其の十五 それは一体なんなのか
「俺も魔眼のひとつ、破壊眼の所有者だ」
ラストールの瞳には紅い色の中心から三つに割れた三角形、それと同じく紅い色の歯車が浮かび上がっている。
「破壊眼……」
アレイブはその瞳を真っ直ぐ見つめる。
存在を前にしただけで威圧感を感じるそれは正体を知らない者にとっては大きな脅威になる。
一体どれほどの力なのか。
彼の興味を引くのにそれは十分過ぎる魅力を持っていた。
「見てみるか?」
「!」
ラストールの言葉にアレイブはいち早く反応する。
願ってもないチャンスだ。
「お願いします」
アレイブは自分の欲求に従った。
それが何なのか、どうすれば手に入るのか。
武器になるなら……グレイドを倒せるなら……
「君たちも見るなら一緒に来るかい」
ラストールはソファーに座っている二人の生徒に視線を向ける。
二人はお互いに顔を見合わせ意思を確認し合うとソファーを立ち上がった。
「私たちもお願いします。何かヒントがあるなら掴みたい」
ラストールはその答えに笑顔を見せる。
「よし!じゃあ庭に出ようか」
「じゃあアレイブ、Gエリクサーを飲んでこっちに来てくれ」
ラストールに言われアレイブはガードエリクサーを飲み前に出る。
ラストールはエリクサーを左手の甲に挿し少し長めのナイフをその手に握った。
「行くぞ」
「はい」
ラストールは勢いをつけることもなくアレイブの下腹部を軽く切りつける。
ダメージもあまりなく、ガードエリクサーの魔力残量も大きく減った様子ではなかった。
レクリナとクライスには何をしたのかすら全く解らなかった。
たった一撃、それもかなり浅い。
「……」
これが一体何だと言うのか。
アレイブすら意味があることを理解してもその意味を理解することはできないでいた。
突然ラストールが口を開く。
「今俺はお前に傷をつけた。それは魔力によって作成された武器で触れられたということだ」
「そう、ですね……」
「つまりお前には今、俺の武器によって俺の魔力が痕跡となって付着している。ごく微量ではあるけどな」
アレイブは呆然と立ち尽くしその言葉に耳を傾ける。
「……?」
レクリナとクライスには全く解らないようではあるが。
「まあつまりは……」
ラストールがそこまで言いかけた時、
「!!!」
刹那。
大きな爆発音と共にアレイブが後方に吹き飛ぶ。声にならない断末魔がアレイブの喉から出かける。
「……!?」
言葉も出ない二人はただ目の前で起きたことを認識するだけで精一杯だった。
「先生……今、一体“何”を……?」
二人には何も見えなかったのだ。
ラストールは動かなかった。何か特別なことをすると予想していた為に目を離さなかった。
であるにも関わらず、アレイブは強力な衝撃を受け吹き飛んだ。
彼が“何をしたのか”すら彼女たちには見えていなかったのだ。
「これが俺の破壊眼だ」
ラストールはクライスの質問に答えるように視線を向けて言った。
今のが魔眼?
有り得ない。
あんな攻撃を生身で受ければ確実に死んでしまう。
圧倒的にもほどがある。
「いってぇ……もう少し手加減してくれてもいいんじゃないですか?」
アレイブは小言を吐きながら歩いて戻ってくる。
「悪いな。だが魔眼の能力が少しは解ったんじゃないか?」
「まあ、そうですね。オートシールドがあの一瞬で完全に消失しました。魔力はほぼ十全だったのに」
これほどの能力があればLevel7のグレイドにだって対向できる!
アレイブは大きな確信を掴んだような気がした。
彼は口元に笑みを浮かべる。
それに意識は全く無かった。
「僕に付いた魔力痕を目印にしてそこに特別な魔力の塊を飛ばしたんですね」
「ご明察。流石だ。そして魔力をお前の魔力痕の近くで爆発させた。魔力はキッカケさえあれば何にでも化けるからな」
アレイブの鋭い指摘にラストールは笑みを返す。
もちろん笑えるような話題ではない。
「でもこんなすごい力、一体どうやって……?」
レクリナはひとつの疑問を浮かべる。
一体どうすればこんな力が手に入るのか。
単純だが最も大きな謎である。
「それがよく分かっていないんだ」
ラストールは苦笑いしながら頭を掻く。
「研究していても誰がいつ覚醒するか分からない。特定の状況下で覚醒するとか諸説はあるけど決定的な決め手がどれも無いんだ」
三人は一斉にため息をついた。
ここまで見せられて肝心の手に入れる手段が分かりませんでは誰でも肩を落とすだろう。
ラストールの顔からも笑いが消える。
「……先生を責めても仕方ありませんね」
「物分りが良くて助かるよ、セリス」
ラストールはレクリナの発言に胸を撫で下ろす。
専門の研究所であるが故にあまり責められたくないところだったのだろう。
「じゃあ先生、あと二つの魔眼についてお聞きしてもいいですか?」
アレイブは新たな質問を切り出す。
ずっと気になっていたことでもあった。
何故その二つだけ省かれたのか、何故過去に所有者が少ないのか。
それだけで特別なモノであることは確かだ。
「ああ、あの二つはな……」
「ラル!」
ラストールの声を遮って別の声が彼を呼ぶ。
「綾奈?」
声の主は先ほど玄関で迎えてくれた肌と髪が真っ白な女性だった。
一体何だと言うのだろうか。
「もうそろそろ時間よ~!」
それを聞いたラストールはいきなり慌てだした。
「え!?本当!?うわ、もうそんな時間かよ!」
彼は三人に近寄り、
「すまん!用事で一ヶ月ほど留守にするんだ。もう時間無いからまた今度な!」
背中を押しながら庭から家の中へ入れる。
三人は半ば強引に部屋に入れられ渋々荷物を手にする。
「もうそんな時間だったのか……もう少し聞けると思ってたのにな」
最初から用事があることは伝えられてはいたものの、ラストールも彼らも時間を忘れるほどに集中していたらしい。
二人と三人は同時に家を出た。
「先生、今日は有難う御座いました」
レクリナに合わせて三人が頭を下げる。
「こっちこそ悪いね、こんな忙しない終わり方で」
ラストールは自分のエリクサーから出した信号で車を呼び出す。
ものの数十秒で到着した車に彼は白髪の女性と乗り込んだ。
「じゃあ悪いけど俺は出発するよ!皆、またね!」
そう言うとラストールはさっさと車を出して行ってしまった。
車に積まれた大量の荷物を見送り、三人は歩き出した。
「私、もっと聞いていたかったな~」
「まあそう言うなって、俺もだよ」
クライスとレクリナがそんな会話をしていると、
「あっ」
アレイブがポツリと声を漏らす。
「どうかしたのか?」
クライスはアレイブに視線を向け、顔を覗き込む。
「あと二つがなんなのか、聞きそびれた……」
アレイブはガックリと大きく肩を落としたのだった。
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現在午後二時を少し過ぎたくらいの時刻。
今まさにとある物を巡ってとてつもない心理戦が行われていた。
場所は一年生徒寮の二階の274号室。
「……」
「……」
一人の右手がもう一人の手元にゆっくり伸びていく。
そこにいる二人は同時に目を見合わせる。
右手はそれを掴み再びゆっくりと自分の手元に戻っていく。
「やった~!上がり~!」
「うおおぉぉぉぉぉ~~~~~~~!!負けたァ~~~~!」
最後の一枚のカードの数が揃いシアは手札を捨て勝利に歓喜した。
一方で敗者は手にハートの7を掴んだまま落ち込んでいた。
「惜しかったな、新鳳」
「くっそ~。『ジジ抜き』って難しいんだな」
新鳳をランスリットが励ます。
ここはシアの部屋である。休みで特にすることもない(?)ので彼女らはこうしてここでカードゲームをしていたのだ。
そして賞品は、
「これでシオンの“特製ヨーグルト”ゲット!」
「大げさだよ。そんなに大したものじゃないよ」
詩音がキッチンからヨーグルトを三人分持って出てくる。
「俺も食べたかった……ぜ」
新鳳は怨めしそうに三人を見つめる。
「ごめんね。シアはルールにうるさいから……」
「シオン、謝る必要はないわ。最初に決めたんだもの。それでいいと新鳳も言ったわ」
ゲームに入る前に取り付けた条件だった。三人は同意した上でゲームを行ったのだ。
新鳳自身もそれは分かっているのでそれ以上は何も言わなかった。
「フフフ、勝利の美酒ならぬ勝利のデザートか……悪くないな」
ランスリットは慣れない笑い方をしながら床に座っている新鳳を見下す。
「バカが意味不明なこと言ってるよ……バカなだけにウゼェな……」
若干イラつき気味の新鳳はランスリットの発言をなんとか受け流す。
「しかしこんな時に不在なんて刹葉もツイてないよな」
匙を口にくわえながらランスリットが呟く。
今は刹葉がいない。普段なら考えられないことである。
「そうね。いつもならシオンの周りに必ずと言っていいほどいるのに。『刹葉探すならシオンを、シオンを探すなら刹葉を』って言うほどなのに」
「それってどういう意味?」
シアの発言に思わず詩音は聞き返した。
「そのままの意味だよ、シオン。それくらいの頻度でお前らが一緒だってことだ」
新鳳が詩音の問いに答える。
詩音はそれを聞くと顔を赤くして俯いてしまった。
「一体どこにいるんだろうな……」
新鳳が小さな声で呟く。
刹葉……
詩音は刹葉のことを考えながらじっとベランダの外を見つめた。
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同時刻。
「やっと着いたな」
学園の屋上にそれは降り立った。
異形の者。全身は赤黒い鎧、腕は槍のように鋭く尖っている。
グレイドである。
「やはりここまで来るのは容易かったな。生徒も今日は休み。これなら仕事もし易いと言う物だ」
そのグレイドは屋上を見渡す。
誰の気配も無い屋上。
それを確認するとグレイドは自分の腕を真下に向けた。
「おい、何してんだ?」
「!!」
気配の無かった屋上に突如として少年が現れた。
「何してんだって聞いてんだ……答えろよ……」
黒くおとなしめの髪が風になびく。
その色の違う両目がグレイドを睨みつける。
「貴様、いつからそこにいた?何者だ?」
グレイドは両手の槍を構える。
いつからいたのか、それがグレイドには全く分からない。
「おいおい、質問してんのはこっちだぜ?お前立場分かってんのかよ」
少年はグレイド相手に怯むどころか強気な口調で言葉を突き通す。
「小僧。立場が分かっていないのはお前だ。ワタシに喧嘩を売るなど笑止」
グレイドは背中に羽のようなものを展開する。
「ワタシは時速150kmの速さで空中を飛び回ることができるのだぞ。貴様みたいな小僧など一瞬だ」
グレイドは右腕を前に構える。
そこまでは良かったのだろう。
否。そこからがどれほど良くても、あるいは初めから……
「いつの間に……」
あるいは初めからそのグレイドに勝機など無かったのかもしれない。
少年は一瞬の内にグレイドの腹を剣で串刺しにしていた。
「お前がどれほど速かろうが関係無い。俺は“零距離”からお前を撃って、斬って、突き刺すだけだ」
少年はグレイドをそのまま二つに切り裂いた。
「お前程度が俺を倒そうなんて思い上がるな」
一日遅れですがなんとか更新です。柊城です。
進み方が非常にスローなこの物語。
でも結構色々詰まってます。
感想頂けたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いします!