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オーバーリミット  作者: 柊木隼人
第二章:双子の王子
25/32

其の二十四 開催

現在は6月16日の午前6時。

毎年のことだがこの時期になるといるのだ。

いや、より正確に言うのなら、このような催し物がある時に、である。

「ううぅ……、緊張で眠れなかった」

レクリナは自室のベッドから這い出る。

時間はまだ6時。部活動すら今日は休みだというのに彼女はそれでも立ち上がる。

昨日連絡があった。それは母からの連絡。

以前から分かってはいたことだが、彼女の弟と母親が見に来るのである。

連絡とはもちろんこちらに着いたという連絡だ。

「はぁ……、私が出るのは四日目だけど、こんな調子じゃ明日も眠れないかもなぁ」

これじゃ折角の練習も無駄になっちゃう。

ええい!それだけは避けねば!気合入れろ、私!

レクリナは自分の頬をぱちぱちと叩く。

ちょっと外にでも行こう。朝の爽やかな空気に当てられればきっと憂鬱な気分も晴れるはず!

寝巻きから制服に着替える。

今の彼女にはそんな動作ですら面倒なのだが、なんとかしてきっちり着替える。

あんぱんを口にくわえ、左手には牛乳パック。そんな姿で寮の自室のドアを開ける。

長い廊下はしんと静まり返っており、やはりまだ誰もいない。

一階に下りるまでもそんな様子で、やはりまだ生徒は誰も起きていないらしい。

寮の出入り口である自動ドアを通り、寮の裏にある丘に足を運ぶ。

朝焼けは昇ったばかりなようで、寮の影から出たレクリナの目に強い刺激を与える。

「ん……。眩し……」

思わず目を瞑る。

丘の木々に若干遮られているとは言え、陽光はほぼ一直線にレクリナの目を目指してくる。

そして、そこには彼女が予想だにしなかった光景があった。

よくあることなのだ。

それは緊張か興奮かの違いだろう。

彼は朝焼けに向かって立っている。

その手には藍色に光る聖剣が握られていた。

聖剣を持って朝焼けに立つ姿はまるで本物でも見ているような感覚に陥る。

彼の伝説の王、星の聖剣の担い手。

見たことなどもちろんないが、それでも何となく解る。

それは最早再現だろう。

事実目の前の光景はそれ以外には見えなかった。

「ランス」

レクリナは彼に話しかける。

彼は声に反応してレクリナに視線を向けた。

「おお。なんだ早いな。お前も興奮で眠れなかったか?」

「一緒にしないで。こっちは緊張で寝付けなかったってのに」

「そうか。俺は楽しみで仕方なかったぜ!」

ランスリットはそう言って笑って見せる。

レクリナは大きく身体を伸ばしていく。

「うー……--……ーん。はぁ」

「身体慣らしておけよ。そうした方が動きやすいぞ」

「私は二日目よ。クライスと一緒にね」

「そうか。俺は一日目と六日目だ」

それから少し間を置いてレクリナは言う。

「今のランス、なんだかアーサー王みたいに見える。もうかなり前の話だし、実際見たこともないけれど、それでもそう見える」

「そんな大層なものになんてなった覚えはないな。まあ、確かに今俺が持ってる剣は似た力があるし、エクスカリバーはこの剣のイメージの大本にもなってる。でもこれは俺のオリジナルだ」

「そうね。ただそう見えたって話よ」

レクリナは近くのベンチに腰を下ろすと再びあんぱんを食べ始める。

左手に持った牛乳を飲む。

ランスリットは大きな欠伸をひとつ掻く。その手に持った剣は藍色の光に包まれて消える。

「はぁ~あ。流石に眠いな。でも一晩中体動かしたんだ。今日の夜はぐっすり眠れるだろ」

ランスリットはレクリナに軽く手を振りその場を後にした。


----*----*----


「本番5秒前!4!3!2!1!」

そのカウントダウンの終わりが告げるのは開始だった。

「皆さ~ん!おっはようございま~す!」

三つのアリーナに突如として現れるホログラム画面。

そこに映る活発な少女の声が画面越しにアリーナ中へ響き渡る。

その声に呼応するようにアリーナの観客席を埋め尽くす生徒たちが沸き立つ。

「さあ!今年もやって参りましたランキングトーナメント!今から開会式を始めたいと思います!開会式の司会はワタクシ、生徒会副会長のライカ・カスタートでお送りします!」

首の後ろで結った髪を大きく揺らしながら名乗る。

その姿はまるでアイドルか何かだ。

そして彼女は笑顔を絶やさずに言う。

「では、開会式なので学園長にご挨拶を頂きましょう。学園長どうぞ」

画面の向こうにいるライカが手を伸ばして指し示した方向には白髪の男が立っていた。

「どうも。ブレッド・アリステイルです。いつもは僕も忙しいんだけど、今回は休みが取れてね。学園長としてもイベントやるごとにいないんじゃ申し訳ないし。そういうことだから今回は僕も楽しませてもらうよ。怪我しないようガードエリクサーはしっかり飲んでおくこと。以上」

ブレッドは学園長にしては簡潔な言葉を残して画面から消えていった。

学校のトップとして他に言うことは無いのかと不安になる生徒すらいるくらいに簡潔な言葉を残して(その生徒というのは刹葉なのだが)。

「ではお次に我らが生徒会長からのお話でーす」

ライカの声の後に登場したのは紫色の瞳を持つ男だった。

他のどの特徴よりもその瞳は惹き付ける力を持っていた。

そんな男が話し始める。

「えっと、生徒会長のリード・ミスト・カチュアです。今年もこの時期がやってきました。戦略、技術、単純な力押し、どの方法でも構いません。兎に角勝て!それがルールだ!」

彼は力強くそう語る。彼の瞳がその言葉に余計に重みを大きくする。

この学園で最も聡明な彼を生徒たちは畏怖の感情を込めてこう呼ぶ。

“創造主”と。

「はーい。生徒会長ありがとうございました!では皆さん、そろそろ時間ですよ~。第一回戦は今から30分後です。尚、学園内にいれば自分のエリクサーからいつでも中継を見られますよ~。選手は控え室に移動してね。では現時刻を以ってランキングトーナメント開催です!」

その声と共に三つのアリーナで歓声が沸きあがる。

こうして数日間に亘って行われるランキングトーナメントが開催された。

予想などできるはずもない。

このトーナメントが以降語り続けられることになるなどとは。


----*----*----


「始まったな」

ランスリットは微笑む。

待ちに待った大会だったのだ。彼の心は沸き立っていた。

しかし、そんなランスリットに水を差すものが一人。

「それよりもランスの場合は来月のテストの心配があるんじゃないですか?」

「それを言うなよ刹葉……」

桐無刹葉。中性的な顔立ち、それなりに高い身長、丁寧な口調、そしてそのどれよりも印象的な特徴、それは色の違う瞳。

彼の瞳は右が黒く左が碧色の虹彩異色症オッドアイだ。

その落ち着いた姿勢からはある種の年季すら感じられる。

「刹葉は今日出るのか?」

「いえ、僕はトーナメントには参加しません」

「え?何で?」

「僕の立場上の問題ですよ。今年は出場しないで運営としての仕事を覚えるんです」

「……そう言えばお前は生徒と同時に学校の職員だもんな」

彼には身寄りが無く、学園長に頼み込んで職員として働いているのだ。

実は学費が帳消しになる制度があり、刹葉はその条件もクリアしているのだがそれも断って働いている。

学園長もその理由には納得しているので問題は無いが。

「じゃあ今日は俺以外には誰が出るんだ?お前と新鳳シンフォン以外は知らないぞ」

「今日は詩音うたねとシア、それとアレイブが出るはずですよ。僕もそろそろ仕事が始まりますし、控え室に行きましょうか?」

その問いに対する答えなどは当に決まっていた。

刹葉もその答えが出ると知っていたように微笑み、黙って席を立つ。

そうして二人は興奮で騒がしい観客席を出て行った。


控え室は観客席とは違い張り詰めたような緊張感が場を支配していた。

トーナメントは午前と午後で組まれており、午前はB~Sクラス、午後はC~Eクラスで分かれている。

そして一番初めの対戦はSクラス同士の戦い。

最初からクライマックスにも程があるが、抽選はランダムなので何も言えないのだ。

「うぅ……。一回戦緊張するよぉ……」

「そんな調子で大丈夫なの?シオン」

若干涙目になっている黒い髪の碧眼少女にオレンジの髪を持つ低身長の幼女はそんな言を投げ掛ける。

「大丈夫よ。シオンなら勝てるわ。まあ油断はしないことね」

「……うん」

「お邪魔しまーす」

声の主はランスリットだ。

彼はすぐに二人に気付いて近づいて行く。

「よお。シオンは一回戦の初戦だってな」

何も知らずにそんな言葉を掛ける。

うぅ……、プレッシャーが……

こんなんで試合したらどうなっちゃうんだろ。

きっと負けちゃうよね。相手はあの風守かざもり君だし。

「大丈夫ですか、詩音」

彼女にとって馴染みの声が聞こえる。

その声の主は詩音がそちらを向くよりも早く彼女の頭を撫でる。

「刹葉」

「詩音はこういうのあんまり慣れてないんでしたね」

彼女は子供の頃は自分の屋敷にこもりきりだった。

そのためにこういう場には未だ不慣れなところがある。

「確かに風守は詩音と同じSSランクの生徒ですが、今の詩音なら勝てますよ。余裕で」

「余裕で!?」

「ええ、余裕で」

自信満々に刹葉は言い切る。

何が彼に確信させているのかは分からないがそれでも彼は言い切った。

何も心配することはないと。

「……うん。刹葉が言うなら間違いないよね!頑張るよ!」

先ほどまでへこんでいた詩音を立ち直らせた刹葉の手腕にランスリットとシアが感嘆の声を発する。

とまあそんなこんなしているうちに時間はもうすぐというところまで進んでいた。

「さあ、詩音。時間ですよ。行きましょう」

「うん!」

詩音は刹葉と共に控え室を出て行く。

残されたランスリットとシアはとりあえず一旦試合があるにも関わらず控え室に姿が無いアレイブに連絡を取ることにした。

ランスリットが自分のエリクサーからアレイブに呼びかけてみる。

「うん?どうしたよ。ランス」

思いの外すぐに出た。

「お前も今日試合だろ。今どこにいるんだよ」

「ああ、ちょっとな。今手が離せないんだ。試合には間に合わせるよ」

アレイブはそれだけ言ってすぐに通信を遮断する。

遮断された方は意味が分からず首を傾げる。

「一体何なんだよ」


----*----*----


「さて。こりゃどういうことだろうな」

アレイブは一人、控え室までの廊下の陰で一通のメールを読んでいた。

それは以前からラストールに頼んでおいたとある資料。

ラストールの専門資料だった。

「……おかしい。何でだ……?」

ラストールから送られてきた資料に書かれている事項にはアレイブが知るあるはずのものが無かった。

その代わりに彼自信が知らない事項が二つ。

計六つの事項が書かれていた。

おかしい。思ってたのと違う。

でも緋宮先生は専門家だ。にわか知識しかない僕とは違う。忘れるわけがない。

一体どういう……

その瞬間、アレイブはある考えに行き着いた。

そしてその口角を緩める。

「じゃあ刹葉と詩音はもしかしたら……」

アレイブはエリクサーをポケットにしまって控え室へと向かって行った。

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