其の十四 緋宮・ラストールの研究
5月24日
一学年生徒寮の食堂の時計は昼の十二時半を指していた。
生徒寮の食堂に休日はあまりない。土日祝日は昼にも開放されているのだ。
実はそれぞれの食堂でアルバイトなどもすることが可能である。
この学園内には申請を出し学園にそれが認められれば働くことができる仕事がいくつか存在する。
何の為なのか。それは生徒の知るところではないが、一部の生徒にとってはありがたい制度である。
そんな食堂で二人は偶然会った。
「よぉ、レクリナ」
「あら、クライスじゃない。こんな昼間から学食なんて暇なのね」
「会って早々酷いこと言うなぁ」
クライスはレクリナの冗談を笑って聞き流す。
「冗談よ。座りましょ。あそこ空いてるわよ」
お前の冗談くらい解るんだがな。コイツこういうとこ鈍いからな。面白いから言わないでおこうと思ったの何回目だろ。
クライスはそんなことを考えながら席に着く。
「昨日の特訓、いい練習になったな」
クライスはそう話題を振った。最近のことで二人とも経験したことの中で一番印象が強いのがこの話題だった。
「そうね。やっぱりSクラスって強いわ。私たちにはできない動きをああも平然と。私たち二人を武器も無しに倒しちゃうんだもの。すごいわ」
「先生の講義も聞けたしな。俺ら結構得してるよな!」
そんな会話をしながら笑いあっている。これだけ見れば何ら変わりない普通の学生なのだ。
「そうだ、今日も緋宮先生のところに聞きに行ってみないか。緋宮先生は日曜なら大概研究室にいるだろ」
クライスはそう提案する。レクリナは少し考えてから、
「そうね。強くなる為にはエリクサーのことをもっと知っておくべきかも」
それを聞いてクライスは昼食のカルボナーラの最後の一口を口に運ぶ。
「よし決まり!じゃあ早速行こう!」
「そうね、『善は急げ』よね!」
レクリナもピザトーストを口に詰め込むと席を立った。
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緋宮・ラストールの研究室。
学園の敷地内に存在するラストールが住んでいる研究所である。
一見しただけではただの一軒家と変わりはない。が、地下には立派な研究施設が存在している。
もちろん研究対象はエリクサーである。この学園では彼にエリクサーを語らせたら肩を並べる者はいない。
五大国でも屈指の紅石学者なのだ。
故に彼は自身の研究室を持つことを国に許された。
ラストールの研究室。正式名称≪第十一紅石研究室≫、通称『ラスト』。五大国がエリクサーの研究を公式に認めている【十七研究室】のひとつである。
ちなみに、通称の『ラスト』というのはラストール自身が自分の名前から取ったものである。
そんな研究所の前に二人は来ていた。
「いらっしゃい。夫から貴方たちのことは聞いてるわ。入って。カフェオレでも淹れるわ」
出てきたのは色素の無い白銀の髪を持った女性だった。
その身体は細く、肌は雪のように白い。力を加えれば簡単に折れてしまいそうな、そんな印象の人だった。
「お邪魔します」
二人は玄関に足を踏み入れた。
中は白い壁にフローリングの床、オレンジの照明など至って一般的な内装だ。
三人は廊下の奥のドアに入っていく。
「やあ」
その先はリビングだった。部屋の中心にあるガラス製の低いテーブル、それを挟むようにして置かれているソファーにラストールは座っていた。
「先生、休日にわざわざお訪ねしてすみません」
レクリナはそう言って頭を下げた。クライスは頭を軽く下に向け会釈した。
「いいっていいって。それほど本気でトーナメントを勝ちたいってことだろう。なら教師が断るわけにはいかないさ。連絡があった時は驚いたけどね」
ラストールは笑顔を向けそう言った。いつもの好青年の笑顔で。
「ありがとうございます」
二人はラストールに礼を述べた。
「で、何から聞きたい?」
ラストールは自分のデータファイルを開きそれを二人に見せる。
そこにはエリクサーについての情報が色々な項目でまとめられていた。
「ではこれを」
クライスが指したのは【属性ごとの弱点】というファイルだった。
ファイルを開くとより詳しいデータが出てきた。
「やっぱり気になるよな、それ。じゃあ説明に入ろうか」
「エリクサーの属性が色で分けられているのは知っているな。この資料はその色ごとの特徴に基づいた理論上の弱点となる部分をかき集めたもので、俺が学生時代に作った資料なんだ」
ラストールはそう言いながら小さな黒板にチョークを滑らせる。
「まず≪青≫だけど、知っての通り武器による能力が大きいね。人によって近、中、遠距離のどれを使うかはそれぞれなんだ。
ただ、≪青≫は一系統しか扱えない。つまり、近距離系統の武器が出れば近距離、遠距離系統の武器が出れば遠距離の武器しか持ち得ない。だから、一つ武器を拝めればどんな攻撃を使うのか予想するのは案外容易い。
だからって青系統が能力を使えないわけじゃない。とは言え特に大した能力は持てないけどな。
次に≪緑≫。能力に特化した彼らは非常に厄介な部分がある。それは能力の見極めが困難なところだ。
能力は国によっては『魔法』と呼称されることもある。それだけに得意不得意、得手不得手が非常にハッキリと出てしまう。基本的に緑属性は青属性とは対極の属性と言っていい。ただ、例外的にそうとは言い切れないことがある。緑は“貧弱な肉体の魔法使い”ではない、ということだ。
弱点と言えば魔力切れに尽きる。緑属性には強い武器が無い。武器は生み出した後こそ別の物質で成り立っているが、精製には魔力が必要不可欠だ。しかも大して使えるわけじゃない。緑属性のLevel7でも普通の剣すら精製が困難だ。故に攻撃にも防御にも能力で対処することが多い。だから魔力が回復する前に使い切ることが多々ある」
ラストールは小さな黒板に色を分けて詳しく説明する。
二人はそれに相槌を打ちながら熱心に聴いていた。
周りが見えなくなるほどに……
ラストールは説明を続ける。
「≪赤≫はそのほとんどが重火力系の武器だ。能力には遠距離までカバーできる簡単なタイプの能力が多い。能力の非力さを武器で補い、武器の隙の大きさを能力で補うといった具合だ。
弱点は簡単、弾切れだ。強力ではあるが弾切れを起こしやすい。魔力で弾を作り出しそれを武器に込める。その間はどうしても両手が塞がる上に集中力も途切れやすい。狙い目としてはそこだ。
後は≪黄≫だが、この属性はかなり厄介だ。近接の武器に遠距離の能力。この属性には弱点らしい弱点が少ないんだ。だが、無いことも無い。一番の弱点は決定打に欠けることだ。黄の攻撃は穏やかとは言えなくても激しいとも言い難い。防御も簡単ではないが難しくもない。それが黄の弱点と言える。
≪黒≫については純粋色よりも混合色の方が多いからな。得意戦術だけを特化させたヤツが非常に多い。攻め方も性格ひとつで全く違う。純粋色か混合色か見分けも付きにくいから気をつけろ。見分けるには能力や武器を見ろ。武器の色が闇色だったり能力が特殊なものだったらそれは純粋色だ。
≪白≫は近距離から中距離が主だが、遠距離をこなすヤツも多い。得意ではないにしろ、特に不得意でもない。決して遠くから撃っていればいいなんて考えているとちゃんと準備しているヤツにやられるぞ。
ただ、その万能さ故に専門には敵わない。得意で押せば勝機は十分にある。
以上が属性ごとの弱点だ」
ラストールの説明が終わると二人は拍手を彼に送った。
簡単の声を漏らしながら目を輝かせてその手を叩いている。
ラストールは学園の教師だから当然なのだが、二人からすればそれは賞賛に値することなのだろう。
「他に聞きたいことは?」
ラストールの言葉に二人は再び彼のデータファイルを覗き込む。
相談しながらホログラムボードに映るファイルから選出していく。
何を聞きたいのか、何を知りたいのか、自分たちが勝つにはどんな情報が必要なのか、そんな考えを頭に巡らせている。
不意にラストールのエリクサーから呼び出しのサインが出現する。
「ああ、やっと来たのか。今入れるよ。二人は一緒でいいか?」
ラストールはそう質問する。
いきなりの意味不明な質問に二人は戸惑いつつも、
「はい、大丈夫です」
と答える。
ラストールは二コリと笑うと家のロックをエリクサーのホログラムボードのアンロックボタンをタッチして外す。
「お邪魔します」
大きな目に平均的な身長、薄く黒っぽい茶髪の少年。
入ってきたのはアレイブだった。
「一応お互いに自己紹介しておきなよ。全くの無関係じゃないんだしさ」
ラストールの発言にどちらもピンとこなかったようではあるが、先にEクラスの二人が挨拶した。
「はじめまして。Eクラスのレクリナ・セリスと言います。以後お見知りおきを」
レクリナはスカートを手で掴み軽く持ち上げて会釈する。
「俺はクライス・レーバル。同じくEクラス。Sクラスには以前、と言うかつい昨日お世話になりまして」
クライスは会釈してそう言った。
アレイブは二人の自己紹介の後、自らも笑顔で、
「ご丁寧にありがとう。僕はSクラスのアレイブ・ジークス。ランクはSSS。と言っても偉そうに言える立場の人間ではないけどね」
ラストールは互いに自己紹介が終わったのを確認すると、
「さあ、アレイブはアレについて聞きに来たんだったな。まあ座れよ」
アレイブはラストールが指し示したイスに腰掛ける。
「では先生、教えてください。≪魔眼≫について」
ラストールは静かにうなずく。
その様子を呆然と見つめるレクリナとクライス。
二人の興味がそれに向かうのは必然だった。
「先生。その『魔眼』って……」
ラストールは一瞬ぽかんと口を開けるが、すぐにいつもの顔になり、
「≪魔眼≫っつーのは、エリクサーの特別な部分の力を呼び起こしてそれを自分の肉眼に写し、瞳を通じて現実に実現させる能力の総称だよ。確認されているので現在六種類あるとされている」
二人に解るように簡単に説明する。
聞いたことのない単語に若干困惑しているらしいが、二人は話を聞いてみようとしたのか少し身を乗り出した。
「で、何が知りたい?六つの内四つは大体の研究結果は出てるぞ。他の二つは今までに一人しかいなかったから少しの資料しかないけどな」
「そうですね。あまり世間では知られていない研究ですからね。調べても噂くらいしか出ませんでしたし。折角なので分かっている四つの魔眼についてお教え願えますか?」
ラストールはアレイブの姿勢に笑みを零す。
「よし、じゃあその四つの魔眼に関して教えよう」
言ってラストールは先ほどとは別のデータファイルを開いた。
「この四つの魔眼、それぞれは障壁眼、加速眼、空間眼、破壊眼と呼称されている。そして何よりも……」
ラストールはゆっくりと瞳を閉じる。
「俺自身がその中の一つ、破壊眼の所有者だ」
再び開かれたラストールの瞳には紅の色をした回り続ける歯車と中心から三つに割れた三角形が浮かび上がっていた。
遅くなりました。申し訳ないです。
色々忙しかった今月ですが、ようやく開放されまた頑張って書こう!ってなってるのが現状です。
感想、指摘など待ってますがなかなか来ません。
読んでくださった方の中で気が向いた方がいましたら感想お願いします。