第22話 センチメンタルジャーニー
どうしてこう神様はいじわるなんだろうか――
やっと決心して奏に会いに来てみれば、奏はバイトを辞めた後で連絡が取れなくなってしまった。
なんで辞めたのか聞いたのだけど卯月さんは理由までは知らないっていうし、奏に会うために声をかけた時は平気だったけど、男性苦手意識がうずうずと顔を出してそれ以上卯月さんと話すことは出来なくて、そそくさとブルーベルを後にした。
喫茶店で働くのが夢だと言っていた奏がブルーベルを辞めた。なんで――? 思い当る答えは一つ。私への復讐が終わったから姿を消した――
再びどろどろとした感情が這い上がってきて、奏への不信感が募る。
奏から直接聞くまでは、奏を信じると決めたのに。
失恋の時に気分転換にゲーセンに連れて行ってくれたこと。真剣に自分の心配をしていてくれたこと。あの時の奏の優しさが嘘だとは思えなくて、奏の口から直接違うって聞けたらいいと思った。だけど。
奏が突然姿を消してしまって、もうなにを信じればいいのか分からなくなってしまった。
※
七海や合コンで奏と会っている桃花ちゃんと舞ちゃんにも確かめたけど、奏とアドレスを交換している人はいなかった。
学食でみんなでお昼を食べて、お昼時間が過ぎて三限目の講義がある桃花ちゃんと舞ちゃんを見送って、講義がない私と七海は学食に残っていた。
「未至磨に聞いてみようか?」
奏がブルーベルを辞めていて連絡が取れなくなったことを聞いた七海が提案してくれたのだけど、私は首を横に振る。
「ううん、いいや」
「なんで? 辰巳君を合コンに呼ぶくらいなら未至磨は連絡先知ってると思うよ?」
不満そうに眉根を寄せる七海に、私は苦笑する。
奏の連絡先は知りたい。だけど、七海と未至磨君経由で聞くのは、なんだか奏のことを詮索しているみたいで嫌だった。せめて私が未至磨君に直接聞ければいいのだけど。そう考えて、ある人のことを思い出す。
「ほんとに 聞かなくていいの?」
「うん、ちょっと心当たりがあるから、そこを当たってみるね」
そう言って、私は席を立った。
※
プルルルル……
規則的な機械音に、どんどん鼓動が速くなっていく。
人見知りの私だけど、電話も苦手……
顔が見えないんだから、直接話すよりはましでしょって思われがちだけど、顔が見えないと言葉だけから相手の真意を計らなくちゃいけなくて、すごくどきどきする。
『もしもーし?』
突然聞こえた男性の声に、大きく胸が跳ねる。
『もっしもーし? れいちゃん?』
少年っぽいおどけた口調に、間違いなく電話をかけた相手に繋がったことを知って、胸をなでおろす。
「あの……隼人さんですか?」
『そうだけど、なに? 間違えて俺にかけちゃった? れいちゃんから電話でびびったんだけど……』
「えっと、間違いじゃないです。隼人さんにちょっとお聞きしたいことがあって」
私は胸元で拳を作り、決意の代わりにぎゅっと力を込める。
「辰巳さんの連絡先を教えてほしいんですが――」
電話をかけた先は隼人さん。初対面でからかわれて印象最悪で、合コンの時もなんだか軽いノリについていけないし、危うく迫られてキスされそうにもなったりしたけど……
去り際のすまなそうにした隼人さんの顔を思い出して、悪い人――とは思えなかった。
もちろん、あの時はビックリしたし、強引さに戸惑ったりしたけど、奏のことを直接聞けるのは隼人さんだけだったから。
合コンでアドレスを交換したものの、その後一度も連絡を取ってないのに、こんなこと聞くのはどうかとも思ったけど、隼人さんに聞く以外、いい方法が思いつかなくて――
『いいよ、奏のアドレス教えても。ってか、あんなに仲良さそうに見えて知らなかったことにビックリ。でも交換条件ね。俺と一日デートしよっ。そしたらアドレス教えてあげるよ』
にやりと不敵な笑みを浮かべた様な口調の隼人さんに――実際は電話越しだから表情は分からないけど、私はその交換条件を飲むことにした。
※
「いやー、れいちゃんから電話かかってきた時はほんとビックリ。ほら、合コンの時に俺ちょっと酔ってて悪ふざけが過ぎたっていうか」
壁際に追い込まれ、無理やりキスをしようとしたのを悪ふざけの一言で片づけてしまう隼人さんには苦笑するしかなかったけど、今日会って最初に謝ってもらってるから、路地でのことはなかったことにしようと決めたの。
「いいですよ、もう謝ってもらったし……」
「でもさ、俺に怒ってブルーベルにしばらく来なかったんじゃないの?」
映画館に併設の喫茶店、丸テーブルを挟んで向かいに座る隼人さんが上目使いに私の顔を覗きこむ。なんだか子犬が怒られて耳を垂れ下げしょんぼりしているみたいな顔をされて、私のが悪いことしてるみたいな罪悪感が押し寄せる。
「えっと、違いますよ? ブルーベルに行かなかったのは――」
奏を避けてたからだけど。
「ずっと風邪気味だったのと、夏休みの課題が終わらなくて忙しかったんです」
「そうなんだ?」
その一言でぱっと顔を輝かせて、きらきらと瞳を輝かせる隼人さんを見て、なんだか脱力してしまう。
デートなんて言われたから、どんなとこに連れて行かれるのかと思えば、普通に――といっても、私にとってこれが初デートになるのかな?? ――映画見て、喫茶店でお茶して、この後はぶらぶらウィンドーショッピングの予定らしい。
人見知りだし男性が苦手な私は、数回話しただけの隼人さんと一日一緒に過ごして平静でいられるかどうかすっごく不安だったけど、なんのことはない。隼人さんはちょっとちゃめっけがあるけど普通に良い人で、いままで男性と一括りにして苦手意識を持っていたことが申し訳なくなる。
「じゃ、行こうか?」
そう言って席を立った隼人さんは、あの時のように自然に手を握って私の半歩前を歩きだす。
大きな手に包まれた自分の手を見て心臓がドキドキと鼓動を打つけど、こんな時にも考えてしまうのは奏のことだった……
隼人さんの手は大きくて少し硬くてごつごつしている。だけど奏の手は指が長くて綺麗ですべすべの肌だった。
映画館を出て、駅の反対側にあるショッピングモールに入りぶらぶらと歩く。
時々、隼人さんが興味の惹かれたお店に私を引っ張って行っては帽子や眼鏡を試着したり、CDショップで視聴したりした。
このまま普通に楽しい一日が終わるはずだったのに、視界の端に探していた人影を見つけて振り返る。
横顔だけど、間違えるはずがない。通った鼻筋、長身、それからなによりもさらさらの黒髪をハーフアップに結んでいるのは――奏に違いなかった。
奏がいた。こんな近くにいた――
そう思った次の瞬間、私は見てしまったの。
お店から出てきた綺麗な女性が奏に駆けより、奏が何か話して見たこともないような笑みを女性に向けているのを――
ちくんっと胸に何かが突き刺さる。
ああ……きっとあの人が奏の好きな人なんだろうな……
胸の痛みに――奏を好きだと言う自分の気持ちに気づいた瞬間、私の恋は終わってしまった。