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第14話  恋色ダイス―風味絶佳



「じゃあ、また来るからね。体に気をつけてね」


 振り返って言うと、玄関から出てきたお母さんが苦笑する。


「はいはい。いちいち帰ってこなくてもお母さん達は大丈夫だから、交通費が無駄じゃない……」

「無駄じゃないよ、お母さんとお姉ちゃんに会いたかったし。また来るからね」


 笑い返して言うと、お母さんは呆れた様なため息をつく。


「はいはい。こっちのことは心配しなくていいから、れいもちゃんとご飯食べてしっかり勉強するのよ」

「うん。お姉ちゃんによろしくね」

「はいはい」


 適当に相づちをうつお母さんに手を振って、駅に向かって歩き出す。

 二日前、バイト後に実家のある群馬県桐生に正月ぶりに戻ってきて、昨日はお盆過ぎちゃったけどお父さんのお墓参りして、お母さんとお姉ちゃんと久しぶりに外食して買い物した。

 うちは――お父さんは私が小学校の時に亡くなって、高校三年生だった七つ年上の姉は大学進学を一時は諦めたんだけど薬剤師になりたいって奨学金で大学に進学、今は薬剤師として小児科に勤めている。

 もともとパートをしていたお母さんは上手く家計をやりくりして、県内に住む父方の実家から援助も受けつつ、私達姉妹を育ててくれた。

 裕福ではなくて金銭的に切りつめて生活してきたけれど、のほほんとしたお母さんとおっとりしたお姉ちゃんを見て育ったから、お金に困っているという実感はいまいちなかった。

 だから、ぼんやりとだけど姉みたいな薬剤師になりたいなと思っていた。

 高校生になった頃は、さすがに家計の事情も理解できる年頃になって、バイトを始める。大学は行かずに就職してもいいかなと思ったけど、やりたいことがあるならちゃんと大学に行きなさいってお母さんに言われて、大学進学を決めそれからは必死に勉強した。

 本当は学校も実家から通うつもりだったけど、二時間半は遠いと言ってお母さんとお姉ちゃんが一人暮らし様の資金を溜めていてくれた。

 だから私はしっかり勉強しなくちゃいけなくて――奨学金を返すためにも、それと同時に大学生になったのだから生活費と学費くらい自分で出そうと長期休暇はバイトに精を出している。



  ※



 桐生駅に着いて腕時計と時刻表を見比べる。今は十五時四十八分で、小山行きの電車は五十三分に来る。

 七海には柏駅に十九時に来るように言われてて、ここから柏までは二時間半くらいだから、少し早めに着くかなと思って電車が来るのを待つ。

 電車に乗って座席に座ると、さっきまでぜんぜん眠くなんかなかったのに、急激な睡魔に襲われてうとうとし始める。

 最近朝から晩までバイトで帰ってきてからは課題やって、睡眠時間が少なかったな……と気づく。次の乗り換えまで一時間あるし寝てもいいかな――

 そう思った次の瞬間には乗り換えの小山に着いていて慌てて電車を降りる。

 半分うとうとしながら柏駅に着いたのは、十八時四十分頃だった。

 改札を出てすぐのところに七海がいるのを見つけて駆け寄ると、横に桃花ちゃんと舞ちゃんがいることに気づいてちょっと驚く。


「おっ、来たよ、れい」


 はつらつとした声で言ったのは舞ちゃん。彼女も同じ学科の友達でいつも集まる六人グループのまとめ役的な存在で、さらさらの茶髪ショートヘア、前髪をピンで止めている。普段はジーンズが多いのに、今日はオレンジのフレアスカートにミルクティー色のブラウスを合わせたフエミニンなカンジ。


「れい、早かったね。これなら時間十分あるね」


 意味深ににこにこと言う七海を見れば、バックプリーツの白のミニスカートに青系統の花柄のシフォンブラウスを着ている。舞ちゃんと違って七海はいつもフェミニン系のファッションだけど、いつもより気合が入っている様な気がする……その手には大きな鞄が……

 嫌な予感に、ぱっと横に立つお団子ヘアがトレードマークの桃花ちゃんを見てから自分の服を見下ろして愕然とする。

 いつもガーリーな桃花ちゃんでさえお団子にふわふわのシュシュをして、赤系のチェック柄のジャンパースカートと白いブラウスを合わせた姿で、いつもよりお洒落をしている事が伝わってくる。

 それに引き換え私は――実家帰りということで大きめの鞄と手提げ鞄を持ち、黒の細身のパンツに紺地に花柄のTシャツのカジュアルな格好。イタリアンでも食べに行くのかなってくらいお洒落している三人とは、私だけが場違いな格好をしている。

 あっ――……

 以前にも一度だけ同じ目にあっているから、私はすぐに今の状況を理解して、回れ右して足早に改札に逃げ込もうとしたんだけど――


「れい、待ったっ!」


 七海は私が逃げるのを予想済みの様にぐっと掴んだ手に力を入れてにやりと嫌な笑みを浮かべる。


「さぁ、お着替えに行きましょうかね?」

「やっ……、やだ……」


 七海に掴まれた腕を勢いよく振り払おうとしたんだけど、必死の抵抗も空しく、反対側から七海よりも不敵な笑みを浮かべた舞ちゃんに腕を掴まれる。ずるずると引きずられるようにして、そごうのパウダールームに引きずられて行く。


「はい、これに着替えて」


 七海に袋を押し付けられて、着替え台のあるトイレの個室に押し込められる。

 私は渋々鍵をかける。袋の中身を見て、はぁーっと大きなため息をつく。



 遡ること一年前、そういえばその時も夏休み中だった。七海に突然遊ぼうって呼び出されて行ったら私以外はみんなお洒落していて。その時はどうしたんだろうって首を傾げていたら、ちょっとトイレ行こうって連れていかれて――今と同じ状況に。

 着替えて、これから合コンだって言われて唖然としたっけかな……

 まったく同じ手に引っ掛かった自分に苦笑する。まぁ、合コンなんて行っても、人見知りアンド男性が苦手な私は人数合わせでしかないから渋々ついて行ったんだよね。合コンなんて行ったことなかったし、興味がないと言ったら嘘になるし。

 だけどね……、合コンに行って後悔しましたよ。男の子がべたべた触ってきたり話しかけてきたりして、とてもじゃないけれど耐えられませんでした。

 七海もその様子を見てて、ごめんって苦笑してたから、もう二度と合コンの誘いはないと思ってたのに――

 はぁー。もう一度大きなため息をついて、今更嫌なんて言えない状況に諦めて、着替えることにした。

 合コンなんて伝えていないから私がめちゃくちゃ普段着で来ることも想定内で、七海の普段着(・・・)を用意して来てくれる訳だけど……


「ちょっと七海!? これ、スカートの丈短すぎない!?」


 着替えて、スカートの裾を押さえながら絶叫する。用意された服は黒地に赤とオレンジの花柄のワンピース。胸元から裾にかけて中央に二本の黒いレースが施され、胸下で切り替えのついた細身のシフォン生地。それでもってミニスカート……


「短くない、短くない」


 個室の外から素っ気ない声が返ってきて私は、はぁーっと肩を下ろす。

 なんだろう……、去年用意されてた服は、ここまで気合いが入った感じじゃなかったのに。だって、この服、七海が着てるのなんて数回しか見たことないよ!?

 カチャリと鍵を外して外に出ると、今度は瞳を輝かせた舞ちゃんに腕を引かれてパウダールームの椅子に座らされる。


「今日も化粧してないね」


 にやっと舞ちゃんに笑われ、ちょっと機嫌が悪くなる。頬を膨らませてそっぽを向くと、顎をぐいっと掴まれて正面を向かされる。


「はいはい、前向いて。目、つぶって~」


 ささっと鞄から化粧ポーチを出した舞ちゃんに言われ目を閉じると、下地、ファンデーションを手際よく塗っていく。


「だって、化粧品買う余裕なんてないし……」


 愚痴ると、舞ちゃんがふって鼻で笑う。


「まぁね、れいはそのままでも可愛いからいいと思うけど、二十歳過ぎたんだから少しくらい化粧してもいいんじゃない?」

「そのうちね……」


 気のない返事をすると。


「はい、出来た」


 舞ちゃんに言われ目を開ける。目の前の鏡の中……は全然見えなくて、化粧で変わったのかどうかいまいち実感なくて首をかしげると、背後に回って髪の毛をいじり始めた舞ちゃんが苦笑する。


「あーあ、せっかく可愛くしてあげたのに、本人は見えてないなんてもったいないなぁ」


 言いながら下半分の毛を残して、サイドの毛束を三つ編みにして後ろで束ねてシルバーの花型のクリップをつける。


「眼鏡したら?」


 横で出来上がるのを待っていた七海に言われて、せっかく舞ちゃんがやってくれたからと思い、手鞄から授業で使っている茶色い縁の眼鏡を取り出す。

 まとまらないからと言って肩までの天パをいつもは後ろでまとめているけれど、いまはその髪が下ろされて、栗毛の髪がくねくねとうねっている。

まるで自分じゃないみたいな格好に、照れ臭くなる。


「いいじゃん、いいじゃん! れい、可愛い! さすが舞ちゃん!」


 私と舞ちゃんに賛辞を言ってから、ぐっと姿勢を伸ばして七海が力強く言う。


「じゃ、行きますかっ」


 化粧をしている自分をちゃんと見るのは初めてで、その時の私はちょっとぼーっとしていたんだと思う。




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