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オーバーリミット  作者: 柊木隼人
第一章:国立ベール学園
21/32

其の二十 他称王様のデートプラン

「よし!」

イノアはお気に入りの靴を履いた。

いつも着ている制服とは違う新しい私服を着て外に出る。

イノアがこんな風に着飾るのにももちろん理由がある。

ちゃんとした服で行かなければ恥を掻かせてしまう。

他ならぬ彼女自身がそう思っているのだ。

しかし彼女は気付いていない。自分の心が何時になく弾んでいることに。

「行ってきます!」

イノアはそう言って自分の部屋を出て行く。

栗色のツインテールが風でなびく。

玄関からは無言の召喚獣が見送る。

それに手を振るとイノアはエレベーターを待ち切れず階段を下りていった。


----*----*----


「あ!」

待ち合わせ場所である駅前の広場には既にその人がいた。

お待たせしてしまっている!

そうイノアの頭に浮かんだ時には足はもう全力を出していた。

「あ、また全力で走ってる。おーい!そんなに走ったら危ないぞ!」

“王”の忠告は届かない。

イノアは全力のまま彼に近づいて行く。

そして、

「あっ!」

道の小石にすら注意を払えないまでに彼女は夢中で走っていたのだろう。

躓いたイノアの視界がスローモーションになる。

エリクサーを使っていてもこれでは召喚が間に合わない。

そんな状況でも手は差し伸べられた。

「おおっと!」

その手は彼女の体を軽く抱え上げそれでも尚バランスを崩すことなくしっかりと地に足をつけている。

「大丈夫か、イノア?」

優しい声がイノアの耳に届けられる。

眩しい空を見上げて返事をする。

「はい。ありがとうございます、ランスさん」

そこにはいつも通りのランスリットがいた。

髪は相も変わらずツンツンで茶髪、そしてこれまた変わらない笑顔を見せる。

「その服可愛いな」

「あ、ありがとうございます」

不意に服を褒められて心臓の鼓動が大きくなる。

「よし。じゃあさっさと行こうぜ!」

イノアはランスリットの手を取って立ち上がる。

そして手を握ったままランスリットは走り出した。

今回は以前買い物の付き添いをしてもらった礼がしたいと言ったイノアにランスリットが取り付けたものだった。

ランスリットは彼女には内容を一切教えず『ただ出掛ける』としか言っていなかった。

故にイノアはこれから何をするのかは何も知らない。

「これからどこに行くのですか?」

イノアは問う。

しかしその問いに対する答えは返ってこなくて、ランスリットはただイノアに笑顔を向けるだけだった。

イノアの過去にこんな経験は全く無かった。

一体これから何が始まるのか。予想しようにも彼女には前例が無い。

少しの不安とそれより大きな期待がイノアの心の中を満たしていた。


まず彼らが向かったのは、

「ここは……ゲームセンターなのですか」

「そうだ!」

そう自身満々に答えるが、イノアは全く理解していなかった。

何を理解していないのか。それは当然、

「何をしにここへ?」

今日出掛けた目的がイノアには全く見えてこないのだ。

そんな質問の意図も知らずにランスリットは答える。

「遊びにだ」

イノアはその答えにも目的を見出せなかった。

ランスリットはそんなイノアに一言。

「俺のデートプラン、ダメか?」

その言葉にイノアは無言でランスリットを見つめる。

は……?

ぽかんと口を開ける。

「えっと……イノア……?」

声は届いている。ただすぐに反対側から抜けているが。

「イ~~ノ~~ア~~」

ランスさんとデート、ランスさんとデート、ランスさんとデート、ランスさんとデート、ランスさんとデート、ランスさんとデート、ランスさんとデート、ランスさんとデート、ランスさんとデート、ランスさん、デート、ランスさん、デート、ランスさん、デート、ランスさん、デート……----

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

イノアは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

彼女は驚愕しているのだ。

もちろん現状に。

イノアには当然過去にこういう体験をしたことはない。一度も。

「ちょっと待ってください!まだ心の準備が~!って言うか王が配下とこんなところで遊んでいるなんて見られたらどうするんですか!?」

いや、配下って……

ランスリットも予想以上の反応をされ困惑している。

「いや、俺ここではただの学生だからさ」

だからここまで来たってのに、こっちでまでこんな扱いだなんて。

大体……

「俺とお前は今は友達だろ?俺はお前が好きだからやってんだ」

ランスリットはイノアの頭を撫でる。

イノアは抵抗せずにそれを受け入れる。

初めてのこととは言えあんなにも同様してしまった自分が今になって恥ずかしい。

「じゃあデート再開といきますか!」

イノアの手を掴みランスリットはゲームセンターの中に入って行った。

……そしてその後ろに怪しい影が幾つか。

「……ねぇ、あれってやっぱりデートよね?」

「……ああ、まさかランスが女の子と一緒にいるなんてな」

新鳳とシアは少し遠くからその光景を見ていた。

二人は別に最初から一緒だったわけではなく、さっきそこで偶然会っただけなのだ。

二人とも日曜日で暇を持て余して私服で街をぶらついていた。

何か面白いことがあるかと思いきや二人集まっても暇であることを変えることができなかった。

そこに今この状況に遭遇したのである。

これを見て何もせずに帰る二人ではない。

「よっしゃ!俺たちも行くか!」

「OK!面白いことになってきたー!」


二階の音楽ゲームコーナー。

「……」

イノアには初めて見るものばかりだった。

彼女の実家は田舎までとは言わないが都会のような遊びの場が少なく、こういったものをあまり知らないのだ。

「見たことないのか?」

ランスリットに言われてイノアはようやく自分が目移りしていることに気が付く。

知らないうちに期待が高まっていく。

いつの間に期待してたんだろ……

「そっか。じゃあ見せてやるよ」

言ってランスリットはゲームにコインを入れた。

「音ゲーか。ランスのヤツ、アイツなりに考えてるんだな」

新鳳はランスリットたちの後ろからこっそりと覗きながら呟く。

ゲームセンターで赤い髪に派手なアロハシャツとオレンジの髪に淡い水色のジャケットなど目立つことこの上ないはずなのだが、二人は気付いていないようだ。

「どうかしらね。でも確かに意外ではあるわ。前に『格ゲーで優勝したことあるんだぜ』とか言ってたし、てっきりそっちに行くかと思ってたわ」

シアにもランスリットの行動は予想外だったらしい。

二人は一体ランスリットを何だと思っているのだろうか……

そしてそんな二人に気付いた者がいた。

「……」

「……」

気付いた者は二人だった。

片方は黒い薄手の上着にGパンというごく普通の一般人の少年、もう片方は深い緑色のYシャツを着た金色の髪と瞳を持つ貴族出身の少女。

二人は物陰から覗いている新鳳とシアを見つけたのである。

「ねぇ、あれってSクラスの……」

「ああ、ヒョウ新鳳シンフォンとシア・アーカイプスだな。何やってんだ」

そのあからさまに怪しい二人を見つめながら彼女らは近寄ってみる。

そしてその後ろから二人が見つめる先に視線を送る。

その先には衝撃の光景が広がっていた。

「……ぁぁ……ぁ……あ、ランスリット・L・ハイント……?」

クライスの呟きに前で見ていた新鳳とシアが振り返る。

そして二人は流れるように後ろに回り込み素早く口を塞ぐ。

「ダメよ、大きな声出しちゃ!」

シアの言葉の意味はすぐに理解できた。

二人はゆっくり一度だけ大きくうなずく。

それを確認したシアと新鳳は二人の口を塞いでいた手をどけた。

「あなたたち、この前刹葉とランスの模擬戦の時にいたEクラスの……」

「そうよ。で、一体あれは何?」

レクリナは物陰からランスリットとイノアがいた場所に指を向ける。

シアはニヤニヤとしながら、

「何って、デートにしか見えないわね。少なくとも私には」

少しの補足を入れて答える。

クライスは予想通り過ぎる答えにため息しか出ない。

「何のためにこんなことをしてるんだよ、全く」

言ったクライスの肩に新鳳は右手を乗せ、

「そんなの、面白いからに決まっているからじゃないか!!」

活き活きとした瞳を向けて爽やかに言い切った。

クライスは少し刹葉や詩音を尊敬した。

こんなレクリナと同じような思考回路の人間を毎日複数相手にしてるのか……

そう同じ思考回路である。

レクリナはシアの手を取って真剣な眼差しで一言。

「私も一緒に連れてって!」

次の瞬間にはレクリナとシアの手は固く結ばれていた。

レクリナも決心したようだ。全力で楽しむ、と。

「付き合ってらんねぇ……。俺帰るぞ」

クライスが階段に向かおうとすると、上着の裾に重みがかかる。

その重みの正体は手で、その手が誰の手であるかは彼の想像に難くない。

「アンタも行くのよクライス!」

レクリナはクライス上着の裾から手を離し瞬時に彼の腕を掴み引っ張った。

結局またこうなるのか……

また俺はコイツにこうやって連れて行かれるんだ。

いつもみたいに……

「分かった!分かったよ!逃げないからもう離せ」

分かってるじゃないとニコニコしながらレクリナはその手を離す。

「よし!じゃあ仲間も増えたことだし、観察を続けようぜ!」

「そうかよ。あと、どうでもいいけど……」

クライスは先ほどレクリナが指差した場所と同じ場所を指差す。

「もうアイツらいねーぞ」

クライスがそう言った瞬間に彼らは飛ぶようにゲームセンターを後にした。


----*----*----


「おい!どうしたんだよ!?急に走り出して!」

イノアはランスリットの手を取って走っていた。

体力があるわけでもないのにイノアはランスリットを引いて走る。

理由は簡単。シアたちの存在に気付いたのだ。

このままじゃ邪魔される!折角のランスさんのデートプランが台無しになっちゃう!

「あれ?どうした」

先ほどのゲームセンターからかなり離れた街道で急にイノアの足が止まる。

やっぱりこれってデートなんだよね……

そう考えるとまた顔が赤くなってくる。

「おい!ゲートだ!逃げろ!」

その声に気付いて二人は辺りを見回す。

そしてそれは確かに存在した。

黒く渦巻いている魔方陣型のゲート

広く開けている街道の中心に出現したそれは中から異形の化け物を吐き出し始める。

「おーおーよくもまあこんなにもゾロゾロと出てきたもんだよ。俺たちがいるってことも知らないで」

ランスリットはポケットからエリクサーを取り出し自分の身体にねじ込む。

それとほぼ同時にランスリットの手に中に藍色の光が溢れ両手に剣が握られ、六機のビットが展開される。

「出て、グランゲイル!キリアスヘイム!」

イノアの目の前に2体の召喚獣が出現する。

白い短パンと白いパーカーのいつものヤツと、黒い羽を生やした鎧だった。

「グランゲイルは街の人の避難を優先、終わり次第戦列に加わって!」

「了解。オイシイ役はオメーに差し上げます、キリアスヘイム」

言うとグランゲイルはその場から街の人たちの救出に向かう。

次にイノアはキリアスヘイムに、

「キリアスヘイム、やっちゃって!」

「任務、了解しました。キリアスヘイム、攻撃を開始します」

黒い鎧は高速で空へ飛び上がり、空中から銃で弾幕を張り始めた。

ランスリットはうじゃうじゃと出てくるグレイドを見て口元を緩める。

「さて、軽~く運動でもしますかぁ!」


----*----*----


同時刻。

「全くどこに行ったのよ~!!」

シアは悔しがっていた。

折角の面白イベントを逃がしてしまったのだ。

「何で見てなかったの!?」

「俺に言うなよ!最初から俺は興味無かったんだから!」

レクリナはクライスの胸ぐらを両手で掴み、クライスに問う。

いつものことなのでクライスも気にしない。

「あ~あ、ランスの応援ができるかと思ったんだけどな~」

新鳳はガクッとうな垂れる、がその口角は上がっている。

コイツデートを覗き見て応援するつもりだったのか?

クライスはズレた新鳳の感覚に疑問を持つ。

実際は冗談で言ったのだが、生憎誤解を生んでしまったらしい。

「まあ、冗談は程々にしておきなさい。見失ってしまったんだし、もう帰りましょう」

シアがようやくまともな発言をする。

それに新鳳とレクリナが返事をして、クライスがため息をついて。

それで終わろうとしていた。

しかし……

「あれは!」

クライスがいきなり声を上げる。

その視線の先には……

黒い門。しかもかなり大きい。軽く100体はグレイドを排出しそうなくらいだ。

「実体型のゲートだ!早く行かなきゃ!」

「待った!」

新鳳がクライスの肩を掴んで止める。

クライスは少し苛立ちながらも振り返る。

そこには先ほどまでとは全く違う瞳をした男が立っていた。

「俺にはそんなおおきなゲートは見えない。でも、お前には分かるんだな?」

質問の意図を察してクライスはうなずく。

「あなたたちだけでそんなに多くのグレイドが倒せるとも思えないし、私たちの腕の見せ所じゃない?」

言ってシアは自分にエリクサーを挿す。

レクリナも既に決めているようだ。

「……こっちだ。付いて来てくれ」

クライスもエリクサーを体内に入れ走り出した。

巨大なゲートがある方向へ。

ランスリットたちとは逆の方向へ。


今回は早めに書き終わり、予約投稿といった形になりました。

実は友達との賭けに負けて今月は3回更新することに。

なのですぐにでも次に取り掛からないとなんです。

さてさて次回は波乱の予感。一体彼らはどうするのか?

活躍の場が少なかった新鳳とシアの戦いっぷりにご期待あれ!


……嘘です。期待しないで待っててください。

絶対に期待しないでください。

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