第1話 千里眼プログラム
第1話 千里眼プログラム
西暦1200年四月、その日、木城はその人生のみならず、世界の運命さえ変えかねない代物を手にした。木城はいつものように夜遅く自宅へと向かっていた。もう周囲は暗く、通りにある街灯が照らしていた。
木城:(もう夜か。)
ふらふらと歩いているとき、前方から荒い息遣いと急いで走ってくる足音が聞こえた。それが徐々に、近づいてきた。
木城:(相手が避けるだろう。)
避けるのもおっくうで、そのまま歩いていると、近づいてくる足音もそのまま、接近してきた。慌ててよけようとしたが、遅かった。相手と衝突して、互いに倒れた。
木城:「いたたっ。」
木城が相手のほうを見ると、相手は全身黒ずくめの男だった。その腹部には、銃弾で撃たれた傷跡があった。
木城:「大丈夫か?」
木城が心配して尋ねた時、相手が来たほうから複数の足音と声が響いた。
声A:「どこに逃げた?」
声B:「周辺には、この国の警察の中でも選りすぐりの奴らを配置している。逃げ道はないはずだ。何としてでも、探し出せ。」
沈黙が少し続いた後、甲高い声が響いた。
声A:「ここに、奴の血痕がある。こっちのほうに逃げている。」
声B:「その通りだ。追え。追え。」
黒ずくめの男は、舌打ちをして、そのまますぐに走り出した。
木城:「おい、ちょっと待った。」
声をかけた時には、すでに行方をくらましていた。そのとき、地面に落ちている一つのUSBメモリが目に入った。
木城:「これは?」
おもむろに手にしてみると、それには血が少しついていた。
木城:「さっきの人が落としたのか?」
そして、そのメモリが独特のデザインであることがわかった。
木城:(変わったデザインだな。)
そのとき、黒いスーツ姿の二人組が現れた。一人が、手帳のようなものを見せた。
黒いスーツの男:「私と相方は、政府直属のとある機関の諜報員だ。」
木城:「諜報員?」
諜報員A:「協力をしてもらいたい。…ここに、黒ずくめの男が来なかったか?」
木城は、慎重に答えた。本能的に、目の前の相手が常人ではないと察知していた。
木城:「見ましたね。」
それを聴いた瞬間、もう一人の諜報員が怒鳴った。
諜報員B:「そいつは、どこにいる?」
木城:「すぐに、居なくなりましたよ。」
黒ずくめの男が居なくなったほうを指した。
諜報員A:「そうか。…ところで、その男と何か話さなかったか?」
諜報員の様子は真剣そのものだった。
木城:「いえ。なにも。」
諜報員B:「では、USBメモリをみたか?本当のことを言え。」
木城:(探し物は、これか。USBメモリっていうのは、さっきのことだよな。そして、この人たちはただものじゃない。さっきの人の腹部に撃たれていた銃弾もおそらく、この人たちによるものだろう。得体のしれない人物に素直になる必要はないな。)
諜報員B:「で、どうだ?」
木城:「いえ。ありませんね。」
諜報員A:「そうか。邪魔したな。もう、遅いから早く帰れよ。」
二人組は、すぐに黒ずくめの男の後を追った。
木城は、帰宅後、自室のパソコンにて拾ったUSBを差し込んだ。USBの中には、一つのソフトウェアがあった。
木城:「千里眼?」
興味本位でパソコンの中に取り込もうとしたが、無理だった。
木城:「どうなっているんだ?なにか掛っているのか?…まあ、パソコンに取り込まなくていいか。」
木城は、そのままそのソフトウェアを開いた。すると、画面いっぱいに千里眼という文字が表示された。それと同時に、パソコンからアナウンサの声が響いた。
アナウンサ:「千里眼プログラムへ、ようこそ。」
木城は、首をかしげた。
木城:「千里眼プログラム?」
アナウンサ:「このプログラムは、世界でただ一つの代物です。断じてコピーや編集などはできません。また、開発者はすでに死去しているため、新しく作成するのもほぼ不可能となっております。」
木城:「なるほど。で、内容は?」
アナウンサ:「このプログラムさえあれば、情報においては常人をはるかに凌ぐことが可能です。使い方は、簡単です。ただ、質問を投げかければ全ての質問に対して解答いたします。」
木城:「どういう意味だ?」
アナウンサ:「このプログラムを起動すれば、今、この世界にいる全人類の脳へのアクセスが可能です。これを利用して、プログラムが自動的に最適な解答を組み立てて、あらゆる質問に対する解答が可能となるのです。」
木城:「…なにか、よくわからないけど、すごそうだな。」
アナウンサの音声が途絶え、メールのソフトウェアのようなものが画面に表示された。そこには、宛先が記載できなくなり、ただ本文のみで送信できるような仕組みとなっていた。
木城:「なんだ、これ?宛先がないぞ。どこに、送られるんだ?そういえば、さっき質問を投げかければ、すべての質問に解答するって言っていたな。このメールで質問すればいいのか?」
木城が何気なく、自室のテレビへと目を向けると、ニュースが終わり、ちょうど競馬の中継が始まっているところだった。
木城:「これでいっか。」
木城は、さっそく競馬の結果がどうなるか質問のメールを送信した。すると、またアナウンスが流れた。
アナウンス:「只今、全人類の脳内のネットワークへアクセス中。アクセス完了まで五秒前。5…4…3…2…1…アクセス完了。解答情報の構築を始めます。………完了いたしました。解答を送信いたします。」
アナウンスの声が途絶えるのと同時に、メールのソフトウェアの受信箱にメールが届いていた。それを開いてみると、そこにはどの馬が勝つかの解答があった。
木城:「これは、今の競馬の結果か?」
木城が疑問に思っていると、テレビが盛り上がっていた。振り返ると、競馬の結果が出てきた。結果は、受信したメールの通りだった。
木城:「…本当に、結果がこれなのか?未来を予測したのか?…いや、まぐれだ。まぐれに違いない。」
しかし、何度やっても結果は同じだった。とうとう競馬の番組が終了した後、木城は確信した。
木城:(間違いない。まぐれじゃない。)
もう一度開いた受信メールを眺めた。
木城:(こいつは、とんでもない代物だ。)
ふと、全ての受信メールの解答の下に正答率というものがあるのに気付いた。正答率の値はどれもばらばらだったが、ほとんどが80から90の間のパーセントをとっていた。
木城:「正答率?なんだ、これ?これも質問すればいいのか?…ええっと、正答率はなにかっと。」
それを送信すると、すぐさま受信メールが返ってきた。そのメールにも正答率があった。しかし、今回の場合の正答率は100パーセントとなっていた。
木城:「なになに…正答率とは、解答の正否を示す割合です。たとえば、正答率が100パーセントならば、その解答は絶対的に正しいと言えるでしょう。しかし、10パーセント以下である場合はその解答が間違っている可能性が高いと言えます…か。なるほど。つまり、完ぺきな解答ではないということか。…もうひとつ、聴いてみよう。…未来のことが予測できるのか?」
そのように送信したら、受信メールはしばらく来なかった。
木城:「えらく、遅いな。」
ふと時計を見ると、針は深夜を指していた。
木城:「もうこんな時間か。明日も早いし、もう寝るか。」
そう思っていた時、受信メールが届いた。そのメールの正答率も100パーセントだった。
木城:「ようやく届いたか。…なになに、未来予測は可能です。しかし、未来は常に変化するものですので、正答率は100パーセントより下の値をとることとなります…か。もう、寝よう。」
パソコンの電源を切って、床についた。
天気が晴れた翌日、猛暑の中木城は目が覚めた。
木城:「あっつ。いい加減に、給料上げてくれれば、クーラー買えるのに。はやく、クーラーがほしい。」
いつものように、冷蔵庫から栄養食品をとりだし、朝食を簡単に済ませ、蒸し暑い中スーツに着替え、出かけた。周囲には相変わらず黒いスーツの連中が歩き回っていた。彼らの中には、警察官も多数紛れ込んでいた。できるだけ、目を合わせないようにして、職場に向かった。木城の席には、いつものように山積みの書類が待っていた。木城はため息をつきながら、順序良く処理を進めていった。帰宅後、夕食をとるために冷蔵庫を開けて、中から栄養食品を取り出した。
木城:「今日も一日終わってしまったな。」
食べながら、ふと思った。
木城:「そうだ。そういえば、このUSBメモリを探していたのはだれだろうな?訊いてみるか。」
さっきの二人組に関して、メールをすると、すぐさま受信メールが返ってきた。
木城:「MATC所属の諜報員?…確か、MATCって聞いたことがあるな。」
食べていた栄養食品を床に落とした。
木城:「MATCっていえば、いま世界を裏で操っている組織じゃないか。その莫大な資金であらゆる出来事に介入しているって前に聞いたことがある。でも、都市伝説じゃなかったか?…なんだか、まずいことに巻き込まれたような気がするな。だが、本当に実在するのか?訊いてみよう。」
そして、メールが返ってきた。
木城:「なになに…やはり、実在するのか。で、彼らはいま千里眼プログラムを全力で捜索中だって。」
椅子から慌てて立ち上がった。
木城:「…実在するのか。もし、見つかったらどうなるんだろう?」
解説)私の中では、情報とは一番の武器?力?だと思っている。あの大戦で我が祖国が敗戦したのも物量の差以前に、情報の要因が決定的に負けていたからだと思う。巨砲主義にこだわり、戦闘機の開発が遅れたための大戦末期での戦闘機での敗退、そして、たび重なる暗号文の筒抜け状態、さらには無敗を誇っていた戦闘機の漏えい。確かに、物量の差の要因が大きいかもしれないが、なによりも大きいのは情報であろう。実際に、このことを証明しているのは戦後の我が祖国であろう。戦争で焼け野原となった我が祖国の状態はどうだろうか?今では、物量にあふれる世の中となっている。これを為したのは、ひとえに人々の中にあった文明に関する情報が一役買ったと思える。(もちろん、当時の人々の復興への想いも大きく影響したことでしょう。)知識という情報があれば、たとえモノがなくてもそこから作り出すこともできるし…つまり、言いたいのは私の中では情報というのはとてつもない武器ともなりえるのではないかと言いたいのです。
そこで、これです。商品名は、千里眼プログラム。ひとたび、質問すれば、全人類への脳のネットワークにアクセスして、解答を導き出す最強の情報兵器なのです。まさに、夢のような代物なのです。少々多くなってしまったので今日はここまで。
尚、本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、一切関係がありません。予め、ご了承ください。