其の二十三 そしてそれはようやく動き出すのだった
ちょっと遅れてしまい申しわけないです。
今回で第一章完結となります。
今までありがとうございました。
次回からは第二章の幕開けです。そちらもどうぞよろしくお願いします。
それは七年前の話。
タガカリア。そこは王家が政治を行う王政の国。
その年、王に子供が生まれた。
問題のある子供が。
茶髪で元気が良く、人の話をしっかり聞く。
問題は双子であることだった。
彼らは良く容姿の似た双子で見慣れなければ一目では見分けられないほどで、能力にも大差は無い。
そうなると王はいよいよどちらを王にすればいいのか分からなくなっていった。
そんなある日一人の男が王にある提案をした。
「ここに二つのエリクサーがあります。片方は未来を担う力を、片方は民に勇気を与える力を入れてあります。この王のエリクサーと切り札のエリクサーで判断するのはどうでしょう」
王はその提案を受け入れ、エリクサーに判断を任せた。
王のその判断が英断だったか、あるいは愚考であったのかは分からない。
ただ結果として、王のエリクサーに選ばれたのは双子の弟だった。
それからというもの双子の弟は兄の一枚上を常に行くようになった。
兄は何をやろうと弟に絶対に勝つことは無く、何故自分は弟に勝てないのかと自問自答する日々が続く。
そして兄弟が14歳のある日、兄は五大国の中心部へ行く決意を固め一人電車に乗った。
国なら弟が何とかやってくれるだろう。ならば自分は世界を見に行こう。
自分の知らない世界へ。そして帰って弟に土産話でも聞かせてやろう。
自分に出来ることはそれくらいだ。
王の資格を失った兄として、せめて弟が知ることが出来ないものを……
兄はそう考えながら列車の中で眠りについたのだった。
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「……まさかあんなことが。回避は出来ないんですか?」
刹葉の質問に彼女は首を振る。
あそこまではっきりと視えていると難しいと付け加えて。
解決屋でも無理はある。
未来を視たところで必ずしも原因が取り除かれるわけではないのだ。
「あれはあたいじゃダメなんだ。鍵は別にあると思うよ。大丈夫!絶対に当たる未来なんて無いんだよ!」
そう明るく振舞ってみせるが刹葉にも詩音にも、その表情が強張っているのが分かった。
自分の占いで人の死を視たのは初めてなのだろう。
しかも回避は難しいと来ている。自信がある分不安も大きいのだ。
「僕たちはもう行きますね」
二人は静かに部屋のドアを開ける。
刹葉は部屋から先に出てすぐのところで立ち止まり詩音を待つ。
詩音はミナノに向き直って、
「何かお手伝いできることがあれば連絡してください。力になりますので」
「ああ。あんたらSクラスには期待してるよ。あたいにはこれはどうすることもできない。数が多ければ誰かがあの子を助けられるかもだしね……。礼を言うよ」
そうして二人は部屋を出て行く。
誰もいなくなった部屋でミナノはひとり、考える。
どうすればいい?
どうすれば助けられる?
今まであたいの占いに死の予告が出たことは無かった。
いつかはぶち当たるだろうとは思ってたけど、こんなに早くだとは思ってなかったし、何より原因が分からない。
七星には古来より“死亡フラグ”という言葉が伝わっている。伝承によれば、それは死ぬ前に立つものであるらしいし、見た目は旗だとされている。
その“死亡フラグ”とやらは特定の条件を満たすと折れるという。
でも、本当にそんなものがあるのだろうか。大体、人が死ぬ時にそんなものが見えたという証言など聞いたことも無いし。
渡るにはあまりに貧弱な橋ではなかろうか。
占いではそんなものは見えなかったし、こうなったら占いで探すか。でも自分を占うことはできないし……
「あ、そうだ。校門前で見る人全員を占えばもしかしたら」
そう決まったら善は急げ!
ミナノはいつものローブを身に纏うと校門へ向かって行った。
校門前、ローブを纏ったまま出てくる生徒を一人ひとり視界に捕らえていく。
だが、どれもこれも外ればかりで、どうにも不毛な気がして仕方ないのだ。
彼女の近未来の運命を見通す占いの目を以ってしても鍵となる人物が見つからない。
しかし、今の彼女には待つ以外に思いつく選択肢が無い。
そうして待ち続けること二時間。ひとりの男子生徒が彼女の目の前を通った。
確かに感じた。あの生徒は確かに鍵だ。
そう解った途端ミナノは全速力で走り出していた。
「待てえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「ええ!?ちょ、何!?」
彼からすれば恐ろしいだろう。いきなりローブを着た人が全速力で自分を追ってくるのだから。
男子生徒も全力で逃げる。それをミナノは全力で追いかける。
男子生徒の身体能力は高いようで段々と二人の距離は離れていく。
「待って!あんたが鍵なんだ!頼む!待ってくれ!」
「訳わかんねぇこと言うな!」
「頼むから話を聞いてくれぇ!」
男子生徒はいきなり急ブレーキをかけて振り返る。
ミナノもようやく足を止める。膝を抱えて息を切らす。
「はぁっ、はぁっ……。何で、逃げるの……。はぁっ、はぁっ……」
「いや、自分の姿を見てから言おうぜ。ローブ着た怪しい人物だからさ、今のアンタ」
言われてようやく気付いたのか慌ててローブのフードを下ろす。
「あたいはミナノ、ゲンジ・ミナノだ。“解決屋”って呼ばれてる。あんたに頼みがある」
「頼みぃ?自分で解決できるから“解決屋”じゃなかったのかよ」
「あたいには無理なんだ。あんたしかできない!力を貸してくれ、ランスリット・L・ハイント!」
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場所は変わり、二人は近場の喫茶店に足を運んでいた。
「で、話は何だよ。聞くだけ聞いてやる」
言ってランスリットはコーヒーを一口飲む。
ランスリットの言葉を聞いてミナノはゆっくりと口を開いた。
「ああ、ことの始まりは少し前になる。あたいはいつものように適当に生徒を選んでは簡単な占いを行っていた」
「適当にかよ。お前それ最悪訴えられたら勝てないぞ」
「そしてあるひとりの子を占った時、その先の運命を視た。あの子は数日のうちに死ぬ」
「俺の話はスルーかよ……って、何?誰が死ぬだって!?」
あまりに突飛な言葉が飛び出したのでランスリットはミナノに思わず聞き返す。
それにミナノは首を縦に振った。
どういうことだ?誰かが死ぬ?それってグレイドの襲撃が近いうちにあるってことか!?
でも近いうちっていつだよ。いつグレイドが攻めて来るって?
いや、そもそもそんな話が信じられるのか?こいつの全くのデタラメだっていう可能性は無いのか?
一つ試してみるか。
「アンタの占い、本当に起こることだって証拠はあるのか?俺はいまいち信じ切れない。だから……」
「証明しろってことだね。あたいの占いの力を」
ミナノはランスリットを見つめる。穴が空きそうなほどに。
うわ、何コレ……
自分で証明しろって言ったけど、結構緊張するなぁ。なんか恐い結果が出ちゃったらどうしよう。
「あんた、タガカリアの王子なのか」
「!!!」
ランスリットが一瞬で凍りつく。
占いって、過去占いかよ……
試そうなんて思わなきゃよかったなぁ……
「……あーあ。ばれちまったなぁ……」
「未来と過去を占うのはあたいの得意分野なの。ごめんな。他言はしないからさ」
彼女は到底思わなかったのだろう。彼の秘密を覗くことになるなど。
しかしランスリットはこう言う。
「いいや、誰かに知られた以上はもう隠す意味なんて無いからな。別に喋ってもいいよ」
まあ、出来るものならしておきたかったけど。今はそれどころじゃない。
「確かに過去を占う力は本物だな。じゃあ、今度は未来を占ってもらおうかな~と思ったけど、それじゃ間に合わないかもしれないしな……」
「それなら今は話だけ聞いてくれればいい。話だけを聞いた上であたいの未来占いが当たれば信じる気になるだろう」
「だな。よし、話してくれ」
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「はぁ~……」
ランスリットはひとり喫茶店からの帰り道を歩いていた。
結果的に彼はミナノに協力することにした。
ただ協力するのはその占いを受けたという生徒が承諾した場合のみらしい。
「生きようとしなければ助けられないか……」
ランスリットは何となく釈然としない自分に少しながら苛立ちを覚える。
そんなことでいいのだろうかと考えてみるが自分では答えには行き着かない。
何か別のことを考えることにする。
ミナノの未来占い。彼女の占いが正しければもうすぐ会うことになる。
「ランス、ですか?」
「……本当に来た……」
刹葉だ。ミナノの占いの通り。
ミナノの占いでは、帰り道に刹葉に会うという結果が出ていたのだ。
これでいよいよ彼女を信じなければならなくなった。
「丁度良かった」
「え?丁度良かったって、何かあるのか?」
「ええ、実は渡したい物があって……」
言って刹葉は自分の制服の胸ポケットから何かを取り出す。
それは白い石のペンダントだった。
「何コレ?」
「お守りです。僕のですが、しばらくお貸しします」
ランスリットは意味が分かずにそれを受け取る。
刹葉はランスリットにそのペンダントを強く握らせ、
「ミナノさんから話は聞きました。けど、僕には嫌な気がしてならない。兎に角このペンダントを持っていてください。僕が持っている唯一人に貸せる物です」
「あ、ああ」
刹葉の勢いに押されてペンダントを受け取る。
「じゃあ、ありがたく受け取ろうかな。ありがとな、刹葉」
「いえ、もうすぐトーナメントも始まりますし、頑張ってくださいね」
「おう!」
何だかよくは分からないけど、頑張れって言われたからには頑張らないとな。
ランスリットは刹葉から借りたペンダントに目を向ける。
角がなく綺麗な白い石が使われているペンダント。
それには何故か持っているだけで何かが出来そうな、そんな気を起こさせる何かがあった。
何が起ころうと超えていけるだろう。
まずはトーナメントだ。それをやり抜こう。
きっとここがスタートラインなのだろう。
なら一歩を踏み出せばいい。
「よっしゃ!やってやる!」
そうして時間は過ぎ、その日は訪れる。
たった数日の出来事。しかしそれは幾つもの出来事。
望むべくもなく、それはやってくる。
第一章 完