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ユリアとセファスの非日常




 ……とまあ、それは良いんです。別に。

 ごめんなさい、以上前置きでした。長くてすみません。




 セファスも私も転生者です。今の生活にも満足しています。

 けれど当然、ちょっとだけ、地球に戻れる日が来るのではないかな、なんて希望を持っていたりします。本当にちょっとだけですが。

 だから見てください。子供たちにもちゃんと、こっちの世界でもあっちの世界……というか日本でも浮かない名前を付けました。海と真理です。どうですセファスのこの周到さ。

 ……彼自身はもう何か、名前的に手遅れな感じがしますが。



 さて。そんなこんなで、カイとマリーが生まれてから半年以上が経ちました。もう冬の一歩手前です。早いですね。



 本題はここからなのです。


 ここ数か月、子供たちを観察していた私は、何ともいえない違和感に気付いていました。


 まず、あまり泣かない。寝ない。何をしているのかと思えば、どうも私たちの会話を聞いている様子。赤ちゃんは泣くことと食べること、寝ることが仕事だなんて言いますが、これは完全なる職務放棄です。

 そして時々二人で、困ったように顔を見合わせてはため息のようなものをつくのです。ああどうしよう、こまったなぁ。そんな声が聞こえてくるような悩ましげな吐息です。

 何より二人の瞳が、とてもとても生まれたばかりの子供には見えないんです。何というか……赤ん坊にしては深みのありすぎるものなんです。


 そうしてその晩、私はその違和感についてセファスに相談をしたのです。

 するとさらっと、元勇者は凄いことを言い出しました。


「この二人、凄い魔力なんだ。たぶん次代の魔王と勇者。でもまだ小さいから大丈夫」

「そう、小さいから大丈夫なの……」


 って、おい。


「ちょ……セファス! それいつから気付いてたの!」

「いつって? 生まれてすぐにだよ」

「どうして早く言わないの!」

「聞かれなかったし、問題ないかなぁ、って」

「……」


 何なんでしょうこの余裕。馬鹿なのでしょうか。

 深呼吸をします。すう、はあ。この世界の空気はおいしいです。前世で帰省した時にも実家の空気は都会に比べて格段に美味しいなぁ、なんて思いましたけどそれ以上に。


「どうするの、これから」

「どうするって?」

「魔王と勇者なんでしょ?」

「ほら、そんなに大声出すと起きちゃうよ」

「いや! だから!」

「大丈夫! 今はまだ俺たちの会話も理解できないだろうし、一人じゃ動けないただの赤ん坊だから」

「いやそりゃ今は……ん?」


 セファスの言い方に引っかかって、私は思わず二人を振り返りました。

 目が合った途端、気まずそうに視線を逸らす二人……


「ねえセファス、魔王とか勇者って――――」

「転生者だよ。どういう訳か分からないけど俺たちみたいな、元地球人」

「ええええええっ!」


 思わず奇声をあげてしまいました。

 いや、これむしろ分かってて平然としてるセファスがおかしいです! 一体どういう心臓しているんでしょう!


「ちなみにたぶん、同じ元日本人だよ」

「……っもう!」


 何だかいちいち怒るのも馬鹿らしくなってきました。


「根拠は?」

「この前、寒くなってきたから思わず『こたつが懐かしい!』って叫んだんだ。子供部屋で」


 私も欲しいです、こたつ。

 じゃなくてですね。


「メイリアや他の使用人に聞かれたらどうするの!」

「大丈夫。『新しい呪文の実験だ』って言ってあるから」

「怪しい勇者ね……」

「元勇者」

「はいはい……で?」


 先を促すと、何でもなさそうに彼は続けました。


「すごい反応だった。それこそ自分が赤ん坊だってことを忘れるくらいの勢いで」


 心底楽しそうに笑う彼を見て、私はふうと息を吐きました。

 何だか……ややこしいことになりました。


「よし! 決めた!」

「何を?」

「私これからこの子達に直接聞いてみるから!」

「何を?」


 ぼんやりとした当てにならない元勇者を放って、私はベビーベッドに眠る二人へと近付いて行きました。

 じっと、二人の綺麗な瞳を見つめます。


 ――――どうか杞憂でありますように!


 そうして……私は何年振りかの母国語を口にしたのでした。






―――






『あなたたち、私の言ってること分かるかしら?』


 カイとマリーはキョトンとしていています。


 杞憂だったようです。

 ほっと胸をなでおろしかけた私でしたが、隣に立つセファスの表情は複雑そうです。

 嫌な予感を感じて顔を上げた次の瞬間、みるみる表情を変えていく二人の姿が映りました。

 これはなんとも……赤ん坊らしくない。


『分かるってことは、元日本人だね? 俺は君たちの父親のセファス。こっちは母親のユリア。こんにちは』


 何が「こんにちは」か!


 カイとマリーは顔を見合わせ、口をぱくぱくと動かしています。

 まるで驚きのあまり声も出ない、というように。

 そうでしょうね……半年といえばそろそろ現実を受け入れ、こっちの言葉を覚えるべく奮闘している時期です。このタイミングで懐かしの母語なんて、目が飛び出ますよね。

 そんな二人へ、セファスは何だか愛おしそうに話しかけます。


『たぶん喋れないと思うよ。俺もそうだったから。ね、ユリア?』

『ええ、私の時も……』


 って、どうしてあなたそんなに冷静なんですか!

 そんな心の叫びを押し込めると、私はぐっと顔を上げました。


『じゃあ、いくつか聞きたいことがあるので、答えてください。Yesは右手、Noは左手、答えられない問いには両手をあげて。OK?』


「うー」

「……あ」


 二人は右手を上げました。懐かしの第一外国語も分かっていますね。懐かしすぎて目が回りそうです。

 ともかく日本語で意思疎通は出来るみたいなんですが……何でだろう。とっても泣きたい。


『あなたたちは、元地球の日本人ですか?』


 右手。Yesです。


『向こうの世界で、一回亡くなっていますか?』


 Yes、です。


『二人は前世……つまり日本にいた頃からの知り合いですか?』


 カイは渋々、マリーは迷うことなく右手を上げる。これはびっくりです。


『え、もしかして幼馴染とか?』


 何の気なしに零したその問いに、二人はあからさまにぎょっとした表情を浮かべました。


『え、え? 何』


 両手が上がる。

 カイは「もうやめてくれー」と言わんばかりに手で顔を覆いました。


『幼馴染だったのか?』


 そうして隣のセファスが繰り返した問いに、カイは答えませんでした。けれどマリーは、


『Yes……ですか。私たちみたい』


 右手を上げました。何だか二人とも、特にカイの方がとてもげっそりとしています。前世で何かあったのでしょうか。


『いくつまで生きましたか?』

『訊き方が良くないよ。十代?』


 Yes。


『前半?』


 No。ということは?


『後半?』


 マリーが頷きます。頷けるんですね赤ちゃんって!!


『じゃあ……十八とか?』


 違うようです。


『十七!』


 Noです。


『十六!』


 No。セファス……オークションじゃないんですよ……。


『十九? やった、ビンゴ!』


 いえーい、と喜び合っている娘と夫を見つめて、私はため息を吐きました。同じタイミングでカイがため息を吐きます。

 なぜでしょう。転生している以上性格は遺伝したりしないはずなんですが……


『マリーはセファスに似ていますね……』


 カイが頷きます。そういう私たちも、どこか似た性格のような気がしてきます。


『よーし、とにかく!』


 セファスが良く分からない元気な声を出します。意気投合したのか、マリーも「うー」だの「あー」だの調子を合わせています。

 何でしょうこの状況。転生してから一番カオスです。泣きたいです。


『お前たちは正真正銘、俺とユリアの子だ! そこに関して異議は認めない』

「……う」

「あー」


 特に異議もないようです。


『だけど喜ぶんだ! いずれ話すが俺たちも転生者であり、元は日本人だった。だから他の親よりもきっと、お前たちを理解できる』


 いつの間にか真摯な目をして、セファスは語っていました。

 これです。私の大好きな頼れるセファスは。久々に見ました。


『今は我慢するんだ。こっちで生きていくために言葉を覚えよう。たくさん食べてたくさん寝て、早く大きくなるんだ。そうしたらきっと、今よりもずっと生きやすい』


 私はハッとセファスの横顔を見つめました。記憶の蓋が開いていきます。


 この言葉は確か、転生後初めて二人きりになった時、同じように非力な赤ん坊だった私に彼がかけた言葉と同じでした。

 この言葉に、当時の私はどれだけ勇気づけられたことでしょう。

 前世がどうであれ、今の彼はやっぱり勇者なのだな、と思いました。


『それまで気長に、ゆったり生きていればいいんだよ』


 二人は大きな目をぱっちりと開いて一つ、しっかりと頷きました。





「ユリア」


 二人が眠りに落ちたのを確認すると、セファスはゆっくりと私の肩を抱き寄せて囁きました。

 低くて落ち着きのある、この声が私は大好きです。


「俺たちも、慌てることはない。転生者でも何でも、こうして幸せに暮らしていけるんだ。だから何も、心配しなくていい」

「……うん。でも……」


 懸案事項はそれだけではありません。

 心の声を察したように、セファスはしっかりと頷き、瞳を鋭く光らせました。彼は固い決意をする時、決まってこんな表情を浮かべます。


「大丈夫。勇者にも魔王にも、俺がさせないから」


 ぎゅっと、確かな力で抱き締めてくれるその身体の熱を感じながら、私はそっと目を閉じ、思いました。


 ああやっぱり、彼を信じて良かった――――と。













底抜けに明るいコメディを書きたかったんです。

次を期待してくれる人がいらっしゃったら……書きます!

よろしかったら一言お願いします。

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