其の十七 システムのバグ
5月31日の土曜日。
現在の時刻は12時50分。
先日、刹葉とランスリットが再戦の約束をしてから数日が過ぎ、今日はその当日である。
刹葉は既にアリーナの中にいた。
「……」
『なぁ、俺にも戦わせろよ』
アリーナの中心で刹葉はただ立っている。
「……」
『なぁ、いいだろ?この前来たヤツじゃ満足できねぇよ。アイツ、強いんだろ?』
「……」
刹葉は風に吹かれながらも立ち尽くす。
何もせずに。
『なぁ、頼むよ!この通りだから!』
「……はぁ」
刹葉は一つため息をつく。
それはまるでしつこい友人に頼まれて根負けしたかのような。
……というよりまさに“それ”である。
『仕方ないですね。じゃあ、戦闘が始まったら合図します。それまでは大人しくしててくださいね』
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同時刻。
ランスリットはアリーナの受付にいた。
「どうも。刹葉来てます?」
今日も受付で働くリサーナはその問いに笑顔で答える。
「ええ、来てるわ。それにしても大人数ね」
「ええ、まあ」
ランスリットの後ろにはいつも通りのメンバーに加え、Eクラスの二人も来ていた。
「何でか付いて来ちゃって……。まあ皆興味もあったらしいので」
実際この学園ではよくある話である。
Sクラスともなれば多い時はチケット制、生徒会の会長と副会長の時はそのチケットに値段まで付けられたほどだ。
今回の刹葉とランスリットの場合は知られていない為人数が少ない。
偶然広まらなかっただけの話だ。
「そりゃ当然見物でしょう!二人がいつの間にそんな仲になったのか!」
「新鳳、見るとこ間違ってるわよ」
新鳳が履き違えている趣旨をシアが素早く正す。
いつもの調子と全く変わらず呑気な彼らにはSクラス同士の戦闘を見られることの運の良さが自覚できていないようだ。
「ランス、こんなイベントを僕らに黙っておこうなんて愚かしいじゃないか」
アレイブに続いてそうだそうだと言う声が一斉に発生する。
ランスリットにはなだめることも難しいようだ。
「ほら皆、早く観客席に行くよ」
詩音は今回の観客を観客席に誘導し始める。
シオンがいて助かったな。
ランスリットはそう思いしみじみと感謝しながらアリーナに入って行った。
「……」
これはチャンスだ。
もしかしたら刹葉の魔眼が見られるかもしれない。
緋宮先生からの資料はまだだけど、何かヒントがあれば……
アレイブは意識しないうちに拳を握っていた。
僕はお前を超える。
必ずだ……ホークアイ……
ランスリットがアリーナに入った時には刹葉は既にそこにいた。
「こんにちは、ランス」
刹葉は黒い髪を風で揺らしながら言う。
辺りにはただただ草原が広がる。
≪草原≫ステージ。
優しい風が吹き、青い空が広がる心和むステージである。
このステージは人気が高く観客席も芝生である為いつの間にか寝入ってしまう人も少なくない。
「早いな。まだ5分前なのに」
ランスリットは自分の左手首に在る接続部にエリクサーを差し込む。
藍色をしたエリクサーは接続部に吸い込まれるように消えていく。
ランスリットはゆっくりと歩み寄る。
「では、始めましょうか」
刹葉の手から黒い光が溢れ出す。
その光は大きな円錐を形作っていく。
刹葉の身長よりも少し長いその武器を彼は地面に垂直に突き立てた。
……彼の口元がニヤリと緩む。
ランスリットの両手にも藍色の光が溢れている。
左手の光は小さな剣の形に変わっていく。
「俺の第五の剣は回避の剣。ランベルって言うんだ」
ランスリットは左手の短剣を持ち上げる。
「俺も本気で行くからな」
「嘘……」
詩音は酷く驚いていた。
“それ”を見たのは実に4年は前だったからだ。
そして“それ”は彼の……
「シオン?どうしたの」
シアは詩音の顔を覗き見る。
「刹葉が槍を使ってる……」
詩音は小さくそう呟く。
「何か問題あるの?」
シアには当然のように浮かんだ疑問を口に出す。
ただ、彼女にとっては大きなことだった。
何故なら、
「刹葉が槍を出して負けたこと、一度も無いの。ランスが怪我しなきゃいいけど……」
ランスリットの右手の光は更に強くなっていくが、まだ形作るには時間が足りない。
刹葉は地面に突き立てた槍を引き抜く。
槍の先を後ろに向け彼はそのまま突進してくる。
来る!
ランスリットが攻撃に備えて剣を構えた。
刹那。
彼の攻撃はランスリットの眼前に迫っていた。
彼の横薙ぎの一撃を間一髪で避ける。
「くぅっ!あぶねぇっ!」
ランスリットは後ろに大きく飛び退いた。
たった一瞬で距離を詰められた。10mは離れていたのに……
ランベルの反射神経強化が無かったら食らってたな。
たった一瞬でも視線を逸らせばまた同じように接近される。
そう考えたランスリットは彼から視線を離さないように視界に捕らえ続ける。
彼は巨大な槍を持ち上げ再びランスリットを正面に見据える。
そして……
「!!」
決してランスリットは余所見をしていた訳ではない。
それどころか瞬きすらするのを忘れていたのだ。見逃すはずがない。
それでもそれは起こった。
ランスリットが間違っていたのはその対処法。
それは見続けていたからと言って回避できるものではなかったのだ。
彼は一秒すら必要とせずにランスリットに接近していた。
今度は上からの攻撃。大きな槍はランスリットの頭上から迫ってきた。
ランスリットは身を低くしながら横に飛んで避ける。
そんなのアリかよ!?アイツ、空中に足場を作るだけじゃなく瞬間移動の能力まであんのか!
始まって数十秒でランスリットは劣勢を強いられていた。
ランスリットに残る可能性は……
「第六の剣、コバルトヴルッフ」
右手の光が新たな剣を形作る。
控えめではあるが存在感のある金の装飾。深い藍色に光るその刃はまさに伝説の聖剣だった。
剣は周りから光を少しずつ集め始めた。
「この剣は俺の出せる剣で最強の剣だ。いくら速くても光にはついて来られない」
光は刀身の周りを縁取り、やがて刃の全体が光で覆われる。
ランスリットはコバルトヴルッフを振り被って走り始めた。
たった一撃。それだけ当たれば良かった。
「うおぉぉぉっ!!」
一閃。
ランスリットの剣は縦に直線を描いて落ちていく。
が、
「……」
彼は黙ったままでそれを止めた。身動き一つ取らずに。
彼は何もせずに一瞬だけコバルトヴルッフを止めたのだ。
ランスリットは地面を強く蹴って思い切り後ろに跳んだ。
信じられねぇ!あれを止めるだと!?
コバルトヴルッフは刃の周りで光の粒子が光速で回転してるんだぞ!
粒子の数が大してあるわけじゃないから熱量も多いわけじゃないが、それでも触れればほとんどのものは真っ二つだろ!?
彼が一撃を止めたというのは受け止めるには少々重い事実だった。
だが、だからこそ彼はこう考えた。
コイツと闘えばもっと強くなれるのではと。
「……」
詩音は違和感を感じていた。
それは目の前で闘っている彼にである。
その動きから癖に至るまでの何もかもがいつもと違う。
理由は解らない。だが、彼女には違うという根拠がある。
まだ付き合いの日が浅い周りの者たちでは気付かない違い。
詩音はその意味を考え始めた。
「モード投槍」
円錐形だった槍が変形し穂先が小さく尖った投げに特化した形状に変化する。
彼はそれを上に投げ飛ばした。
ランスリットはコバルトヴルッフとランベルを構えながら走り抜ける。
彼は思い切り飛び上がり走ってくるランスリットを目掛けて投げ飛ばした槍を蹴った。
槍はものすごい速さでランスリットに真っ直ぐ向かって行く。
ランスリットは槍をコバルトヴルッフで弾き返し後方へ飛ばす。
「モード長柄槍」
彼の手には既に槍が握られていた。
先ほどとはまた違う形。穂先が少し大きく近接戦闘に向いた形状になっていた。
二人の武器が激しくぶつかり合う。
互いに互いの動きを読み合い、それを凌駕せんとする。
それはまさに決闘に近いものだった。
「ちょっと待って!」
その声に戦闘は中断を余儀なくされる。
二人はその声の主に目を向ける。
そこに立っていたのは詩音だった。
詩音はゆっくりと彼に近づく。
「彼方、誰?」
唐突にそう口走る。
「おいシオン!観客席からいきなり降りてきて何を訳のわからないことを……」
「どこから気付いてた?」
ランスリットの声を遮って彼は言った。
「闘いの途中で気が付いたの。多分最初に槍を地面に突き刺した時から入れ替わってたのね。彼方にはいつもの刹葉の癖が無い。動きだって別人。同じなのは姿だけ」
詩音はもう一度彼に尋ねる。
「答えて。彼方は誰?何者?刹葉はどこ?」
彼女は真っ直ぐに彼を見つめる。
目の前の少年はため息をついて、
「俺は確かに刹葉じゃねぇよ。今この体は俺が使わせてもらってる」
その言葉をランスリットは信じられなかった。
先ほどまで闘っていた人物が刹葉じゃなかった。
ならば今まで自分は誰と闘っていたのか。
「俺に名は無い。誰かと問われれば、『ただのシステムです』としか答えられない」
システム。
影響を及ぼし合う要素で構成されたまとまりや仕組みの全体を指す言葉。
彼は自身をそれだと言った。
「俺はかつてある研究所で発明されたシステムにバグとして意思が発現したものだ」
どうも一周年を迎えました。
柊城隼人です。
若干遅れましたが更新させて頂きます。
最近はテストやってますがそんなのはお構いなしに小説書いてます(笑)