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あこがれ

作者: 天野 進志

 あこがれ


 あこがれについて話そうと思う。

 私は小学生の頃、夏休みによくセミを捕りに行っていた。

 セミといえば私の家のまわりではアブラゼミほとんどで、虫カゴの中はいつもアブラゼミばかりだった。

 そして一日で死んでしまうセミのはかなさと、アブラゼミしか捕れないつまらなさを味わうにつけ、次第に捕りに行かなくなってしまった。

 それでも今でも一度は捕りたいセミが、いる。

 それはクマゼミだ。

 クマゼミはタモも届かない木のずっと上で黒いダイヤのように光っていて、いつも仰ぎ見る存在なのだ。


 ある日、小学生の私が公園でセミ取りをしていると、同じクラスの子が、虫カゴにクマゼミを何匹も入れて歩いているのを見つけた。

 私はびっくりした。

 私の眼が口だったら、きっと目からヨダレが出ていただろう。

 まったく、目が口じゃなくて良かった。

 その子は学校の中でも暴れん坊で、みんなからもよく思われていなかった。

 でもその時はその子を、正直うらやましいと思った。

 どうやってあのクマゼミを捕ったのか、その秘密は、取っ手を三本もつなげた長いタモだった。

 そんな長いタモがあれば、あのクマゼミだって捕れるに違いない。

 でも私はうらやましさと悔しさ、そして日頃の好きになれない気持ちが混ざって、そのタモを貸して、とは言えなかった。

 ゆっくり大きくしなるタモとクマゼミの入った虫カゴを自慢気に振りながら、その子が公園の中を歩き回っているのを、私は遠くから見ることしか出来なかった。


 夏休みが終わってしばらくした後、私は帰宅途中で手の届くとても低い所に、クマゼミを見つけた。

 私はどきどきしながら手で捕まえた。

 クマゼミは弱々しくバタついて、ちょっとだけ鳴いた。

 ピカピカ光る黒い背中に透明の羽は、アブラゼミとは違ってとても格好良かった。

 私は初めて死んでいない、生きているクマゼミを捕まえたのだ。

 急いで家に帰り、今までアブラゼミだけしか入らなかった虫カゴに、どきどきしながらそのクマゼミを入れた。

 クマゼミは飛び回ることもなく、ゆっくりとカゴの中を歩いて、しばらくして動くのをやめた。

 それを見ていた私の気持ちは浮き輪から空気が抜けるように、すうっとしなびてしまった。

 クマゼミを捕まえた時の飛び上がるような嬉しさはなくなり、クマゼミがかわいそうになってきたのだ。

 『これは違う』

 私はカゴを持って外に出ると、近くの木に駆け寄った。

 そうして、虫カゴからクマゼミを取り出し、その木の幹にとまらせた。

 クマゼミは二・三歩上ったかと思うと、ちょっと止まり、そして飛んで行った。

 その姿は私が知っているクマゼミではなく、ふらふらして弱々しかった。

 『このクマゼミはクマゼミじゃない』

 私は思った。

 『僕のクマゼミは、木のすごく高いところにいて、捕まえられない所にいるんだ。

 捕まえようと思っても、あの大きな体で素早く飛んでいってしまう。

 それが本当のクマゼミだ』

 弱々しく飛んで行くクマゼミを見ながら、子供心にそう思ったのだ。



 今は気候が変わり、クマゼミは珍しくなくなりつつあるそうだ。

 しかし、私には木のてっぺんにいる、そして決して捕れないあこがれ、それが私のクマゼミなのだ。


 あこがれとは、ただのモノやお金で買えるだけのものではなく、その時の気持ち、感情も入ったもの。

 それをあこがれと私は呼びたい。

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