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第25話  届かない一等星―雪の降る日には



 窓から差し込む太陽の光はまぶしくて、部屋の中はきらきらと輝いているように見える。まるでこれから初めてのデートに行くような胸の高鳴りに、知らず頬が綻んでしまう。

 鏡の前に立った私は、念入りに服装をチェックする。もう何日も前から悩みに悩んで今日のコーディネートを決めていたのにも関わらず、今になってどこかおかしくないかと気になってしまう。

 白地に小花柄のプリントされた膝丈のワンピース。胸元にはオフホワイトのベルベットリボンがまかれている。持っている服は動きやすいズボンばかりだし、お洒落にもそれほど興味がなくて可愛い服なんてほとんど持ってない私だったけど、今日のために七海がよく行くお店に連れていってもらって服を買ったのだった。

 デートじゃないとか言い続けながらも、クリスマスイブにお台場に出かけると思うと、うきうきせずにはいられなかった。

 何度も鏡で確認して、額にかかる髪の毛を直す。


「うん、バッチリ」


 鏡の中の自分に笑いかけて、私はニットのロングカーディガンを羽織り、玄関でブーツをはく。

 ずっと言えなかった気持ちを言うと決めた――

 決意を胸に、私はしっかりと顔を上げて駅に向かった。



 約束の時間よりも少し早くついてしまって、私は時間を確認した携帯を鞄の中に戻す。

 待つのは好きだけど、待っている間そわそわして落ち着かない。駅で待ち合わせするのは苦手だから、今日は映画館の前にある広場で待ち合わせ。

 近くには私以外にも待ち合わせをしている人や、カップルで写真を撮っている人がいて、後ろを振り仰ぐ。そこには本物のもみの木のクリスマスツリーが、天に向かうように伸び、一番上にはオレンジ色の星が壮麗に輝いている。夜になり、飾られた色とりどりのガラス玉がライトアップされるともっと綺麗なんだろうなと想像する。

 ぴゅーっと吹きこむ冷たい海風が頬をなでていき、体を震わせる。

 今日はうんと寒くなるって天気予報で言っていたから着こんできたつもりなのに、寒くて震えが止まらない。

 見上げた空はどこまでも透きとおるブルースカイ。真上にのぼった太陽があふれんばかりに日差しを振りまいているのに、風が強くて西の方から雲が広がって来る。

 うっすらとした雲がたなびいて青空に模様をつける。その様子を眺めているのも楽しくて、目元を和ませて空を仰ぎ、口元に当てた手にはぁーっと息を吹きかける。

 これからのことを考えたら笑ったりできる余裕はないのに、なんだか胸がふわふわと心地よい。良いことが起きそうな予感がする。その瞬間。

 わぁーっとため息のような声が響き渡る。

 緑の葉を広げる樹木クリスマスツリーを見上げていた私は、そこにちらちらと白いものが舞うのを見て息を飲む。と同時に、この時期に似つかわしくない大好きな香りを感じて大きく鼓動がうつ。

 大きく息を吸い込めば爽やかに広がるラベンダーブルーの薫りに心が締め付けられる。先程感じた予感がどんどん大きくなって、ばっと振り向くと、そこにいたのは――

 きりっとした二重、通った鼻梁、薄く形の良い唇、肩につくくらいの長さのサラサラの黒髪。間違えるはずがない、奏だった。

 最後に会ったのはまだ暑さの残る九月、三ヵ月ぶりに目の前に現れた奏が一瞬幻ではないかと思ってしまう。だけど、私を見る奏の瞳が大きく揺れて立ち止まるように動きがゆっくりとなって、幻なんかじゃないんだって思った。

 胸に不安と疑念が一気に押し寄せて引いていき、ただ会えてうれしい気持ちだけが残る。


「奏……」


 気持ちのまま名前を呼んだのだけど、立ち止まるようにゆっくりだった動きがその瞬間、再生されたように動きが速くなり、奏は挨拶も交わさずに私の真横を通り過ぎて行ってしまった。

 えっ――

 確かに視線があったはずなのに、無視されて、胸がきゅっと痛む。不覚にも泣きそうになって誤魔化すように俯いた時、鞄の中の携帯が鳴りだす。

 慌てて手の甲で目元を拭って携帯を取り出して通話ボタンを押す。


「はい、もしもし……」

『あっ、羽鳥? ごめん、電車が遅れててまだ駅なんだ』


 慌ててたから誰からの電話かも確認するのを忘れてて、だけど受話器の向こうから聞こえる優しげな秀先輩の声を聞いて、なぜだか涙が溢れてくる。


「秀先輩……」


 震える言葉を切ってもう一度目を拭い、から元気に明るい声を出す。


「そうなんですか。私はもう待ち合わせ場所にいるんですけど、待ってるのでゆっくり来て下さいね」

『ありがとう。だけど外で待っているのは寒いだろ? 今日は特別冷えるからな』

「そうですね、今日はすごい寒いですよね。あっ、さっき雪がぱらっと降ったんですよ」


 雪のことを思い出して、くすりと笑う。雪が降ったのは一瞬でもうやんでしまって、ホワイトクリスマスって言えるほどじゃないけど、雪が降ったことが心を弾ませる。

 本当は胸が切なく痛いのに、笑えるような気分にさせてくれた雪に感謝する。


『へぇ、そうなんだ、俺も見たかったな。今地下鉄のホームだから無理だけど』

「また降るといいですね」

『ああ。そっちに着くまでまだ時間かかるから、映画館の中で待ってて。いいね?』

「はい」


 優しい響きで言った秀先輩に頷き返して、クリスマスツリーに背を向けて広場から続く階段を登り始める。


『じゃあ、電車来たから切るね』

「はい」

『またあとで』


 ふわりと笑う秀先輩の声が耳にくすぐったくて、甘い痺れに襲われる。


「はい。待ってますね――」


 電話を切った途端、直前の苦しい気持ちが襲いかかって、携帯を握りぎゅっと唇をかみしめる。

 秀先輩と話しただけでこんなに温かい気持ちになるのに、奏の事を思い出して、奏のことだけで体中すべての感覚が囚われる。

 切なくて苦しくて、こんなに好きな気持ちが溢れてきて、泣きそうだった。

 私は涙を堪えて、わざとらしく顔を上げて階段を登る。その瞬間。

 二の腕を後ろから強い力で引っ張られて、私はバランスを失って階段を踏み外して後ろに倒れかかり、逞しい胸に抱きとめられた。


「どこ行くんですか――?」


 耳元で低い声がして目を上げると、そこに息が止まりそうなほど綺麗な奏の瞳があって、大きく胸が跳ねる。

 私をまっすぐにみつめる奏の瞳は強い光を帯びていて、冷たく、そしてあまりにも美しくて、吸い寄せられてしまいそうだった。


「えっ……奏……?」


 いきなりだったから、状況がつかめなくて戸惑いがちに奏の名を呼ぶ。

 背中に男らしい厚い胸を感じて、それが優しく私を受け止めていて、心が揺さぶられる。それから、無視されたばかりだということを思い出して、苛立つ感情が湧きおこる。

 自分の心を落ち着かせるようにぎゅっと目を瞑って、それから。


「……っ、奏には関係ないでしょ」


 感情的にならないように言ってから、腕をつっぱって奏の胸の中から体を離す。掴まれたままの腕をといて階段を登ろうとしたのだけど、奏の手にぎゅっと力が込められて、痛みに眉間に皺を寄せる。


「秀先輩と会うんですか――?」


 なんで奏がそのことを知っているのか驚いたけど、さっき視線があった時は無視して素通りしたのに、自分の質問を押しとおそうとする強引な奏に腹がたつ。


「そうよ、秀先輩とデートなのっ!」


 私はキッと顔を上げて奏を睨み、心を痛めながら叫ぶ。

 本当はデートじゃないし、奏に話したいことや聞きたいことがあるのに、苛立つままに言っていた。

 すっと掴まれていた二の腕から奏の手が離れる。もう奏に掴まれていないのにそこにのこる感覚に胸が疼く。それを隠すように反対の手で二の腕を掴んで、俯いて唇をかみしめる。苦しくて切なくて、やるせない。

 何も言ってこない奏に焦燥感が募り、後ろめたくて居心地が悪い。沈黙が重苦しくて、早く奏の前から立ち去りたかった。


「急いでるから」


 掠れた小さな声で言うと同時に、奏の返事を待たずに階段を登る。だけど。

 次の瞬間、後ろから強く奏に抱きしめられて、瞠目する。


「れい、好きだ――」


 ふわりと肩から回された奏の腕は力強く、優しくて。

 三度目になる奏の告白の言葉が胸に沁みて、どうしようもなく心が震えた。

 やんだと思っていた雪がはらはらと舞い落ちて、視界を白く濁らせた。



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