其の十八 覚悟はあるか
「俺はかつてある研究所で発明されたシステムにバグとして意思が発現したものだ」
刹葉の姿を借りたそれは刹葉のものとは違う笑いを見せる。
不気味に、純粋に、屈託なく笑う。
「……バグ?」
詩音は彼に聞き返す。
彼が言っていることは理解し難い。それはランスリットも同様の様子だった。
一体それは何なのか。
「経緯を一から説明すると長いんだが、一からでないと分かりにくいだろうしな……。それに俺がこの身体を動かせる限界も近いことから……」
何やら一人でぶつぶつと呟き始める。
詩音は先ほどから常に警戒を解こうとはしない。
目の前に存在するのは“刹葉”ではない“誰か”だ。
見た目は完全に同じだが、コレが敵で無い保証は無いのだ。
何よりもランスリットとの戦闘でその力は確認済みである。普通なら警戒は当然かもしれない。
しかしランスリットは違った。
警戒するどころかいつの間にか手ぶらになっている。
彼のその行動は余裕からなのか、それとも警戒する必要性を感じていないのだろうか。
詩音にはそれは解らなかった。
「ちょっと、いきなり飛び出して行ってどうしたのよ」
シアはそう言って詩音の肩を叩く。
それだけではない。観客席に居た全員が集まってきたらしい。
詩音が観客席から何も言わずに出てきた為だろう。
「何があったの?」
詩音はシアの質問には答えずその先にある光景を凝視し続ける。
しかし後から来たアレイブたちは誰一人として理解できていない。
状況が飲み込めているのは異変を察知した詩音とそれを聞かされたランスリットだけだ。
「ん~どうにも悩んだって仕方ねぇな……。手っ取り早く質問に答えよう。ただし三つまでな。時間がもう少ない」
黙っていた口が再び開きそんなことを言う。
いつもの彼の口調と違う話し方でシアたちもようやく異変に気付く。
そして疑問を抱く。これは誰だと。
「まず一つ、貴方は刹葉にとって何なの?」
詩音が質問を口にする。
彼はこう答える。
「刹葉にとって俺は力の一部であり、最後の行き着く先だ。刹葉が死んだ時、俺がこの身体の所有権を得る」
詩音は間髪入れずに次の質問を浴びせる。
「二つ、貴方は何が目的なの?」
「俺の目的は自分で動かせる『身体』だ。刹葉は俺に身体を探すと言った。だから俺はコイツに力を貸す。言わば協力関係だ」
言っていることは全く訳がわからないが、兎に角時間は無いらしい。
最後の質問を口に出す。
「三つ、貴方は、つまりは何者なの?」
その質問を聞いた瞬間、彼はニヤリと笑う。
まるで嘲笑うかのような、そんな笑い。
「ここまで聞いてアンタがそれを聞くのか?どうも解ってないらしいな」
仕方ないと言わんばかりに彼は口を開く。
「つまりは俺がアンタら二人のシステム。『インフィニティ』と『ゼロ』の意思だろうが。俺はエリクサーにデータを分断され移動される時に発生したバグなんだよ」
自分はエリクサーの意思であると。
そんなことをさらりと言ってしまう。
理解できていないのは詩音だけではなかった。
システムに意思などと言う不似合いな言葉を彼は自ら被せそれを認識している。
ある程度の事情を理解しているシアたちならまだしも、Eクラスのレクリナとクライスに至っては『ゼロ』と『インフィニティ』の存在すら知らないのだ。
完全に会話について行けていない二人を置いたまま会話は進む。
「貴方がエリクサーの意思?そんなこと……大体エリクサーに意思なんて無い」
「いいや、知らねぇだけだろ」
詩音の否定はいとも簡単に跳ね除けられる。
彼は身体を大きく伸ばしながら、
「じゃあ、俺はもう時間だから。後のことは刹葉に聞いてくれ」
すると彼の気配は一瞬で消え去り、すぐにいつもの刹葉に戻る。
刹葉はゆっくりと目を開けると、
「……えっと……。聞いたんですよね?彼から」
その問いに簡単に首を振る者は居なかった。
それでも刹葉にはその沈黙は十分な答えだった。
「……やっぱりバレちゃいましたか。彼と入れ替わるんじゃなかったな……」
少年は苦い笑顔を覗かせる。
彼のもう一つの人格が言った言葉はこの反応から察するに事実なのだろうと彼らは理解した。
エリクサーに人格が在る。今までに一度ですら聞いたことが無い事例だ。
「……説明、できる?」
詩音は刹葉に問う。
刹葉は重い口を開く。
「僕から説明しよう」
後ろの方からそう声がした。
その声に彼らが振り返るとそこには学園長であるブレッド・アリステイルがいた。
彼はいきなりの登場でその場の視線を自分に集めてしまった。
注目が集まったところでブレッドは口を開く。
「まず、この情報は現在国家機密レベルの極秘事項だと言うことを念頭に置いて欲しい」
『国家機密』、『極秘事項』。
その言葉だけでことの重大さを彼らは理解した。
実質彼らは学生とは言え国に育てられている軍隊である。
この学園に入る時に五大国の秘密に関わることもあるかもしれないことは誰もが承知していた。
そしてそれが危険なことであるかもしれないことも。
「君たちが僕の説明を聞けばグレイドとの戦いの最前線にいることになる。全てを忘れて逃げるなら今のうちだ。若い君たちが命を賭けるべきじゃない」
言って彼は少年少女たちを視界に捉える。
彼らはまだ未来のある若者である。戦うことが決まっているとは言え、無為に命を捨てるような輩では無いはずだ。
少なくともブレッドは学園で教師にそれを一番に教えさせていた。
現状では拮抗していても長い目で見れば人間は勝てる見込みがある。
今その見込みをたった一つの情報で潰す訳にはいかない。
「……は……なるんですか……」
小さく発せられたその声はブレッドには届かなかった。
ブレッドが何かと聞き返すと今度は聞き取れる音量で、
「刹葉はどうなるんですか……?」
詩音は確かにそう言った。
「この情報を持ってきたのは彼だ。必然的に最前線で戦ってもらう他無いだろう」
事実この情報を仕入れたのは刹葉本人だ。
そして刹葉とこの情報を知れば全体の指揮に影響がでる可能性も出てくる。
しかし詩音はそれでも、
「私は知りたい。刹葉がどうなっているのか。刹葉が一人で背負うなら私も背負います。刹葉を一人にはしません」
ブレッドの予想は見事に裏切られた。
だが、理解できなかった訳ではない。
ブレッドにも大切な人はいるのだ。
「他の皆はどうだい?これを聞く気はあるのかな?」
ブレッドの問いに首を振る者など居なかった。
「友達を一人で危険な目に合わせるヤツなんてここには居ませんよ」
アレイブの言葉になるほどなと呟く。
しかし、
「ダメです!知ったら本当に戻れなくなる……。最後にはもっと酷い真実が潜んでいるかもしれない……」
刹葉にとってそれは避けたかったこと。
ここに来て刹葉は内側のバグと入れ替わったことを後悔し始めた。
あの時、絶対にダメだと断っていれば……
「……刹葉。私は刹葉と一緒にいちゃいけないかな?」
その声はいつもより少し低いトーンだった。
刹葉は詩音の顔を覗き込む。
その表情は少年の知っているものだった。
いつか昔、彼女は悲しいことがあると決まって笑顔を見せていた。
猫が死んでいたのを見た時も、母親と喧嘩した時も。
悲しいはずなのに彼女は努めて笑顔を見せていた。
でも悲しんでいることはすぐに判ってしまう。
何故なら詩音はその笑顔を見せた後、必ず目に涙を溜めて泣いてしまうからだ。
それを見て尚否定することは刹葉には難しいだろう。
そこで彼は発想を切り替えた。
「僕も、皆と……詩音と一緒にいたいです」
そう思うからこそ刹葉はその選択をしたのだろう。
刹葉は目の前にいた詩音を抱き締める。
「!!!???」
刹葉は肩を掴んだまま離れ、
「僕が皆を護ります。ついてきてくれますか?」
その目には緩やかな覚悟が見て取れた。
「くくく……あっはははははははははは!!」
ランスリットがいきなり笑い出す。
刹葉はそれを呆然と見つめ、どうしたのかと問う。
「俺がお前に護られる?自分の身くらい自分で護れるっての」
理由はそんな単純なことだった。
刹葉は開いた口が塞がらない。
ランスリットに続いてアレイブが、
「お前が護るべきはそこにいるお前のパートナーだろ」
と言う。
「まあ、そのパートナーは熱出しながらうわ言を言ってるけどね」
レクリナに言われて刹葉は視線を詩音に戻す。
そこには顔を真っ赤にしながら何かを呟いている詩音がいた。
「うわあぁ!ちょっと詩音!?どうしたんですか!?」
「……刹葉……が……ぎゅって……」
それを見て刹葉は取りあえず熱を冷まそうと水道を探す。
が、アリーナの中には水道は無い。少なくともアリーナの外に出なければ。
「しっかりしてください!」
「……ふ……ふふ……」
刹葉はあたふたしているとシアが二人の間に介入し、
「シオン!しっかりしなさい!」
と軽く頬を叩く。
詩音はようやく我に返り、
「……はっ!だ、大丈夫……だよ!」
まだ少し顔が赤いが何とか意識を取り戻した。
「えっと……説明していいかな?」
彼らの茶番にブレッドは終止符を打った。
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「さて、じゃあ話そうか」
ブレッドは話を切り出す。
「まず、この話の問題点だ。それは『エリクサーに意思がある』というところだ。もしこの意思に反抗することが可能なら。そしてその意思で身体を強制的に乗っ取ることが可能なら……。
刹葉の身体の中の意思には反抗する気は無いみたいだが、一人に起こったことなら他のエリクサーに起こる可能性も0ではない。
エリクサーにシステムが必要不可欠である以上、その可能性は避けられない。そんな危険性を孕んでいると知られればエリクサーを使う人間に不信感を与え、戦いに支障を来すかもしれない。だからこの情報は国家機密なんだ」
それを聞いて講義をしたのはクライスだった。
「そんな危険を何故秘匿にするんですか!?即刻エリクサーの使用を止めさせるべきです!」
ブレッドは当然講義も予測していた。
この事実で発生するであろう反対意見の一つとして。
もちろんそれに対する意見もある。
「なら君は他にグレイドに対する対抗手段を持っているのかい?彼らの身体は魔力でしか破壊できない。その魔力を生み出せるのはエリクサーだけだ。その唯一の武器を捨ててしまったら人類は滅ぶ以外に無いんだよ」
分かりきっていることだった。グレイドの身体は魔力でしか傷つかない。
だからエリクサーを手放すわけにはいかない。
「でも、自分が自分じゃなくなるなんて……!」
クライスの言いたいことは全員が解っている。
だが、どうしようもないのだ。
「だから一刻も早く決着をつけなければいけない。君たちが強くなってくれればそれだけ犠牲を出さずに済む」
ブレッド自身もエリクサーの使用者だ。
十分にその恐怖を理解している。
「でも、何とかならないことはないだろ!」
新鳳の前向きな言葉が彼らの耳に届く。
そう、やるしかないのだ。
「……」
僕は必ずグレイドを全て倒す。そして詩音を護りきる!
僕の力があればきっと……!
刹葉はそう心に誓った。
さて、ようやくです。
ここからどうなるかが自分でも楽しみで仕方がありません。
よし!さっさと次書いちゃおう!
ではまた次回にお会いしましょう。