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第28話  届かない一等星―愛しさのかけら



「俺が好きなのは――爽やかなフローラルの香りをさせたラベンダー好きの女の子。イギリスに行ってからもずっと忘れられないただ一人の彼女。ハンカチを見るたびに思い出して、あまりに好きすぎて彼女の好きなラベンダーの鉢植えを飾ったりして――誤解は解けましたか?」


 ずっと胸にうずまいていた疑念が晴れていって、私は微笑む。

 なんだ、復讐じゃなかったんだ。奏はずっと私のことを好きでいてくれて、それで――

 そこまで思い至って、自分でも分かるくらいかぁーっと顔が赤くなる。

 やだ……奏が好きなのは私だったのに、違う人を好きだとか勝手に勘違いして、復讐とか騒いで……恥ずかしい。

 赤くなった頬を両手で隠すようにはさんで俯く。

 勘違いと、それから――奏がどんなに私のことを好きか語った言葉が、今になって鮮やかによみがえってしまって、さらに顔が赤くなる。きっと頭から湯気が出ていたのではないかというくらい。

 私がおろおろとしていると、下げていた視界の中に、しゃがみこんだ奏の端正な顔が入ってきて、一気に鼓動が速くなる。


「分かりましたか? 俺がどれほどれいのことを好きか――」


 甘やかな瞳が一瞬うるんで、奏は頬を少しゆがめて、ささやくように声を落とした。あまりにも魅惑的な瞳で見つめられて、ドキンとする。痛いくらい胸が締め付けられて、どうしていいか分からなかった。

 私はドギマギとして、口をパクパクと動かす。

 なんて答えたらいいのか分からなくて。しかも、お台場で奏に好きだと言ってしまったことまで思い出して、どうしようもないくらい緊張する。

 そんな私を面白がるように目を細めた奏は、すっと細い指を私に伸ばし頬に触れる直前――

 プルルルルっ!

 電話を知らせる着信音が大きく響いて、奏が手をぎこちなく止める。

 奏は小さな吐息をもらすと、しかたなさそうな笑みを浮かべて私の鞄に視線を向ける。


「いいですよ、電話に出て下さい」


 私は奏から視線を慌てて鞄に移し、鳴り続ける携帯を探り出し、通話ボタンを押す。


「もしもし……」


 出る直前に確認したディスプレイの名前に、ごくんと唾を飲みこむ。


『あっ、羽鳥? いま大丈夫かな……?』


 受話器越しに聞こえる戸惑いがちな声に、ちらりと奏を盗み見て、立ち上がる。


「はい、大丈夫です。あの……ちょっと待って下さい」


 奏が強く私を見据えた涼やかな瞳を、針のようにきらめかせる。怖いほど美しい視線に、携帯を手で塞ぎ服に当てて早口に言う。


「ちょっと、外で電話してくるね……」


 奏の返事を待たずに、私はその場から逃げだすように表に出る。突き刺さる視線が痛くて、ここで秀先輩と電話なんて怖くて出来なかったのよ。


「すみません、お待たせしました」


 私は言いながら、奏のアパートを出て、通りを少し進んだところにある電信柱の側に移動する。


『大丈夫だよ。もしかして……さっきの、彼と一緒?』


 その言葉に、秀先輩を置いて勝手に帰ってきてしまったことを思い出す。電話だからとか関係なく、慌てて頭を下げて謝る。


「あの、さっきはすみませんでしたっ! 約束をすっぽかしてしまって、本当にすみません……」

『ん……』


 歯切れ悪く答える秀先輩は、くすりと苦々しい笑いをこぼした後。


『驚いたけど大丈夫、羽鳥は悪くないよ。事情はよくわからないけど、羽鳥が俺の返事を保留にしているのは……彼が原因?』


 秀先輩の言葉がひどく切なく胸を震わせる。

 今日伝えようと思っていたことを、電話で伝える訳にはいかないと思って、ぎゅっと瞳を閉じる。


「はい……、今日、秀先輩にお話ししようと思っていました。ちゃんと、直接会って、お話しなければならないことがあります。もう一度これから会って頂けますか?」


 静かに言った言葉に、しばしの沈黙を挟んで、優しい声が帰って来る。


『うん、いいよ。じゃあ、十七時に柏駅で』

「はい、わかりました」



 電話を切った後もしばらくぼぉーっとその場に立ちつきしていた私の視界に、いきなり奏の端正な顔が入ってきて、驚いて後ろに体を引く。


「電話は……終わりましたか?」


 奏が怪訝に眉根を寄せているのに気づいた私は、ドキドキと高鳴る鼓動に気づかれないように視線をそらし、俯いて答える。


「うん、終わったよ。それでね、ちょっとこの後用事が出来ちゃったから、帰るね」

「れい――?」

「ほら、誤解は解けたし、話したいことってハンカチのことでしょ? ちゃんと返してもらったし、もう用事は済んだでしょ」


 奏の返事を待たずにそのまま帰ろうとした私は、奏の腕を伸ばして壁に手をつく動作によって壁と奏に囲まれて、身動きが取れない状態になってしまった。


「あの、奏……?」


 恐る恐る視線を上げると、そこには奏のあざやかな瞳があって、私をまっすぐに見つめていた。射止めるような瞳で、情熱的に見ていたの。

 そんなふうに見つめられて、体の奥から甘い痺れが広がって、その場に縫いとめられたように動けなくなってしまう。


「れい――、俺が言ったこと、ちゃんと聞いていましたか――?」

「えっ、うん、聞いてたよ……ハンカチ、大切にとっていてくれてありがとね」


 そう言って、私は甘い視線から逃れるように顔を背ける。

 本当は奏がなんのことを聞いているのか分かったけど、なんと答えたらいいか分からなくて誤魔化してしまう。

 奏は話をそらしたことに不服そうに眉根を寄せながらも、それ以上は何か言ったりせずに、私を囲んでいた腕を解き、体を離す。

 奏の熱を感じてしまう距離から解放されたことに横で気づかれないようにほっと安堵の息をついて、私は家に向かって歩き出した。



 奏が復讐じゃなく私のことを好きだと言ってくれて、嬉しかった――

 だけど、それが今もなのか計りかねて、戸惑っていた。どんどん溢れていく気持ちをもてあまして、奏と向き合うことが出来なかった。

 気持ちに整理がついたといったら嘘になる。まだ私の心(ここ)に止められない想いがあって。だけど、奏の口から真実を聞けて、復讐じゃなかったと知れたことだけで満足だった。

 今はとにかく、秀先輩に会うことが先決で、それから自分の気持ちを見つめ直せばいいと思った。

 奏のアパートから少し歩いて自分のアパートへ行き、四階にある部屋へと階段を登り始めた時、ふっと、酔いつぶれてしまった日のことを思い出す。

 そう言えば――結局あの日はどうやって帰ったのだろうか。秀先輩に送ってもらったように思っていたけど、そんなことはあり得なくて、ずっと謎のままだった。自分で帰ったとしたなら、記憶もないままエレベーターのないこのアパートの階段を四階まで一人で登れたのだろうかと疑問だった。

 機会があれば秀先輩に聞いてみようと思う。

 簡単に身支度を整えてアパートを出て駅に向かい、電車に乗って待ち合わせの柏駅に向かう。

 一緒に映画を見た後に言うつもりだったことを――




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