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第26話  届かない一等星―ただひとつの想い



 思いもかけない告白に頭の中は真っ白。好きだと言われるのは三度目で、驚きよりも信じられないという負の気持ちがまさってしまって、詰らずにはいられなかった。だって。


「奏には好きな人がいるでしょ? それなのにどうして私にそんなことを言うの――」


 苛立ちの中に切なさをにじませて、声が震えてしまう。


「だから俺が好きなのはれいなんです――」


 すっぽりと奏に包まれるように抱かれたまま、耳元で甘やかな声でささやかれて、体中に奏の熱を感じて、頭がどうにかなってしまいそうだった。

 私も好き――そう言ってすがってしまいそうになる気持ちを押さえて、ぐっと唇をかみしめる。

 だって、好きだなんて言葉、信じられなくて……

 私は振り向いて、とんと奏の胸に頭をついて、胸を押しのける。ふいの私の行動に奏はきょとんとした顔を向け、青空のように澄んだ瞳を私に注ぐ。


「れい……?」


 痛々しいくらい静かな声で奏に名前を呼ばれて、ぴくんっと肩を揺らして、頭を左右に振る。


「分からない――奏の言うことが分からないよ。好きだっていうのは高校の時の話? どうして今更その話をするの? どうして再会した時に同級生だって言わなかったの……それは言えなかったから? 私は……男の人が苦手で、だけど奏は違って初めてできた男友達だと思っていた、信頼していたのに。奏には好きな人がいるって言っていたでしょ。あのラベンダー色のハンカチの人、奏がその人と一緒に歩いているのを見たの」

「えっ……」

高校の時(あのとき)、何も言わないで逃げたから――?」


 見つめた先に、奏の動揺に大きく揺れる瞳があって、胸が締め付けられる。そんな苦しそうな顔をしないでほしかった。

 私は泣き笑い、奏に告げる。


「私は奏が好きだよ……よかったね、これで復讐が果たせて」


 言うと同時に目の前にある奏の胸を力一杯押しのけて、駆けだした。無我夢中で階段を駆け上がり、陸橋を走って映画館が併設されているショッピングモールに駆けこむ。

 奥へと延びる通路を小走りで進み、頬を伝う涙をぬぐった時、携帯がなっていることに気づく。


「はい……っ」

『羽鳥? 今どこ? 俺、映画館の前にいるけど、いる?』

「……っ、すみません、もうすぐ着きます……」


 鼻をすすって、走るスピードを上げる。映画館の入り口が見えて、その前で辺りを見回している秀先輩の姿を見つけて、ぶわっと胸に熱い気持ちが込み上げる。

 秀先輩も私に気がついて、ふわりと優しい笑みを浮かべて、片手を上げる。


「羽鳥」

「秀先輩――」


 すがるような思いで秀先輩の側に駆け寄った時、後ろから強い力で引き寄せられる。


「――っ!?」


 振り仰ぐと、青のように澄んだ真剣な奏の瞳が目の前にあって、息を飲む。あまりに真剣な瞳に、目を瞬いてみいってしまう。


「羽鳥……?」


 戸惑いがちな秀先輩の声にはっとして、奏と秀先輩の顔を見比べる。

 奏は私を見ずに、まっすぐ秀先輩を見据えると、瞳の色を濃くする。


「秀先輩……ですか? すみませんが、彼女に用事があるのでちょっとお借りします」


 えっ――?

 奏の言葉に反応出来ないで呆然としている秀先輩の前から、私を引っ張ってずんずん歩きだしてしまう。


「あっ、やだっ。なにするのよっ! 奏、離して。今日は秀先輩と約束してた……」


 私の必死の抵抗も聞き入れてもらえず、奏は無言で歩き続ける。だけど、最初は強引に私の二の腕を掴んでいた手が、いつの間にか手のひらを優しく包んで、私の歩調に合わせて歩いていることに気づいてしまって――それ以上抵抗することが出来なかった。

 説明もなしに秀先輩を置いて来てしまったことは気がかりだったけど、奏がどうして私を追いかけてきたのか、どこに連れて行こうとしているのか――知りたかった。

 いいかげん、すべてのことを、はっきりとさせたかったの。



 ゆっくりと歩く奏に引かれて、私はなんだか無性に切なくなって、静かに涙を流した。この涙がなんの涙なのか自分でも分からなくて、繋がれていない方の手で目元を拭う。

 振り返った奏と視線が合い、泣いていることに気づいた奏が複雑そうに瞳を揺らし、静かな声で言った。


「すみませんでした、強引に連れ出してしまって……ただ、どうしても話したいことがあったから」


 強引なのは今回が初めてじゃない――

 秀先輩に振られて泣いている私を連れ出してくれた時のことを思い出して、その時とかぶって、皮肉気な笑みを浮かべる。

 電車に乗っている間、私と奏は一言も話さないまま、どこに向かっているのかも分からなかったけど、次第に見慣れた駅に近づいていき、馴染んだ運河駅で電車を降りる。

 空はすっかり薄雲で覆われてどんよりとしている。日射しがなくなっただけで、吹きつける風の寒さが一層強く感じる。

 わずかに体を震わせると、繋がれていた手にぎゅっと力が込められて、半歩前を歩く奏の大きな背中を振り仰ぐ。

 着いたのは奏のアパートで、以前来た時のようには戸惑わずに奏に促されて中に入る。

 一体、奏の部屋で何を話したいのかは分からなかったけど、これで気持ちに整理がつくならいいと思った。

 例え、奏の好きな人についての話でも、私の思いが報われないものだったとしても、奏の口から真実を聞けるのならそれで十分だと思った。

 お台場で奏と会った時は突然の出来事で頭に血がのぼって冷静に考えることは出来なかったけど、奏の口から真実を聞く――それが私の望みだったのだから。

 洗われたように澄んでいく心に、奏に気づかれないように微笑をもらす。

 もともと――今日は秀先輩に会った時に自分の正直な気持ちを伝えるつもりだった。秀先輩とは付き合えない――って。

 秀先輩のことは好き、だけど、それと同じくらい――ううん、それ以上に奏が胸を占める気持ちが大きくなっていることに気づいてしまったの。

 奏がどういうつもりで私に好きだって言ったのか、他に好きな人がいるのに、何一つ奏のことを分からないのに、気がついたら強く惹かれていた。

 奏のことを考えると苦しくって切なくて、涙が止まらない。秀先輩といると心がほかほかして楽しくて、大好きだなって思える。それなのに、奏のことが好きでどうしようもなかった。

 だから秀先輩とは付き合えない、奏への気持ちに決着をつけるまでは、秀先輩とは先輩と後輩の関係に戻りたいと伝えるつもりだった。

 だって、奏はブルーベルから姿を消しちゃって、いつ会えるかもわからなくて、いつ決着をつけられるか分からないのに、待つと言った秀先輩の言葉に甘えるわけにはいかなかったから。


「ここに座っててください」


 そう言って、お台場からずっと繋いだままだった手を離した奏が、ソファーに私を座らせる。

 奏は奥の部屋に続く三枚の引き違い扉を開けて、しばらくしてから戻ってきた。その手にはラベンダー色のハンカチを持って。

 私は差し出されたハンカチを見つめて目を瞬き、首を傾げて奏を見上げる。

 このハンカチの持ち主――奏とデートしていた綺麗な女性のことが好きだと言われるとばかり思っていたら、奏の口から紡がれたのは予想もしていなかった言葉だった。




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