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オーバーリミット  作者: 柊木隼人
第一章:国立ベール学園
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其の十九 過去と現在

学園長ブレッドから新たな通達もとい指令を聞いたのが先ほどの話。

彼らは既に解散しそれぞれの赴くままに散って行った。

その中で二人、詩音と刹葉は寮の一室である詩音の部屋に居た。

「……刹葉……」

時計の針は3時頃を指し示す。

詩音はベッドの上に座り刹葉は床の上に正座する。

別に詩音は何も言っていないのだが刹葉は綺麗な正座を見せる。

「別に普通に座ってもいいよ?」

詩音はそう言うのだが刹葉は、

「……いえ、僕はこれで……」

静かにそう言った。

数秒の沈黙の後、詩音が口を開く。

決して軽くは無い。が、それでも知らなければならないと彼女は思っている。

何があったのか。それを彼女は彼自身に問いかけねばならない。

「刹葉……」

「……はい」

彼も答えるつもりはある様子だ。

ここまで来たならもう聞くしかない。

「刹葉は三年前の戦争で死んだの?」

沈黙が流れる。

三年前。それは刹葉が戦争に送り出された年。

たった一ヶ月で大量の死者を出したあの戦争。

彼女は確かに彼の戦死の報告を聞いていた。三年前のあの日に涙を流した理由だった。

「懐かしいですね。あれからもう三年も経ったんですか」

少しの前置きの後、一度深呼吸する。

「いずれは詩音に言わなければならないと思ってました……。お話します。全て。あの時に起こったことを」


しまった。この距離では避けられない。

敵の兵士の一人に巨大な砲身を構える者が居る。

その大きさは人と大して変わらないほどだ。

ああ、ここで死ぬのか。

詩音はちゃんと生きてくれるだろうか。

そう思った刹葉の頭の中に声が響く。

「お前が望むなら助けてやるぞ」

声は一言そう言った。

何故だろうか。時間がゆっくりと流れている気がする。

僕は今どうなっているのだろう?

「どうするんだ。早くしろ」

僕は……生きたい。

どうしようもなく生きたい。

僕にはまだやることがある。それをやるまでは死ねない。

だって僕は詩音と約束をしたのだから。

必ず生きて帰ると。僕を救ってくれた恩人に。確かに。

「俺の要求は身体だけだ。俺の身体。俺だけの身体。お前が手伝うと言うなら助けてやる」

少年は心の中で叫んだ。

構わない!生きていられるなら!

「……いいぜ。助けてやる」

目の前の砲身から光線が発射される。

光はこちらに向かってくる。あと数センチ。

視界は光からずれて平原の外の森を見つめる。

そして……


気が付くと刹葉は森にいた。

振り返ると先ほどの巨大な砲身が別の方向を向いておりその先の一部に広がる焦土には誰もいなかった。

何が起こったのかは理解できた。自分にそれができるのは当然である気がした。

しかし何故当然であるかは解っていない。

「……これは一体……?」

「なんだ、お前何も知らないのか?」

声が再び聞こえる。

その声は“驚いている”らしく刹葉に色々な質問を浴びせる。

「じゃあ、俺が今までずっとお前の中にいたことも知らなかったのか?“ゼロ”のことも?」

今までずっと?『ゼロ』?

一体何を言っているんだ。僕には解らない。

刹葉はただ困惑するだけだった。

「……知らないのか。なら知らない方が幸せなのかもな」

一体どういう意味だろうか。僕にはやはり理解できない。

この声は一体何なのだろう。

考えてみたものの答えは一向に出ない。日も落ちかけている。

一旦七星の部隊まで戻らなければ……

少年は走る。

戦場に来るまでにはいつも車で移動していた。

景色を眺めていたために道のりは覚えているが、その道の長さも知っている。

急がなければ夜までに間に合わない。

少年は走った。走った。

自分は生きている。そのことを伝えなければ。

自分が戦わければいけない。そうしないと今度は……

「君は、桐無刹葉、だね?」

白髪の男が少年に問いかける。

夕闇に紛れ、暗い木の影から男は少年を見つめる。

彼は肯定する。

男はそれを確認すると刹葉の頭を軽く撫ぜた。

「ついて来るんだ。君はもうこちら側の人間だからね」

少年が疑わなかったのには理由がある。

その男はあまりに有名だったからだ。

唯一つ気がかりだったのはその男は既に死んでいたということだった。

ついて行った先は今までとは違った場所。

自陣であることには間違いない。しかし不可解なことがある。

先ほどの男同様ここにいる人間は皆死亡したはずの人間だ。

白髪の男が口を開く。

「ようこそ。“死者の部隊”へ」


「その“死者の部隊”こそが生きている僕が死亡扱いになっていた理由です」

刹葉が話し終えると詩音はベッドを降りて自らも床に座り込んだ。

そして笑顔で、

「良かった。刹葉は死んでなかったんだね」

その頬を一筋の雫が流れる。

「本当はちょっと同じ顔をした別人なんじゃないかって思ってた。確かに双対眼セイ・クウィルを持ってるけど、それでも何かが不安で、もしかしたら今噂になってる“複製クローン”じゃないかとか考えちゃって……」

少女は俯きながらその黒い髪を垂らす。

涙が次々に溢れ出る。

彼女の顔はもうくしゃくしゃだ。

「詩音……」

刹葉は目の前の少女を抱きしめる。

しっかりと、その存在を感じながら。

「大丈夫です。僕はここにいますから。もう離れません。ずっと近くで守りますから」

抱きしめたままそう言った。

ああ、こんな時にすら僕はこの人の中に踏み込めないのか……

でも、それでいい。僕はこの人を守れれば。

この人が幸せであってくれるなら。

彼はそこで一つの記憶を掘り出した。

そう言えば、彼も“複製”だったっけ。


----*----*----


同時刻、学園近くのとある道。

「グランゲイル、薙ぎ払うのです」

イノアに命令されるままグランゲイルはグレイドを一掃する。

グレイドたちは胴体を二つに千切られるもは声すら上げずに地面に落ち消えていく。

そしてすぐにそれは消えていく。跡すら残さずに綺麗に。

イノアは小さなため息をついた。

最近グレイドの動きが少々活発化してきている。

それでもまだLevel0やLevel1が出没する程度だが、更に活発化するようならLevel3や4の出現もあり得ると言われている。

「話には聞いていたのですが、やはりグレイドの動向が少し怪しいみたいなのですね」

イノアは何もいなくなった道を歩き出す。

グランゲイルはイノアの後ろについて歩く。

「しかし、先ほどからこちらを見ている輩はどうするってんだよ。主よ、どうする?」

グランゲイルは振り向かずにイノアにそう伝える。

イノアもそれにうなずく。

イノアとグランゲイルの後ろには一人の人の気配がする。

誰なのかまでは判らない。

もし万が一こちらに敵意があるのなら判断を誤ってはいけない。

実質敵意が無いとも言い切れないのが現実である。

グレイドの中には人間の姿を取る者もいるのだ。

「おい!アンタ!」

後ろから声がする。

確かに気配の主からだ。

イノアとグランゲイルはそれに振り返る。

「お前、“エース”だな」

そこには背の高い金髪の少年がいた。

その少年はイノアにゆっくりと近付く。

「貴方は“ジャック”!何故ここにいるのです!?」

シャイナはイノアの頭に手を置く。

「相も変わらず小さいな、お前は」

「ちょ、頭を撫でないで欲しいのです!」

イノアはシャイナの手を振り払い少し距離を開けて睨み付ける。

シャイナはイノアに手の平を向け宥める。

「元気そうだな。何よりだ」

「貴方も相変わらずなのです」

シャイナはハハハと笑い飛ばす。

が、次の瞬間に突然真面目な表情になった。

その顔にイノアも少し緊張する。

「お前はまだアイツ以外に“王”がいるって言うのか?」

シャイナは先ほどとは違った低いトーンで話し始めた。

イノアは真っ直ぐにシャイナを見据える。

「もう少し前のイノアなら『いるかもしれない』と答えたと思うのですが、今なら断言できるのです。イノアが探していた“王”は確かに実在したと……!」

「……!」

シャイナはきっと予想だにしていなかったのだろう。イノアがここまではっきりと肯定することを。

元々は同じグループのエリクサーだったのだ。

自分が定めた“王”と彼女が定めた“王”。

シャイナは何とも皮肉めいたものを感じていた。

「お前がどうあろうと俺は俺の“王”に付き従う。お前とは敵になるかもしれないな」

彼はそれだけ言って去って行った。

イノアはその背中を睨み付けながら踵を返す。

「あの“ジャック”が敵にならないことを祈ろうじゃん。主よ」

グランゲイルは意味深な言葉を残して消えていったのだった。

またまたギリギリとなってしまいました。

いやぁ、危ない。

まあでもちょっとずつ物語は進んでいますのでご安心を。


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