第24話 届かない一等星―てのひらの星
「羽鳥、好きだ――」
一瞬、なんと言われたのか頭がついていけなくて呆けてしまったのだけど、私をまっすぐに見つめる秀先輩の瞳があまりにも真剣で、わずかに頬を染めてはにかむ笑顔はいつもの秀先輩よりも子供っぽく感じる。
歓送会の後に話がある――そう言って呼び出した秀先輩の用件は、思いもかけないものだった。
歓送会から二次会へと向かう途中、七海には後から二次会に行くと告げて、通りかかった線路沿いの公園に秀先輩と二人で向かう。
夜の公園には誰もいなくて、電灯に照らされた遊具がきらめく。遊具の横を通り過ぎ、空き地の横に並ぶベンチの側で立ち止まった秀先輩が振り向いて、長い影が伸びる。
漆黒の夜空に浮かぶ下弦の月は静かな音色を奏でている。
長い沈黙の後、秀先輩の唇がゆっくりと動く。
「今さらと思うかもしれないけど、羽鳥が俺のこと好きだって言ってくれてすごく嬉しかった。妹みたいに思っているから今までの関係を続けたいって言ったのは俺だけど、部も引退して先輩後輩としてのままじゃだんだん会うこともなくなって――そう考えたらそんなのは嫌だった。もっと羽鳥のことを知りたいし、側にいたい。好きだって気づいたんだ――」
まさか好きだと言われるなんて思ってもみなくて、体中に甘い痺れが広がって嬉しくて涙が溢れてくる。
「秀先輩……」
滲む視界に大好きな秀先輩が映る。
「羽鳥はもう俺のこと好きじゃないかもしれないけど――」
きまり悪そうに目元を細める秀先輩に、私は思い切り首を左右に振る。
そんなことない。秀先輩のことは今でも好きで、大好きで。だけど――
胸におしよせる感情に言葉が上手く出てこなくて、ぎゅっと唇をかみしめる。
「羽鳥――?」
その時の私はどんな顔をしていたのだろうか。秀先輩は心配そうに私の顔を覗きこみ、ぽんぽんっと大きな手で頭を二度なでると優しく切ない笑みを浮かべる。
「俺のこと……まだ好きでいてくれてる?」
静かな問いかけに、私は縦に首を振る。
「俺と……付き合ってくれる?」
少しの間をおいて、小さく横に首を振る。
秀先輩が好き。だけど心を締めるのは奏の存在で――
でも奏への気持ちは諦めなければいけないものだと知っているから、まだ恋とも呼べないこの小さな気持ちにちゃんと向き合うだけの時間が必要で。中途半端な気持ちでは、秀先輩と付き合うなんて出来なかった。
秀先輩は複雑な笑みを浮かべて、首をかしげる。
「俺に……見込みはある? 先輩とか後輩とか関係なく、これからも一緒に出かけてくれる?」
見込みとかは分からないけど、純粋に、秀先輩と一緒に出かけたいと思った。約束していた映画はまだ見ていないし、秀先輩と一緒なら楽しいと思ったから。私は秀先輩に笑いかける。
「はい」
※
私と秀先輩は以前よりもメールや電話のやり取りが増えて、休み時間が合えば学校で会い、休みの日には一緒にでかけるようになった。
距離感は先輩後輩の関係とあまり変わっていないかもしれないけれど、サークルで顔を合わせなくなった代わりのように二人きりで会う時間が増えて、徐々に二人の関係は変わっていってるのかもしれない。
先輩は私が保留にした答えについて催促するようなことはなくて、その話に触れることもなかった。
奏のことやいろいろ相談に乗ってもらった七海には、秀先輩に告白されたことをすべて話した。
買出しに付き合ってもらったと知った時の七海はもっと積極的になるべきだって煽ったけど、今回はそんなふうには言わなかった。ただ静かに話を聞いて、気遣わしげに私を見つめる。
「れいが決めたことなら、私が口出しすることじゃないし。それに今のれいはしっかり前を見てる――それならいいと思う」
ってはにかんだ笑みを浮かべた。
前を向いているのかは自分では分からないけど、以前のように奏のことでうだうだ悩むこともなくなって、秀先輩と過ごす時間は穏やかに過ぎていく。
秋風に舞う色づいた葉がカサカサと音を立てて、胸が疼く時もある。結局、奏に何も聞けなくて後悔というか心残りはあって、だけど。いつか、かならず奏に会う時があるような気がして、それが何年後かは分からないけどその予感に胸が跳ねる。
秀先輩のことは好きだけど、奏のことも気になって。中途半端な気持ちは嫌だとか思いながら、友達以上恋人未満の関係が一月半続き、季節はすっかり秋から冬へ。街はクリスマスカラーに染まっていた。
※
「あ~、やっと終わったぁ……」
二限終業のチャイムの音に重なって、七海が机に伏して脱力する。それを見て横に座っていた桃花ちゃんと舞ちゃんが苦笑する。
「これで明日からは晴れて冬休みかぁー」
「今年はついてないね、せっかくの祝日で三連休なのに月曜日の振り替えで講義なんて。祝日が増えてもこれじゃ意味ないよね」
桃花ちゃんに同意して私は頷く。
今日は十二月二十三日、世間は三連休でお休みムードなのに、うちの大学は普通に講義がある。クリスマス前ということもあって、今日の講義に不満な人は多いと思う。
「あっ、じゃあ、私は行くねっ」
慌ただしく教科書を鞄に閉まって立ち上がったのは舞ちゃんと桃花ちゃん。
「えっ、今日はお昼食べて行かないの?」
「ごめん、これから約束あるんだ。またね~」
尋ねた私に早口で答えた舞ちゃんは、扉に向かって歩き出す。その後ろ姿はステップを踏んでいる。
未だに机に突っ伏したままの七海は、顔だけを私に向ける。
「舞は彼氏と二泊三日で旅行なんだって。桃ちゃんは実家に帰るみたいよ」
「へぇー、そうなんだ。今講義終わったばかりなのに、みんな多忙だね」
ぼんやりとそんなことを言うと、きっと眉を吊り上げた七海に叱責される。
「れいったら、なにとぼけたこと言ってるのよ! 当たり前でしょ、明日はクリスマスイブ! 彼氏持ちはみんな忙しいのよっ!」
「七海も忙しいの?」
机をばしばし叩きながら力説する七海の迫力に気圧されながらなんとなく聞き返してしまった私は、鋭い視線で一睨みされて顔を強張らせる。
「……っ」
無言の七海の返事にしまったと思い、だけど言ってしまったことは取り消せなくて冷や汗が額に溢れてくる。
「えっと……」
七海は相変わらずブルーベルに一人で通っているらしいが、卯月さんの反応はいまいち良くないらしい。
何か言わなければと思って口を開くけど、何を言えばいいのかさっぱり思いつかなくて、結局口を閉じる。
そんな私を、机に伏したままの七海が上目使いに見上げ、真摯な瞳を向ける。
「他人事みたいに言ってるけど、れいはデートじゃないの?」
「えっと、秀先輩とは明日会う約束はしてるけど、私のはデートというか……」
ごにょごにょと口ごもって答える私を見て、七海は体を起こす。
お昼時間ということもあり、講義室の中にはすでに私と七海以外の生徒はいなくなっていた。
「付き合ってなくても、二人で出かけるならデートだって、言ったじゃない」
抑揚のない声で言った七海の言葉に、私は胸がひやりとする。
「ちょうど私も先輩も見たい映画があったからお台場に行くことになっただけだよ……」
数回瞬いて、困ったように笑う私に、七海ははっきりと言い切る。
「クリスマスデートでしょ」
その言葉がずきんと胸に突き刺さる。
秀先輩がなにも言ってこないからって、ずっとこのままでいい訳がないことは分かっている。
二十四日が近づくにつれて、あいまいな私と秀先輩の関係をはっきりさせなければいけないとひしひしと感じて辛かった。
中途半端は嫌だと思いながら、秀先輩の優しさに甘えて。付き合えないとか思いながら、秀先輩と二人で何度も出かけて期待を持たせて、自分の気持ちに気づかないふりをして――
秀先輩と両思いになって付き合うなんて、ずっと夢みたいなことだと思っていた。その夢が目の前にちらついているのに、私は見えない影に焦がれてしまう。会いたいと思ってしまう気持ちを、どうしようも出来なかった――
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