その前に。
主人公はユリアさんです!
こんにちは初めまして。ユリア・リードです。
今日はとても、嬉しいことがありました。
長年交際を続けてきた幼馴染のセファスとめでたく結ばれ約一年。
ついさっき、一男一女の双子を出産したのです。
両腕で我が子を抱きしめると、何とも言えない感動が込み上げてきます。
「ああ、ユリア……! よく……よく頑張ったね……!」
ぼろぼろ泣きながら私と子供たちを抱きしめている彼がセファスです。自分の旦那に向かってこんなこと言うのは照れ臭いですが、淡い茶色の髪と真っ青な瞳を持つ、かなりの美青年です。
「ありがとう……! ここまで色々苦労したけど……」
「私からも……ありがとうセファス」
「うぅっ……! 二十年前は……あの頃はもうどうなることかと思っ」
私は慌てて半身を起こし、セファスの唇に人差し指を当てました。侍女のメイリアが不思議そうな顔でこちらを見ています。
「その話は後でね」
それもそのはず。二十年前と言えば私はまだ生まれたばっかり、腕に抱くこの子達とさほど変わらない年齢だったのです。幼馴染とはいえ、普通はそんな昔から共有している記憶なんかないはずです。
「……とにかくユリア! ありがとう」
分かったから少し離れて欲しいです。正直苦しいです。それにほら、子供たちも泣いてるじゃないですか。
「セファス様、お気持ちは分かりますが、お子様が潰れてしまいます」
メイリアの冷静な指摘に「良く言った!」と内心ガッツポーズを送った後、私はセファスへと微笑みかけました。
「名前……考えてくれた?」
実はこの国の医療は……というか魔法はなかなかに発達していて、生まれる前の検診でお腹にいるのが二卵性双生児、しかも男の子と女の子であるということが分かっていました。
その時のことはきっと一生忘れません。今まで苦労に苦労を重ねてきただけに、その幸運がとてもとても嬉しくて、二人で手を取り合って大喜びしましたから。
「も、もちろん……! 男の子の名前はカイ。女の子はマリー。……気に入って……くれるといいんだけど」
目元を拭いながら答えるセファスに、私は大きく頷きました。
「カイにマリー……素敵。ありがとう、パパ」
「パ……パパ……!」
私の言葉に感極まったのか、セファスはまたしてもぼろぼろと泣き出しました。普段だったら鬱陶しくてしょうがない泣き上戸の彼の涙ですが、今日はなぜか私もうっすら目に涙が浮かびました。
もう一度、腕の中で眠る我が子に目を落とします。カイと名付けられた男の子は、父親似の透き通る茶髪に、深海色の瞳を持つ顔立ちの整った子です。これは将来が楽しみです。マリーはカイよりも少し明るい栗色の髪の毛に、私と同じ深緑の瞳。顔立ちは父親似のこれまたお人形さんのように綺麗な子です。こちらも将来が楽しみ。
やはり父親の血が強いようだと思った途端、私は小さく吹き出してしまいました。
「どうかなさいましたか?」
「何でもないわ。ただやっぱり、セファスの血が強く出てるな、なんて思って」
「まあ」
メイリアはにっこり笑うと、私たち二人を見つめて口を開きました。
「さすが勇者様。血もお強いのですね」
メイリアのからかいに、セファスは照れたように顔を紅くしました。
「元勇者だよ……。それにマリーの瞳はユリアと同……じ……っ!」
もはや何に感動しているのか、常人の私たちには分かりかねますが、本日何度目かの大号泣をするセファスを見て、私たちは大きく笑い合いました。嬉しくて幸せで、涙がほんのちょっと滲んだのは秘密です。
苦節二十年。これくらいの幸せ、噛み締めたって罰は当たりませんよね?
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それから数時間の後。
たっぷり眠った私が目を覚ますと、外には銀色の月が浮かび、美しい星々が瞬く時間になっていました。
「ユリア、起きてる? 入るよ?」
「どうぞ」
二十年経ち、すっかり見慣れてしまったその星空に言いようのない感傷を覚えていた私の部屋へ、まだ少しだけ目を赤く腫らしたセファスが入って来ました。
「身体の方は大丈夫?」
「ちゃんと休めば大丈夫。ありがとう。少ししたら洗礼に行かなきゃね」
「そっかぁ……そうだなぁ……良かった」
セファスがふう、と大きく息をつきます。その様子にまた、私は小さく笑みを零しました。
「……なんだよ、何かおかしい?」
「ううん。ただこんな頼りないのが、この大陸を救った勇者だ、なんて思ったらちょっと笑えてきちゃって」
そう言うと彼はまた、困ったような笑みを浮かべました。
「だーかーら……昔の話だよ。大体ユリアはさ、もっと情けない昔の俺だって知ってるだろう?」
「それもそうなんだけどね」
春の始まりの暖かい風が私たちの頬を撫でます。セファスも私もふっと夜空を見上げ、どちらともなく呟きました。
「お互い、こんな遠くまで来たんだね」
そうしてどちらともなく黙り込んだ後、セファスは私の手を握って口を開きました。
「こんな時でもないとちゃんと伝わらないからさ……ユリ、今まで本当にありがとう。これからもよろしく」
ユリ、という懐かしい響きに、私もそっと手を握り返しました。
「マコトがいなかったら私……この世界で生きてこれなかった……ありがとう」
「それは俺も同じこと」
「やっぱり、さ」
「うん?」
「前から思ってたけどここで見る星って、日本のよりも全然綺麗だよね」
「そりゃ……人工の光がないからね。それに車もないじゃん? 空気だってあっちの何百倍も澄んでるだろうし」
「車かぁ……懐かしいなぁ……」
私はゆっくりと瞳を閉じました。
そうです。お気付きでしょうか。
私たちには地球で過ごした前世の記憶(とでも呼べばいいのでしょうか?)があるのです。
それは誰にも言えない、知られたら何だかやばそうなので誰にも言わない秘密です。
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私たちは始め地球の、日本と呼ばれていた国で生を受けました。
後のセファス、もとい佐々木誠は、私の斜向かいに住む幼馴染でした。小さい頃はそれはそれはもう弱虫の泣き虫のチビで、近所の子供や学校の同級生にたちにイジメられては、
「悠里ちゃーん! たすけてーー!」
なんて涙目に鼻水全開で私に助けを求めてきたものです。
私、後のユリアこと小林悠里は、そんな弱っちい幼馴染に辟易しつつも、イジメが大っ嫌いだったこともあり、イジメっ子相手に大暴れしていました。
女の子にしてはほんのちょっと、お転婆さんでした。
私たちはごくごく普通に成長し、田舎だったもので小学校・中学校・高校までを順調に同じ学校で過ごしました。まさに誰もが認めるTHE・幼馴染コンビです。さすがに大学は誠が理系大学、私は音楽大学と別々でしたが。
大学生になると、私たちは別々に上京してそれぞれのキャンパスライフを謳歌していました。
それが、この世界に転生する、ほんの半年前の話。
上京して数か月。
私は都会での初めての夏休みにそれはそれはもうワクワクしていました。一人暮らし仲間の友達の家に連泊したり、サークル仲間と遊園地に行ったり海に行ったり……
ですが何とも不幸なことに、サークルの皆と行った合宿で、私以外の全員が食中毒になりダウン。他の友達も帰省やらバイトやらで都合が合わず、何とも言えない退屈な夏休みを過ごすことになってしまいました。
「暇だー……みんな実家帰っちゃったしー……せっかく東京に来たんだし、何しよっかなー」
そうしてゴロゴロしながら誠に連絡をしたのは、本当に本当にただの気紛れでした。
異性の幼馴染、なんて言うと都会の方じゃ当然の如く恋人同士への発展要素たっぷりのもののように扱われましたが、私と誠の関係はそんな色っぽいものではありませんでした。
そりゃそうです。何たって泣き虫誠ちゃんでしたから。
けれどこの頃には誠もいい感じの好青年に成長していて、私たちは月に何回か、暇があったら一緒にどこかへ遊びに行くような、そんな心地好い関係になっていました。
『……もしもし?』
「あ、もしもし誠?」
『う、わ、悠里』
「何よそれ。ご挨拶じゃない。ねぇ、今日暇よね?」
『どうして確定口調なの……暇だけどさ』
ぶつぶつ言いながらも正直に答えてしまう所が誠らしいです。
「じゃ水族館行こう! 電車ですぐだから!」
『悠里の住んでる所からはね!』
「ふーん。帰れなくなったらウチ泊まればいいじゃん」
『ば……っ』
「冗談よー。なに動揺してんのよ」
『…………だって……さ』
「まあ細かいことはいいから! 決定ね! 一時間後に私の最寄駅で!」
『あ、おい! 勝手に決』
通話終了です。都合の悪い話は聞かないのが私の主義でした。
そしてこの数時間後、水族館の帰り道を二人で歩いているところへ乗用車が突っ込むというあり得ない不幸が起き……
なぜか私たちはこの世界へと転生したのです。
分かりやすいチートも転生ものにありがちな「女神様のお告げ」的なものもなしに、私はごくごく普通に、教会の娘として生まれました。
そうして現状把握に数日をかけた後、こちらの言葉を勉強しつつ、私はすくすくと育っていったのですが……生後数か月後、私にとって衝撃の出会い……もとい再会が訪れました。
「うちの斜向かいに住むセファスお兄さんですよー」
そう言って母に見せられた当時四歳ほどの男の子。
「……」
「…………」
なぜかは分かりません。ただ直感的に、それがかつて幼馴染だった誠だと分かりました。
沈黙を続ける四歳児と乳児。
面影があった訳ではありません。むしろその逆です。平凡な黒髪黒目、優男とはいえその辺に転がっていそうな容姿の誠は、今や将来イケメンになることが約束された、それはそれは整った美しい顔をしていました。
お互いに目を真ん丸に見開いて、何ともいえない沈黙が流れました。どうやら誠の方も私が誰であるか気付いたようなのです。
ほら、私今赤ん坊。喋れないし動けないんだからあんたがどうにかしなさいよこの空気!
そんな私の思いを感じたのでしょうか。誠……もといセファスは泣きそうな顔でにっこり笑うと
「かっ、かわいい~! ふわふわしてる~!」
そんなようなことを言いながら私の手をぎゅっと握りました。
痛い。ばか。普通の赤ちゃんだったら泣くよこれ。
そう思いながらも、私は彼の指をぎゅっと握り返しました。私も気付いているよ。大丈夫。なぜかは分からないけど、また幼馴染なんだね。そんな思いを込めて。
そんなこんなで、私が喋れるようになるまでもどかしい日々が続きましたが、どうにかこうにか意思疎通をしながら、のんびり私たちは育っていきました。
しかしそんなある日、セファスはとんでもないことを言い出しました。
「ねえユリア」
それは私が十四歳になるかならないかという、春のことでした。
魔法はあってもこの世界に桜はないんだねー、なんて話を親たちに隠れてしていた時のことです。
「俺、この大陸の勇者みたいなんだ」
「はい?」
「いやだから……勇者なんだ、俺……だから少ししたら、都に発たなきゃいけなくなる」
この時ほど私の腹筋が崩壊しかけたことは、後にも先にもありません。
ですが彼の言葉通り、それから数日後、神託を受けたとか何とかごちゃごちゃ言って都のお偉いさん方がやって来ました。審査の結果、普通の人間には分からないほどの強大な魔力と圧倒的な剣術センスを持っていたらしいセファスは、なんとそのまま勇者として都で数年間修行し、魔王討伐とかいう元地球人の私たちにとってはなんとも非現実的な任務に駆り出されていく、とのことでした。
すっさまじいチートです。美形に勇者。これぞ転生!
ですがこれには私が参りました。何せ彼は今の私の唯一の理解者です。そしてそれはそのまま、彼にも当てはまることでした。
「使者の皆さん!」
そうしてお偉いさん方の手前、困り果てた私の前で、セファスはとんでもない行動に出ました。
「ひとつ、お願いがあります」
この頃セファスは十八歳。前世のモヤシ系理系少年誠ちゃんとは似ても似つかない、逞しい美青年に成長していました。深い青色の瞳は強靭な意志を伺わせ、もう見るからに勇者!って感じでした。
中身はあんまり変わってないんですけどね。
「言ってみるがよい、東の勇者よ」
「彼女も都に連れて行きたい」
東の、ってことは東西南北に勇者がいるのかなぁ、なんて呑気に考えていた私はその瞬間、その場にいた皆の視線を受けることになりました。
「え? 私?」
「ほう……またそれはどうして」
「彼女は――――」
セファスは私の手を引き輪の中心へと引きずり出すと、肩をぎゅっと強く抱き寄せて言いました。
「彼女は、私が心に決めた女性だから……です!」
え。
「それは……婚約者ということか?」
「そうです」
ちょっと待て、私の知らない所で話が進んでいる。
助けを求めて今の両親を見つめると、二人ともなぜか嬉しそうに抱き合って涙を流していました。
ちょっと!
「俺には彼女を守る責任があります。ユリアに何かあったら……魔王討伐どころではなくなるんです」
「たった一人の娘とこの大陸の人々を同列にして語るでない!」」
顔を真っ赤にして怒りかけたお偉いさんに、セファスはこの私でもびっくりするほど冷たい視線を投げ、言いました。
「彼女のために俺は勇者になったんだ。ユリアはこの世界にたった一人しかいない、俺の大切な人だ……! その一人も守れずに、大陸の民が守れるものか!」
お偉いさん方をはじめその場にいた人々の間から、自然に拍手が湧き始めます。終いには割れんばかりの大音量になったそれは止むことを知らず、ただ一人展開についていけない私をますます混乱させました。
あれ、もしかして今のって渾身のプロポーズ?
セファスを見つめます。もしかしなくてもこれが渾身のプロポーズだったのだということが、真摯な瞳と上気した彼の頬から伺えました。そう、この人は今も昔もバカ正直で、すぐ顔に出る人間なんです。
前世では決してそんな関係じゃなかった。ただの幼馴染で、気の置けない友人だった。
けれどそれは――――
「ねえセファス」
「……なに」
「本気?」
「本気」
「正気?」
「正気」
「じゃあ……」
だんだんと周囲の音が遠くなっていきます。代わりに心臓の音が大きく、耳元で鳴り出しました。
「……いつから?」
「……ずっと前から」
「……どの時点からだよ」
「ずっと前。悠里と誠だった頃から、ずっと」
私は思わず瞳を閉じました。
耳に心地好いセファスの声が届きます。
「前世では……こうなることをどこかで避けていたんだ。いつまでも幼馴染でいたくて……あの関係を壊したくなくて……でも」
目を開けます。見ようによっては黒――――誠の瞳にも見える美しい瞳が目の前にありました。
この時、私は気が付きました。生まれ変わっても目だけは変わらない。色が変わろうが大きさが変わろうが、その向こうにある心が変わらないから。
だから私も彼も、この世界でお互いを認識できたのだ、と。
「今は違う。せっかくもう一度、チャンスを掴んだんだ。だったらあのままじゃ嫌なんだ。何かあったら――――後悔するから」
きっと、今この世界で彼の言わんとしていることを完全に理解できるのは私だけでしょう。
彼はずっと、後悔していたようなんです。幼馴染のまま、前世を終えてしまったことを。そして気付いたのです。もしまた、突然死んでしまうようなことがあったら……そうしたらまた転生はしなくてもきっと、死の瞬間に後悔する、と。
――――それは私も同じでした。
「だから……ユリア。順番が逆になってごめん。俺と、結婚してください」
「…………」
「嫌か?」
「……いいえ」
私は不覚にもこの時、幸せで胸がいっぱいで、声を震わせてしましました。
「喜んで……勇者様」
こうして、私たちは流れで婚約者となりました。
まあそれで、すったもんだあって(この辺は割愛します。長くなるので)、王都での修行を終え、無事討伐も終了。魔王はいなくなり、勇者は婚約者の元へ帰ってきましたとさ!ちゃんちゃん。
これがだいたい一年くらい前の話です。
まあその後無事に式も挙げ、色々あって妊娠して、今日に至るのです。
見える星空は違えど、一緒にいたい人と共に生きていける。
そんな今の生活がとてもとても、幸せで大切なのです。