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第17話  恋色ダイス―思い出のかなた



「おい、何やってんだっ――!?」


 突然聞こえた荒々しい声に、ぎゅっと瞑っていた目を開くと険しい表情の奏が隼人さんの胸ぐらを掴んでいて、ぎょっとする。


「えっ、奏――!?」


 いつもと話し方が違うから、奏の声だとは思わなくて目を見開いて驚く。

 私が制止する間もなく、奏のパンチが隼人さんの顔面に命中する。

 ボコッ、ドッターン――っ!

 大きな音を響かして隼人さんが路地に倒れ込む。


「きゃーっ!?」


 いきなり殴りとばしたりするから驚いて悲鳴をあげる。

 床に片膝を立てて起き上がった隼人さんは、口の端からうっすらと血が滲んでいる。


「あっ……隼人さん、大丈夫ですか?」


 口の中が切れて血が出てる隼人さんに駆け寄ろうとしたら、後ろから強引に腕を引かれて奏の胸に中に押さえこまれる。


「やっ……なに!? 奏!?」


 突然のことに驚いて振り仰ぐと奏が見た事もないような怖い顔をしているから、ドキンっと大きく胸が跳ねる。

 奏は私を片腕で抱きこむようにし一瞥すると、隼人さんに視線を向ける。


「隼人、お前、れいに何したか分かってるのか?」


 怒りに震える声で言った奏に、隼人さんはぺっと床に血を吐いて手の甲で口元を拭うと皮肉気な笑みを浮かべる。


「何って――まだ何もしてないだろ。だいたい俺とれいちゃんが何しようが、奏には関係ないよなぁ――?」


 奏は何か言い返そうとしたのをやめてきゅっと強く奥歯を噛みしめる。そのまま黙り込んだ奏に対して、隼人さんは大きなため息をつくと立ち上がり、ぱんぱんとお尻をはたいて呆れた声を出す。


「奏――独占欲丸出しだな……」


 そう言った隼人さんは、私にすまなそうな視線を向けて路地を出て行ってしまった。

 私は隼人さんの言葉の意味が分からなくて、思考が止まる。



 しばらくその場に呆けたように立ちつくしていた私は、はっと我に返って恐る恐る奏に声をかける。


「えっと、奏――? そろそろ離してくれるかな……」


 私はずっと奏の腕に包まれるように抱えられ、背中には奏の厚い胸が密着している。冷静になった瞬間、奏のことを意識してしまって頭から湯気が出そうだった。

 体を離してほしくて言ったのに、なぜか腕にぎゅーっと力を籠められて強く抱きしめられる。

 ドキンッ――

 大きく胸が震え、体の中心が疼く。

 前にも感じた鼓動の早さに警戒音が響いて、どうにか腕を離してもらおうとしたら――


「れい、好きだ――」


 肩越しに切なく震える声で奏に言われ、ぎゅっと胸が締め付けられる。

 自分の聞いた言葉が信じられなくて、どうしようもなく鼓動が早鐘を打つ。


「俺じゃダメなの? いつも君の事を考えているのに――」


 奏は囁くように言うと、私の髪の毛を優しい手つきで梳く。

 髪の毛に指をからめられた瞬間、体中の神経が髪の毛にあるんじゃないかってくらい敏感になって、体の中央から甘い痺れが広がっていく。

 奏が、私のことを、好き――?

 そのことに思考が囚われ、頭が上手く回らない。

 だって、私と奏が知り合ったのはついこの間で、数回しか話したことがなくて、お互いのことをそんなに知らない。

 それに私が好きなのは秀先輩で、奏が好きなのは――

 そう考えて、奏の部屋で見たラベンダー色のハンカチと、血相を変えてハンカチを隠した時の切なさに揺れる奏の顔を思い出して、一気に頭に血がのぼる。

 胸の上に回された奏の腕の温かい熱に吸い寄せられるように伸ばそうとしていた手で、乱暴に奏の腕を掴んで自分の体からひきはがす。

 振り向きざま、きっと苛立ちを宿した瞳で奏を睨みつけ、私は駆けだしていた――



 なんなの、奏は――!?

 私のことが好きって、奏にはちゃんと好きな人がいるくせに。どうしてあんな嘘をつくの!?

 真剣な瞳、あまりにも綺麗なバリトンで好きって言われたら――どんな女の子だってくらくらしちゃうに決まっている。

 だから私の心が揺さぶられたのは、決して奏を好きだからじゃない――

 思わず奏の手に伸ばしてしまったのだって、深い意味はないんだ。

 私が好きなのは秀先輩で、奏のことはただの友達としか見ていない――

 必死に心の中で否定しながら、私の頬に一筋の涙が溺れ落ちる。

 それならどうして、私はこんなに傷ついているのだろう――

 からかわれたんだって気づいて、苛立ちと同じくらい悲しかった。信頼していた奏に裏切られたようで、なにも言い返すことが出来なかった。

 私は泣きながら、無我夢中で駅に向かって走った――



  ※



 好き――そう告白されて逃げ出すのはこれが二度目だ……

 どこをどう走ったのか、街灯に照らされた見知らぬ住宅街の小道をだんだんとスピードを緩めて走るのをやめた。

 しばらくそのまま歩いて、ふっとそんなことを考えて高一の最悪の記憶を思い出してしまった。

 振り返りざまにキスをされ、好きだと言われた高一の春。

 彼のことは印象的だった目にかかる黒くて量のある前髪は覚えているけど、それ以外のことは顔も名前も覚えていない。

 もともと同じクラスと言ってもほとんど話したことなくて、いきなり好きだなんて言われてからかわれたのかと思ったくらい、彼と私の接点はなくて――

 そういえば、彼について一つ思い出した――

 逃げ帰った家で一晩中彼のことを考えていた。なぜ告白したのか、私のどこが好きなのか、明日はどんな顔をして会ったらいいのか――

 ほとんど話したことがない人に告白されて動揺する心の中に少しは嬉しい気持ちもあったのかもしれないけど、私はそれに気づかないくらいキスされたことに衝撃を受けていた。

 とにかく、教室で彼と視線があったらいたたまれなくてどうしたらいいのかとそればっかり考えて、ほとんど眠れなかった――だけど。

 翌日登校すると、彼は転校したと担任の先生が言った。

 転校のことを知っていたのは誰もいなくて――もしかしたら親しい友達は知っていたのかもしれないけど――教室中がざわめいたのを……思い出した。

 確か、彼が転校のことを言うのをその日まで担任に口止めしていたらしい。

 私はさんざん、彼とどんな顔をして会ったらいいのか悩んだのに、彼は教室から――いなくなってしまった。

 もし、彼が転校しないでキスのことを謝ってきたり、そうでなくても話しかけられていたら――こんなふうに告白とキスが最悪の記憶として深く脳裏に刻まれることはなかったかもしれない。

 はぁー……

 とぼとぼと重たい足取りを止め、私は大きなため息をつく。

 夜空を見上げると、繊維のように細い月が寂しげに空に浮かんでる。

 あの時はただキスされたことがショックで逃げ出したけど、今はどうして奏から逃げ出しえてしまったのだろうか……

 奏のことを思い出して、ため息をもう一度つく。頬に触れると、さっきまで流れていた涙がまたこぼれはじめて、思わず嗚咽を漏らす。


「うっ……うっ……」


 繊月に照らされた夜空に、ただ静かに嗚咽が消えて行った。




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