第15話 恋色ダイス―二人の行方
着いた場所は、お洒落なイタリアンバー。
天井の高い店内は広く長テーブルが置かれたフロアの奥にはカウンター席がある。電球色の間接照明で薄暗く落ち着いた雰囲気で、「イタリアンでも食べに行くのかな」って思ったのはあながち間違いではなかったみたい。
前回の合コンはカラオケだったけど、今回はディナーなのかなと思う。
七海が店員さんに予約名を告げると、八人掛けの長テーブルへと案内してくれた。
私は一番後ろからついて行く。案内された席で七海と舞ちゃんがなにか話して、一列に並んで座るのかと思ったら、一席ずつ開けて交互に座る。
まだ男性陣は来ていないみたいで、テーブルの上にはナプキンが綺麗に八つ並んでいるだけだった。
「何時に待ち合わせなの?」
なんとなく気になって、向かい側対角線上に座る七海に聞く。
「十九時半よ、もう少しで来るんじゃない?」
腕時計で時間を確認するとまだ十九時十五分で、早く来ていることに気づく。
私と一つ席を空けて座った舞ちゃんが、前髪を直しながら七海に聞く。
「今日来るのって七海の友達って言ってたよね? どんな人達?」
「幹事は高校の友達の未至磨って言って今は江戸川台大学に通ってる二年生、同じ年ね」
みしま君と聞いて、私は首をかしげる。
「他のメンバーは大学の友達って言ってたかな」
顎に人差し指を当てて話す七海に、私は尋ねる。
「ね、七海。みしま君って、あの未至磨君?」
「そうそう、高三の時同じクラスだった未至磨」
「そういえば、七海ちゃんとれいちゃんは同じ高校なのよね」
桃花ちゃんに聞かれて頷く。
未至磨君――漢字がすごく特徴的だったから覚えている。中学・高校と一緒でクラスも何度か一緒になったことがある。その未至磨君が近くの大学に通っているなんて知らなくて驚く。
「七海、未至磨君と連絡取ってたの?」
「えー、違うよ。この間たまたま会ってさ……」
たまたま会って、合コンしようって流れになるのがすごいと感心してしまう。
「あっ、来た来た」
七海の声に入り口を振り返って、数秒、目を瞬く。
「こんばんはー」
「どうもー」
「今日はよろしくお願いします」
三人が立ち上がってにこやかな笑顔で男性陣に挨拶する中、私は一人、立ち上がりそびれて座ったまま呆然とする。
「かな……」
やっとのことで言った言葉が、他の人の声にかき消される。
「あれ、君、れいちゃん?」
爽やかな声に顔を上げると、つんつんと短髪を立たせた男性が私に近づいてきて、腰をかがめて顔を覗きこむ。
確か、隼人さん……
「やっぱり、そうだ。店に来た時と雰囲気が違うからあれって思ったけど、今日は眼鏡で知的な感じだね」
言われて初めて、眼鏡をかけっぱなしだったことに気づく――
今日はやけに周りの景色が鮮明に見えると思ったら、パウダールームで眼鏡かけた時外し忘れていたんだ。
「なんだ? 隼人、知り合い?」
その声に顔を上げると高校生の時よりも少し大人っぽくなった未至磨君ともう一人の男性、それから――奏が驚いたような顔で立っていた。
「じゃー、順番に自己紹介ということで、まずは俺から。未至磨 諒、江戸川台大学社会学部経営社会学科に通う二年生です。猿渡とは中高が同じでした」
ブイサインで周りを見回し、人好きのする笑顔を浮かべる未至磨君。
「猿渡 七海です。未至磨とは高校の同級生で今は武蔵野理科大学薬学部に通っています」
「猪瀬 馨、諒と同じ学科で、趣味はサッカーです。よろしく」
「兎澤 舞です。七海と同じく薬学生です」
向かい側中央に座る未至磨君から反時計回りに自己紹介が始まる。
舞ちゃんが挨拶終わって、私と舞ちゃんの間――隣に座る人物に視線を向ける。
「はじめまして、辰巳 奏と申します。武蔵野理科大学の近くの喫茶店で働いています」
綺麗に頭を下げて姿勢を正した奏に、みんなが「ああ、ブルーベルの……」と言った表情になる。
私はちらっと横に座る奏を見て、ただ呆然とする。
まさかこんな所で奏と会うとは思わなくて、偶然にびっくりして、自己紹介が自分の番に回ってきた事に気づかずに奏をじぃーっと見ていたら。
こっちを見た奏の空色の瞳と視線があって、はっとする。
「れいの番よ」
七海に言われ慌てて名前を名乗る。
「あっ、あの……えっと、羽鳥 れいです……」
みんなの視線が全部私に集まっていて、ぼぼっと頭から湯気が出そうな程緊張して名前を言うだけで精一杯だった。
「れいは人見知りするのよ、ちょっと緊張しているだけだから、ねっ」
「あー、羽鳥さんとも高校一緒だったよね。俺のこと覚えてる?」
七海のフォローに未至磨君がくすりと笑って話しかける。
「うん……覚えてるよ……」
消え入りそうな小さな声で俯いて答えると、未至磨君があどけない笑顔を見せる。
「あははっ、恥ずかしがり屋なのは変わってないね」
未至磨君の一言で場が和み、次の人へと自己紹介のバトンが渡される。
「江戸川台大社会学部経営社会学科二年、馬渡 隼人。ブルーベルでバイトしてるから、女の子達とは会った事あるかもね~」
俯いていた視線をそぉーっと上げて、向かい側に座る隼人さんを見る。隼人さんは軽い口調で挨拶して、全員に視線を配り、最後に私に視線を向けて、くすりと意地悪な笑みを浮かべる。
「安孫子 桃花です。よろしくお願いします」
桃花ちゃんの挨拶で自己紹介が終わり、乾杯用のビールを頼んで乾杯する。
「カンパーイ!」
しばらくするとコースの料理が運ばれてきて、それぞれが近くの席の人と話しだす。
私はビールを数口飲んで置く。
「……れい、どうしてここにいるんですか?」
隣に姿勢正しく座っている奏がこっちを向かずに小声で言い、私はぱっと振り仰ぐ。
「えっと、七海に騙されて連れて来られたの……」
戸惑いがちに呟くと、呆れたようなため息をついて。
「やっぱり、そんなことですか……」
っていうのよ……やっぱりってなによ。
「まさかれいがいるとは思わなくて、最初すぐに気付きませんでしたよ」
ああ、私がいた事に驚いたのか。そういえば、最初も私を見て固まってたし……
そんなに私って合コンに不釣り合いかな……?
「人見知りのれいがいるなんて……やっぱり猿渡さんが……」
奏が独り言のように何か言ってて、私はよく聞き取れなかった。困って奏をじぃーっと見ていると、こっちを向いた奏と視線が合ってドキンっとする。
初めて眼鏡越しで見る奏は、イケメン店員と七海達が騒ぐだけあって、端正な顔立ちをしている。きりっとした二重、通った鼻梁、薄く形の良い唇、そして一番目を引くのは羨ましいくらいサラサラの黒髪。肩につくくらいの長さの髪をハーフアップで結んでいる。
いまどき長髪なんてって思うけど、それさえも魅力にしている。
今日の奏の格好は、細身のベージュの綿パンツに白のシャツ、青と黒のチェックのストールを首からかけている。胸の前でストールの裾が揺れている。
「眼鏡……かけているなんて珍しいですね」
尋ねられて、眼鏡のテンプルに指を当てて眼鏡をはずす。
「そうだね。いつもは授業の時しかかけてないんだけど」
「視力悪いんですか?」
「うん。裸眼でこの距離だと、奏の顔もぼんやりかな」
苦笑しながら眼鏡を畳んでしまおうとした私の手に、奏が手を重ねる。
「しまうんですか? ……そのままかけていて下さい」
その言葉にキョトンとして首をかしげる。だけど眼鏡を外しているし店内が薄暗いせいで、いまいち奏の表情がよみとれない。
「でも、いつもかけていないから眼鏡かけていると変な感じがして……」
眼鏡かけている事をすっかり忘れていたのに、そういって誤魔化す。眼鏡をかけていると周りが見えすぎて、この状況でいつも以上に緊張しないでいることが出来ない。
「お願いします、眼鏡をかけていて下さい」
表情は分からなかったけど切ない声で懇願され、私はしぶしぶ眼鏡をかけ直した。