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オーバーリミット  作者: 柊木隼人
第一章:国立ベール学園
10/32

其の九 それぞれの思惑

5月23日

ベール学園、第二アリーナ。

時刻はまだ午前中。

「では、始めましょうか」

刹葉はアリーナの真ん中に制服を着て立っていた。

「よろしくお願いします」

レクリナとクライスは刹葉の前に整列した。

「そんなに固くならなくていいですよ」

刹葉は苦笑いする。

「本当。じゃあいつも通りにしてようかな」

レクリナは昨日と同じ表情を取り戻した。

「教えてもらう立場上姿勢を崩すわけには……」

クライスはポーズを変えることなくそう言った。

「いえ、僕たちは構いませんので。学年も同じことですし」

刹葉が苦笑いでないことを確かめたクライスは少し口元を緩めた。

「そうか。じゃお言葉に甘えて」

彼はようやく姿勢を崩す。

「はい。では、手始めにお二人の実力を見せていただきたいのですが……」

刹葉は後ろを振り返る。

「詩音、お願いします」

そこには制服姿の詩音が立っていた。

「うん、分かった」

詩音は前の二人に立ち、軽く背伸びを一つした。

「うーん。じゃあ、二人で協力して私のシールドを壊してみて。まずはそこからやってみよう」

そう言って詩音は小指の先くらいの大きさのエリクサーを取り出し飲み込んだ。

「あっ!しまった!俺それ忘れて来た!」

クライスは思い出したように頭を抱える。それを見たレクリナはクライスの口をめがけて小さなエリクサーを放り投げた。

「……うっ!驚かすな!でもありがたい」

「これ、貸しだからね」

「じゃあ、準備もできたところで、始めようか」


「今回は≪廃村≫ステージです。ルールはシンプル。詩音のシールドを破壊するか二人のシールドが破壊されることで終了です。ただし、今回詩音はガードエリクサー以外のエリクサーは使いません。つまり、詩音は武器を持ちません。頑張ってオートシールドを削りきってください。それでは、始め!」

刹葉の合図が発せられる。その瞬間、両者は三歩後退した。レクリナは短剣、クライスは銃をそれぞれの手に出現させる。

「普通なら二対一なんて気が引けるけど、相手はSクラスだからな。俺は右から、レクリナは左から行こう」

クライスの提案にレクリナはうなずいて応える。

「よし、じゃあ、3……2……」

クライスは小さくカウントを始めた。

「1!」

瞬間。

詩音は大きく踏み込み一気に距離を縮めてきた。

「なっ!」

クライスが一瞬うろたえる。詩音はそこを見逃さなかった。

「はあっ!」

詩音はクライスの体に打撃を加えた。

その隙を突いてレクリナが詩音に短剣を振りかざす。

「そこ!」

レクリナが短剣を降り下ろした瞬間、レクリナの腕の下に詩音は潜り込んだ。

レクリナの短剣は空振り、背後から重い一撃を食らった。

「ウオォォ!」

体制を立て直したクライスは叫びながら詩音に銃を向けた。

それに反応した詩音は素早く一歩後退する。

かかった!

クライスはその動きに合わせて銃口を動かした。

「……!」

銃声が響く。

「うっ……!」

当たった。いや、かすった。詩音の肩のシールドは少しだけ傷ついていた。

しかし詩音はすぐに体制を低くしながらクライスに向かって行く。

嘘だろ!?シールドで威力が大幅に軽減していると言っても弾丸がかすったんだぞ!?普通怯むなり何かしらあるだろ!?

クライスはもう一度銃を構えた。

詩音はそれを見て足元の石を蹴飛ばした。

シールドに向かって石を飛ばすなんて馬鹿げてる。石程度の威力は完全に相殺される!

クライスは銃の引き金を引いた。

次の瞬間彼はようやく気がついた。

「あっ!」

石が銃に当たり銃口が若干ずれた。

弾は詩音の顔の数ミリ横を通過した。

マジかよ!?銃口を狙って外した!

「うぐっ!」

クライスに詩音の打撃が入り地面に倒れる。

シールドのお陰でダメージは少ないけど、そろそろガードエリクサーの魔力の残量がない。

クライスは必死の思いで詩音の足を掴んだ。

「レクリナァ!」

「はあぁぁぁっ!」

クライスの声にレクリナが短剣を詩音に投げつける。

「うっ!」

詩音はとっさに上半身を動かした。

……え?

銃声と同時に膝の後ろに鈍い痛みが走る。

クライスは詩音の膝に煙が出ている銃口を向けていた。

避けきれない!

詩音に短剣が迫る。

「……!」

詩音は飛んできた短剣を手で捕らえた。

「え?」

レクリナの目の前に短剣が迫る。

「うがっ!」

短剣は額に直撃した。レクリナの短剣が彼女の頭上を舞う。

「レクリナ!」

クライスが叫んだ。

「終了~」

刹葉の声が辺りに響いた。

「は!?俺はまだ戦えるぞ!?」

クライスが反論する。

「もう魔力が残ってないじゃないですか」

刹葉に言われてクライスはガードエリクサーの魔力が無くなっていることに気がついた。

「……マジか……」

クライスは倒れたまま残念そうに頭を下げた。


「まさか負けるなんて……」

レクリナは地面に座り込んだ。

「俺たち二人を相手に武器も無しに勝つなんて……これがSクラスか……。そりゃ戦闘に真っ先に使われるわけだ」

しかもガードエリクサーには身体能力の強化が無いしな……。実力の差は歴然だ……

クライスは地面にあぐらを掻いて座った。彼の口からため息が漏れる。

「お疲れ様です。水、冷えてますよ」

刹葉が三人にペットボトルを渡す。

「ありがとう」

詩音たちは一つずつそれを手にした。クライスはすぐにフタを開け飲み口に口をつける。

「……ふぅ。こう春に運動すると気持ちがいいな」

「そうね。アリーナの天窓から日が差し込んで……」

そんなことを二人は上を見上げながら言った。天窓からも分かるように今日の天気は快晴である。正午に近づいているせいか日は高く昇っている。

「ではそろそろ先ほどの戦闘の反省といきましょうか」

刹葉は手の平からホログラムボードを出現させた。

「まず、今の戦闘は初心者の戦法としては上々です。二対一であることを意識した同時攻撃という方法を取ったのはなかなか鋭いと思います。しかし……」

「待って!一気に言われても分かんないから!」

レクリナはその一言で刹葉の手の動きを止めた。刹葉は苦笑いしながらレクリナの方を向く。

「まだ、肝心なところを言ってないんですが……」

「とりあえず、今のは私たちの褒められるところでいいんだよね?」

レクリナは座ったまま刹葉に質問を投げかける。

「まあ、そうです」

刹葉は後頭部に手を当てながら肯定した。

「でも、ここからが大事ですよ」

刹葉は人差し指を立てた。

「まず……----」


「----……まるで授業を聞いてるみたいだったな」

クライスは肘をついた右腕で頭を支えながら呟いた。時間にして五分程度だったが内容は教師のそれと何ら遜色ないものだった。

「刹葉君って教師とか向いてるかもね」

レクリナも同意の言葉を発する。

「ではそろそろいい時間ですし、本格的に技術の方を向上させましょう」

「はい先生!技術って具体的には何すんの?」

クライスは勢いよく右手を挙げた。

「いい質問ですが、その先生っていうのはやめてください」

「じゃあ、将軍?」

「どうしても目上にしたいんですか?て言うか将軍って何ですか!どこから出てきたんですか!」

刹葉はクライスの発言に一通り突っ込んだあと咳払いをして再び話し始めた。

「まずは戦闘自体に慣れてもらいます。戦闘でクラス分けされるこの学校では、Sクラスは言わば戦闘が行える側の人間です」

説明を続けながら刹葉は手の平から新たにボードを出現させた。

「ほほう……で、その心は?」

「今説明しますから……」

刹葉はクライスの意味不明な言動ボケをかわしながらボードに図を描き始める。

「この時代、国内で少数とは言え軍が管理され、敵も常に近くにいるわけではありません。僕たちくらいの年頃で戦闘を行えるなんて、実際はその方が異常なんです」

なるほどねぇ……確かにこの時代、軍の戦力は少ないまでもそれでもグレイドの小さな群れには頼もし過ぎるくらいだ。

実際、一学年の人数より成人として扱われる四学年の方が人数が多い。転校してくる連中がいるからな。

クライスはさっきまでとは違う鋭い目つきをしている。

「簡単に言えばクラスのランクが上になるほど戦闘に経験が多いということになります。と言ってもAクラスとSクラスとの間には大きく差が開いてますが……」

「つまりはSクラスの連中はそうとう強いってことか」

クライスは立ち上がりながらそう言った。

「じゃあ、早速教えてくれよ。戦闘慣れしているんだろ?」

「ええ、それぞれで分かれて特訓といきましょう」


----*----*----


「やっぱり上手くいかないわね。候補は結構見つかるのに」

オレンジ色のショートヘアが軽く揺れる。

「で、何故また俺の部屋なんだ……」

赤い髪の少年が呟く。

「集まりやすいんだよ。君の部屋一階だし」

アレイブは自分の髪の毛を手櫛で簡単に整えた。

ここは生徒寮147号室、新鳳の部屋。

「やっぱり来月のトーナメントまで待った方がいいよね」

シアは椅子に座って腕を組んで背もたれに寄りかかる。

彼らはこの一週間で情報が思ったよりも集まっていないことに少々焦りを感じていた。敵はいつ攻めてくるか分からないのだ。

「≪Level7≫だと何をしてくるか分からないからな……」

新鳳の表情にも少し焦りが感じられる。戦力は早く集めるに越したことはない。

その二人に対しアレイブは落ち着いた口ぶりで話し始める。

「いや、多分まだ大丈夫だ。≪Level7≫にそこまで単純なグレイドは滅多にいない。それにそういうヤツならもうとっくに襲ってるはずだ。きっと今は戦力を徐々に拡大している。数は80、90あたりかもね」

そんなことを言いながらも内心の焦りは消えない。

「ああもう!桐無と篠月とランスはどうしたんだよ!」

新鳳は頭を掻きむしる。

「刹葉とシオンならアリーナで知り合いの特訓に付き合ってる。ランスは女子と一緒にいるところを見たわ」

「ランスは何やってんだ!」


彼らが重要な会話がどうでもいい会話にすり替わっていることに気付くのは一時間後のことだった。


----*----*----


30分前。一学年フロア廊下。

「イノアと勝負してくださいなのですよ!」

「……はぁ?」

ランスリットの目の前には赤と黒のストライプのネクタイをした栗色ツインテールの女の子が立っていた。身長はそれほど低くないが独特の喋り方と髪と同じ色をした大きな瞳が彼女を幼く感じさせる。

そのため≪女子≫という表現よりも≪女の子≫という表現の方が的確かも知れない。

「勝負って言われてもなぁ……」

その姿からなのか、その勢いからなのかランスリットは少し押され気味になる。

何なんだこの子……赤いネクタイってことはAクラスなんだろうけど……

「イノアはずっと貴方を探してたのですよ!だからイノアと戦ってくださいなのですよ!」

彼女は大きな瞳を輝かせてランスリットに迫る。

「い、いやぁ俺には何のことかさっぱり……」

あと頼むからそんな目で俺を見ないでくれぇ……

「お願いなのですよ!きっと貴方なのですよ!イノアの『王様』は!」

「俺は王様じゃないって!」

ランスリットは何の気なしにそう言った。

「……」

「……?」

あれ、何だか静かになったな。

ランスリットがそう思い彼女の方を見ると彼女は今にも泣き出しそうな表情だった。

「どうしてもダメなのです?ダメなのです?」

「ああ、いやダメじゃない!むしろ全然問題無い!だから泣かないで、ね」

ランスリットは彼女を必死になだめた。すると彼女の顔はだんだん明るくなっていった。

「じゃあ、イノアと戦ってくれるのですか!?」

「ああ、いいよ。えっと……イノア、ちゃん?」

ランスリットの言葉にイノアは満面の笑みを浮かべる。

「イノア・マーリルなのです」

「そっか、俺は……」

「ランスリット・L・ハイント様なのですよね?」

ランスリットの言葉につなげてイノアが名前を答える。

「では、1時に第一アリーナまでお願いしますなのです」

「ああ、分かった」

そう言ってイノアはその場から去って行った。

「……何だったんだ?あの子……」

ランスリットはそう呟いてその場を後にした。

『其の九』

いかがでしたでしょうか。

今月は二回も更新できました。

感想などございましたらよろしくお願いします。

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