其の八 ランキングトーナメント
国立ベール学園。≪第一次悪魔の終日≫で突如として出現した異形の化け物≪グレイド≫に対する対抗策として≪エリクサー≫を扱う戦士を育てる学園。
ここはその学園の屋上。
「なあ、アレイブ。データの方には該当者は居るか?もう一週間探してんだぜ?」
ランスリットは昼間から屋上のベンチに力なく座っていた。
「残念だけど、確実な該当者と言える人物はまだ何とも……」
アレイブはランスリットの前に立ちながらエリクサーの画面で確認する。
この二人と他四人がこの件を任されて一週間。色々な人物を当たったが、候補者は出るものの確実な成果と言えるものは出ていなかった。
「最近いいことねぇなぁ。せめて15日の仮面祭くらいは行きたかったぜ……」
一人ベンチの上でうなだれる少年。その茶髪のツンツン頭はいつもよりほんの少し重力に負けていた。
「でも、Sクラス全員を調べても全員が特別なエリクサーって訳じゃなかったね。やはりって言った方がいいのかな。当然と言えば当然だけどね」
アレイブはランスリット髪の毛の先をいじくる。
「それよりもSクラス以外のクラスにも候補が居ることには驚いたな。俺はてっきり皆Sクラスか先輩とかかと思ってたのに」
「はは、君は本当に頭が残念だなぁ。最初から分かりきっていることじゃないか」
アレイブは笑いながらランスリットの頭に手を乗せる。
「大体、第七学年までのSクラス全員を合わせても100人にギリギリ満たないんだよ?ましてやデータは250以上。それに全てが戦闘向きでは無い。ここまでの条件で全員がSクラスなんてことは有り得ないよ」
「……まあ言われてみれば、確かに……」
ランスリットはアレイブの手を頭からどけて立ち上がった。
「ま、どっちにせよこれからは候補者の観察と残りの可能性がある候補者の探索の続行が必要なわけだ。探索はお前しか出来ないから頼むぞ?」
アレイブは口元を緩める。
「当然だ。任せておけ」
頼もしいこった……
そうして二人は屋上から立ち去った。
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放課後のアリーナ受付。今日はリサーナの担当だった。
「皆さんお久しぶりです。リサーナ・シーライブです。『其の一』での登場以来ですがアリーナの受付という立場上なかなか出番がありません。なので一言だけ作者に言いたいことがあります。私の出番をもっと増やしやが……」
「ストップ!リサーナ先輩ストップです!一体どうしたんですか?作者って誰ですか!そんな人どこにも居ませんよ!目ぇ覚ましてください!」
半狂乱状態のリサーナを新鳳が抑える。
「うるさいわね!アンタは主要人物だからいいわよ!私なんてほとんどモブよ!こんな扱いならご丁寧に名前なんて付けんな!」
新鳳は思った。
この学園の年上の女の人って変な人多いな……ルリエ先生とか……
「そんなことより先輩、アリーナ使いたいんですけど空いてますか?」
リサーナを抑えながら新鳳がそう聞くとリサーナは椅子に座りなおした。
「アリーナは第一も第二も使用中ね。まあ、来月の終わりには『ランキングトーナメント』があるから皆必死になってるしね」
復活早いな……
「……ってランキングトーナメント?何ですかそれ?」
新鳳が受付に身を乗り出す。
「ランキングトーナメントは、その名の通りのトーナメントよ。学年ごとにランキングをつけるの。戦闘、勉学、あと生徒の要望でカップルのランキングもあるわ」
「そうですか。だからアリーナが使えないんですね」
新鳳は赤い髪を揺らしながら受付に乗り出した身を元に戻した。
「でもね。実は現在アリーナを増設してるのよ。生徒数1000人以上が使うには二つじゃ足りないのよ。新アリーナはもうすぐ完成予定だから楽しみにしててね」
「はい、是非!」
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この学園は戦闘の実力でクラスがランク分けされている。
最高のランクであるS、次にA、B、C、D、そして最低ランクのE。
ここは第一学年、Eクラス。
「はあ……」
彼女はため息をついた。
「何でこんなことになったんだろう……」
彼女は机に突っ伏した。その顔からは少々嫌悪感が読み取れる。その広い教室の中で彼女は一人魂を失ったかのように机に体を乗せていた。
「レクリナ、大丈夫?」
前の席の男子生徒が彼女に話しかける。その言葉に彼女はゆっくりと頭を上げた。
「うわ、酷い顔だな。どうしたよ?」
男子は半笑いで彼女に尋ねる。
「どうもこうもないわよ……なんであんなことに……」
彼女は再び机に上半身を倒した。
彼女の名はレクリナ・セリス。五大国のひとつであるベスリストという国の首都エイレルの出身で名高くも庶民派の貴族であるセリス家の次女である。
家柄から貴族と庶民の両方と接する機会が多かった彼女は自国だけに止まらずに見聞を広めるためにもこの学園に入学したのである。
その金色の長髪と金色の瞳は見る者を魅了し、その性格からも人によく好かれる。そのためか彼女に密かに好意を寄せる者も少なくない。
しかし、実力は全く伴っておらず、Eクラスは当然の結果である。
「乙女の悩みか?それとも家のことか?」
彼はクライス・レーバル。レクリナが幼い頃からの親友である。家柄は平凡でどこにでもあるごく普通の家庭で育ったどこにでもいる平凡な少年。
ただ、普通では会得し得ない特技を多々持っている為、レクリナですら何者なのか分からなくなることがあるらしい。
あとは視力が3.7、顔立ちはそれなりというところ以外は特筆することが無いごく普通の少年である。
「どちらかと問われれば後者ね。前者はまず有り得ないから」
レクリナは先ほどまでの態度とは打って変わって腕を組み椅子にふんぞり返った。
しかし表情はまだ浮かない。
「昨日、家から電話があって弟が見に来ることになっちゃったのよ。お母様からも期待されちゃって勝たなきゃいけない空気になっちゃって……」
今のレクリナを支配している嫌悪感はそれからだった。
「なるほどね。大変だな、レクリナは」
クライスは椅子の背もたれにもたれながらそう言った。
「あぁ……どうしよう……」
レクリナが再び机に突っ伏す。見るからに元気がなくなっている。
「Sクラスに特訓でもつけてもらえばいいんじゃね?」
クライスは冗談半分でそう言った。
「…………それよ…………」
レクリナがポツリと呟く。さっきまで纏っていた負のオーラが消えているような気がする。
「……は?」
「それよ!Eクラスの私たちがトーナメントを勝ち上がるにはそれしかないわ!」
レクリナは勢いよく立ち上がるとクライスの腕を掴んだ。
「行くわよ!クライス!」
「はあ!?俺も行くのか!?」
クライスの声を聞こうともせずレクリナはいきなり走り出した。
「ちょ、引っ張るな、待て待て待て!腕を引っ張……」
クライスはそのまま引きずられていった。
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第一学年、Sクラス前。
「ここがSクラスね。見た目はどのクラスも変わらないのね」
二人はドアの前にいた。左にクライス、右にレクリナが立っていた。
「レクリナ、逃げないから手、離してくれないか?」
「あ、ごめん」
レクリナはクライスの腕を放し、クライスは自分の右腕についた手の跡をさすった。
必死だなぁ。そんなに勝ちたいかよ。
「とにかく入るわよ。このままじゃ私たちに勝ち目はないわ」
「おいおい、本当に行くのか?」
クライスはまだ乗り気ではないようだ。
「当たり前じゃない。少しでも確率があるなら賭けるべきだと思わない?」
「そうですよ。低くても賭けていいと思いますよ」
「俺は別に勝つ必要は無いんだが……」
「私はクライスと一緒に勝ちたいのよ!」
「……………………」
コイツはいつもそうだ……いつも俺をこうやって上に連れて行く……
「……分かったよ、やればいいんだろ」
「そうよ、そう来なくっちゃ!」
「お二人は仲がいいんですね」
「そりゃもう、親友だもの。本当、いい幼馴染を持ったわ。じゃ、入るわよ」
レクリナはドアに手を掛ける。
「ちょっと待った」
クライスはレクリナの腕を掴んで止めた。
「何?」
クライスは右に視線を送る。すぐ隣にはレクリナ、さらに隣には……
「……お前、誰だ?」
そこにはおとなしめの黒い髪に中性的な顔立ち、そして両目の色が異なる少年が立っていた。
「初めまして、桐無刹葉って言います」
刹葉は笑顔で自己紹介した。
「あ、どうもご丁寧にってそうじゃなくて、いつからそこにいた!?」
「いつからと言われますと最初からですかね」
コイツ、最初から聞いてやがったのか……
「で、何か御用ですか?」
「は、いや御用って……そのネクタイ、お前Sクラスか!」
「ちょうど良かった!」
レクリナは目を輝かせて刹葉に視線を向けた。
「ねぇ、私たちランキングトーナメントに向けて特訓したいのだけど、Sクラスに引き受けてくれそうな人って居ないかな?」
「……そうですね。僕が知る限りでは断るような人は居ないのですが……」
「刹葉?どうしたの?」
刹葉の後ろから女子生徒の声がした。その声に刹葉たちが振り返る。
「詩音さん」
「あ、またそんな呼び方!さん付けなんて嬉しくないよ!」
詩音は刹葉に人差し指を突きつける。
「大体、15日の戦闘の時は『詩音』って呼んでくれたじゃない!」
「そうでしたっけ?」
もう、なんで覚えてないのかな……
「ところで、その人たちは?」
詩音は刹葉の後ろの二人に目を向けた。
「Eクラスの方です。ランキングトーナメントの特訓相手を探しにここまで来たそうなんです。しかし、皆さん忙しいと思うので、少しくらいなら僕でも役に立てるのではと……」
「ちょっと、Eクラスの方って。名乗ってなかったから仕方ないけど、その言い方は嫌いよ」
レクリナは腕を組んで仁王立ちした。
「私はレクリナ・セリス。出身はベスリスト、よろしく」
レクリナはクライスの腕を軽く掴んで引き寄せた。
「で、こっちは親友のクライス・レーバル」
「よろしく。あとレクリナ、腕放せ」
「あ、私は篠月詩音って言います。よろしく」
女子二人の満面の笑み。そして男子一人の苦笑いがそこには生まれていた。
「で、特訓なんだけど私も手伝っていいかな?」
詩音の言葉にレクリナは更に笑顔を輝かせた。
「本当!?やった!これならいけるかも!」
しかし、クライスは、
「でも今日はもうアリーナは多分使えないと思うぞ。明日にしたらどうだ?」
と言った。
「じゃあ、明日!明日は土曜日だしいいでしょ!?」
レクリナが刹葉と詩音に接近した。
「ええ、いいですよ」
「私も大丈夫」
レクリナはその答えを聞いて飛び跳ねた。
「じゃあ、明日ね!ありがとう!」
そう言ってレクリナとクライスは二人で自分のクラスに戻っていった。
「じゃあ、僕たちも帰りましょうか」
「刹葉は良かったの?」
帰り道で詩音は刹葉に問いかける。
「ええ、他のクラスの方が折角頼ってくれたんです」
刹葉は微笑みながらそう答えた。
「そっか、そうだね。じゃあ、明日は頑張ろう!」
「はい」
二人の影はそのまま学生寮に消えていった。
どうも執筆ペース上昇中の柊城です。
この話で気付いた方は多いと思いますが、このベール学園って7年制の学校なんですよ。
今じゃ考えられないですね。
ではまた次回お会いしましょう。