其の一 前触れ
放課後。
彼女は誰もいない教室にいた。
授業が終わってからまだ一時間も経っていない。
彼女は自分の席でボーッと考え込んでいた。
そしておもむろに制服のブレザーの右ポケットから、携帯端末兼≪人類最高の兵器≫を取り出した。
待ち受け画面を引き出し、データボックスに入っている画像を眺めてため息をついた。
「シオン。なにしてんの?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
彼女は驚きのあまりに大声をあげた。
「そんなに驚くことないじゃない」
彼女の目の前には短いオレンジ色の髪の少女が立っていた。
「シア。驚かさないでよ」
彼女は目の前にいる親友にそういった。
盛大に驚いた彼女の名前は篠月詩音という。
黒髪が背中のあたりまで伸びた少女である。
その透き通った碧い両目は七星の人間の特徴であり、彼女のトレードマークでもある。
普通の七星の人間は彼女ほど透き通った色ではない。
なぜ『シオン』というあだ名が定着したのかは彼女の名前に使われている文字を見れば一目瞭然である。
そして盛大に驚かれた彼女はシア・アーカイプス。
身長139cmというまさに少女といった感じの少女だ。
詩音は153cmなので、実に14cmの差がある。
なので、詩音の身長がこれ以上伸びようものなら「並んで歩かない」と言っているらしい。
『幼児体型』の模範に近い容姿である。
「なんでそんなに驚くのよ。まさか彼氏の写真見てたなんて言わないよね」
シアの指摘に詩音はあわてながら答えた。
「そ、そんな。か、彼氏なんて。べ、べ、別にそんなんじゃ……なくて」
彼女は頬を赤くした。
しかも、もじもじしている。
詩音の反応を見てシアは突き詰めた。
「じゃあ、今見てた写真は何?」
すると詩音は顔をさらに赤くしながらこういった。
「あ……えと……その……、お……幼馴染よ……」
その答えと表情からシアは一つの結論に達した。
と言っても詩音のこのデレッぷりを見れば親友のシアでなくてもわかってしまう。
「…………シオン…………好きなのね」
シアの的確すぎる指摘に詩音は一瞬完全に固まってしまった。
「あえ!?うぇ……そのあの……えっと……」
シアが机に手を着き更に迫った。
「……うん」
詩音はしぶしぶ白状した。
シアは親友の恋の発覚と隠し事の下手さ加減に自分で聞いていて恥ずかしくなっていた。
隠し事が下手なのは以前から知っていたが、ここまでだとは思っていなかったのだ。
シアはこれ以上は追求すまいと思ったのか、話題を変えることにした。
「ねぇ、シオン。仮面買いに行かない?」
シアのその提案に詩音は今日が何の日なのかを思い出した。
「そう言えば、今日は仮面祭だったね。私もまだ買ってなかったな」
詩音は背中まで伸ばした黒い髪を揺らしながら席を立った。
「じゃあ、買いに行こう」
シアがそう言って先に歩き出した。
詩音もシアの後ろについて歩き出す。
二人は教室を後にし、学園の外に向かって行った。
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「すいません。アリーナ使いたいんだけど、空いてます?」
受付係の女子生徒に茶髪の少年が問いかける。
「ハイント君、最近よく使うわね。関心するわ」
女子生徒がそう言いながら手元のアリーナの予定表を見た。
「えーっと、今日は……。ごめんなさい、使えないわね」
予想外の答えに茶髪の少年は思わず身を乗り出した。
「えーっ!使えないんですか!?」
身を乗り出す少年に女子生徒は理由を話し始めた。
「第二アリーナはもう他の生徒が使っててね。第一アリーナは転校生のクラス振り分け試験中なの」
理由を聞いたら納得したらしく、茶髪の少年はおとなしくなった。
「まあ、それなら仕方ないですね。転校生の試験じゃあなぁ……」
彼はそのまま落ち込んでしまった。
茶髪のツンツンヘアーの彼の名はランスリット・L・ハイント。
この学園では認知度がかなり高い。
なんと言っても上級生の実力者を今までで12人も倒してしまったのだ。
彼の強さは折り紙つきである。
そしてアリーナの受付の女子生徒はリサーナ・シーライブと言う。
アリーナの受付は体育委員会が行っており、彼女は今月の当番である。
彼女もそれなりの美貌をもっており、彼女が担当する月は他の月より利用者が多い。
ちなみに、アリーナは基本的に月曜日と木曜日に使用できる。
断られて五分、ランスリットはようやくここで気になる単語が聞こえたことに気付いた。
「って、転校生?こんな時期に?」
今日は5月15日。
いくら遠路はるばる学園まで来て入学式に間に合わなかった生徒でも4月には生徒寮に入れるはずなのだ。
この時期は流石に遅すぎる。
「そうなの。入学に遅れた一年生かと思ったら、連国の高校からのリアル転校らしいよ」
ランスリットはそれを聞いて驚いた。
「ええっ!」
リサーナもそれにうなずきながら話し続けた。
「私もびっくりしたわ。この時期に転校なんて」
ランスリットは自分を落ち着かせながら質問した。
「その転校生、どのクラスになりそうですか?」
正直彼が一番気になるのはそこだった。
リサーナが答える。
「そうね。彼、かなりの実力だったから……低く見積もってもBクラスって所ね。」
その答えにランスリットは興味深そうな表情を浮かべた。
「へぇ……。それはなかなか……低く見積もってBならAはほぼ確実なんじゃないですか?」
ランスリットがそう言うと、リサーナは不敵な笑みを浮かべた。
「あら、低く見積もってと言っても最低でもって意味よ。もしかしたら……有り得るかも知れないわ」
その言葉にランスリットはとてつもない衝撃を受けた。
「え……。それって……まさかそんな……Sクラスに来るって言いたいんですか」
リサーナは真面目な顔になった。
「可能性は高いって噂だけど」
なんということだ……。
「今年は多すぎません?」
これをこの男が言うのか……と言わんばかりの表情をリサ-ナはしていた。
上級生を12人も倒したこの一年生が……。
「ほんと、今年の一年生には驚かされるわ。20人もSクラスに合格したのに……」
実際のところこの数は今までにはない驚異的な数字だった。
一番多かった年でも13人しかいなかった。
それを今年の20人は塗り変えてしまったのだ。
試験の評価はもちろん全員がSランク以上だった。
その中でも3人、最高評価であるSSSランクを獲得した者がいる。
その中の一人がこのランスリットである。
「お疲れ様でした」
第一アリーナから出てきたのは話題の転校生だった。
「お疲れ様。試験はどうだった?」
ベール学園は一日でも早く授業に参加させる為、転校生の試験の結果は終わった後すぐに伝えられる。
「SSSランクでした。明日からSクラスに転入です」
今年の一年は伝説的なクラスらしい。
「更に2人かあ。一年Sクラスは恐ろしいわね」
聞き捨てならなかったのはランスリットだった。
「はぁ?待ってください先輩。2人ってどういうことですか?転入生は彼ひとりじゃ……」
リサーナは不思議そうな顔をしてランスリットを見た。
「え?誰も1人しかいないなんて言ってないわよ」
その会話に介入してきたのは転入生だった。
「俺も転入するのは俺だけだと……まだいたんですね」
そこでリサーナは彼らにお互いを軽く紹介した。
「あ、こっちはランスリットっていうの。現在一年生で最強の生徒なの。あなたのクラスメイトよ。そして、こちら転入生の氷新鳳。知っての通り転入生」
そのとき、二人の頭に予感にも似た何かがよぎった。
「友情の花は咲く場所を選ばない!」
二人は意識するより早く互いの手を握っていた。
この転入生、氷新鳳はリサーナと本人が言っていた通り明日からSクラスの一員である。
燃えるような赤い髪が特徴的な童顔の少年である。
身長は140cmあるかないかといった所だが、本人は楽観的で全く気にしていない。
「で、もう一人って一体誰なんですか」
ランスリットが話を戻した。
「俺もそれ気になります」
新鳳がランスリットの疑問に乗っかる。
二人に急かされリサーナは話し始める。
「あの子はねぇ。真っ黒な髪をしてたわ。身長は結構高かったかしら」
ランスリットは首を横に振って聞きたいことを聞いた。
「で、名前は?」
リサーナは何かを思い出すように唸りながら、大して記憶に留めなかった名前を絞りだした。
「えぇっと……確か名前は……」
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篠月詩音とシア・アーカイプスは買い物に来ていた。
場所は学園からほど遠くないアーケードだった。
「なかなかいい仮面見つからないな……」
そう言ったのはシアだった。
「そっちはどう?いいのあった?」
シアの質問に詩音が答える。
「ううん。見つからない」
二人は今日の仮面祭で使う仮面を買いに来ていた。
仮面祭とは、この地域の山寺で毎年行われている祭りである。
その山寺で祀られている像が仮面を被っていることから由来する。
昔は豊作なんかも祈願されたらしい。
「私、お祭りって初めてだなぁ」
詩音が楽しそうにそう言った。
ベール学園は全寮制で、生徒には一人ずつ部屋が与えられる。
遠くからわざわざこの学園まで来る生徒もいる為に設けられたと言われている。
詩音とシアはこの地域から少し離れた場所に実家があり、その地域では祭りなどはやっていなかったのである。
「へぇ。私は何度か行ったことがあるわ」
シアは今から三年近く前に詩音の住んでいた町に引っ越して来たのだ。
「ねぇ、お寺ならいいの買えるかも。屋台もそろそろ出る頃だろうし」
詩音の提案で二人は山寺に行くことになった。
「…………聞いていい?」
道中で話を切り出したのはシアだった。
「うん」
詩音は応答する。
「でも彼とは、三年前離れて以来会ってないの。連絡も全くないし、どこにいるかもわからないのよ」
しばらくの沈黙。
沈黙を破ったのはシアだった。
「その幼馴染の名前は?」
詩音は親友にその名前を教えた。
「っくしょん」
近くで誰かのくしゃみの音が聞こえた。
詩音は反射的にその方向に振り向いた。
そこには彼女にとって懐かしい姿があった。
どうも柊城です。
どうでしょう、第一話です。
なんだかとてつもない不安です。
悪い所は直しますので、どんどんアドバイスください。
感想もお待ちしてます。