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オーバーリミット  作者: 柊木隼人
第一章:国立ベール学園
3/32

其の二 幼馴染は記憶喪失

そこには彼女にとって懐かしい姿があった。

黒い髪をなびかせながらその少年は歩く。

彼女は思わず彼の名を叫んだ。

刹葉せつは!」

………………。

返事がない。

ただの屍でないことは確かだが、彼は気づいていないようだ。

のんきにあくびをしながら歩いている。

詩音うたねは彼に近寄る。

「ちょっと刹葉!私よ!」

詩音は彼を、刹葉と呼んだ少年の肩を引き寄せた。

間違いない、黒と碧の虹彩異色症オッドアイだ。

しかし、少年はそんな彼女に間の抜けた返事を返した。

「へっ?僕?」

詩音はその答えに面食らってしまった。

「僕のこと、知ってるんですか?」

そのセリフは詩音には予想外過ぎたらしく、詩音は完全に固まってしまった。

「僕を知ってるんですね」

そこまで聞いてようやく状況を理解した。

「刹葉……、記憶が無いのね」


----*----*----


彼らはとりあえず山寺に向かうことにした。

刹葉と言う少年も一緒である。

聞いた所によると、少年は気が付いたら公園で倒れていたらしい。

何が起こったかはすぐに分かったと言う。


目の前に丘。

その上にあるベンチは背もたれの真ん中が壊れていた。

背後には自分がもたれている大木。

手元に手帳。

そして尻に敷いているのはベンチの背もたれと思われる木片。


「考えるに僕は、手帳のメモを見ながらドジを踏んだんだと思います」

彼は状況の報告を続ける。

「その後、とりあえず手帳を持って公園を出たんです。手帳は何かの手掛かりかも知れませんし、関係なかったら落し物として届ければいいですし。それから当てもなく歩いていたらこうなった訳です」

これにて報告は終了した。

「なるほど。ベンチの背もたれが壊れたのね」

シアは納得したように言った。

しかし、少年はそれを手で制し、訂正した。

「いえ、今言った通り僕がドジを踏んだのです。注意していればこうはならなかったんです」

シアは訳がわからないといったような顔をした。

詩音は真剣に刹葉と呼んだ少年の話を聞いていた。

「先ほども言ったように僕は手帳のメモを読んでいたんです。そしてベンチに腰掛けて背もたれに寄りかかろうとしたところ背もたれが無くて落ちた、という感じでしょう」

シアは更に険しい顔をした。

そこに詩音が説明に入る。

「つまり、ベンチの背もたれは刹葉が座る前から壊れていたんだよ。刹葉が丘から滑り落ちたならベンチの背もたれは背中の下にあるはずだし、木に背中をもたれることもないでしょう」

シアは驚いた様子で詩音を見た。

「シオンすごい!流石ね。状況判断能力の高さは伊達じゃないわ」

そう言ったシアに苦笑い返したあと、詩音は一番気になっていることを聞いた。

「刹葉……本当に記憶がないの?」

少年は答える。

「はい。何も憶えてないんですよ」

何でこんなことに……。

詩音が少し参っていると、後ろから声がした。

「おーい、こんなとこで何してんの?」

そこには言わずと知れた現在最強の一年生と呼ばれるクラスメイト『ランスリット・L・ハイント』と、彼と同じ制服を着ている身長140cmくらいの少年がいた。

「ランス。あんたこそここで何を」

返事を返したのはシアだった。

ランスというのは彼の愛称である。

「ちょっと法洸寺ほうこうじで仮面でも買おうと思ってさ」

法洸寺とは仮面祭が行われる山寺である。

「あの寺、法洸寺っていうんだ」

シアがそんなことを言っている間に話は進む。

「その隣の子は?」

詩音の質問にランスリットが答える。

「こいつはヒョウ新鳳シンフォン。明日から俺たちのクラスメイトになる」

新鳳が自己紹介を始める。

「氷新鳳だ。よろしくな」

それに三人のうち二人は自己紹介を交えたあいさつを返す。

「私はシア。シア・アーカイプスよ。よろしく」

「私は篠月しのつき詩音。皆からは『シオン』って呼ばれてるの。よろしくね」

二人のあいさつが終わるとランスリットが質問を切り出す。

「で、そっちが連れてる見知らぬ少年は?」

少年はランスリットにあいさつした。

「はじめまして」

ランスリットは彼を見ながらこう言った。

「ふぅん。つまりあれだな。君がもう一人の転入生だな」

反応したのは詩音である。

「転入生?刹葉、ちょっと手帳見せてもらえる?」

少年は手帳を差し出した。

「どうぞ」

詩音はその手帳を開いた。


5月15日

今日は正午を少し過ぎたあたりでクラス振り分け試験が終わったので、散歩でもすることにした。

昼休みにアリーナを利用する生徒がいるらしい。

受付には女子生徒が一人座っていた。

僕の評価はSSSトリプルエスランクだった。

明日からSクラスに転入にすることになった。

長かったけど遂にこの日が来たんだ。

散歩がてら町を把握して、備えておかなきゃ。


「……ランス。あなた彼の名前、知ってるわね」

詩音がランスリットにそう言った。

「ああ、名前は確か……桐無きりなしとか言ったな」

詩音は確信した。

「……刹葉、この手帳はあなたの物で間違いないわ」

刹葉と呼ばれた少年は手帳を受け取った。

「そうですか。ありがとうございます。……それで篠月さん」

詩音は名前を呼ばれたことに驚いた。

「ふぇぇっ?……何?」

詩音は変な返事を返す。

「僕は……桐無刹葉でいいんですね」

少年はそう聞いた。

詩音がそれに答える。

「……うん、そう。あなたは桐無刹葉。私の大切な幼馴染よ」

刹葉は目を閉じた。

そして口元を少し緩めて小さく「うん」と言った。

刹葉はゆっくり目を開ける。

「なんとなく…………なんとなく知っているような気がします」

詩音は微笑みながら言った。

「うん」

刹葉は口を開いた。

「まあ、僕が何を知っているかは分かりませんが」

詩音は手で右目をこすりながら笑った。

「何それ」

刹葉もやさしく微笑んだ。

「ねぇ。私たちを置いて二人だけで会話しないでよ」

そう言ったのはシアだった。

「アツいね。お二人さん」

新鳳が爽やかな笑顔で冷やかす。

刹葉は二人が何を言ってるのかわからないらしく、頭を斜めに傾けた。

詩音は顔を真っ赤に染めている。

「なんだか急展開みたいだな。新鳳が付いていけてる理由がわからん」

確かに今合流したランスリットと新鳳には少し急な展開だった。

ただ、彼らのその光景は限りなく微笑ましい光景だった。


しかし、彼らが平穏を作る者だとすればその平穏を壊す者もいる。

「…………?」

刹葉が後ろを振り向いた。

「……………………」

そこには異形の化け物が立っていた。

「オーバーリミット」

そう呟いたのはランスリットだった。

何かを切り裂く音が響く。

音がした先にあったのは胴体が二つに裂けた化け物だった。

「まだこの辺に何体かいるはずだ。殲滅せんめつしながら門を探そう」

新鳳が指示を出す。

「了解したわ。オーバーリミット」

シアは返事をしたあと手のひらに何かを差し込んだ。

「オーバーリミット」

詩音もそれに続く。

「二手に分かれた方がいいと思うわ」

詩音の提案に乗ってランスリットが二つのチームに分ける。

「なら俺とシオン。シアと新鳳で分かれよう」

「了解」

三人は同時に返事をした。

四人は先ほどの化け物、≪グレイド≫の出てきた方向にあるT字路を二手に分かれた。

刹葉は詩音が向かった方向に走っていった。


----*----*----


シアと新鳳は路地を曲がるなり10体ものグレイドに囲まれてしまった。

「おっ、多いな。でもこれ位はいないと張り合いないぜ」

新鳳は少し声を高くして言った。

「これ位なら余裕かしら」

シアは落ち着いた声音だった。

「私の≪フォートレスガンナー≫なら半分以上一掃できると思うけど、どうする?」

シアはその細い腕に似合わない大きなランチャーを手でなぞる。

「いや、半分に分けて5体ずつだ。それ以上は譲らない。それに≪ファイナスペリオ≫なら30秒あれば5体は軽い」

新鳳が自分の籠手こてに手をかざしながらそう言った。

「わかった。じゃあ5体ずつね」

二人は一歩前に踏み出した。

「さっき試験やったけど最近戦闘自体あまりなかったからな」

新鳳は踏み込んだ。

瞬間。

一体のグレイドが飛び散る。

「やっぱりちょっとなまってるな」

新鳳は肩を回しながらそう呟いた。

「5体までか。まあ楽になるからいいけど」

シアは手に持ったランチャー、≪フォートレスガンナー≫の銃口を空に向けた。

「バレットチェンジ。モード≪レインボンバー≫」

声に合わせてランチャーの口径が変形する。

「発射ぁ!」

上空に打ち上げられた弾が割れ、中から光弾飛び出した。

光弾はグレイドに向かって降り注ぐ。

「よし。終了!」

シアは左こぶしを握った。


----*----*----


一方ランスリットと詩音、そして詩音についていった刹葉たちはどうやら[当たり]だったようだ。

「門の周りにわらわらと……、40……いや50はいる」

ランスリットは多すぎる敵に少し後ずさりした。

詩音は思い出していた。

あの惨劇の日を。

「あの日に比べれば……、大丈夫」

詩音はいやに落ち着いていた。

「いやぁ、多いですね」

そう言ったのは刹葉だった。

彼の様子はさっきまでと何ら変わりなかった。

「落ち着き過ぎだろう」

ランスリットは刹葉を後ろから小突いた。

「がっ………………」

刹葉の小さなうめき声がした。

彼は後頭部を右手で抑えたまま動かなくなった。

「…………おい。痛がってないでさっさと戦う準備を……」

「詩音」

ランスリットの言葉を遮って刹葉が詩音に話しかける。

「…………!」

詩音は刹葉の方を向く。

「また、一緒に戦ってくれませんか?」

詩音が首を縦に振る。

「ありがとうございます。では、出撃といきますか」

刹葉はズボンの右ポケットから黒い≪エリクサー≫と取り出し左手首に差し込んだ。

「オーバーリミット」

どうも柊城です。

かなり早めの更新です。

ストックすべきかとも思いましたが、投稿することにしました。

感想などあったらよろしくお願いします。

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