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オーバーリミット  作者: 柊木隼人
第一章:国立ベール学園
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其の六 詩音と刹葉

それは7年前のこと。


七星の軍師の家に生まれた私は、小さなころから本を読むのが好きだった。

屋敷から出られないこともあり、とにかく色んな本を読んだ。

絵本からそれこそ軍略の指南書まで。


両親は屋敷で仕事に追われるか、もしくは一日中庭でお茶を飲んでいるかだった。


父は七星で最高の軍師であることから敵対国には常に狙われていた。

だからこそ、目立つことの無いように屋敷もそこまで大きいものではなかった。

また、雇っているメイドも一人。

しかもそのメイドは屋敷の警備まで兼任していた。


普段はメイドと過ごしていた。

両親と過ごす時間は少なく、メイドと過ごす時間の方が多かった。

私が何をするにもいつも近くに居てくれたのは彼女だった。


私はメイドに戦闘の訓練を受けていた。

「瞬間的な判断を身につけるのには近接戦闘が一番!」という父の方針である。

父は護身術程度に、と考えていたらしいが、「ご主人様とあろう者が護身術程度にとは何事ですか!」とメイドが怒鳴りつけたので、現在に至るまでの間彼女は剣の扱いを私に叩き込んでくれた。


ある日、訓練が終わると私はいつも通り父の集めた本を読んでいた。

読んだことが無い本を探して見ていると、変な本を見つけた。

父が面白半分で買った一冊。

中身はとりわけ胡散臭い。

悪魔の呼び方とか、魔法の会得の仕方とか。

古い本ならわかるけど、妙に新しいのがまた怪しかった。


そんな本を読んでいたら、変なことが書いてあった。

どういう意味かとメイドに尋ねたけど、メイドは文学に縁が無く。

庭でお茶を飲んでいる父に話を聞いた。

すると父は、

「ごめんね、詩音。それは私にもさっぱりなんだ」

と言った。


私はそれを試さずにはいられなかった。

あの父にも分からないことを知りたかった。

メイドも「大した危険も無さそうですし、いいと思います」と言って力を貸してくれた。

屋敷から出られなかった私にとって、それはかつて無い程私の好奇心をあおった。


時間が経って大きな魔方陣が書き終わった頃はもう既に夕方だった。

私の部屋の中心にその魔方陣は描かれていた。

人差し指に針を刺した。

鋭い痛みが伝わる。

魔方陣に一滴の血を垂らし、私は唱えた。

「我は汝と運命を共にする者。我の名は≪篠月詩音≫。汝、我が召喚に呼応するならば、真の名を述べよ」

魔方陣が光り始める。

「これは?お嬢様、お下がりください!」

メイドが私の前に立つ。

魔方陣からは光が溢れ、目を開けていることができなくなった。


光が治まる。

すると、目の前には一人の少年が立っていた。

その少年はただただ立ち尽くしていた。

少年の左目が光った。

淡い碧の光。

私の右目も光った。

少年と同じく碧の光を放っている。

その光は徐々に弱まって最後には完全に消えた。

「コレは……」

メイドがそう呟きながら少年に近づこうとしたとき、少年はその場に倒れた。

まるで糸が切れた人形のように。

私が少年に近づく。

少年は気を失っていた。

愛吏あいりさん、この人を私のベッドに!お願いします!」


----*----*----


朝。

それはいつも通りやってきた。

私はベッドの横で椅子に座っていた。

いつの間にか寝てしまっていたらしく、ベッドに突っ伏していた。

「……ほぇ……、あれ?」

目の前のベッドはもぬけの殻だった。

「あれ?確かにここに寝かせたはず……」


私は屋敷の中を探した。

メイドの愛吏さんにも探してもらったけど、屋敷内では見つからず、私は庭を探しに行った。


「何処に行ったのかな……」

探し始めて20分。

彼は庭の花壇の前に立っていた。

「……いた……」

彼はそこでじっと花を見ていた。

何をするでもなく、ただじっと。

「ねぇ。君、どうしたの?」

そう問いかけた。

すると彼は、

「ここが何処なのか分からなくって。少し調査を……と思いまして」

なんてことを口にした。

調査をしているなんて答えは想像していなかった。

予想を超えた答えに若干戸惑ったけど、私は何とか言葉を搾り出した。

「そんなことする必要はないわ。案内なら私がしてあげるよ」

自分でもこんな言葉が出るとは思っていなかった。

なんでこの言葉だったのか今では解らないが、結果として彼はついて来てくれたので、私はあの頃の私の失敗を不問にしたいと思う。


その後、朝の食卓についた。

両親には話しておいたので朝食時には問題なかった。

朝食を食べ終えた後、彼への質問が始まった。

「君、名前は?」

父が質問する。

「わかりません」

彼が答える。

「何処からきたの?」

次に母の質問。

「全く覚えがありません」

彼が答える。


他にも様々な質問を投げかけるも、まともな答えは何一つとして返ってこなかった。

わかったことは記憶が無いということだった。

今時であれば珍しいことではない。

エリクサーの副作用でごく稀に一時的な記憶喪失に陥ることがあるからだ。

大抵は早くて10時間、遅くても二日で記憶は戻るらしい。

例外ですら三日で元に戻ったというデータがある。

なので、誰も彼の答えを焦らなかった。


その後は屋敷を案内して回った。

その時の彼はとても明るい表情をしていたのを私は覚えている。

世界に感動することができるあの碧と黒の瞳がまぶたで何度も隠れては見えてを繰り返していた。

笑顔は眩しく、優しく。


しかし、それはすぐに曇った。


彼が来て三日目。

彼は記憶を取り戻した。

「戻ったって、本当に?」

私が花壇を見せていた時だった。

その顔は少しずつ、確実に悲しみに歪んでいった。

「思い出した……」と呟いた。つい先ほど、間違いなく。

次に瞬間に彼の顔は徐々に歪んで……

「あ……あ…………あぁ……」

涙は無かった。けど泣いていた。

私はどうしたらいいのか分からなかった。

分からなかったのだ。

でも体は勝手に動いた。まるでそうするのが当たり前であるように。

口は勝手に言葉を紡いだ。まるで言うべき言葉が最初から決まっているかのように。


私は……彼を……刹葉を抱きしめた。

そして呟いた。何かを確かに。

刹葉と私は崩れるようにそこに膝を突いた。


----*----*----


彼は私の一言でなのか、表情は花壇にいたときほど暗い表情はしていなかった。

「えっと……桐無……刹葉君でいいんだよね?」

「はい。間違いありません」

この時、私は思っていた。

固い……固すぎる。話し方がガチガチだ。今のところ敬語以外使ってきてない。

「ねえ、敬語じゃないとダメなの?」

「はい?」

言葉が伝わってなかったのだろうと思った。

「だから、何で敬語なの?私たち見たところ歳もそう変わらないじゃない」

「それはそうですが、『けいご』って何ですか?」

私は固まった。それはもうガッチガチに。

知らないで使っているなんて思ってなかった。

「そんなこと誰に?」

刹葉はこう答えた。

「僕は孤児院で育ったのですが、そこの先生が何処を渡っていくにも便利な喋り方だと言っていたので」

孤児院の先生、ちょっとぶっちゃけ過ぎです。

「ちなみに僕は8歳です」

「あ、私と同じなんだ」


彼の話では、彼は孤児院で育ったらしい。

彼はそこに預けられ、そこで教育を受けた。

両親はいたらしいが会ったことは無いと言う。

「僕はそこにいた他の子供たちの誰より年上でした。僕はいつも子供たちの面倒を見て、笑顔を見て来ました」

彼は語り続けた。

「ある日、一人の男が教会を訪ねて来ました。その男は自分は騎士だと言い、教会に住むようになりました。彼は教会の門の前で門番をして、僕たちを護りました。僕が居た教会は宗教上重要な施設だったので護る理由に事欠くことはありませんでしたし、僕も居たこともあって、腕利きの騎士が派遣されたんだと思います」

彼はそこから顔を曇らせる。

「しばらくして、教会にグレイドの群れが押し寄せました。それはただの群れでは無く、ボスの存在によって統率されたものでした。それは数にして15体。それ程の数のグレイドをその騎士はそれをものともせず切り伏せました。しかし、群れのボスは『Level7』でした。騎士は奮闘しましたが『Level7』には及ばず、重傷を負ってしまいました。騎士を倒した『Level7』は子供たちを一人、またひとりと殺しました。子供たちは逃げ回りましたが、最後には結局僕だけになりました」

彼は一瞬黙ってから再び口を開け、

「そいつは『ターゲットヲ確認。殺害スル』と一言発した後、僕に右手の剣を向けたんです」


それが彼の話の全貌だった。

あの剣が向けられた直後に私の詠唱が聞こえたらしい。

その声に従って名前を言った瞬間に魔方陣が現れ、次の瞬間には既にここに来ていた。というのが真相だと彼は語った。


その夜は眠ることができなかった。

少なくとも私は彼の心境を思うととても眠れなかった。


次の日の彼は人に話して少し軽くなったのか、または努めてそうしているのか、昨日より少し明るい表情をしていた。

記憶を失くしていた時ほどではないにしろ、少しは心境に変化があったのは確かなようだった。


それからは彼と毎日を過ごした。

あの時の傷は癒えないかも知れないけど、生きていて良かったと思えるように。


----*----*----


彼が屋敷に住みはじめて半年。

彼はモノを覚えるのが得意らしく、愛吏さんの仕事を同じレベルでこなすようになっていた。

愛吏さんはとても可愛がっていた。「仕事も手伝ってもらえるし、弟みたいで可愛いわぁ」とうっとり顔で言っていた。

確かに愛吏さんとの訓練も2、3度見ただけで愛吏さんを超えてしまった。

愛吏さんが負けるところなんて想像もしていなかったから、強い衝撃を受けた。

他にも、トランプのマジックなんかも得意らしく度々見せてもらった。


半年が経って、彼が笑顔を少しずつ見せるようになっていた。

それが嬉しかった。他の何よりも。


----*----*----


朝。小鳥が鳴く声が聞こえる。

「ほわぁ……」

詩音は欠伸を一つした。

「懐かしい夢見たなぁ……」

彼女の部屋に光が差し込む。

寝ぼけ眼のまま詩音は体を起こした。

昨日皆に話したからあんな夢みたのかな……

「お早う御座います」

彼女の耳に聞き覚えがある声が聞こえた。

さっきまで夢の中でも聞いたような……

「うん。おはよう……」

「朝食はできてますよ」

そう、昨日久しぶりに聞いたような……

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「流石、寝ぼけ眼の詩音さん。鈍さは健在ですね」

「なななななな、何で私の部屋に!?いいい、いつから!?」

詩音は勢いよくベッドの隅に飛びのいた。

「隣の部屋だったので、ベランダから……」

「泥棒か!もしくは強盗か!」

刹葉は笑顔のまま詩音に近づき、

「泥棒の方が正しいかも知れませんね。僕は貴女の笑顔が見たかったんですから。だから、笑顔を頂きます。恩人から、主から離れるのがこれほど辛いとは思いませんでしたから」

刹葉は詩音の前で膝を突いた。

「ただいま帰りました。詩音さん」

その笑顔はいつかの日と同じで……

「お帰り。刹葉」

遅くなりすいませんでした。

文化祭であれやこれやと忙しくて更新が遅れました。

申し訳ないです。

これからも頑張りますのでよろしくお願いします。

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