其の十一 そんなことがあるはずがない
「いえ、確信したのです!イノアの『王様』はランスさんで間違いないのです!」
ランスリットの表情が凍りつく。
「ランスさん、あなたは≪王≫なのです」
沈黙。たった数秒ではあったが、彼は完全に沈黙した。
「どうしてそうなるんだ!?」
我に返ったかのようにランスリットは声を出した。
「ちゃんと理由があるのです」
イノアは人差し指を立てた手をランスリットに突きつけた。
「どれ、我から説明してやろうじゃん」
イノアの隣にいた子供がパーカーのポケットに手を入れながら言った。
「……」
あれ、こんなヤツいたっけか?
ランスリットは不思議そうな表情をしながらその子供を見つめる。
白い短パンの横には黒いラインが入っており、同じく白いパーカーには体にヘッドフォンをつけた猫が寝ている絵が描かれていた。
「なんだ?さっきから我をジロジロと。この服が欲しいのか?」
「そんな理由で見てたんじゃねぇよ。つーかどうやって入ってきた?」
ランスリットはその子供に近づく。すると子供は被っていたパーカーのフードを脱いで顔を出した。
「どうもこうも我がグランゲイルじゃ。小僧、先の戦い見事だったじゃねぇか。まさかああも簡単に分身がやられるとはな。やっぱ、≪王≫は強いな」
その顔にはおよそ表情と呼べるものが存在していなかった。目は常に半分開いた状態で、小さな口からは淡々と言葉が並べられた。
そんな言葉でもランスリットの耳にはしっかりと届いた。
「お前まで俺を≪王≫呼ばわりするのか?一体何だってそこまで頑なに言い続ける?俺は≪王≫じゃないって言ったはずだろ?」
ランスリットは何かに苛立つように言葉を吐き捨てる。
グランゲイルはそんなランスリットに向かって、再び淡々と話し始めた。
「根拠その一、小僧には我が見える」
「はぁ?何言ってんだ?」
意味が分からないといった表情をランスリットは浮かべた。
「ランス、さっきから何を話しているんですか?」
「……刹葉……」
戦闘が急に止まったのを見かねてか、刹葉は観客席から降りてきた。
「ちょうどいい。そいつに我が見えるか聞いてみやがれ」
言葉使いが滅茶苦茶な子供に促されランスリットはその通りに質問を口にする。
「刹葉、イノアの隣……何か見えるか?その、子供とか」
すると刹葉は、
「……何か、いるんですか?」
「見えないのか!?」
「まさか、視界から消える能力ですか!?でもランスには見えてるんですよね?」
ランスリットは『視界から消える能力』と聞いた時点でイノアに視線を向けたがイノアは首を素早く横に振った。
まさか本当に……
「……分かった。すまん刹葉、何でも無いんだ」
「そうですか。それよりEクラスの二人に君の戦闘を見せてあげてください」
刹葉はそう言ってビルのドアに向かって行った。
「ちょっと待った」
刹葉をランスリットが呼び止める。刹葉は足を止めてランスリットの方に振り返った。
「この話が終わったら呼ぶからそれまで待っててくれないか?」
刹葉はそれに軽くうなずいて答えた。刹葉は止めていた足を再びドアへと向かわせた。
「では、根拠その二なのです」
「……言ってみろ……」
「それは先ほども言ったのですが、写真の双子であるからなのです」
ランスリットはため息をついてうつむいた。
「確かにその写真は俺とソードだ。けど、≪王≫になるのは『お前に先に会った方』なんだろ?」
「はい。正確には≪イノアに先に姿と名前を認知された方≫なのです」
ややこしい言い方だな。
「では、根拠その三なのです」
「まだあんのか……」
「これが一番有力なのです」
イノアはランスリットに一歩近づいた。
「?」
「……“目”なのです」
ランスリットはその言葉に戸惑う。理由は至極単純。
「いや、意味分かんないから」
「仕方が無い小僧だ。我の手鏡を貸してやるから自分で確かめやがれってんですよ」
グランゲイルは魔力を集め小さな手鏡を精製した。
「召喚獣ってそんなこともできんだ」
「いいからさっさと確認なさいな」
ランスリットは自分の目の前に手鏡を持ってくる。映し出されたのは紛れも無い自分の瞳だった。薄い青色の瞳。
「どうだ、小僧。これで分かっただろう」
「お前って人の目見て未来が分かるわけ?」
グランゲイルはランスリットのズレた発言に深く息をついた。
「そういうことじゃない。ランスリット・L・ハイント。貴様の目にはうっすらとではあるが魔眼の兆候が出ているぞ」
「ウソだ~またまたそんなこと言っちゃって~。そうやって俺にその気にさせてさらっと≪王≫にしようって魂胆だろ?」
こいつ、今さらっと自分の≪王≫の可能性を認めおった……
「しかし、何故じゃ?何故弟が≪王≫であると言う?テメェの弟は一体何者だと言うんですの?」
ランスリットは少しうつむいて、
「……アイツは、≪キングエリクサー≫に適合したんだ……」
「……で?」
グランゲイルはその先を要求する。
「≪王のカード≫は俺よりアイツを選んだんだ……だから俺は≪王≫にはなれない」
「……」
グランゲイルは呆れた表情を浮かべ、イノアは困惑していた。
「……あの~、その『キングエリクサー』っていうのは一体……」
「イノアよ。こやつ、何か勘違いしているようじゃあないですか」
グランゲイルは腕をポケットに入れたまま呟いた。
「……我らが求めるはそれで無いと言うのに……」
ランスリットは観客席に向かって叫んだ。
「お~い。刹葉~。降りて来いよ~」
刹葉はガラス越しにランスリットの合図にうなずく。
少し経ってすぐに刹葉がビルのドアを開けて出てくる。
「話、終わったんですね」
「ああ。まあな」
「で、僕を呼んでどうするんですか?」
ランスリットは刹葉の質問に口元を緩める。
「俺とお前で戦うんだよ」
「……なるほど。それならクライスたちも戦闘がどういうものか想像しやすくなりますね」
「それにお前とは戦ってみたかった。一週間前の戦闘の時、お前ら二人だけでグレイド足止めしてたしな」
なるほど……多分こっちの方が本音ですね……
「いいでしょう。僕も君の実力を試してみたかったところですし」
「じゃあ決まりだな」
「おい、今度は刹葉とハイントが戦うみたいだぞ」
クライスの言葉を聞いて二人も視線をそちらに向ける。
「大丈夫かな……」
詩音は下にいる刹葉とランスリットを見て呟いた。
「よーす、お前ら」
観客席後ろの出入り口が開きラストールが入室してきた。
「緋宮先生!どうしてここに?」
「生徒が普段どんな自主訓練をしているのか見てみたくなっただけだよ。紅石学の専門として資料のデータも取っておかないとだしな。ここのカメラも録画してもらうように頼んである」
詩音の質問に対し事情、状況までラストールは一気に答えた。
「さあ、ラストール先生の特別授業だ。今回のあいつらの戦闘をレクチャーしてやる」
そう言って彼が浮かべた笑顔は好青年そのものだった。
「さて、じゃあ始めるか」
ランスリットは藍色の光に包まれる。光が消失し武装したランスリットが光の中から姿を現した。
刹葉の両手が黒く光る。光が消えた両手には背丈ほどの剣が握られていた。
「おい、イノア。多分ここにいると危ないぞ。さっさと観客席に行った方がいいと思うが?」
「あ、いえ、イノアはここで大丈夫なのです……」
「……そうか」
ランスリットは視線を刹葉に戻し、ゆっくりと武器を構えた。
「いくぞ」
ランスリットはアシルレイトを機動させる。
「……」
刹葉は何もしゃべらずに足に力を込めランスリットに向かって走り出した。
「……?」
おかしい……
ランスリットは疑問を押し殺し右手に持ったゼインリベルラを振り下ろす。刹葉はその攻撃を急停止して回避した。
「ウソだろ!?」
ランスリットは左手のファーストを素早く振る。二回、三回と刹葉に向けて振り回した。しかし、間合いに入っているにも関わらず刹葉に攻撃は当たらない。刹葉は最小限の動きで剣を避け続ける。
「……!」
刹葉は大きく後ろに後退する。
刹葉がいた場所に三機のアシルレイトが恐ろしい速さで突撃してきた。
「……いいんですか?三機だけで」
「馬鹿言うな。お前は最強ランクだろうが。六機同時に使って全部同時に魔力切れなんて流石にキツイからな」
刹葉は剣を一つに合体させ、踏み込んで一気に間合いを詰めた。
ランスリットは刹葉に向けてアシルレイトを飛ばしゼインリベルラを振り上げた。
「はあぁぁっ!」
ランスリットは右手を思い切り振り下ろした。刹葉はそれを剣で横に払い力を相殺した。
「まだだ!」
ランスリットは左手のファーストで更に攻撃を仕掛けてくる。刹葉は即座に右手でランスリットの右腕を弾いた。
そこから刹葉はジャンプしてアシルレイトの攻撃を逃れる。
しかし。
「お前も甘いのな」
空中の刹葉に向かって二機のアシルレイトが飛んでいく。
最初の一機は囮!
刹葉は足元に魔方陣を出現させ、それを足場にして飛び上がり残りの二機をかわした。
「……お前、そんな能力持ってたのかよ……」
刹葉はランスリットの目の前で着地する。
「第四の剣」
突如、ランスリットの影から刃が伸びる。刹葉は冷静に手に持った大剣を盾にして防いだ。
今だ!
ランスリットはアシルレイトに飛び乗り、刹葉に向かってものすごい速さで突進していく。
「これでも!」
そこまで言いかけたランスリットの頭上を影が覆った。
「がっ!」
ランスリットは頭をつかまれそのまま地面に叩き落された。
「痛っ!」
ランスリットはそんな声を出しながらもすぐに飛び起きた。後頭部を軽くさすりながら周りを確認し、刹葉を視界に捉える。
クッ!やっぱり想像以上に強いな……刹葉、もしかしたら俺よりも……
刹葉は手に持った大剣を地面に垂直に立てた。
ランス、やっぱり強い……まるで攻撃する隙が無い……このままじゃ不毛な消耗戦になる……
「いい!なかなかにいいじゃないか!」
ラストールは若干興奮気味にそう言った。
「皆、今の戦い見てたか?」
レクリナとクライスは二人の戦闘に釘付けだった。
「俺から言わせるとあの二人は全力を出していない。ハイントのエリクサーの色は藍色だ。あれだけ濃い青であれば能力は武器によるものが大きいはずだ。
しかし魔力の消費が大きい武器が出てきていない。あのビットの機動源にも魔力が使われているだろうけどそれでもまだ大した量じゃない」
「だからまだ全力を出していない……または出せない?」
そう呟いてクライスは窓際の手すりに手をかけた。
「正解。では次。桐無だが……アイツはハイントとは違う。どういう理由か知らんが全力を出していない。アイツの色は黒だ。まだ何かしら武器や能力があってもいいはずだが……」
刹葉とランスリットは同時に駆け出した。お互いに向かって剣を振りかぶる。
ガキィンという金属同士がぶつかる音が響く。彼らは互いの顔を見合わせた。
「……!」
刹葉は一気に剣に力を込め体を突き放した。
「ぁ……」
口を開き、それでも彼の口から言葉が出ない。その瞳は何か信じられないものを見るような目をしていた。
「……もう終わりにしましょうか」
ようやく声が出たと思った時には彼はそんなことを口にしていた。
「ちょっと待てよ!何だよそれ!もうちょっとやろうぜ!」
ランスリットは残念そうな声を上げる。しかし刹葉は、
「いえ、そろそろ時間ですし、またの機会にしましょう」
言って武器を消失させた。
「……まあいいや。また今度、か」
ランスリットも武器を消しイノアの元へ歩いて行った。
「じゃあ、行こうぜ。俺たちで予約取ったから俺たちが行かないと」
「はいなのです」
二人がそう話しているうちに刹葉は出口からアリーナの外に出ていた。
それに気付かずランスリットは、
「おい、刹葉。一緒に行こう……っていないし」
「あの方は先に出て行かれましたよ?」
「……そうか」
ランスリットも出口に向かって歩き出した。
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アリーナの出口付近に彼らはいた。
「刹葉。お疲れ様」
詩音は刹葉にそう労いの言葉をかけた。
「ありがとうございます」
刹葉は詩音に礼を返す。
「いやぁなかなかに良かったよ!君たちの戦いぶり!」
「先生ちょっと興奮し過ぎですよ!」
テンションが上がっているラストールをレクリナが静める。
「刹葉。何で急に止めたの?」
詩音の質問に刹葉は、
「時間が無くなったからですよ」
と回答する。
「……じゃ、あとでまた聞くね」
詩音はそう呟いた。
詩音には隠し事はできないな……
刹葉はため息を一つついた。
更新二日遅れです。
申し訳ございません!
いや、色々あったんですよ……
主にバイトが。
冬休みも全然オフの日無いし……
まあ頑張りますがね。
次回もお楽しみに!
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