其の二十六 裏で動く者
遅くなって申し訳ないです。次回はなるべく早くします。
トーナメント一回戦一試合目。
Sクラス同士の戦いは詩音の勝利で終わった。
「いやぁ、参った」
遥真は頭を掻きながらイスに座った。
彼の火力は誰にでも驚異的である。
しかし今回の試合では設置した罠をほとんど掻い潜られ、直接攻撃は全て防がれてしまった。
戦闘慣れしているはずのSクラス内でこうも差が開くなど、あまりあることではない。
しかもこの二人の間にランク差は存在しない。二人ともSS評価を受けている。
「シオン。お前、もうSSSランク並じゃないか?前の入学試験からどんだけ経験積んだんだよ」
「え、ああ、うん、そうだね。結構色々あったかな」
この数ヶ月、確かに彼らは戦闘は何度か積んだが、詩音は特に戦闘でヒントを得たり成長したわけでもない。
戦闘以外のことで詩音には一つ心当たりがあった。
自分の戦い方が劇的に変わった事件。
刹葉がこの街にやって来た日。
きっと詩音が強くなったのはあの日だろう。
「色々か。そっか。まあそうなんだろうな。そうじゃなきゃ同じランクでこうも差がつくとは考えにくいしさ」
遥真はそんな風に言う。
なんとなく察したのか、彼はそれ以上は聞かなかった。
実際話したところで理解し難いだけである。
それに話すような話題でもない。
「努力しなかったわけでもないけど、努力するよりも簡単に上に引き上げられてしまったわ」
私は特に思うことは無いけど、人が人ならきっと努力を否定されたような気になるんだろうなぁ。
私がそういう人間だったら多分悔しい。
だからあまり話すようなことじゃない。
「シオン。俺に勝ったんだから、次も頑張れよな」
「うん、もちろん」
必ず勝利を。
そう思った詩音だった。
----*----*----
「さぁてと」
彼、アレイブ・ジークスは人を探していた。
アレイブが出場する時間まではまだある。
今のうちに聞いておきたいのだ。
急いでいるわけではなく、ただの好奇心なのだが、非常に興味深い。
早く知りたい。
そう思って答えを知るであろう人物を探す。
その足が向かう先は控え室だった。
「シオン」
彼は控え室のドアを開けるなり詩音を呼ぶ。
「アレイブ?どうしたの」
「ちょっと聞きたいことがある。今いいか?」
詩音は少し首をかしげながらも控え室を出た。
アレイブは少し控え室から離れた通路で話を切り出す。
「早速聞くけど、お前らの魔眼、『双対眼』の話だけど。あれ、本当に『魔眼』なのか?」
「----……」
答えない。
彼女は口を開かない。
それが何を意味するのか。それを今問う。
「その沈黙はそういうことと捉えていいのか?」
「違うのよ。私たちにも解らないの」
それは予想外の答えだった。
「解らない?」
「そうなの。私たちのこの眼はどんなに調べても他の例が無いのよ。ただこれに近い例は発見できた。それが『魔眼』なの。他に呼びようも無いし印象的にも合っていたから」
なるほどな。そういうことか。
「これで合点がいった。緋宮先生から送られてきた資料の中に『双対眼』が無かったのも当然だったわけだ」
「どういうこと?」
詩音には一切何も分からない。
いきなり聞かれたので当然だ。
詩音はアレイブに説明を求める。
「僕はこの前お前ら二人に魔眼を見せられて以来興味が沸いてな。緋宮先生の研究室まで行って色々と調べたんだ。他の魔眼は少なくても情報はあった。にも関わらずお前らの『双対眼』だけは専門家すら知らない。ならこれは新しい魔眼なんじゃないかと思ったわけだ」
そう聞いてようやく詩音は納得する。
しかし一人でここまで調査するほど興味があったとは詩音には想像もつかなかった。
「まさかそこまでして調べるなんて思わなかった。あの話でそこまで……」
「まあ、超えたいヤツがいるからな」
アレイブはポツリとそう呟く。
その言葉が少し気になりつつも、詩音はそれ以上は話を広げなかった。
それよりも今は他に聞きたいことがあった。
先ほどのアレイブの一言。
「でも、専門家、緋宮先生にも分からないなんて……」
私たちはそんなものを宿してしまったの……
あの時刹葉を呼び出したりしたから?
私があの本を開いてしまったから?
「そこで聞きたいんだが、お前らの『双対眼』って具体的には何ができるんだ?」
アレイブはエリクサーからホログラムのウィンドウを出現させボイスメモの準備をする。
まるでインタビューでもしているかのようだ。
「私たちの『双対眼』の能力は共有。互いの持ち得る全ての力を二人で使えるの。多分私がさっきの試合に勝ったように、この二ヶ月で強くなったのは刹葉の戦闘能力を共有したからだと思う。刹葉のエリクサーの能力までは再現できないけど、刹葉の戦い方なら私の身体でもある程度再現して自分のものにできるから。眼を使っている間は互いのエリクサーの能力だって使えるし、次に何をしたいのかとか、そういう簡単なことなら何となく解るからすごく息が合うんだ」
それを聞いたアレイブは満足気にうなずく。
「なるほどな。面白い話が聞けた」
刹葉がいたらもっと詳しく聞けたかもしれないけど、これはこれで収穫か。
得るものは十分にあった。
あとはこの詩音と刹葉の観察だな。
アレイブはボイスメモを保存すると詩音に一言礼を言ってその場を去る。
詩音はその背中が見えなくなると二つの疑問を思い出す。
アレイブが超えたい人って誰のことだろう。
経験からの推測だけど、アレイブが誰か一人に執着するような人とは思えないし。
誰に対しても基本的に同じ接し方だし、特別視しているような人なんているのかな。
もしかしたら刹葉が言ってた「死者の部隊」とか言うのが関係してるのかな。
詩音は近くの窓から空を仰ぎ見る。
刹葉は今どこにいるんだろう。
やっぱり仕事が忙しいのかな。
ちょっと話せるかと思ったのにな……
----*----*----
「さて、反応があるから来てみれば……まさか彼方だったとは」
「遅くなって悪かった。情報がなかなか掴めなかったんだ」
ベール学園から西南へ約10km地点。そこは廃ビルの屋上だった。
そこには二人の人影。
片方はベール学園の制服を着用しているが、他の生徒とは違ってシャツが灰色に近い色合いをしている。
そしてもう片方は異形の姿をしている。
腕は緑の鉱石のようなもので覆われており、全身は竜を思わせる見た目だ。
「こちら偵察。応答願います」
「こちらブレッド。聞こえているよ刹葉」
ブレッドは刹葉に確認を取るように言う。
「そこにいるのは彼かい?」
「ええ、リータです。先ほどの反応は彼だったようです」
刹葉は目の前にいる緑色の彼に視線を合わせながらそう答える。
リータと呼ばれた緑色の竜は身体を変化させていく。
身体はものの数秒で人間の姿へと変わった。
刹葉はそれを複雑な心境で見つめる。
この人を見ていると、どうしても「そう」なんだと思い知らされるな。
信じたくはないけど、信じるしかなくなる……
「そんな風に見ないでくれ。方法が無いんだ」
「そう、でしたね。すみません……」
そうだ。こうなったらどうしても戻れないんだっけ。
自分の無責任な発言を恥じて俯く。
リータはそんな刹葉に笑って、
「そんなに気にすんなよ。この身体だって意外と便利なんだぜ。人間の時よりずっと強いし、何より俺が負けなかった証拠でもあるからな」
彼はボサボサの髪を更にくしゃくしゃにしながら強く笑って見せた。
「……でも、戻れるんなら……。人間に戻れるんなら、俺は戻りてぇな……」
その言葉が刹葉の心に突き刺さる。
彼は唯一負けなかった人だった。
絶望に負けなかった人の末。その結果がその姿なのだ。
その姿は完全にグレイドそのものである。
上位のグレイドともなると姿を人間にすることなど造作もないこと。
彼、リータ・レックスはLevel6のグレイドだ。
想像もつかないような絶望の中から這い上がった元人間。
そんな絶望に打ち勝ったにも関わらず、現状は未だ絶望だ。
普通の人間なら既におかしくなってもいいはずだが、リータはそれに希望を見出そうとしている。
いつか戻る手段が出来るはずだと。
もっとも普通の人間がこんなことになるわけはないが。
「で、情報とは?」
刹葉が本題を切り出す。
「ああ、そうだったな」
リータはホログラムのウィンドウを出現させ図面を引き出す。
「俺が潜入してきたガルーダ派だが、エルドスペア派と激しく対立している。勢力ではエルドスペア派に敵う見込みはない。だが、エルドスペアは防衛こそ強いが攻めるのには適していないために睨み合いの状態が続いている」
「なるほど。エルドスペア自身の能力は分からないとは言え、防御を固めて安全策を取ろうという性格が見て取れますね。もし、本当に裏が無ければの話ですが」
ガルーダ、エルドスペアと言うのは現在8体存在するLevel7のグレイドで彼らはそれぞれで派閥を持っている。
ガルーダ派はその能力で奇襲を仕掛けるのを得意としているが、エルドスペアはそれすら許さない強固な防御を誇っている。
彼らが何故睨み合い戦っているのかは今のところ分かっていない。
だからこそ彼のようなスパイが必要なのだ。
「だが、最近になってエルドスペア派が不穏な動きをし始めている。彼らの城に他の派閥のグレイドが来たらしい。ガルーダの偵察でもそれ以上は分からなかったらしいが、今までは少なくとも独立状態だったんだ」
ここまでとなると何かを企んでいるのは明らかだ。
もしかしたらエルドスペア派は他の派閥と組んででもガルーダ派を潰そうとしているのかもしれない。
そしてそのどちらもこの五大国からは距離が近い。
「つまりその戦争にこの国が巻き込まれる可能性が高いと」
「そういうことだ。俺たちグレイドは自分で作るよりも人間を喰った方が魔力を早く多く回復できる。最悪この国が奴らの食料庫にされる事態だけは避けなきゃらなねぇ」
「警戒はしましょう。国軍にもこのことを伝えておかなければいけませんね。すぐにとまではいかなくとも近いうちにあるかもしれません」
刹葉はブレッドに先ほどのデータを送信すると学園の方を見る。
リータを見ずに一言、
「戻れるといいですね」
「ああ。ありがとな」
彼らはまた自分の職務に戻っていった。