第16話 恋色ダイス―誘惑の時雨
眼鏡をかけてふっと顔を上げると正面に座っていた隼人さんと目があって、含みのある笑みを浮かべて私を見た。
「ねっ、れいちゃんってさ、よくブルーベルに来ているよね。存在感薄いからいままであんまり気づかなかったけど、いっつも壁側に座る子でしょ?」
悪気のない笑顔で存在感がないとずけずけ言われ……ちょっと顔を引きつらせる。
そりゃあ、私は特別可愛いわけでもないし、服だっていつも地味だし、注文する時以外は従業員の人とは目も合わせないし最低限の会話すらしないけど……こうもはっきり存在感がないって言われると、へこんでしまう。
「はぁ……」
あいまいに頷き返すと、隣に座っている奏が隼人さんの言葉を咎めるように強い口調で言う。
「隼人、その言い方は失礼だろう? だいたいお前は――」
そう言って隼人さんに食ってかかろうとした時。着信音が流れ、奏がズボンのポケットから携帯を取り出して僅かに目を見開く。
「ちょっと電話がかかってきたので失礼します……もしもし――」
みんなに頭を下げて立ちあがり、店内の静かな場所に移動しながら携帯を耳に押し当てる。
奏が席を立ったのをきっかけに、桃花ちゃんと舞ちゃんがお手洗いに席を立つ。
人数が減り、隣に座っていた桃花ちゃんがいないからか、隼人さんが席を立って奏の席に移動してきた。
なっ、なんで私の隣に座るの――!?
「奏ってうるさいよな、小姑みたいだと思わないか?」
爽やかだけど少し癖のある笑顔で言った隼人さんに、私はもごもごと覇気のない声で答える。
「そんなことないと思うけど……」
「ふーん……」
そう言った私を隼人さんはじぃーっと見つめて、にやっと意地悪な笑みを浮かべる。
「れいちゃんってさ、奏と仲良いよな。この間も店に奏のこと迎えに来てたし。あっ、もしかして奏のこと好きとか?」
質問責めにあって、恥ずかしくていたたまれなくて、その言葉に必死で首を振る。
「やっ、違う……」
どこをどう解釈したら私が奏を好きってことになるのか理解できなくて慌てて否定する。
私が好きなのは今でも秀先輩だし、奏には好きな人がいるって言っていた。変な誤解をされては奏にも迷惑になるし、一生懸命否定したんだけど私の必死さなんて気にとめた様子も無く。
「そ? まっ、違うっていうならいいけど」
って、あっさり話をぶつ切りにされちゃう。
誤解されなかったのはよかったんだけど、そうもあっさりされると呆けてしまう。話がどんどん飛んでいってついていけない。だって――
「じゃあさ、俺と付き合わない?」
なんて、いきなり言うのよ……
「俺、れいちゃんに興味があるんだよね」
ええ――っ!?
突然のことに驚いたんだけど、その後も質問責めに合い――まあ、ほとんど答えられなかったけど――隼人さんが私に抱いている好意は恋愛感情というよりも好奇心のようだった。
「じゃ、アドレス教えてよ」
慣れた仕草で腰を浮かしてズボンの後ろポケットから携帯を取り出した隼人さんは、遠心力で折りたたみ式の携帯を開くとすっと私の方へ向ける。
教えるなんて言ってないのに携帯を向けられ、私は渋々鞄から携帯を取り出す。
「私のアドレスなんて聞いても仕様がないのに……」
ひとりごちた言葉を聞かれてしまったみたいで、隼人さんがきょとんと首をかしげる。
「なんで? 俺、アドレス教えてもらった子にはマメにメールするよ?」
アドレス教えてもらった子――その発言からは、明らかにたくさんの女の子からアドレスを聞いていることが分かって、私は顔を引きつらせる。
「メール……なんてしなくていいです……」
「ん? メールは苦手? じゃあ、電話の方がいい? 付き合いはじめは電話よりもメールの方がいいと思うけど……あっ、デートにも誘うよ」
隼人さんが満面の笑みでなんか意味不明な事言っているから、私は適当に相づち打って聞き流すことにした。
お手洗いから戻ってきた桃花ちゃんと舞ちゃんは、隼人さんが席を移動しているのを見て元の席とは違う席に座って、微妙に他の人達も席を移動した。
電話を終えて帰って来た奏は最初に七海が座っていた席、私からは一番遠い席に座っていた。
※
薄暗い路地――
壁に追い詰められた私の目の前にいるのは隼人さんで、顔の横に手をついて私との距離を詰めてくる。
「あっ、あの……隼人さん? あの……っ」
てんぱって話しかける私に、隼人さんは意地悪な笑みを浮かべて言う。
「いいから黙って――」
言いながらどんどん顔を近づけてきて、息が触れそうな距離になる……
いっ、嫌ぁ――!?
なんなの、どうしてこんなことになってるのぉ――!?
時は遡って、数十分前。
時刻は二十一時半を過ぎ、ディナー合コンを終えてみんなは二次会のカラオケに行くという。
私は明日も朝からバイトだし、連日のバイト続きによる疲れと合コンの気疲れで頭痛がしてきて、二次会には行かずに帰ると告げる。
七海は渋い顔をしたけど、もともと騙して合コンに連れて来たのだし最終的には帰ることを許してくれた。
お会計を済ませてお店を出た後、お手洗いに寄ってから帰ることにした。緊張でトイレに行きたかったけど、隼人さんがずっと話しかけてくるからなかなかタイミングが掴めなくてずっと行けなかったんだよね。
洗った手をハンカチで拭いてお店の廊下を進みお店を出ると、お店の壁にもたれかかって隼人さんが立っていた。
眼鏡越しに見る隼人さんは、七海いわく“イケメン店員”ぞろいのブルーベルで働いているだけあって、奏にも負けないくらいの綺麗な顔をしている。大きめの瞳は茶色がかっていて、きりっとした眉と不遜に微笑む唇が魅力的。
右膝を折って足裏を壁につけ、だるそうに立っているその姿さえ絵になっていて、通り過ぎる女性がちらちら振り返っていく。
「隼人さん……どうしたの?」
みんなはもう二次会の場所に移動していると思っていたから、そこにいるはずのない隼人さんがいて驚く。
「ん? れいちゃんのことを待っていたんだ」
爽やかな笑顔でそんなことを言われて、心臓が大きく飛び跳ねる。
「えっ!?」
思わず大きな声を出すと、隼人さんはぷっと吹き出してにやにやと意地悪な笑みを浮かべる。
「からかったのね……?」
からかわれただけだと分かっても、心臓が早鐘を打って顔は真っ赤になてしまう。
人見知りだし男の人は苦手で、滅多に男の人と話すことがない私は、待ってた――て言われるだけでドキドキしてしまう。
意地悪な笑みのまま、隼人さんは少し腰をかがめて私の顔を下から覗きこむ。
「からかってないよ。待ってたって言ったのは、ほんと」
「えっ、あっ……そうなの? あれ? 私は二次会行かないよ?」
「うん、知ってる、帰るんでしょ。送ってくよ」
そう言って壁につけていた足裏をぐっと蹴り、私の前に歩み出る。自然な仕草で手を握られて、私は引っ張られるように歩きだす。
えっ、ええ――!?
男の人に手を繋がれて歩くのなんて初めてで、心臓か破裂しそうなほどドキドキする。
そう考えて、奏に手を繋がれたことがあったのを思い出すけど、あの時は精神的に滅入っていてドキドキするとかそんな状況じゃなかったし、あまりの強引さに気が動転していただけだった。
あの時の奏の強引っぷりを思い出して、初対面の印象と今ではだいぶ違うことに苦笑する。
隼人さんは優しく腕を掴み、少し歩くのは早いけど時々振り返って私のことを気にしてくれる。しばらく手を繋がれて歩いて、「あれ?」と首をかしげる。
「あの、隼人さん? 駅、こっちじゃないよ?」
大通りを外れて、路地に進んでいく隼人さんに声をかけたんだけど、隼人さんはちらっと振り返っただけで何も答えてくれなかった。
やっと止まってくれたと思った時には、なぜか壁に追い詰められていて――
「れいちゃん、俺と付き合わない?」
合コンの時も言われたセリフに、不覚にも胸がドキンと跳ねてしまう。
だって間近に綺麗な顔を近づけられて、うっとりするような甘い声、少し意地悪な笑みを向けられてドギマギせずにはいられなかった。
答えないのをイエスだと思ったのか一歩一歩と距離を詰められ、後ずさった私の背中が壁についてしまう。
「あっ、あの……隼人さん? あの……っ」
てんぱってる私に隼人さんは意地悪な笑みを浮かべて言う。
「いいから黙って――」
僅かに目を細め、艶っぽい声で言いながらどんどん顔を近づけてくる。
息が触れそうな距離になり、唇が触れそうな距離に、私はぎゅっと目を瞑った――
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