナの言葉なんて意味がないと言ったように、夜鈴は平然とした顔付きで、


「なら。貴女は完全に私の魔法を防ぎきる事が出来る?」


 がくん、とルナが膝を付く。恐らくまた夜鈴の魔法に掛かったのだろう。だが――すぐに正気を取り戻したのか、顔を見上げてルナは夜鈴を睨み付けた。

「……舐められたものね」ルナはまるで殺意でも抱いているかのような目つきで、「言ったはずよ。もう貴女の魔法はわたしには通用しな――」

 どさり。今度は身体が倒れこんだ。また魔法を受けたのか?

「っ、ふざけないで!」ルナは腕に力を入れて四つん這いになりながら、「こんなの、もう数秒とかからずに解けるわ! 何度やったって無駄よ。一体何がしたいって言うの!」

「……」夜鈴は答えない。

 ルナではないが、これには俺もさすがに疑問を覚える。何度やってもすぐに解けるのなら、最早その魔法に何の意味があるというんだ。夜鈴の言いたい事が解らない。それは、ルナも同じのようだった。

「もう油断しなければ倒れたりだってしないわよ。慣れてしまえば一秒もかからず解いてみせるんだから。それに貴女、魔法の行使時は動けないんじゃないの? さっきからそこを動いていないのが何よりの証拠だわ。さあ、もうそろそろ遊びは終わりよ!」

 ルナは頭上の月に目掛けて右手を伸ばした。あの光の剣を出すのだろう。夜鈴の魔法の対策も理解出来たのだ、これならもうルナだって遅れを取ることはないはずである。だが、

「……、まさか」ルナは何かに気付いたように、「まさか、これが狙いだって言うの?」

 ルナの手に、あの光の剣は現れなかった。

「そう。だから言ったはず。もう私は負けない、と」

 どう言う意味だ? ルナは理解したようだったが、ただの一般人の俺にしてみれば何の事か解らない。ルナの光の剣が出なかったことに、何かつながりがあるのだろうか。そんな俺の心境を読んでかそうでないのか、夜鈴は説明口調で語り始める。

「貴女の魔法の発動に必要な条件は三つ。一つ目は周囲に光が存在し、その光に向けて手をかざす必要があること。二つ目は光を認知できる状態であること。三つ目は発動に三秒と少し時間を要すること」

「……」ルナは何も言わない。

「そして、私の魔法の発動に必要な条件は三つ。一つ目は光よりも闇が密集している場所にいること。二つ目は対象である人間が目の前に存在すること。三つ目は――発動にちょうど一秒、時間を要すること」まるで、それが決定的な差であると言うように、夜鈴は告げた。「私は貴女に、一時的にとは言え幻覚を見せ付けることができる。それがたとえ一瞬であったとしても……それを貴女の魔法発動中に遣えば、貴女の魔法は完成しない。私の見せる幻覚は『闇』であり、そこに光は存在し得ない。だからこそ、貴女の魔法の発動に必要な『光』を一瞬でも遮断する事で、貴女は光を認知できず魔法を完成させる事が出来ない」

 つまり、ルナは夜鈴相手にあの光の剣を出す事が出来ない――と言う事。それは確かに決定的な差だった。得物があるのとないのとでは、確実にある方が有利に決まっている。夜鈴の手には以前としてあの長い日本刀が握られていて、それは憎くも魔法の類とは関係のないただの武器。ルナの光の剣のように使えなくなるなんて事はない。

「もう一度言う。貴女は……ルナミス=サンクトリアは私には勝てない」

 す、と両手で日本刀を構えた夜鈴が勝利宣言をする。確かにこのままではルナに勝ち目はない。素手で日本刀を持った相手と対峙するなんてのは無謀すぎる。リーチの差しかり、まず踏み込むことすら出来ないだろう。だが、そこまで言われて尚――ルナは決して諦めたような素振りを見せることはなかった。

「そう、なるほど。なるほどね。そこまで把握されてたなんてこれはわたしが迂闊過ぎたわ。素直に認めてあげる、凄いわよ貴女。完全に貴女の魔法をシャットダウンする方法なんてないし、どうあがいても一時的には幻覚を見せ付けられてしまうみたいだし。でもね、迂闊なのはそっちもよ守崎夜鈴。まさか、このわたしがそう言ったものの対策を用意していないとでも思って?」ルナは不敵に微笑んで、「光が常に無いといけないのなら――わたしが光になればいいだけの事よ!」

 ぶわっ、とルナの髪が靡く。その瞬間、ルナの全身を光が覆うかのように包み込んでいた。

「……!」夜鈴が滅多に変化させない表情を、変えた。

「驚かなくてもいいじゃない。だって、わたしの魔法名は『月光の聖女ムーンライトプリンセス』よ? わたしがどうしてそう呼ばれるようになったのか、解る?」ルナは光り輝く身体でゆっくりと歩きながら、「確かにわたしの魔法の属性は光。だからこそ、わたしを倒そうとする人はまず真っ先にこう考えるわけよ。『光さえ遮ってしまえば魔法を使えないだろう』ってね。確かにその通り。遮る方法なんていくらでもあるわけだし、最初はわたしも苦難したわ。でも、ある日この魔法に思い至ったわたしは、月の照らす夜――とある事件をこの姿で解決したことで『月光の聖女ムーンライトプリンセス』と呼ばれるようになった。それがきっかけ。そう、わたしは少しでも光があればこの身に纏わせることで常に光を得る術『光の衣(ドレスオブライト)』を会得した。それに、いくら貴女の幻覚でもわたしの姿を変えることはできないっていうのは、すでに一回目の幻覚を見せ付けられた時に理解していたし、わたしが光にさえなれば、たとえ幻覚を見せ付けられようとも関係ない。わたしはいつでも、どんな状況だって光の魔法を行使してみせるわ」

 それは神々しくも綺麗に輝いて、まるで天使のような光景だった。魔法使いは月に照らされて、静かに一人の少女の目の前へと歩み寄る。

「さて。それじゃあほんとに最後の最後。……決着を付けるわよ、守崎夜鈴」

 しばしの沈黙。互いに睨み合い、見詰め合う二人の魔法使い。そうして、どちらからともなく脚を踏み出した。ルナは自らの手を胸元に当てて、そこから光の剣を現出させる。夜鈴もそれに応えるように両手で握る刀を構え、

「……やっぱり、貴女は侮れない……敵、だった」

「それはこっちの台詞、よ!」

 二人の魔法使いは、最後の剣戟を開始した。


  ◆


 結果だけ言ってしまおう、勝負は引き分けだった。互いに目の前すれすれに刃を向け合い――そうして、同時に二人はその手を下ろした。満足がいったのか、ルナは以前の剣幕など忘れたように微笑んでいた。

「なかなかやるじゃない、守崎夜鈴。このわたしと相打ちまで持っていったのは貴女が初めてよ」

「……まさかここまでとは思っていなかった。油断していたのは、私のほう」

 二人して互いを尊重しあうその姿はもはや到底敵同士には見えなかった。これで一件落着、もうこの二人が殺し合うなんて事はないだろう――なんて楽観視さえしてしまう。だが、ここで一つ問題が生まれる事を忘れてはならない。

「なあ、二人とも」俺は少し言い出し難い雰囲気の中、噴水の前で立ち竦む二人の魔法使いの下へ歩み寄って、「この勝負、引き分けになるんだろうけど……勝った時と負けた時の条件は互いに提示してたが、引き分けた場合どうするかってのは決めてないよな」

「…………」二人が黙してこちらを見つめた。

「夜鈴は勝っても負けても協力してくれるんだろ? じゃあそれだけで良くないか。なんだか夜鈴が変な条件提示してたけどさ、引き分けたんだし別に――」

「それはつまらないわね」言い出したのはルナだった。「わたしとしては夜鈴が何をどうしたかったのか気になるところだし……うん、今回はじゃあわたしの負けってことで」

「はあ!?」

「まあ、正直に言っちゃうとあの魔法のせいで大分魔力なくなったのよね。さっき、あと数分でも持ち越されてたら魔力切れでわたし負けてたし」

「いやいや、だからってそんな――」

 プライドを賭けた勝負なんだとかどうとか言ってなかったっけ、こいつ。だが、今となってはそんなことはもはやどうでもいいようで、ルナはすっかりその気になっていた。

「ほら、言ってみなさいよ守崎夜鈴。貴女が勝った場合の条件……このばか兄を好きにするって言ってたわよね? わたしが許すから何でもしちゃっていいわよ?」

「おい、俺はいつからお前の……」

「あーもう、うるさいわねえ。賞品は賞品らしく、大人しく振舞ってなさい!」

「って俺モノ扱い!?」

 ふと夜鈴を見ると、何故か目を伏せていた。まるでこれから何かやり難いことでもするかのような表情。まさか、とは思うが。俺を好きにするって、どう言う事ですか夜鈴さん。

「……なら、お言葉に甘えて」

 夜鈴はうつ伏せていた顔を上げて、そっと俺の頬に両手で触れながら、

「さようなら」

 何か、柔らかい感触が唇の辺りに触れた気がした。


  ◆


「起きてよ、ねえ。ねえってば」

 うっすらと意識が覚醒する。誰かが俺を呼ぶ声が聞こえて、俺はベッドの上でごろごろと寝転がっている自分の身体をだるいながらも無理矢理起こした。はて、今思えば俺を朝っぱらから起こせるような人間がウチに存在していただろうか。俺は現在独り身であり、両親は交通事故で今はあの世。こうして残った唯一の財産とも言えるマンションの一室を使って独り暮らしなんかをしている俺にとって、朝から誰かに起こして貰う――なんてシチュエーションは期待値すら存在していないレベルのお話なのだが。

「やっと起きた! もう、寝起きが悪いのは相変わらずじゃない」

 なんて事を考えながら、俺は目をこすって目の前の現実を直視する。

「おいおいどうしてお前が俺の部屋にいるんだ?」


 そこには、朝雛紅憐が突っ立っていた。


「理由なんて後でいいでしょ。それより、瑠奈はどこに言ったの?」

「……るな? お前、何いってんの?」

「はあ? もしかしてまだ寝惚けてるわけ? 瑠奈って言ったら瑠奈でしょ? あんたの妹の」

 何を言ってるんだこいつ――俺に妹だって? そんなのいるわけないだろ。それにるな……って、どうやって書くんだ。漢字は? そもそも本名か、それ。

「まあ落ち着けよ紅憐。俺はそんなやつ知らないぞ。寝惚けてるのはお前なんじゃねえのか」

「……あんたまで?」紅憐はわけが解らないと言った風に、「どうしてなのよ。どうしてみんな瑠奈のこと覚えてないわけ? あたしが夢を見ていたなんてことは絶対ないし、確かに昨日までいたはずなのに。ねえ、昴。あんた本当はふざけてるんでしょ? ほら、早く瑠奈がどこにいるのか教えなさいよ」

 意味が解らん。っつーかまずどうしてここにいるのかを説明しろと言いたい。ドアでも蹴破ったか? こいつならやりかねないが。

「なあ、紅憐。とりあえず頭を冷やせよ。俺はふざけてなんかないし、寝惚けてもいない。何度も言うけどそんなやつ俺は知らないんだよ。それに、みんな知らないって言ってんだろ? それならやっぱお前が間違って――」

「……ああそう、ならもう良いわよ。どうしてだかは知らないけど、みんなが覚えてないって言うなら覚えてるあたしが見つけ出してあんたの前に突き出してやるわ。そしたら嫌でも思い出すでしょ。うん、そうよ。そうじゃないと……」

 ぶつぶつ言いながら、紅憐は俺にそれ以上何も言わず部屋から出て行った。何だったんだ一体、ていうか結局どうやって中に入ったのか聞けず仕舞いじゃないか。時計を見る。時刻は朝の六時過ぎとかなり早かった。これならあと一時間程度二度寝しても問題なく登校できそうだ――と、そう思った瞬間、壁にかけてあるカレンダーに目がいった。

「土曜日……って、今日休みじゃねえか」

 くそ、まさか休みの日にこんな朝っぱらから起こされるとは予想外にもほどがある。紅憐め、今度会ったらそれなりの代償を支払って貰うぞちくしょう。しかし、今日が休みだとは何故だか頭の中で思っていなかった。むう、最近平日でも夜更かしが過ぎるからか、感覚が狂っているんだろうか。

 ……、ん? 夜更かし?

「そういや、昨日は俺何してたんだっけ……」

 昨日の俺――と言えば、まずは当たり前のように学校に行った。む、登校中の記憶が無い……まあ寝惚けていたのだろうけど。で、授業はと言うといつも通り暇過ぎた。そして放課後――

「……あ。そうだ。思い出した」

 そう、放課後と言えば。沢宮花凛。彼女に何の間違いか突然告白されたんだっけ。あの時は相当びっくりした。すぐいなくなってしまったから何も言えずに終わってしまったんだったか。うむ、とりあえず返事は考えておかなくてはなるまい。いやまあ、格別断る理由なんて見当たらないけどさ。願ったり叶ったりである。彼女可愛いし、性格いいし……ちょっと天然だけど。なんだか思い出したら胸が熱くなってきた。俺も捨てたもんじゃないな。

「沢宮さんが帰る時間って、いつもめちゃくちゃ遅かったよな。そういえば、それまで何かしてたような気がするけど……あれ? 俺、何してたんだっけ」

 ――なんだろう、この違和感は。何かがすっぽり抜けてしまったような感覚。まるでジグソーパズルのピースが何個か足りてないような、そんな気分になる。……おかしいな、俺ってここまで記憶力薄かったっけ。とりあえずその先を回想してみよう。そのまま沢宮さんを見つけられなかった俺は、いつものように一人とぼとぼと帰宅しながら、

「ああ、そういえば道ばたで紅憐と会ったっけ……。最近、遭遇率高いよなあいつも」

 向こうから何かを話し掛けてきたんだったか。俺を待っていたみたいにそこにあいつはいた。そして何かを話したんだ。

『……昴、アンタ思い出した?』

 紅憐にいきなりそう言われて、

『どう言うことだよ? 俺が何を思い出すって?』

 俺が答えて、

『瑠奈のこと。今までひっかかってたんだけど、ようやく思い出したわ』

 また『るな』だ。そう、この時もあいつはこの名前を呼んでいた。

『あの子、昔一緒に遊んでたあの女の子よね? 確か守崎って子。あんたによくお兄ちゃんお兄ちゃんとか言って懐いてた』

 もりざき――それが『るな』の正体か。

『……は? お前、何の話をしてるんだよ?』

 そう、俺は昔の事はあんまり覚えてなくて、そう言い返したんだ。だが――見えてきた。つまるところ『るな』ってのは、

『だから。昔……うん、ちょうど八年前だよ。あたし達が一緒によく遊んでたのが瑠奈でしょ?』

 ――そう言うことか。俺が覚えていないのも無理はない。八年前に出会った少女の事なんて、ずっと近くにいなければそのうち忘れてしまうだろう。……そうか、紅憐はこの子の事を言っていたのか。理の妹だとか何とか、まだ意味の解らない部分は色々あるけど。それに、今更俺にその子がどこにいるのかなんて聞かれても解るわけがないのに、あいついきなりどうしたって言うんだ?

「まあ、どうでもいいか……」

 まだ目蓋が重い。二度寝するには丁度良い時間でもあるし、このままもう一度、夢の世界に旅立ってみるのも一興だな――なんて考えながら、俺はベッドに再度寝転がる。ああ、やっぱりここが一番だ。自分のベッドで寝転がっているときが一番落ち着く。

「……さあて、寝よ寝よ。変な邪魔が入ったけど、正直まだまだ寝たりないんだよな、休日にしちゃあ、さ――」

 独り冗談を呟きながら、目蓋を閉じる。心のどこかで何かが引っ掛かる気持ちを抑えながら、俺はまた眠りについた。

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